負の神との対峙
彩斗は僕の親友だ。
だから、隠しておきたかった。けど、僕はもう無理なことをわかってた。
彩斗がここに来たときから。
あのときの美夜の気持ちがわかる。
負の神との対峙は罪を教えた・・・・・・。
教会に入ると禍々しい空気が――なんてことはなかった。
立派な外観にしては、中は簡素だったけど、普通だった。見回しても、おかしなところなどない。
そのとき、1つの扉から美しい少女があらわれた。
僕がハッとするのと同じように、彼女もまたハッとしたように見えた。
僕は冷たい視線を向けられている。たぶん、彼女は負の神。
なのに、手をかけた剣を抜くことができないのは、どうしてなんだ――?
「ようこそ、勇士様――と言えばいいかしら」
冷たい目で、冷たい笑みをうかべてきた。
「武器も持たずに、さすが負の神――ということか」
「あら、武器を持たせてくれるだなんて、ずいぶんと紳士なのね」
彼女は裁断に立てられていた剣を抜き、僕の方に向ける。
「負の神の姿が、女で子供で、余裕とでも想ってる?」
「――そんなことは想ってない」
そうだ、想ってない。
負の神にぶつけたいことだって、たくさんあるはずなのに、なにも出てこない・・・・・・。
正しい世界にすると誓った。僕にとって、今の世界は普通。でも、まちがってる。朝も夜も同じで、空は紫がかった灰色。僕の名前のような青い――。
ズキッ――
頭が痛み、声が聞こえた。
「青い空が見たいな」
なんだ? 誰の声だ? 聞いたことがない――ない? いや、ちがう。僕は知ってる・・・・・・。
「正しい世界になったら、1番、青い空が見たいな」
「なんで、1番?」
「だって、青の名前はそこからつけられたんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「でしょ? ねぇ、青は?」
「俺? 俺は夜」
「夜? 朝じゃなくて?」
「そう、夜。美しい夜、だな」
「き、気障」
「って、先に言ったのは、そっちだろ? 美夜」
――美夜?
「美夜」
僕はその名を口にした。
そして、すべての記憶がよみがえる・・・・・・。
どうして僕は忘れてしまっていたのか。
美夜は同い年の幼なじみで――僕の恋人。
負の神なんてありえる要素がない優しい少女。
どうして・・・・・・。
僕は剣から手を離す。
「美夜!」
強く、目の前の負の神――いや、少女に呼びかけた。
「・・・・・・なんで――」
そうつぶやいたのは、美夜だった。
冷たさはその目にはなくて、悲しみとかせつなさとか――その目に負の神を感じることはできなかった。
「なんで、なんで青なの? なんで思い出しているの?」
美夜からは剣が、カシャンと落とされていた。泣きそうな声で、それでも涙は見せることはなかった。
僕はゆっくり近づき、そっと抱きしめた――。
僕はわかった。負の神が言い伝えと異なっていたことが。僕に負の神を倒すことができないことが。
僕に美夜を倒せない。たとえ彼女を殺すことで正しい世界になることがわかっていても、僕にその勇気はない。そんなにきれいな人間じゃない。
だってさ――
「美夜。俺は勇士でよかったよ。じゃなきゃ、一生おまえを思い出せなかった。美夜に逢えなかった。触れることはできなかった。だから、よかったよ」
こんなふうに想ってしまうんだから。
美夜が顔を上げる。
僕が微笑むと、あいかわらず幸せにしてくれる笑顔を見せた。
「青?」
声がした方に顔を向ける。
「! 晴久様!」
そこには彩斗の師でもある、元僕らの街の賢者、晴久様がいた。行方不明になったはずの・・・・・・。
「なんで、晴久様が・・・・・・」
「――まあ、それを含めて話しましょう。負の神の真実と共に」
晴久様は困ったように笑った。
「とりあえず移動しましょう。お茶でも飲みながら、話したいですからね」
僕は美夜の肩を抱いて、晴久様の後についていった。
「それにしても、青が――いえ、君ならば驚く必要ありませんか」
あいかわらずの穏やかな口調で、ただやっぱりその声は困っているような声だった。
僕が勇士であることを放棄したことなんて、まるわかりなんだろう。
教会を裏から出ると、とても美しい庭園が広がっていた。僕にとっては信じれない光景だった。
ここはやっぱり彼方の教会なんだと、伝えられてる気分だ。
でも――そんなこと口に出すことはできない。この庭園が本来の姿であることくらいわかってるからだ。
これから、罪を犯すことをわかってるのに、そんな正しい世界を話せない・・・・・・。
「こちらですよ」
居住スペースは教会からは行けないようで、庭園から入るようだった。
あの扉はやっぱり真実への扉だった。
僕は僕にとって普通ではない庭園を眺め、空を見た。
そこにあるのは、僕にとっての普通。
空の色に、美夜が見たい青はない。




