第3話 緑の風と黒い風
登場人物の名前を変更しました。
カティア・ヴァルカス→ソフィア・ヴァルカス。
~魔の森にて~
「朝食、確保……と」
俺は不意打ちで、バーサーカーウルフの脳天に剣を突き刺して食料を確保した。
森に住む他の魔物と比べると、獲れる肉が多いのでコイツは重宝する。
なんと言っても、体高が俺の3倍はあるからな。
それ程の肉を手に入れても、地球だと保存場所に困る。
しかし、さすがファンタジー世界というべきか。
中に入れるとアイテムを収納しておける魔法やアイテムなんかがあるんだ。
原理は分からないが、なぜか肉が腐りにくくなる。
俺の場合は、アイテムBOXというスキルを使っているが、当然シグムントのスキルだ。
このスキルには階層という概念がある。
入れられる量が少ないが簡単に取り出せる浅い階層。
大量のアイテムを入れられるが、取り出すには時間がかかる階層などだ。
よって時間がかかることから、戦闘中は深い層からアイテムは取り出すのが難しいため、戦闘中にアイテムを自由に何でも取り出せるというわけではない。
だが、今回の肉は食事以外では使わないので、深い階層でも大丈夫なハズだ。
「アイテムBOX」
俺はゾファルトの剣先をバーサーカーウルフに向けて、アイテムBOXを発動させる。するとバーサーカーウルフの体は、絵のような二次元的な物になったあと、ゾファルトの剣身に吸収された。
「そっちはどうだ?」
「たくさん取れましたよ」
俺がバーサーカーウルフをアイテムBOXへと収納している間に、ルミナは草を集めていた。
彼女が集めていたんは香草や薬草などだが売り物だ。
時々街に行っているのだが、クリエイトのスキルで手に入れたアイテムは高品質すぎて売ることが難しい。だからこの森でルミナに草を集めさせている。
「採取の仕方がうまくなったな」
「はい」
俺は、コチラに走ってきたルミナの頭を撫でながら褒めた。
目を細めて嬉しそうにする獣人幼女を見ていると、心がいやされるな──いや、マジで。
ロリ好きの気持ちがわかる気がする。
もちろん、遠くから眺めて愛でるタイプのロリ好きの気持ちがだ。
この森で採れる草──もちろん薬草などの用途のあるヤツは、それなりの値段で売れる。
しかし、モンスターが凶悪なため命がけの採取になるのだが、命をかける価値があるほどの値段では売れない。このため、森に草目当てではいるヤツなどいないからな。俺たちは、金目の草を取り放題というわけだ。
「この品質なら、結構な値段になりそうだ」
「……」
ルミナの目が一気に冷めた物になった。
「なんで、ケイ様はこうもお金に執着するようになってしまったのでしょう……」
「悲しそうな声を出すな。俺まで悲しくなる」
彼女を助けたときは、もう少し純粋な気持ちだったと思う。
しかし貧しい暮らしをするうちに──考えるのはやめよう。本気で悲しくなってきた。
「はぁ、いいです」
ため息をついたルミナは、何かを諦めたような寂しげな目をしている。
幼女がこんな目をしていると、俺まで悲しくなってくるな。
俺が原因なのだが──。
「ですが……」
一目バーサーカーウルフが寄りかかっり倒した木を見たルミナ。
彼女は、俺へと向き直る。
「あまり、無理はしないでくださいね」
俺もルミナが見た、バーサーカーウルフが倒れていて場所を見る。
そこで無残な姿をさらす木の立場が、俺だった可能性もあるわけだ。神域の加護で身体能力が上がっているとはいえ、死ぬ時は死ぬのだろうからな──。
『我の力を使えるとは言え、常に死とは間近にあるもの…… 努々忘れぬことだ』
「分かっているさ」
俺が死ぬ以前に、借り物の力で調子づけばゾファルトに見捨てられることになるだろう。ひょっとするとルミナにすらも。
(……気を付けよう)
去ろうとするルミナは、腰にしがみ付く俺を冷たい目で見下ろしている。
そんな獣人幼女に、俺は泣き喚きながら必死に引きとめようと──。
そんな恐ろしい未来を想像してしまった。
「気を付ける」
「お願いします」
本気で気を付けた方が良さそうだ。
見捨てられる未来は、本当に無様すぎる。
