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第11話 神殺しの神

 体を突如襲った鋭い痛み。

 次々に仲間が倒れて行く音が聞こえ、俺もまた意識を手放そうとした。


『神の力にやられたな』


 だが、その声によって手放そうとした意識は、どこか別の場所に引っ張られていった。


 どこか──そこは暗い場所だった。

 頭上を見上げるも、黒い色だけが存在している。

 足元には淡い光を放つ水がどこまでも満ちている。


 音はその男が声をかけるまで一切存在しなかった。


「よう」


 いつの間にか男がいた。

 先ほどまでなかった水面から顔をのぞかせる岩。

 その上に座る男。


 いつの間にか俺も男と同様に岩の上で座っていた。


「自分の名前が言えるか?」


 白髪に褐色の肌をした男。

 彼は不敵さを感じる笑みをコチラに向けている。

 初めて出会うハズなのに、警戒心を男に対して全く感じない。

 いや、初めてであるが初対面ではない。

 俺はこの男を知っている。


「どうだ?」

「俺は……ケイ・カシワギ」

「この世界で、自分の名前を言えるなんて上出来だ」


 目の前の男は俺の答えを聞いて笑っている。

 この男の顔は初めて見る。だが男の気配はずっと感じていた。

 そう、ずっと──。


「ここはお前の意識の世界……正確には現実と夢の間と言った方がいいのだろう。ここでは自我を保てないヤツが多いのだが、お前は見込みがあるな」


 そうだ。

 俺はこの男を知っている。

 男の名前は──


「アナタがディーバ……か」

「ああ、そうさ」


 *


 目の前の岩に座るのはディーバ。

 邪神と呼ばれ、世界を賭けて多くの神と戦った存在。


 褐色の肌に白い髪。

 鍛え抜かれた戦士という印象のある美丈夫。

 かつてゾファルトに見せられた神の姿がそこにはあった。


「初めましてというべきか」

「いえ、アナタのことは感じていましたから初めましてというわけではないと思います」

「そうか、じゃあ久しぶりと言っておこうか……それから敬語は要らない。普段のお前を知っているから気持ち悪いだけだ」

「……わかった」


 目の前にいるのは、この世界にやって来てからずっと俺の中に感じていた存在。

 敬語を使うのもいまさらか。


「それにしても一目で俺が誰なのか分かるなんてな。手助けをしすぎたか」

「手助けをするのなら、もっと分かりやすくしてもらいたかったよ」

「勘弁しろ。今ある俺の力なんて昔と比べたら出涸らしみたいなものなんだからな」


 出来過ぎた偶然が多くあった。

 偶然の始まりはゾファルトを手に入れる所からだった。

 

 あの時、崖から落ちた俺は偶然にも無傷だった。

 その崖の先に偶然ゾファルトがいた。

 俺の中に偶然あった何かが、ゾファルトの侵食を抑え無傷でゾファルトを手に入れた。 

 神域では偶然ルミナに会い、その後で偶然にもソフィアたちとも会った。


 そう、偶然が続き過ぎていたんだ。


「色々と苦労したが生きのこれはした。一応ありがとうとだけ言わせてもらう」

「一応どういたしましてと言っておこう」


 社交辞令はここまでで良いだろう。

 お互いにな。 


「で、俺に力を貸してくれるのか」

「いきなりだな」

「俺に何かやらせるために、ここに引きずり込んだんだろ」

「勘が良いな。そうだ、お前がどうしようもない状況になっていたから足元を見れそうだと踏んでここに連れてきた」


 隠す気もないか。

 いや、隠す必要がないのか。

 

「俺との取引に興味はあるか?」

「興味しかないな」


 意地の悪い質問だな。

 このまま戻っても皆殺しにされるだけだ。

 選択肢なんてありはしない。


「死んだ後で苦しい思いをするような取引は嫌だがな」

「安心しな。苦しい思いは生きたまましてもらう」


 なら文句はない。

 生きたまま苦しい思いをするだけなら逃げ道はある。

 

「何をすればいい」

「世界を救うっていう簡単なお仕事をするだけさ」

「はっ?」


 今、なんて言った?

 まさか今さら勇者らしい仕事をしろと?

 ガラクタ勇者と罵られ続けてきた俺に?


