第8話 逃走と覚悟
バスヴァーユ領主ローラントに囚われた、ソフィア、レオンハルト、フリア、オージアスの4人。
4人はローラントの屋敷の地下に設置された牢にいた。
「くそっ」
強く石で出来た壁を殴りつけるオージアス。
その顔には苛立ちが見られる。
「落ち付け」
「……ああ」
レオンハルトに咎められ、怒りを押さえたオージアスであったが、その拳は強く握りしめられたままだった。
ローラントへの怒り。そこには自分たちを嵌めたことへの怒りも確かに存在する。だが、関係の深かった自分たちを平然と切り捨てる、そんな誇りを持たぬ行動に対する怒りが大きかった。
「面倒なことになったわね」
フリアは、鉄格子から通路側に目を向けながら呟く。
「キシスに取り入るためか、それとも……」
レオンハルトは、自分たちをなぜ彼が陥れたのかを考えていた。
だが、結論には行きあたらず、時間だけが過ぎて行く。
時が経つ中で、体力が削がれていった彼らは、いつしか何も言わなくなっていた。
さらに時間が経ち、捕まってから5時間ほど経ったころだろうか?
救いは牢の外側からやってきた。
「こちらです」
男性の声が、地下牢へと降りるための唯一の階段から聞こえた。
ローラントが来たのかと、身構える一同。
しかし、やってきたのは──
「みなさん、今すぐ牢を開けます」
ローラントの息子である、アルフレッドとバスヴァーユ家に仕える初老の執事だった。
「どういうつもりだ」
レオンハルトは、鋭い目つきでアルフレッドに問う。
「言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、僕は父がやろうとしていることを知りませんでした。だからこそ、あなた達を、ここから逃がしたいのです」
「………………」
アルフレッドの言葉を誰も信じることはできず、口を閉ざしている。
だが、執事は牢の鍵を開け始めた。
「今回のことは、勇者の一人が仕組んだことです」
「勇者が……」
4人に思い浮かんだのは、数ヶ月を共にした勇者だった。
もちろん彼を疑ったわけではない。彼から聞いた、他の勇者達の人格を思い返したのだ。
「父は勇者シュンジに、取り入ろうとして」
「それが、どうして俺たちに結びつく」
「勇者シュンジは、過去にソフィアを気にいり……」
「……そういうことか」
アルフレッドの言葉に、レオンハルトは怒気を孕んだ声で答える。
「僕は、ソフィアをそんな目に会わせたくはありません。ですから、みなさんには逃げて欲しいのです」
まっすぐに自分たちを見つめるアルフレッド。
彼の言葉に、レオンハルトたちは──。
*
~ケイ視点~
捕らえられる寸前に、ローラントの屋敷から逃げ出したイザベラ。
彼女は、ケイの下へと走り、対処するための準備を始めていた。
この街へと共にきたメンバーと共に、情報網を敷き、更にはソフィアたちを奪取した後の逃走経路の確保。
さすが元暗殺集団百足というべきか。
あとは相手の動きを待つだけの状態となっている。
「動きがあったよ」
イザベラは、廃屋に手待機していたケイに伝えた。
「アルフレッドの坊ちゃんが、レオンハルト達を外に連れ出したみたいよ」
「そうか」
明かり一つない廃屋に手のやり取り。
割れた窓から差し込む月明かりが、椅子から立ち上がるケイの顔を照らす。
そこには普段とは違う、戦士としての表情が青白い光によって浮き上がっていた。
「ケイ様」
「……行こう」
ルミナを連れ、廃屋を出るケイ。
因縁にまみれた、彼の戦いが始まろうとしていた。
*
~ソフィア視点~
ソフィアたちは、月明かりを頼りに街を走り続けている。
彼女たちの前を走るのは、アルフレッドと執事の男性。
「こちらです」
アルフレッドに促されるままに走る4人。
1秒でも早く行動をしたい現状では、鎧というものは邪魔でしかない。レオンハルトとオージアスは、機動力を確保するために鎧を捨てており、アルフレッドが用意した胸当てなどを見に付けただけの軽装だ。
2人の後ろを走るのは、ソフィアとフリア。
ソフィアは、白き神弓ローセルを手にし、フリアは杖の赤い宝玉を付けた杖を手にしている。
「来ましたね」
執事の男性が、レンガ造りの家が立ち並ぶ街路の先を見ながらそう言うと──
「こっちっすよ」
物影から1人の少女が飛び出して来た。
「マリエール!」
逃げ出したイザベラは、アルフレッドたちと連絡を取り合い、今回の脱出劇を演出したのだ。
他のメンバーから最新の情報を仕入れているマリエールは、月明かりの下、迷いなく走り続ける。
「現状は、どうなっておりますか?」
マリエールの横を走る執事の男性。