「とりあえず戻ろう。モンスターが血の臭いに誘われて寄ってくるだろうからな」
「はい」
俺たちは神域に帰ろうと、踝を返したとき──。
「うん?」
遠くから戦いの気配がする。
「どうしました?」
「誰かがモンスターと戦っているようだ」
神域の加護により、森の中で起こっていることはある程度情報が届けられる。
どうやら戦っているのは、人間が4にバーサーカーウルフが1。
「なにか気になることでも?」
「戦っているヤツらは手練のようだが、そのわりに人数が少なすぎる」
バーサーカーウルフを狩るには、500人ほどが必要になる。
当然、手練が集まればもっと少ない人数で狩れるのだが、おかしい。
「私が見てきましょうか?」
「……いや、一緒に行こう」
手練であれば、己の実力を過信せずに慎重に行動するハズだ。
少なくともバーサーカーウルフ相手に、たった4人で戦いを挑むなんてことはしないだろう。
神域の加護が伝えてくれた情報の通りであれば、人の側に手練が交じっている。
中級者程度の実力のヤツならともかく、ここまで強いヤツが4人でこの森に挑むとは思えない──と、ゾファルトが言っていた。
*
~ヴァルカス パーティ視点~
森の奥で戦いが繰り広げられている。
すでに騎士レオンハルトは、大きな怪我を負い横たわっていた。
魔導士フリアも魔力が尽きかけており、弓を扱うソフィアの矢を失い、得意ではない剣を握ることしかできずにいる。
すなわち、このパーティーで唯一戦えるのは──
「くそっ」
オージアスが強く突きだした槍は、バーサーカー・ウルフに届いた。
しかし尋常ならざる獣毛は、彼の槍を通すことはなかった。
「GuOooooo」
巨狼の声が辺りに木霊する。
と、同時に走り出した狼は、その他いくに似合わぬ俊敏さでオージアスへと迫った。
「おおおぉぉぉぉぉっ」
それは渾身のカウンターだった。
壮年の騎士である彼が繰り出す槍は、名槍の鋭さを最大まで攻撃に活かされた一撃だ。しかし──
「っつぅ」
狼の右前脚に触れた槍は、押し返されて宙へと飛んだ。
いかに技を磨こうと所詮は人間。破壊の権化とも言えるバーサーカーウルフとは、生物としての格が違いすぎた。
「オージアス!」
「来るな!」
彼の後ろにいたソフィアは、オージアスへと駆け寄ろうとする。
だが、それをオージアスは許さなかった。
「お前らは逃げろ」
「バカなことを言わないで!」
オージアスを怒鳴りつけたのは、魔術師フリアだった。
だが、オージアスが怯むことはない。
「お前に出来ることを考えろ。俺も自分に出来ることをする」
巨狼は、オージアスが圧倒的な力の差を見せつけられながらも、執拗なまでに攻撃の手を緩めなかったことを警戒して距離をとっている。
だが、アリと象ほどに力の差はハッキリしているのだ。いつまでも、仕掛けてこないなどあり得ない。
「援護をするわ」
「お前は嬢ちゃんについて行け。俺は俺の仕事をする」
「待ちなさい!」
オージアスは覚悟をしていた。
先ほど槍を弾かれたとき、腕の骨は衝撃で砕けている。
そんな彼が騎士として何が出来るか?
「行け! 俺は騎士なんだよ!!」
その声をキッカケとして、オージアスと巨狼が同時に動いた。
武器を失い、腕もまともに動かせなくなった戦えぬ騎士であってもできることがある。それは己の命を捨ててでも主を守ること。
「オージアス……お嬢様、早く!」
死へと向かう騎士の背中を見送った2人の女性。
消え逝く彼の命と、彼の覚悟に報いるためには生きねばならない。
「……」
ソフィアは、横たわる兄を一瞥し別れを告げる。
次に巨狼を引き付けようとする、ヴァルカス家の誇り高き騎士にも──。
「お嬢様!」
「はい」
想いを無駄にしないため、2人が背を向けてようとしたとき──緑色の風が通り過ぎた。
「Gyaan」
死を覚悟した騎士と、絶対的強者たる巨狼の間に風が横切ると、巨狼から悲鳴が上がる。
大きく仰け反るバーサーカーウルフ。
その左目に大きな切り傷が走り、血飛沫が宙に舞っていた。
「な……」
彼が思ったのは、”なにが起きた”それとも、”なぜコイツが”だろうか?
