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第10話 勇者の力

「生きていやがったか」

「おかげ様でな」


 黒水晶の剣を向け、 勇者の力を発動したシュンジと対峙している。

 俺たちの会話に隠れ陣形を整えるメンバーたち。


「ふん、ガラクタが」

「そのガラクタにお前は倒されるんだ」

「俺を倒す? お前が?」

「そうさ、俺に倒されるんだから、お前はガラクタいかっていうことだな」

「ガラクタが俺をか! 秘石の力を持たねぇお前が、この俺を? 死にかけて脳みそがイカれちまったようだな」


 俺の言葉に笑いだすシュンジ。

 秘石──それを持つかどうかが、俺と他の勇者との違い。俺は秘石を持っていなかったため、ガラクタなどと呼ばれるようになった。

  

「女に惚けて、脳みそが茹であがっているお前に、イカれたなんて言われるのは心外だな」

「冗談のつもりだったが、本当にイカれたようだな。崖の上で、情けなく命乞いをしておいたお前が、調子づくなんてイカれねぇ限りねえからなー」

「相変わらず、他人を見下すことしかできないか。性根の腐り具合が手遅れな所まで行ってしまったんじゃないか?」

「ガラクタが調子づいてんじゃねえぞ」

「はっ、口を動かしてないで早く来たらどうだ。見かけどおり早い・・・・のが特技なんだろ?」

「……殺す」


 知っているか、シュンジ。

 他人に殺すっていうのなら、自分が殺し返される覚悟が必要だって。


 お前たちが知っているわけないよな。

 一方的に傷つけることに慣れたお前らは、自分が死ぬことを考える必要なんてないんだから。


 自分たちだけ、安全な所にいると思っているんだろ?

 でもな、生きていれば誰だって死ぬんだ。


「いい殺気だ。来いよ変態」


 お前が殺される側だっていうことを教えてやるよ。


 *


 黒剣を手にした俺と、黒豹の姿となったシュンジ。

 夜の闇に溶けるような特徴を持った俺たちの戦いが始まる。


 睨みあって対峙しているが、隙を窺うような上品な探り合いではない。

 俺たちの頭にあるのは、残酷な形で相手の腹に刃を突き立てるのかという、相手の殺し方のみ。

 

 だが、この場にいるのは俺たちだけではない。

 殺し合いの再開は、彼女の矢によって告げられる。


 ソフィアの矢が闇夜に栄えた。

 僅かな風すらない夜の闇を切り裂きながら、矢がまっすぐに伸びる。


「フンッ」


 矢は、腕の一振りで叩き落とされる。

 だが矢を叩き落す瞬間、殺しのチャンスが見えた。


「そらっ」


 チャンスを見いだした俺は、地面を蹴って間合いを詰める。

 シュンジに向かって剣を振り下ろすも、指の代わりに伸びた刃によって受け止められた。


「ガラクタがーーー!」


 大ぶりとなった爪を紙一重で避ける。

 コチラの攻撃を防がれても、先程の挑発で頭に血が上っている相手は、大雑把な攻撃しか繰り出してこない。

 それにコチラは──1人ではない。


「ツッ!」


 大ぶりによって出来た隙を、ソフィアとルミナが見逃すはずもない。

 同時に放たれた、矢とナイフがシュンジへと襲いかかった。だが、傷を付けるまでには至らず、腕の一振りで攻撃は払いのけられてしまう。


「だあああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 しかし、攻撃を払いのけるだけで隙は生じるものだ。