「まあ、力はやるが仕事をしなくても文句はない。その辺は好きにしろ」

「世界を救わなければ俺も死ぬなんてことは……」

「間違いなく死ぬな。だからこそ仕事をしたくなければしなくても良いと言っている」


 ニヤついた口が憎たらしい。

 自殺願望がないのなら、受ける以外の選択肢なんてないだろ。


 なにが”足元を見れるからこのタイミングで呼んだ”だ。

 いつ契約を持ちかけても足元を見放題だろ。


「本当のことを聞きたい」

「なんだ?」

「なぜこのタイミングで俺に契約を持ちかけたんだ」

「こういう状況の方がありがたみが増すだろ」


 邪神の性格を理解できた。

 ディーバは決して邪悪な神なんかじゃない。

 だが性格に問題のある神であるのは確かだ。


「で、契約はするのか?」

「選択肢が全くないだろ」

「頑張れば皆殺しにされずに済むかもな。世界だって救えるかもしれないぞ。俺と契約した場合に比べて難易度は跳ね上がるだろうけどさ」


 それ、選択肢がないのと同じだろうが。


「わかった契約する。世界を救うために善人の真似事をさせてもらうよ」

「そんなに使命感に燃えられるとこちらとしても嬉しい限りだ」


 これまで以上に嬉しそうなディーバ。

 そんな彼の顔を見ると、これまで以上にイラっとする俺。


 相手が邪神とはいえ神なのは分かっている。

 だがあえて言いたい──殴らせろ。


「殴られるのは嫌だから、早く帰ってくれ」

「俺の心の中が見えていたのか!」

「神様だからそのぐらい簡単だ。じゃあな。俺の後継者君」

「おい! 後継者って何だ! 世界を救う以外は了承していないぞ!!」

「がんばれよ」


 邪神の後継者という不名誉な称号を与えられた。

 反論するもどこ吹く風。


 黒い色に染まっていた世界は、白い色に染まっていきディーバの声も遠のいていった。


 今さら無駄だと分かっている。

 だがあえて言いたい──殴らせろ。



 意識を取り戻した。

 体中についた傷から鋭い痛みを感じる。

 だが、痛みに怯えるのは後回しだ。

 今することは──


「シュンジ……すぐに地獄へ送ってやる」

「ディーバァァァ」


 知性のない目。

 獣にすらある僅かな知性すら失ったのか。

 シュンジであれば──いや、ヤツの思考は大半が色欲にまみれていたし、感情に流されまくっていたな。


 それでもシュンジの頃には多少の知性があったと思う。

 断言できるほどの自信はないが。


「オオオォォォォォ」


 俺の腹を突き刺そうと右手の刃が伸びる。

 だが体を捻ることで、左脇の服を僅かに切っただけにとどまった。


 反撃に移ろうとするも、間合いが狭すぎる。


 黒曜石の剣では、まともに振るうことができない程に接近されてしまった。

 だが敵の顎が目の前にある。


 刃の側ではなく、柄の先──柄頭を顎に叩きつければいい。

 全身のバネを使った一撃は、顎を打ち抜き大きく敵を仰け反らせた。


「ウグゥッ」


 脳に響いたのだろう。

 歯を食いしばり衝撃に耐えた黒豹。


 だが、間合いは離れた。

 胴体はガラ空きになっている。


「だあぁぁぁぁぁっ」


 胴体を薙ごうと剣を繰り出そうとしたとき、敵の雰囲気が変わった気がした。

 ゾワりと背筋に悪寒が走る。


 踏み込んだ足をムリヤリ静止させる。そのとき──目の前を鋭い何かが通った。

 遅れて冷たい風が顔の皮膚を震わせたとき、顔を切り裂かれる寸前だったことが分かった。


 僅かに後ろに下がり、自分が回避した危険の正体を理解した。

 避けなければ、どのような未来が待っていたのか。それを想像して感じた冷たい恐怖に、過剰なまでに息が乱れる。


 一歩間違えれば、俺は両目を失っていたことだろう。 


 俺を切ろうとした物。

 それは、黒豹の足から指のように伸びた刃。


 ヤツの両脚からは、先ほどまでなかった刃が伸びていた。


 その刃は、これまでとは何かが変わったという証。

 これまでと同じような考えで攻めたら、こっちの身が危険だ。

 