多くの疑問が同時に彼の口へと押しかけ、言葉は詰まりオージアスの口からは、それ以上の言葉が出てこなかった。
オージアスの口から言葉がでなくなった僅かな沈黙。
その沈黙の間も風は吹き続ける。
「甘いっ」
小さな緑色の風が、バーサーカーウルフの周りを走っている。
森の木漏れ日を反射するナイフが、巨狼の前肢に届くと赤い飛沫が舞う。
「GuAaaa」
再び上がる強者の悲鳴。
それも一度や二度ではない。何度も、何度も緑色の風が──緑色の髪をした少女が動くたびに巨狼は悲鳴を上げ続ける。
「OoooAooo」
「ふっ」
痛みに耐えかねたバーサーカーウルフは、力任せに前肢を振り下ろす。
しかし、緑色の風を捕まえることはできない。
振り下ろされる巨狼の前肢を、後ろに飛ぶことで少女は避ける。
これでバーサーカーウルフに許された、反撃のチャンスは潰えた。
なぜなら死を運ぶ黒い風が、巨狼の間近を通り過ぎようとしていたのだから──。
「……っ」
バーサーカーウルフの頭上にある木の枝から、大地に向かって黒い風が吹く。
刹那とも言える瞬間、風が巨狼の首元をかすめたかと思うと、何者かが地面に足を付けていた。
音もなく現れ、音もなく足を地面につけた風。
全身を黒い布で覆ったその男は、何も語らぬままその場を離れる。
「A……a……」
魔の渓谷に広がる森において、絶対的強者たるバーサーカーウルフ。
その命が尽きようとする瞬間に、緑色の髪をした少女と全身を黒い布で覆った少年を睨む。
禍々しいまでに赤いその瞳は、狂暴性を表しながらも誇りを感じさせる、狂王と称するべき目だった。
「…………」
数秒のあと、巨狼の口から動きが消える。
途端に首元から吹き出る血。
噴水のように天高くに昇る巨狼の赤い飛沫は、周囲の木も草も何もかもを真っ赤に染めた。
*
~ケイ視点~
「ふぅ」
様子を見るつもりだったが、ルミナが突然飛び出していった。
「ルミナ!」
「は、はい!」
突然飛び出したことを、俺に叱られると思ったのだろうか?
声を震わせ体も強張っている。
「彼らは信用できるのか?」
「はい……この方たちはヴァルカス領の騎士で……」
「信用できるかどうか答えるだけでいい」
「はい、信用出来ます」
森の魔物を倒して名を売りたいだけのヤツなら、俺もルミナも見捨てることにしている。 事実、ルミナは俺と生活をし始めてから何度も森に入ったヤツを見捨ててきた。
もっとも迷い込んだだけのヤツなら助けはしたが──少なくとも今日のように飛び出すことなんてなかった。
「その人の怪我は?」
俺は、草が多い茂る地面に横たわっている男性について訊ねた。
「あなたは……」
「俺はケイ。その人を少し診せてもらえませんか?」
「…………」
案の定というか、やはり警戒されている。
俺の──いや、ゾファルトのスキルである神域の加護により、横たわる男性が生きているのは分かる。
しかし、徐々に生命力は弱まっており、急がないとマズそうだ。
「相棒はあなた方を命がけで助けようとした。俺はその想いを無駄にしたくないんだ。診せてもらえないか?」
「…………お願いします」
しばらく見つめ合ったあと、男性の傍にいたその女性は許可をしてくれた。
男性を近くで見ると、神域の加護によりハッキリと生命の減少が感じられる。
俺の力だけでは、どうしようもない。
だったら、出血だけでも止めて時間を稼ぐか──。
「……あなたは、回復魔法を使えますか?」
「もう、魔力が」
「これを」
俺はローブを着た魔穂使いらしき赤い髪の女性に、象牙のような色をした腕輪を差し出した。
「これは?」
「そいつからなら、魔力を吸いとれるはずです。回復魔法が使えるのなら使って下さい」
「本当ですか」
「できるのなら、急いで下さい。手遅れになります」
女性はすぐさま目を瞑り、俺が渡した腕輪から魔力を吸収する。
この腕輪のように魔力を蓄えるアイテム自体は珍しい。
だが、物から魔力を吸収する技術は、魔法を扱う者にとって基本的なスキルだ。
──ガラクタ勇者の俺にはできないがな。
「まず、血だけでも止めて下さい」
「ええ」
赤髪の女性は、横たわる男の噛み切られた腕部に手を当てる。
「回復魔法」
女性の言葉と共に、魔法が発動した。
男性の腕にできた傷口を光が覆って血を止める。
やはり腕を完全に治すことはできなかったが、応急措置としては十分だろう。
「あと、鎧の下にも回復魔法をかけて……ついでに彼の腕もお願いします」
「ですが、魔力が……」
「どうぞ」
彼女は俺に返却した腕輪を、物欲しそうにチラ見していた。
プレゼントする気はないぞ。貸すだけだからな──とは、強く言えない気弱な自分が憎い。
その後、彼女は2人を回復魔法で治療する。
だが、レオンハルトと言っただろうか?
地面に横たわっていた彼は血を多く失い過ぎているうえ、傷が深すぎた。
先ほどの回復魔法程度では、少しの延命を行うのが限度だ。
「彼の治療のために奥に行きましょう」
「奥になにが」
バーサーカーウルフから助けたことと、レオンハルトの治療を行ったことで多少は警戒心を解いてくれたようだ。
「俺らが住んでいる場所です」
俺は鎧を外したレオンハルトを背負い、住処に急いだ。