 ソフィアたちが隙を見逃さなかったように、俺も隙を見逃す気はない。

 横一文字に振った剣は、無防備な腹へと吸い込まれていく。


「ケッ」


 しかし、剣は突如として地面から現れた何者かに受け止められる。

 俺の剣をシュンジノ代わりに受けた相手は、液体のように溶けて地面に消えていく。

 地面に溶ける相手を確認しながら、俺は後ろへと跳躍して再び剣を構えた。


「そう言えば、くだらない特技を持っていたな」


 俺の剣を受け止めたのは眷族。

 ヤツの影から湧きあがった人形ひとがたで、墨汁を塗り固めたかのような姿をしている。


「俺にコイツを使わせるなんてな。少しはマシになったか」

「そいつはどうも」

「でもな……」


 口を獰猛に歪ませ、言葉を紡いでいくシュンジj。

 徐々にヤツからは魔力が漏れ出し、周囲に黒い空気を生み出していく。


よえぇクセに調子づきすぎなんだよ!!」


 怒声ともとれる叫び。

 その叫びと共に、周囲に広がったシュンジの黒い魔力は、周囲に多くの人形ひとがたを作り出した。


 その数は13。

 これがシュンジの持つ勇者としての力。


「くだらない」

「あぁん?」


 数の暴力は厄介だ。

 一流の戦士でも、休む間もなく襲われ続ければ、体力を失うなり隙を突かれるなりする。

 でも──コイツのは違う。


「コイツは俺が押さえる! 連携をとって迎え撃ってくれ!」


 俺は、コイツの弱点を知っている。

 当然、コイツの眷族を使った戦い方の欠点も──。


「イキがりやがって……テメェら、ヤツらを挽肉ひきにくにしてやれ」


 シュンジが指示を出すと同時に動き出す眷族達。

 対してコチラは、敵を迎え撃とうと待ちかまえている。


 無言で走る眷族が、徐々に距離を詰めてくると、そこに一本の矢が放たれた。


 その矢はソフィアの放ったものだったが、眷族は容易くそれを避けてしまう。

 しかし、矢を避ける瞬間を見計らって投擲されたルミナのナイフが、眷族の頭を捉えた。


「なっ……」


 容易く始末された眷族を見て絶句するシュンジ。

 眷族が弱いわけではない。むしろ一般的な兵士に比べれば、ずっと強いといえる。

 でもな──


「相変わらず、力押しの単純な動きだ」


 確かに、俺以外の勇者は恵まれた能力を持っている。

 ヤツらが本気で動けば戦術も何も関係ないほどだ。


 だが、俺たち勇者は平和ボケした日本人でしかない。

 そんな平和ボケしたヤツらが、強すぎる力を持って調子づいた結果どうなるか?


 なにも考えずとも力押しだけで勝ち続け、考えることを放棄することになった。

 それは 勇者全員に共通する弱点であり、コイツもまた例外ではない。


 ヤツの出す眷族は、シュンジの思い描く通りに動く。

 これだけ聞けば脅威といえるだろう。だが、集団戦についての基本すら学ぼうとしなかったヤツは、烏合の衆としてしか動かすことしかできない。


「チッ、来い!」


 減った分は補えば良いと、再び眷族を作り出すシュンジ。

 だが、眷族を作り出している間も、次々に数を減らしていっている。


 本来であれば、ヤツの作り出した眷族は物理攻撃でダメージを与えられない。

 魔法にしても、倒すにはある程度の威力が必要となる。だからこそ、ヤツが烏合の衆ていどの動かし方しか出来ずとも、十分に敵の脅威となりえた。


 だが、ソフィアやルミナが使っているのは神具だ。

 本来は物理攻撃が効かない相手であっても、神具であればダメージを与えられる。


 それにレオンハルトやオージアス、フリアの持つ武器も最高級のものだ。

 この最高級というのは、人間の尺度での最高級ではなく、人間以外の生物も含めた尺度での最高級だ。

 神具に準ずる効果を有しており、達人ともいえる腕を持つ人間が手にすれば、シュンジの眷族ごとき敵ではない。



「ケイ様も働いて下さい!」

「……わるい」

 

