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第1話 ガラクタ勇者の出会い

 太陽が夕日へと変わり、山から影が伸びている。

 一年を通して霧が立ち込め続ける渓谷を見下ろす崖で、少年が剣を持つ集団に追い詰められていた。


 追い詰められた少年の名は、柏木かしわぎ けい

 斬り合いながら逃げてきたため、体のあちこちに切り傷が見受けられる。


「助けてくれ……」

「俺の邪魔をする限り無理だな」

「なにも邪魔なんてしていないだろ」


 この場にいる全ての者が、黒髪に黒い瞳をした日本人。

 だが、彼らの服装は日本の物とは大きくかけ離れている。

 全ての者が、騎士鎧やローブなどを着ており、手には剣や槍、杖などを携えていた。

 

「お前、ユーリエに惚れてんだろ」

「……」

「ハッ、お前が選ばれることなんてありはしねえよ。とっとと諦めろガラクタ」

「……お前に敵わないことぐらい分かっている」


 ケイは、他の召喚された者達に比べて遥かに弱い。

 勇者の一人ではあったが、一般の兵士程度の強さしかなく”ガラクタ勇者”と呼ばれていた。

 対して、彼を崖へと追い詰めた竜也はすでに、彼らを召喚した王国で最強とされる騎士を下している。


「自分の立場を理解しているじゃねえか。そう思うのなら、ユーリエが俺の物になるのを邪魔すんじゃねえぞ」

「わかっている。だから!」

「いいぜ……」


 そういうと竜也たつやは、慧へと手の平を向ける。

 

「待て! 邪魔なんてしない! だから……」

 

 蒼白になっての命乞い。

 その姿は、ガラクタ勇者に相応しい無様なものであり、竜也は後ろにいる5人と共に彼の姿を見てニヤついている。


「考えてみたら、ここで始末した方が確実だわ…………死ね」

「くそっ」


 剣を手に、竜也へと斬りかかる慧。

 必死にあがく彼の姿を見て、竜也の口元は、いっそう歪み──


「じゃあな」


 慧へと向けた手の平から火球が放たれる。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ガラクタ勇者と呼ばれた少年は、全身を炎で包まれて崖の下へと転落していく。

 木霊する悲鳴に、竜也や彼の後ろに立つ勇者達は愉快そうに笑っていた。


「お前は、昔から信用できなかったからな」


 先ほどまで、ケイが立っていた崖の先を見ながらそう呟いた。


 *


 ここはどこだろう?

 確か崖から落ちて──。


(そうだ、俺は命乞いをして)


 崖に落ちる直前の出来事を思い出して沸きあがってきたのは、怒りや憎しみだった。


 あいつらが憎い。

 だが、それよりもあんな奴らに命乞いをすることを選んだ自分が悔しい。


「……?」


 俺の口から出るハズだったのは、怒りによる叫びだったのだろうか、それとも悔しさによるうなり声だったのだろうか。

 ただ、確かなのは俺の口は何も言ってくれない。


「……?」


 今度は、『なぜ、言葉が出ないんだ』と、言おうとした。

 しかし口が語ることを許してはくれず、空気だけが漏れている。


 口に、喉にと指で触れるも、指先の感触からは異常を感じない。


(おかしい)


 俺は竜也の魔法で全身を焼かれたはず。

 アイツの魔法は、悔しいが俺よりもはるかに強い──人を簡単にやき殺せるほどに。

 それなのに、俺が火傷一つ負っていないなんて。


「……」


 再び声を出そうとするも、ただ息が漏れるだけだ。

 喉の奥に痛みもないことから、声帯が傷ついたということもないだろう。

 それでも、声は出ない。


(! そうだ、今は声のことよりも森を出ることを考えないと)


 俺は、こうして森の出口を探そうと先へ進むことに決めた。

 だが、なぜ声が出ないという異常が自分の身に起こったのに、命乞いをするような弱い俺が冷静に森の奥へと進むことを選んだのか。

 この時は、全く考えようともしなかった。


 *


 それから俺は、森を歩き続けた。

 暗い森のはずが、俺にはどこに何があるのかが分かる。


 ファンタジー世界の定番であれば、暗い森にはモンスターが欠かせないが、全くモンスターに襲われない。


 いや、それだけではない。

 森の中であれば、様々な動物の鳴き声もするはずだし、木の枝が風に揺らされるなどの音もあるはずだ。

 しかし、俺がこの森に入ってから一切、そのような音はない。

 まるで時間が停まったかのような森。


 まあ、ファンタジーの世界だし、そんな場所もあるのだろう。


 などと考えた。

 しかし、後になって考えると異常な考えであったと反省している。

 

 そもそも暗い森に恐怖を抱かない人間が、どれだけいるのだろうか?

 少なくとも俺のような、一般男子高校生では恐怖に押しつぶされるはずだ。


 動物の鳴き声や、木の揺れる音などがしないことを不審に思いながらも、ファンタジーの世界だからと気軽に考えられる男子高校生が何人いるだろうか?

 少なくても、普段のビビりな俺ではありえないことだ。


 俺が何を言いたいのかというと──この森に入ってから、俺の思考は誰かに誘導されていたということだ。

 もっとも、思考を誘導した奴にも、このとき森の奥へと進んだ自分に対しても、後になって俺は感謝することになるのだが──。


 あれから、どれだけ歩いたのだろう?