身のこなしは、マリエールのものに近い。
「兵士が街中に溢れているっす。でも北区の方は経験の少ない兵士が多く配備されているっすから、ウチの仲間が撹乱させるッすから、そこを抜けるっす」
「ふむ。妥当と言えますね。では勇者の動向は……坊ちゃま!」
会話の途中で、大きく目を見開いた執事の男性。
彼は、突如としてアルフレッドを突き飛ばした。
「くぅっ」
突如、後ろから飛来した一本の槍。
それはアルフレッドのいた場所へと飛び、執事の右腹部を貫いていた。
「爺!」
腹部に槍を刺したまま、走ってきた方向を睨む執事。彼の下へとアルフレッドはかけよる。
「……私が背後を取られるとは…………ぐふっ」
「爺!」
倒れ込んだ執事に、アルフレッドは手を差し伸べようとした。だが、その手を止め、代わりに剣を手にした。
彼は分かっている。貴族として自分が果たすべき役割を。
「ちっ、仕留めそこなったか」
悠然と歩いてくる男。
黒髪に黒い瞳をしたその男が着た鎧には、王国軍を表す獅子の紋様が刻まれている。
「仕留めたのは老いぼれだけか」
「………………」
男に黙って剣を向け続けるアルフレッド。
アルフレッドの後ろで、レオンハルト達も足を止めて武器を構えている。
「やっぱり、イイ女だな」
男は顎に手を当てながらニヤつく。
まるで品定めをするかのような視線に、ソフィアは不快感を拭いきれない。
「取り引きをしねえか」
突如として申しだされた取引という言葉に、嫌な予感しかしない。
「ソフィア、お前が俺の女になるのなら、ソイツらを助けてやるぞ」
「話を聞くな!」
「黙っていろ! 話しているのは俺とソフィアだ!」
「!」
アルフレッドが口を挟むも、巨大な殺気をぶつけられ口を紡ぐしかなかった。
「どうだ? このままじゃ、全員死ぬんだ。悪い話じゃないだろ」
「…………」
「優しくしてやるぜ」
考え込むように、うつむくソフィア。
だが、それは考えているのではない。彼女は怒っていた。
「嘘を言わないでください! あなたは、そう言いながら、投降した反乱軍を皆殺しにしたと聞いています」
「ハッ、誰に聞いたんだか。おれは約束を守る男だぜ」
ソフィアたちに、勇者達の悪行を伝えたにはケイ。
彼自身もガラクタとはいえ勇者。出会ったばかりのシュンジよりも遥かに信用ができる。
そのように思いながら、次に投げかける言葉をソフィアが考えていると、足元から掠れるような声が聞こえた。
『……もう少し、時間を稼いで下さい』
声の主は、先ほど槍に貫かれた執事の男。
彼にに目を向けることなく、ソフィアはその声に従うことにした。
「あなたよりも、ずっと信用の出来る方です」
「へー」
意味ありげに、シュンジはアルフレッドを見る。
「なるほどねー。大人しそうな顔をしているのに、婚約者を差し置いて」
「下卑たことを言わないでください」
「いいんじゃね? ただの婚約なんだろ」
「そんな関係ではありません」
静かに怒りを見せるソフィア。
シュンジの言葉だけに出なく、生理的な部分で目の前の男に嫌悪感を抱いている。
「まあ、いいさ。本当なら、お前を乱した男の前でやりたかったんだがな」
「うっ」
ソフィアは、目の前の男が見せる情念に、思わず後ろに下がる。
対してシュンジは、前へと歩き出した。
「優越感って言うのかなー。大切な女が目の前で喘いでいるのを見せると、スゲー興奮すんだよ」
後ずさりしていくソフィアだったが、無情にも距離は縮まっていく。
「それ以上近づくな!」
「うっせぇなあ。話してんのは、俺とソフィアだって言っただろうが」
だが、2人の間にアルフレッドが経ち塞がる。
シュンジは不愉快そうに顔を歪め、目の前に立ちふさがった男を見た。
「お前は、父さんに何を吹きこんだんだ!」
「父さん? ……ああ、お前はローラントの息子か。男に興味ねえから気付かなかった」
「答えろ!」
「うるせえヤツだ。答えてやるよ。ソフィアを俺の物にできたら、爵位を上げてやるって言ったな。あとは、若い妻や妾を何人かくれてやるとも言った。そうだなー、あとは……そうだ、飽きたらソフィアとも遊ばせてやるって言ったぞ」
「! キサマァァァァァァッ」
激昂というのが相応しいだろうか。
これ以上ないという程に、怒りの声を張り上げてシュンジを切ろうと走るアルフレッド。
「ふんっ」
だが、シュンジは鼻を鳴らすだけで、平然とした表情でアルフレッドを向かい打つ──ハズだった。
「炎獄よ!」
「なっ」
シュンジは、これまでと違った表情を見せた。
死んだと思っていた執事が声を上げたことに驚いたのか、それとも足もとに広がる赤い魔方陣に驚いたのか?