 大きく退がざるえなかった。

 

『意地を張らずに素直に力を使え』


 ゾファルトの苦言が正論すぎて反論などできない。

 

「相手も本調子になったみたいだ。もう手加減なんて出来ないさ」


 油断、それとも秘石を得たことからくる傲慢さだろうか。

 つまらない意地を張って、勝機を逃してしまった。

 そのことに若干の後悔を感じる。


「ようやく……ようやく帰ったぞ。この世界に!!」


 両足に刃が生えたのは、人格を別の何者かに喰われ尽くしたせいだろうか。

 完全に別の意思に飲み込まれたシュンジだった物が、そこに立っていた。


「ディーバ。まずはお前を復活の供物にしてやろう」

「あんなのと一緒にしないでくれ」

『我が神をあんなのだと!』


 なんか外野の剣が怒っているが無視だ。

 いくらでも謝るから、今は戦いに集中させてくれ。


「とぼけるな。貴様からは、あの忌々しい邪神の臭いがプンプンしているぞ」

「ああ、不名誉ながら俺は邪神の後継者らしくてね。見習い邪神と言った所だ」

「フン、見習いか。ヤツの関係者なら見習いでも殺す価値がある」

「見習い邪神に殺されたら大恥だろ? 殺す前に殺し返されないように気をつけろよ」


 皮肉なことだ。

 シュンジよりも話が通じている。


「お前こそ、見習いとはいえ邪神。ヤツの名を貶さぬよう気を付けることだ」

「アイツの名は貶すというのは甘美な響きだが……お前相手に貶すようなことはならないさ」


 面倒な相手だ。

 こちらへの侮りが一切ない。

 神と人間という絶対の差があるから、少しは油断してくれると期待していたんだが。


「そうか……なら、その言葉を力で示せ」

「そのつもりだ」


 知性を取り戻した神。

 先ほどまでとは全く違う、鋭さのある殺気を感じる。

 古の神との戦い。油断は一切許されない。


「ゾファルト、ディーバの力を使う」

『ああ、我が神ディーバの秘石を発動させるぞ』


 邪神と呼ばれたディーバ。

 神を殺し続け、最後に負けたから邪神と呼ばれるようになった神。

 もしも戦いに勝っていればディーバこそが神と呼ばれ、敵対したヤツらが邪神と呼ばれていたことだろう。


 アンタの名誉を回復させる余裕なんて俺にはない。

 でもな、気乗りはしないが契約だ。世界の1つぐらい救ってやるよ。

 ま、ダメだったら勘弁してくれ。


「ディーバ! 力を貸せ!!」

『神域解放』


 ディーバが持つのは神を殺し続けられた力。

 すなわちディーバは神殺しを得意とする神。

 その力の発動は神域の開放をもって始まりとなる。


『周囲の侵食を開始する……………………周囲への侵食を完了した』


 ディーバの力。

 それは神殺しとも言うべきものだ。

 すなわちディーバとは神殺しの神。


 だが、今からその力は違う意味を持つ。

 すでにこの世界に神はいないのだ。

 

 だからディーバ。

 お前の力は、勇者殺しのために使わせてもらう。


「姿を見せろ。我が神域よ!」


 空気が変わった。

 清浄な物へと。


 俺にはなじみ深い、この世界の故郷というべき場所の物へと。


 街の遥か遠くに巨大な樹が見える。


 懐かしい。

 数日と立っていないのに懐かしい。

 あれは世界樹と名付けた樹。


 今、この街は神域と重なって存在している。


 すなわちここは俺の世界。

 俺のための舞台。


「戦いによる周囲への影響はどうだ」

『問題はない。全ての攻撃は神域に流れ込む』

「なら、全力で行けるか」

『うむ』


 体が軽い。

 神域を開放したことで、【神域の加護】が発動し俺の身体能力が高まっているせいだろう。

 

「ディーバアァァァァァァッ」

「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ」


 神の力は格下である人間には脅威だろう。

 だが、この神域内でお前の力が通じると思うな。


 この領域にいる限り、俺はお前と同じ神となるのだから。


 さあ、戦いを終わらせよう。

 俺の勝利という形で。

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