創造神降臨編
10.
レブレッド荒野――あるいは単に“蛮地”と蔑んで名で呼称される、文明の届かぬ無法の地。
今、この地に人類の法と叡智を象徴する、剣閃が翻る。
風化した岩石を。
焦臭い風を。
そして少年が放つ炎を。
流水のような無駄のない、それでいて華麗さを伴う剣閃の軌道が、それらを易々と切り裂いていく。
時は逢魔ヶ時。
何もかもが曖昧になるこの時間。
剣を振るう少女。
炎を生み出して、周囲を炎熱の地獄へと誘う少年。
この二人の間にある敵意のぶつかり合いだけが、確かなものとしてこの荒野に存在していた。
革製の粗末な上着。ボロ布の如きズボン。
逆立つ赤い髪と、憎しみに歪む黒鋼の瞳。
少年は、少女の周囲をサッと視線で薙ぎ払った。
彼が持つ、発火能力を持ってすれば、その一瞬で少女の周囲を炎で包囲することが可能だ。
そして、その炎が時間差で鎧に身を包んだ少女へと襲いかかる。
少女は炎に囲まれた瞬間、青白く輝く剣を青眼に構えていた。
金の髪、青い瞳。だがその瞳の奥で灼熱のマグマの如き血が滾り、紫に輝いている。
その瞳の中央に、銀の星が輝いた。
同時に、彼女の身体がフラリと揺らめく。
彼女の剣が、何もないところを薙ぐ――いや薙いだように見えた、その一瞬。
剣の軌道に炎が飛び込んできた。
その光景を、ある程度理性的に解釈するなら――彼女は炎がどう動くか知っていた、ということになる。果たして彼女は、それから先は剣に頼らす、ただ体捌きだけであらゆる方向から襲いかかってくる炎を避けきってしまった。
それどころか確実に間合いを詰めて、その剣先を少年の喉へと滑り込ませようとしている。
ただ殺意のみを乗せた容赦のない剣閃。
――刹那。
この戦いと、少年の命が終わるまでの、その僅かの時間。
少女の瞳に再び銀の星が輝く。
ダン!
――と今までとは全く違う強引な動きで少女の身体が横に飛び跳ねた。
だが、それをしなければ別の形で勝負は終わっていたに違いない。少女が先ほどまで立っていた場所がドロドロに熔けていたからだ。
それに触れてしまえば、少女もただでは済まなかったに違いない。
「名を……」
不意に、少年が口を開いた。
「名を聞いておこうか」
見かけは確かに、幼さが残る姿であるのだが、その口調はどこか老成していた。
「剣奉主十二代――シェラフラン・ハゥトロー」
少女――シェラが固い声で名乗る。少年はそれに軽くうなずいた。
「善き名だ。俺は――」
「知っている」
シェラはそれを遮った。
「暴炎ガラッシュ。人類の敵。破壊の輩。そして私が討つべき敵」
シェラは剣を大上段に構えた。
その剣は長大な両手剣。飾り気のない実用一点張りの無骨な拵えだが、他を圧倒する威厳に満ちている。
そして裂帛の気合いがシェラの全身から迸った。
瞳の中に流星群が流れる。
「時帝剣より授かりし予見の力を見よ! すでにお前の退路はない――今こそ悪行の報いを受けよ!」
シェラの身体が風を巻いて、ガラッシュへと襲いかかる。
「“報い”と言ったか!!」
ガラッシュは、まるでシェラを迎えるかのように、大きく両腕を広げた。
その腕の間に極大な炎の塊が生み出される。
熱量は、天を地を、そしてガラッシュ自身をも焦がす程だ。
この塊をシェラが切り払おうとするなら、そこに隠しようのない隙が生まれる。
しかし、これほどの大きさの炎は容易には避けられない。
授けられた予見の能力は、はたしてシェラをどう導くのか?
――違う。
問題は、予見の力をどう使うかだ。
予見の力に従うのではなく、予見の力を使いこなす。
シェラは歴代の剣奉主の中でも随一の使い手。
眦決して自らの炎を見つめていたガラッシュは、その炎の中に銀の星が輝くのを見た。
それは時帝剣の切っ先。
シェラは自らを一本の矢として、ガラッシュの炎の中を駆け抜けてきたのだ。
シェラが予見の力に要求したのは、自らの逃げ道ではなく、炎の向こうのガラッシュの動き。
ガラッシュが動かないことを“見た”シェラは――
迷うことなく。
真っ直ぐに。
最短距離を。
時帝剣の切っ先をガラッシュの心臓へ――
ドシュッ……!!
