真実と知らない罪と新たなる罪
世界には、正と負の力がある。その2つの力はいつだって均等ではない。正の力が強い。けれど、その力が均等に近くなる。人々が負の力をためすぎて――。
負の力はただ悪い力ではない。そこには悲しみや寂しさといったものも含まれているのだから。
それでも、世界には決まりがある。
負は正に勝ってはならない。
均等になってはならないのだ。それは世界の終わりを意味する。
だから、世界は世界を変えて、負の力が強まっていることを、この世界の住人に伝える。正の力を増やすようにと・・・・・・。
けれど、そんな世界で正の力は増えない。そもそも伝わらない。そんなことは誰も知らない。そして、たぶん伝わったところで、どうにもできない。
だから、負の神が誕生する。
いよいよ世界の均衡が崩れそうなとき、世界によって、ある日突然、たくさんの負の力を与えられ、負の神が誕生する。負の力だけを与えられ・・・・・・人々に忘れられる。
そう、負の神はただの人間。病気だってするし、怪我もする。事故で死ぬこともある。そんな弱い存在なのだ。そして、決して人が苦しんでいる姿を見て、喜ぶなどということはない。
世界はそんな人を選ばないから。
世界のために、人のために自分を犠牲になることを受け入れることができるような、とても、とても優しい正の力だけを持つ者を選ぶのだ。
そして、誕生した負の神は、正の力だけを持つ者に倒されなくてはならない。
そうして、世界は正しい世界に戻るのだ。
「これが真実です」
きぱりと話が終わったことを告げられた。
世界は残酷だ。けれど、正と負の均衡により、成立してる。崩れてしまったら、世界は消えてしまう。そして、世界を残酷にしてるのは、人間だけだから、人が責任を負うというのは正しいのだろう。
それに、やっぱり世界は優しいのかもしれない。
多くの人はそのことを知らないのだから・・・・・・。
罪を知らずに生きていくことができるのだから。
「・・・・・・晴久様は、知って?」
「いいえ。美夜が負の神であることをわかるまでは知りませんでした。とはいえ、先ほどの話のとおり、美夜が負の神であるというべきなのか、なったというべきなのか、がわかったことも突然ですし、真実を記した書物が見つかったのも突然です。あの書物はどの教会にもあるとのことですが、見つけることができるのは、負の神に1番近い賢者だけのようです。彩斗はあのとき、見習いでしたから、私が見つけたのでしょうね」
「――じゃあ、二人だけで真実を背負うのか?」
「本当は独りです。負の神だけです」
「なら、晴久様はなんで・・・・・・」
「美夜をここへ送り届けて、決められた日までに戻れば私は全てを忘れました。けれど――」
晴久様はそこで言葉をとめた。
僕にそのつづきを促すことはできなかった。
晴久様は僕の両親、そして美夜の両親と親友だ。その子を独りおいてなんてできるわけないだろう。すべての人に忘れられることを知ってるのならば、なおのこと。それが――良いか、悪いかは別として。
「晴久様は行方不明ってことになってるよ」
僕は少し笑って言った。
「そうですか。彩斗は苦労しましたかね」
「うーん、まぁ、けど、彩斗は賢者だから」
「そうですね。信仰心はないのですけど、そこが彩斗ですしね」
「そう、それにちゃんとやってるから、安心していいよ、晴久様」
笑って言うと、それまで黙ってた美夜が泣きそうな声をだした。
「青の家族――なの?」
「――そうだよ」
「――だ、れ・・・・・・」
「全員」
「ごめんなさい」
――ったく、こいつは・・・・・・。
「俺が勇士だってわかったのは、家族の死だよ。思い出したくなんてないことだ。けど、美夜が謝る必要はない。それは絶対にない。美夜はなにも悪くない」
「・・・・・・青。でも、青はここに」
「負の神を倒しにきた? ――そうだな、なにも知らずにね。真実を知って、知らないという罪を知って――」
「1番大切な人を殺すなんて、俺にはできないよ、美夜」
僕は自分の弱さを知っている。
知らないから、負の神を倒すと言えた。今は言えない。美夜だから、知ってしまった真実があるから。そのことを知って、負の神を倒せるのが勇士だろう。僕は勇士なんかじゃなかった。
そして、美夜は――
僕は美夜をじっと見る。
「美夜は俺に殺されたいのか?」
美夜も晴久様も、たぶん衝撃をうけた。
晴久様は僕をきっと咎めようとして、やめた。
美夜が涙をこぼしたから。
「なんでーーそんなこと言うの・・・・・・?」
「・・・・・・」
「想えない。青に、好きな人に殺されたいなんて、想うわけないじゃない!!」
「じゃあ、俺以外なら平気なんだ」
「! 平気なわけない! 生きたいに決まってる! どうして!? どうして、私が負の神なの――?」
「なんでなの」
「ん?」
「なんでそんな嬉しそうに笑ってるの?」
そんなの当然だ。
「美夜が本音をぶちまけて、泣いてくれたから」
美夜に本音を言ってほしかった。そして、泣いてほしかった。
自分が負の神であることに関して、美夜が泣いたことなどないことくらいわかってた。
晴久様が僕を咎めなかったのはそういうことだ。でもって、気づけば立ち去ってたりするあたり、気がきいてる賢者様である。
だから
「ありがとう、青」
言葉と一緒に、その笑顔も独り占めする。
勇士はここへやってくるだろう。ここに負の神がいることを知り、彼方の教会を見つけて、あの険しい道を進むだろう。
美夜の本音はちがくても、きっと彼女は受け入れる。
でも、美夜、ごめん。僕はそれを受け入れることはできない。なにもせずに君の運命を見届けることなんて無理だ。
だから僕は、君を守る騎士になる。
僕にとってこの世界は普通だ。でも、この世界はまちがってる。でも、普通だ。でも、正しい世界にはなるべきだろう。
けど――その引き換えとして、美夜の命がいるのなら、僕は普通の世界でいい。正しい世界を拒む。美夜がそれを望まなくても。
そう、これは僕のため・・・・・・。負の神は倒させない。
負の神を守る、負の騎士になろう――。
真実を知り、罪を知った。そして、新たな罪を背負うことに決めた。
知らなかったことは、今までの罪。勇士を放棄し、負の騎士となることは新たなる罪。
その罪を犯せば、罰を受けることになるだろう。それでも僕は罪を犯す。
大好きな人といたい、という願いから――。
その願いは悪くないだろう?