 いつの間にか、森の木はこれまでよりも鬱蒼うっそうとした物となっており、夜空が全く見えなくなっている。

 それに違和感というべきか、変な感じがする。

 だが、この違和感は心地悪い物ではなくむしろ──。


「……」


 今、『考えても仕方ないから、先に進もう』と自分に言い聞かせようとしたが、やはり声は出ない。


(行くか)


 それから、俺は更に先へと進み続け、突如として周囲が昼のような明るさに変わった。

 だが、そのことに戸惑うことがなかったのは、思考を誘導されていたせいだろう。

 そして自分が目指すべき場所へと向かったのも──。


(あそこに行ってみるか)


 俺が目指したのは、ずっと先にある巨大な樹だった。

 鬱蒼とした森は、昼のように明るくなった瞬間から姿を変えている。


 目指す巨大な樹を中心に、芝生のように背が低い草が広がっている。

 木々は、遥か遠くでこの場所を囲むようにあるのみで、まるでこの場所に木々自身が生えるのを避けているかのように感じた。


 森の中を歩いていて、突然このような場所に景観が変われば誰もが驚くだろう。

 だが、この時の俺は当たり前のこととして受け入れていた。


 これも思考が誘導されていたせいなのだろう。


 俺は、樹に近づいて見上げた。

 思い浮かべるのは”世界樹”という単語。


 世界を支えているという神話上の樹だ。


 樹は湖のような場所に根を張っているのだが、樹が大きすぎて湖が水溜り程度にしか感じられない。


 幹はどこまで続いているのだろうか?

 遥か遠くまでとしか、俺には表現できない程の太さなのは確かだ。


 当然、樹の高さは──考えるのもばかげている。

 しかし、大気圏には突入していないハズだ。


 俺は、樹の大きさに感心しながら、樹の周りを歩いていると、冷たい光を反射する何かに気付いた。


(なんだ?)


 沸き上がったのは異常なまでの好奇心。

 俺は湖に張った根の上を歩いて、光の元に向かう。


 根は橋のように太くガッシリしている。

 歩くのに何ら不都合がなく、根を渡ることで光の元まで歩いて行けた。

 

「……」


 光の元まで行くとその美しさに驚いたが、口から出るのはやはり空気のみだった。

 もっとも例え声を出せたとしても、言葉を並べて目の前にある剣の美しさを表現することは出来なかっただろう。それほどまでに、目の前にある剣は美し過ぎた。


 樹の根元に剣はあるのだが、剣先が根に突き刺さっているわけではない。

 剣先が根に軽く触れているだけで、まるで空間に静止しているかのようだ。


 この世界に召喚されて、不思議な物を見る機会は多かった。

 だが、これほどまでに美しいと思ったことも神秘的だと感じたこともない。

 

 大剣と呼ぶべき大きさで、刀身は黒水晶で作られた片刃、鍔は金色に輝いており、柄には紫色の布が巻かれている。


 ただほうけることしかない美しさと、いうべきか?

 ひたすらに美しい剣だ。


 触れることすら禁忌なのではないか?

 そのように感じながらも、手を伸ばさざるえない魅力が剣にはあり、俺の手は無意識のうちに剣へと伸びていた。


 そして、指先が剣の柄に触れたとき──俺の意識は闇へと沈んだ。


 *


 かつて邪神が天の神に戦いを挑んだ。

 強大な力を持つ神同士の戦いには、多くの者達が関わり世界の全てが戦火に包まれる。それでも邪神は戦い続け、天の神も戦い続けた。 


 二柱の神と共に戦った強大な力を持つ者たちは次々に死に絶えていき、最後は邪神と天の神が戦い──天の神が勝利した。


 その後、天の神が勝ったことで、地に残された邪神と共に戦った者達は狩り取られていくこととなる。

だが邪神と共に戦った弱きものたちは残され、それが現在も生きている魔物の先祖だと言われている。


 ここまでが、この世界に伝わる伝説。

 しかし、この話には秘匿ひとくされた続きがあった。


 天の神との戦いに敗れた邪神は、死の間際に己の剣を地上に飛ばしたという。邪神の剣を手に入れた者は、強大な邪神の力の一端を振るうことができるとされるが、多くの強き者の血を吸い続けた結果、邪悪な意思を宿したと言われている。


 すなわち邪神の剣を手に入れた者は、力を得る代わりに己を失う──はずだった。


『なぜだ、なぜ体の支配権を奪えない!』


 けいが触れた瞬間、強制的に主従の契約を行った。

 しかし、その契約は邪神の剣が望んだ形とは、全く別の物となっており、己の過ちに気付いたときには既に手遅れとなっていた。


『しかも神格を持つ我が従僕にされているだと!』


 本来なら契約した時点で、けいの主となり体の支配権を奪えるはずだった。しかし現実には、契約魔法は強制的に発動し邪神の剣は従僕となっている。


『我は、何と契約してしまったのだ』


 ガラクタ勇者と呼ばれ続けた慧。

 彼が秘めた力は、このときから世界の何かを狂わせ始めた。

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