その瞬間炎は弾け、シェラの金の髪を彩る光輪へと果てた。
「ガッ……ハッ……!」
ガラッシュの身体が弾ける。
シェラはそれを押さえ込み、無表情のまま、その柄を捻る。
勝敗はここに決した。
文明に厄災をもたらしてきた暴炎ガラッシュはここに討ち果たされたのだ。
その運命を受け入れたのか、ガラッシュは血が混じった声で、自らの仇敵に語りかける。
「け、剣奉主よ……いや“元”剣奉主よ……」
「何?」
「……己が無知を知るがよい。報いを受くるべきは汝らだ」
「世迷い事を。死に際ぐらい、潔く負けを受け入れよ蛮夷の王」
「“剣”に“炎”の討伐を命じる、その浅はかさ。うぬも間もなく真実を知るだろう――」
シェラは委細構わず、時帝剣をガラッシュの身体から引き抜いた。
ガラッシュの身体がその場に崩れ落ちる。
そして、静寂を取り戻したシェラの青い瞳に――
――もう銀の星は瞬かない。
……突然始まった、殺伐とした物語を願は読み終えた。
顔を上げてみると、若井と富山が厳しい表情を浮かべて未生が持参してきた資料の束を読み込んでいる。願が読んでいたのは、実際にアニメ化した場合、どういった冒頭シーンをイメージしているのか? という若井の要求によって書かれたものである。
通常であればイメージボード、あるいはもう少し進めて絵コンテ、ぐらいは言っても良いかもしれないがあくまで活字媒体である。
それに、この物語は冒頭のシーンとしては問題があった。
「終わりましたよ。なんからラスボスみたいなのが殺されたんですけど」
言いながら、これから先、どういう風に展開させていくつもりなのかと、二人が読んでいる資料を寄越せと言わんばかりに願は手を伸ばした。
そんな願の顔を覗き込むようにして、若井が応じる。
「気になるか?」
「はぁ、まぁ、さっぱりですから」
言ってしまってから、あまりに率直すぎたかと思ったが、この場ではこれが正解のはずである。
それに、現状で“さっぱり”であっても良いはずだ。
恐らくは、このシーンは開始5分ぐらいで終わってしまう。
そうすると、残り25分――いや、OP、EDがあるし、民放でやるから……残り約15分?
随分短くなってしまったが、それでもまだ15分はあるのだ。
実際にそういった脚本を書いてきている富山が上手い具合に調節してくれるのだろう。
その富山はと言えば、相変わらず資料に首まで浸かっている。
「未生君」
若井の視線が、ふいにそらされる。
応接室にある小さなテーブルでは、どうにも手狭であるし今は四人とも陽の差し込む、事務所の片隅に移動していた。未生は、資料を渡したあとは大人しく座っている。
若井に声を掛けられて、睨め上げるようにそちらへと視線を向けた。
「説明してやって貰えるか?」
未生は、軽くうなずいた。
「一つ、私のアイデアはすでに提出している。
二つ、不完全な設定を自分の口で語るほど羞恥心は麻痺していない。
結論。その申し出は却下」
うなずいたのは、一体何なんだ? と思わず突っ込みそうになるが、言っていることは一応理解できる。猪野を通り抜けた後では、それだけで十分に思えるから不思議なものだ。
「何を言うとんのや? そもそも恥をさらしていかんと、ものは作れんやろ?」
だが、若井は引き下がらなかった。
これは未生が折れるかと思いきや、今度こそ未生ははっきりと首を横に振った。
「一つ、繰り返しになるが私はすでにアイデアを提出している。
二つ、そのアイデアを私から語るばかりでは、鑑賞に堪えられない。
結論。第三者の口から説明すべき」
「む……」
若井が珍しく口ごもった。なるほど、これから先の企画の中心に位置する人物であるなら、これぐらいの逞しさは欲しい――それはともかく、自分の疑問が解決されるのだろうか?