 慌てふためくシュンジが面白くて、つい魅いってしまった。

 だが、これ以上の好感度下降を防ぐためにも、一働きするとしよう。


 *


 眷族は、他のメンバーに任せておけばいいだろう。

 まともに連携をとれない眷族など、ただのまとに過ぎないのだから。


「テメーは殺す」

「言ってろ」


 俺が振り下ろした剣は、爪のように伸びたヤツの刃によって防がれる。対して突き刺そうと伸ばされたヤツの刃は、俺に触れることなく空を切る。


「いい加減、死ねよ!」

「死ぬのはお前だ」

「っ!」


 最初は、一方的に事を運ぶつもりだったのだろう。

 コイツのことだから、ソフィアたちと戦い始めた時は、遊び感覚だったかもしれない。

 だが、ルミナが乱入する直前、コイツは虐殺するつもりのようだった。


 それが今では、お互いの命に手が届く形での殺し合いになっている。

 絶対的に優位な立場から、殺し合うという対等な関係になったんだ。


 ようやく死神の手が見えたのだろうか?

 ヤツの目に、本能的な恐怖の色が浮かび始めた。


「クソがーーーー!!」


 いっそう恐怖の色が深まる瞳。

 ロクに死の恐怖を経験したことのない者が、この状況でまともな攻撃など出来るハズがない。

 大ぶりとなった攻撃を俺が避けると、勢いに任せたまま地面に向かっていった。


 この攻撃を見た俺は、口角を醜く歪めていたことだろう。

 自分でも邪悪すぎる感情に支配されていた自覚がある。


「ウギャアアアアァァァァァァァーーーーーー」


 シュンジの攻撃を避けた俺は、ヤツの右腕が地面に最も近づく瞬間を見計らい、全力で黒曜石の剣を振り下ろした。


 黒曜石の剣は両手剣であり、切るだけでなく押しつぶせるだけの重さがある。

 全力で振り下ろされた黒曜石の剣によって地面との間に挟まり、ヤツの右指から伸びた全ての刃がへし折れた。


「どれだけ恨んでいるかって、自分では分からないものだなー。これまで、恨んでいるつもりはなかったんだが、お前の悶え苦しむ姿を見ると、すっげー嬉しくなるんだ」


 へし折れた右手の刃があった場所からは、大量の血が流れている。

 爪が剥がされた痛みか、指が切断された痛みかは分からないが、ヤツの苦しむ姿を見ると口元が緩んでしまう。

 殺されかけたことは、気にしていないつもりだったが、心の底で根に持っていたんだな。

 と、愉悦に浸りながらヤツが悶え苦しむ様を観察する。


「……殺す」

「さっきから、そう言ってばかりだな、おい」

「殺す、殺す、殺す」

「?」


 なんか様子がおかしい。


「殺す、殺す、殺す、殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 ブチ切れた──とは違う。

 ヤツの何かが変わった。黒豹の姿から感じていた獣性は、全く別の禍々しい物へと変わり、魔力もまたこれまでと性質が異なる物へとなっている。いや、性質が違うだけではない。魔力が、人間の物ではなくっているんだ。