時間を稼ぐように、先ほどソフィアへと執事は伝えた。
アルフレッドもまた、このような状況になることを覚悟していたのだろう。
勇者という強者に対し、己の命を対価にしたアルフレッドと執事の男。
2人の覚悟は、反逆の牙となり勇者に突き刺さったのだ。
「アアァァァァァァァッ」
「チィっ」
炎が渦巻く中、シュンジの剣とアルフレッドの剣が、甲高い音を立てて交わった。
「演技だったのか」
「ああ、そうさ」
剣をぶつけ合い、鍔迫り合いになっての会話。
シュンジが、アルフレッドに何かを言おうとしたとき、足元から吹きあがった炎によって、会話は遮られた。
炎は天に昇るほどに大きくなっており、すでにアルフレッドも執事の男も姿が見えない。
これほどの灼熱地獄の中であれば、勇者であってもタダでは済まないだろう。
「行くっすよ」
炎が吹きあがるなか、マリエールの声が響いた。
「でも」
「あの2人は覚悟を決めていたっす。身内のしたことに責任をとるって。ここで皆さんが覚悟を決めないと、2人の覚悟が台無しになるっす」
天に向かって吹きあがる炎へと目を向けたソフィア。
だが、マリエールの言葉を受け止めたのだろう。すうに視線を向かうべき先へと向けた。
「いくぞ」
「はい」
レオンハルトの言葉に、ソフィアは自分の意思を示した。
2人の覚悟を受け止める意思を。
*
~ケイ視点~
(ここもか)
俺は、ソフィアたちと合流するために走っていたのだが、今は物影に隠れている。
兵士たちが街のあちこちに展開されており、街人も誰1人外を歩いていない。下手に顔を出せば、捕まりかねない。
「シュンジの行動はどうなっている」
「単独行動をしているらしいね」
足止めを喰らうたびに、情報を伝えるイザベラ。
「他の兵士は連れていないのか」
「アンタの言った通り、自分の力に酔ってんだろうね。それに、他の兵士を信用していないんだろう」
「確かに、アイツはそういうヤツだったな」
過去を思い返すと、心当たりがあった。
アイツだけじゃないな。他のヤツも兵士なんかを、足手まといにしか思っていなかった。
「兵士を足手まとい程度にしか思っていない可能性もある」
「単独行動での仕事は効率が悪いんだけどねー……兵士が移動するね…………行くよ」
「ああ」
合流地点を目指して、再び俺たちは走り出した。
*
~ソフィア視点~
「はぁ、はぁ」
もはや誰の息遣いか分からないほど、闇夜に荒れた息の音が響いている。
「あと、どれくらいだ」
「もうちょっとっす」
「さっきから同じことを言っているぞ」
オージアスは、マリエールの言葉に不満をぶつけている。
ずっと走りっぱなしであり、体力だけがどんどん削られていっているためだ。
「少し休むっすか」
「……その方が良さそうだ」
振り返り、ソフィアとフリアの表情を確認したレオンハルトは言った。
重い騎士鎧に慣れている、レオンハルトとオージアスは体力がある。しかしソフィアとフリアの体力は──
「大丈夫です」
「いや、まだ距離があるんだ。ここで無理をしてもなんにもならない」
息を切らしながらも、大丈夫だというソフィア。
だが、マリエールが休憩を提案したほどだ。それは、休憩を数分とっても問題ない距離を、まだは知らされるということ。無理をしても良い結果にはならないだろう。
「あと、どれくらいだ」
汗をかきながらも、息切れはさほどではないオージアスが、マリエールに先ほどと同じ質問をした。
「……ようやく半分っていう感じっすね」
オージアスの問いに、マリエールが答えたのだが、その答えに一同がうんざりした表情になった。
そのとき──
「休憩か?」
闇夜の空に響く声。
低く地に響くようなその声は、先程の勇者と同じ声だ。しかし何かが違う。
「どこにいる!」
それぞれが背を向かい合わせ、お互いの背を守り合う形で周囲を警戒する4人。
「そんなに俺が気になるのか…………安心しろ、すぐに姿を見せてやるよ」
「!」
4人は一斉に視線を空へと向ける。
先ほどまで路地を照らしていた月光が、何かに遮られたからだ。
そして知る。
視線を向けた空に、探していた者の姿があることを。
だが、その者の姿は探していた物とは違う。
なぜなら──
「くっ」
大地へと空から何かが落下した。
と、同時に地響きと共に砂埃が周囲に舞い散る。
「なんだ、こいつは」
空から落ちてきたソレは、巨大な体をしていた。
全身が黒い獣毛に覆われ、瞳は赤。
何よりも特徴的なのは、両手の5指から伸びた日本刀のような反り返った刃。
その姿を例えるのなら、体躯が3メートルを超える、二本足で立つ黒豹。
「鬼ごっこは終わりにして、勇者ごっこでもやろうか」
右手の刃を嬉しそうに舐めながら、ソイツは言った。