「かつて、英雄がいた」
業を煮やした、と言うべきか富山が割り込んできた。
「英雄は、武器とか防具を残した。英雄が使っていたので、その持ち主に選ばれた人間は、能力を授かる」
「ははぁ」
物語の中のシェラの言葉が思い出される。
と言うことは、出てくる能力はあの二つだけではないと言うことだ。
いや――
「もう死んじゃってますけど、炎の能力者の方は自然発生ですか?」
当然の疑問かと思ったが、言った瞬間に三人の視線が微妙に交錯する。
何やら互いの牽制が始まって、
「そこは自然災害のようなもの、とは思わへんのか?」
「え? だって、実際に役立ちそうなのは炎の能力者の方でしょ? 片方は剣持ってないと能力使えないみたいだし、そうなると実働が面倒……」
「あかん」
若井がオーバーアクションで天を仰いだ。
「もう岸君から、純粋なファン目線は失われてしもうとる」
「……そっちが現場を見せてくれたんでしょ? それに、流行りの絵はわかると思いますよ」
「訂正が二つ」
未生が割り込んできた。
「一つ、剣を持っていなくても授けられた能力は発揮できる設定。
二つ、炎の能力者は滅びない」
「ほ、滅びる?」
「岸君」
どこか疲れたような声で、富山が願を呼んだ。
「こちらは概ね確認できた。あとは読んで確認してくれ。とっちらかってるから、頭の中で組み立てないと、わけがわからなくなるぞ」
「は、はい」
幾らかは、態度が柔らかくなってくれたことを有り難く思いながらも、資料に手を伸ばす。
「こっちはこっちで検討しようか。岸君も耳はこっちに半分ぐらいは貸しといてや」
難しいことを、と思ったがここでごねても仕方がない。
願はうなずくだけでそれに答え、本格的に会議が始まった。
若井が、未生のアイデアを取り上げた理由は複数あった。
一つめが、世代交代させるのに無理のない設定であると言うこと。
なるほど「十年は戦いたい」という初期目標があるわけだから、一発花火を打ち上げて終わり、という設定では困るわけだ。
――その割には、冒頭でいきなりラスボスっぽいのが倒されていたが。
願は、そのあたりを説明してくれる資料を探す。
次が、ある年代の少年少女を一カ所に集める理由が存在すること。
先ほどの物語の様相は、どうもファンタジーに思えるから、単純に学校という仕組みは使えないわけだ。売れるアニメのほとんどは、十代の若者であることが多いから、この辺りを外さない設定は確かに有り難い。
……さて、その資料は何処だ?
そして能力の底上げが、あらかじめ想定されていること。
これは、当初に披露される設定を大いに揺るがすものであるから、展開が硬直化した場合でも、自らの力でそれを切り開くことが出来る。
へー、なるほど、そうなのか。
富山も、その言葉にはうなずいている。
「が、当たり前の話やけど、最初から全部上手くはいかんわな」
若井の声のトーンが変わった。
「まず、キャラの記号が足らん」
「記号?」
願が真っ先に反応し、その後に未生が続いた。
「一つ――」
「今は箇条書きでしゃべるの辞めてくれんか?」
若井が鋭く注文を付けた。
未生の口がへの字に歪むが、何しろ相手はプロデューサーである。
「き、き、き、記号というのは、ツ、ツ、ツ、ツンデレとか……」
なるほど、パターンを決めて話すのは、こういう事情があったからか。
「まぁ、そやな」
「そ、そ、そんなものに頼らなくても、キャ、キャ、キャラクターの背景は……」
「ちゃうで。作り手を楽にするために記号はあるんとちゃう。受け手が取っつきやすくするために記号はあるんや」
「そ、そ、そんな――」
「キャラクターが生身の人間で、受け手と長い時間を共に過ごせるんやったら、君の主張にも理はあるやろ。というか、すべからく人間関係とはそうであるべきかも知れん。やけど、これはそんな自由が許される話やないねん。わかってるやろうけど、一週間に一度、20分ぐらいしか会われん相手なんや」
突如、熱く語り出した若井はそのまま身を乗り出した。
「なんや、そういう風潮を嫌う流れがあるのはわかるけど、何でもかんでも全否定はあかん。むしろ、こういった“記号の配置”は先人の知恵や。上手く活用せなあかん」
「それは俺も思った。商売としてアイデアを練るなら――特に超能力が出てくるようなものなら、その能力に負けない特徴が欲しい。じゃないと、キャラの名前じゃなくて能力名で覚えられてしまう」
富山までもが加わって、ダメ出しされたために未生もとっさには言い返せなかった。