「ディーバーー お前は殺す」


 ディーバ、それは──


『なぜ、ヤツが我が神の名を知っているのだ!』


 ゾファルトの前所有者であり、邪神と呼ばれていた存在。

 だが、ディーバという名前は、余りにも不吉とされて口にされるのは避けられるようになり、いつしか歴史からその名前が消えた。

 俺もゾファルトに聞くまでは、邪神の名前など知らなかったほどだ。


「ウガアアァァァーーーーーー!」

「クッ」


 動きが早くなっていやがる。

 それに、攻撃もやたらと重い。


 距離を縮められ、左手の刃のみで猛攻を受ける。

 次々に繰り出される攻撃は、左手だけによるものであるにも拘らず、息をする間も与えないほどだ。

 しかし──


「グゥッ」


 俺への攻撃は、シュンジの左目へと突き刺さった矢によって中断された。


「「遊び過ぎです!」」

「わ、わるい」


 ソフィアとルミナの迫力に押されて、思わず謝ってしまった。

 認めたくはないが、ゾファルトの力を得てから調子づいていたのかもしれない。


 などと考えていると、隣にレオンハルトが来た。


「あれは一体なんだ?」

「さあ?」


 俺に聞かれても分かるハズがない。

 あえて言えば──


「秘石の暴走……かな?」

「そんなことがあるのか?」

「分からない。でもな、ここまで勇者アイツらを追い詰められたのを見たことがなからな、何かあってもおかしくはない」


 暴走と伝えたが、言いようのない恐怖を感じる

 強い相手と対峙したときの恐怖とは違う、もっと人の奥底にあるような根本的な恐怖を──。


「来るぞ!」


 残された左手の刃を振り回しながら、こちらにやってくるシュンジ。

 その動きは、これまでよりも酷く粗雑としか言いようのない動きだ。

 それに、シュンジの目が、これまでの俺を見下したものとは違う。

 明らかに、何かがおかしい。


『主よ』

「なんだ」


 突如として語りかけたゾファルト。

 敵の振り回す刃を避けながらの会話は避けたいのだが。


「くっ」


 ゾファルトの声に気を取られながらも、なんとか刃を避けることはできた。

 ヤツの刃によって生じた冷たい風が、頬を撫でる感覚に冷や汗が出る。


『あれは勇者の力などではない』

「じゃあ、なんだって……つっ」


 再び襲い来る刃を避ける。髪が僅かに刃の犠牲となり、数本が地面へと落ちた。

 今のはヤバかった。だが、余計なことを考えている余裕はない。


 背筋に冷たい物を感じながらも、続く連撃を避けるために後ろへと下がる。


「ケイ!」


 ソフィアの声と共に、3本の矢が放たれた。

 矢はシュンジを襲うも、敵が後ろに下がる形で躱されることになる。


 だが、おかげで敵との距離を置くことが出来た。


『あれは、我が神が退けた神の力だ』

「じゃあ、勇者の力っていうのは神の力っていうことか」

『間違いないだろう』


 俺にとっては、勇者の力でも神の力でも、どちらも手の届かないものなんだがな。


『気をつけろ。それに、秘石とやらには神の力だけではなく、意思や魂が宿っていたようだ』

「まさか、アイツが乗っ取られかけているというんじゃぁ」

『既に乗っ取りは完了したようだ』

「………………」


 ガラクタな俺が、まともな勇者であるシュンジを倒せる可能性があるとすれば、ヤツの未熟さを突くことぐらいだ。


「逃がしては……くれそうもないか」


 意識が混濁したようだった瞳には、明確な意思が宿っている。


「ディーバ! 今度こそお前を殺す」


 力の持ち主が表に出た今、未熟さを突くことはできない。

 だが、どうするべきか考える余裕を敵が与えてくれることはなかった。


「来るぞ!」


 得体のしれない危険を感じ、この場にいる誰もが最大限の警戒をしたことだろう。

 だが、俺らの警戒心を嘲笑うかのようにヤツは動いた。


「神の前に、人の力など無意味」

「「!」」


 聞こえたのは、腹に響くような声。

 声が響くと共に世界の色が変わった。


 建て物も、石畳も、月も、全ての形ある物が黒い色へと変わる。

 黒一色となった物の輪郭は、白で描かれている。

 まるで、明暗のハッキリした白黒画像のようだ。 


 だが、そうして作られた世界は、一瞬で消えた。


 再び姿を見せる夜の街。

 何の変化も見られないこの場所で、俺たちにだけ違いがある。

 それは──


「………………」

『主よ!』


 体中が熱くなったと感じた直後、鋭い激痛が走った。

 後ろで”バタン”と、何かが倒れる音が聞こえた気がする。続くように、いくつもの同じ音が聞こえた後、隣にいたルミナが倒れた。


 痛みで意識を手放しそうになりながら、なにが起こったのか考えてみても分からない。


『気をしっかり持て!』


 意識が遠のいていく中で、誰かの意識が流れ込んでくる。

 その意識は、俺の状況をこう言っていた。


 ”神の力で、斬られたという結果だけを与えられた”と──。

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