「――とはいえ、俺もホイホイと記号を持ち出せるほどではないからな。しゃあない。もう一人、これの担当、見つけてみよう。未生君、君が戦うのはそいつや」
「た、た、た、戦う?」
不穏当な単語に、未生が反応する。
「後先考えんと、記号付けまくる奴を呼んでくる。富山君、そういうの結構おるやろ」
「……あまりうなずきたくはないですが。漫画家の方に多いかも」
「そうかあ?」
「これは分を越えた意見かも知れませんけど、将来的にノベライズとかコミカライズするわけでしょ」
「ああ、まぁ、熱を冷まさんようにな」
通常であれば、一つのアニメ作品を“商材”として資金回収、あるいは利益追求のために、そういう展開が為されるわけだ。無論、作品それ自体の販促活動という側面もあり、今回の事例に関して言えば販促100%と言っても良い。
「で、あるなら小説は未生さん。で、漫画は――」
「そこで合理性を追求する意味あるか?」
「ブランド力が違いますよ。“ストーリー原案自らが~”というコピーが、売り文句に出来るわけです」
富山の口調が、高揚しているわけではない。
むしろ、ドンドン不機嫌になっていってるようではあるが、その内容はうなずくべきところがある。
しかし、ここで「自分で小説を書く」とは言い出さないのか、と願は感心していた。
富山は“脚本家”という仕事にこだわりがあるようだ。
そして、そういった“心意気”を若井は、きっと好意的に捉える。
「――わかった。どっちしにろ、そういう奴を連れてこなあかんのやから、同条件やったら漫画家にしよう。いっそのことキャラ原案までそいつにやらせるか」
「それもいいでしょう。記号過多と言うことは、えてして装飾過多なデザインになりがちです。マイナーダウンさせた方が良いものが出来やすい。作品を作ると言うことは削る作業と同じ、と言う人もいますから」
「なんや、富山君の師匠かいな?」
「ご想像にお任せしますよ」
「あ、あ、あ、あの!」
盛り上がっている二人に、未生が割り込んだ。
「け、け、け、結局どういうことですか?」
「つまり――岸君、翻訳をお願いや」
資料を読まずに、ずっと聞き入っていたことがばれていたらしい。
だが、そのおかげで若井の要望には応えられそうだ。
「……つまり未生さんの持ってきたキャラクターの背景は全没ではない」
まず、肝心なことを宣言しておく。
「だけど、それがわかりやすい形で表面に現れてないから、そういうのが得意な人を呼んできて、とにかく好き勝手に属性を付けてくる」
「そ、そ、そ、そんな……」
「未生さんは、その属性のいくつかをキャラクター背景と照らし合わせて、受け入れられるものは受け入れる。もしくは、それに対してダメ出しして妥協点を探る――そういう作業が即ち、若井さんの言う“戦い”になるかと」
「おお、凄いな。俺のフォローなんもいらへんわ」
若井はパチパチと気軽に手まで叩いて見せた。
未生も、願の“翻訳”で何を求められているか理解したようだ。
険しい表情は、納得していない事も同時に示していたが、若井はさらに追い打ちをかける。
「で、まだ問題はあるで。ネーミングがいまいち地味やなぁ。せめてルビ振ろうか」
「ルビ? “時帝剣”とか、結構格好良いと思いますけど」
未生への
「それが格好良く思えるのは目で文字を見てるからや。受け手が一番に接するのは耳で“じていけん”という五文字やぞ。派手か?」
そう言われると、地味なような気がしてきた。
「そうだなぁ。せっかく“時”が名前にあるんだから、クロノスなんとか……」
「そ、そ、それはダメ!」
驚くほどの大声で、未生が富山の呟きを否定した。
「ひ、一つ。作品世界はギリシア神話の影響を受けているわけではない。
二つ。何故英語なのか?」
箇条書きしゃべりが復活しているが、若井がそれを咎める様子はない。
今の優先事項はそこではないからだ。
願にも未生の欠点がはっきりと見えた。これは恐らく――教条的とか呼ばれる、悪いこだわり方なのだろう。
恐らくは、これを直す必要性も考えて若井はもう一人呼ぶつもりなのだ。
しかも、若井のダメ出しはこれだけでは終わらなかった。
「で、これが一番問題なんやけどな」
若井が、もったいぶりつつ未生へと半身を乗り出した。
「――“無敵”の能力者が、登場せんやないか」
え?
と、願は思わず声を上げそうになった。
慌てて手元の資料をひっくり返す。
いや、そもそもそこを見込んで未生のアイデアを取り上げたのではないのか?
「い、い、い、一杯出てます」
「まぁ、確かにな。予知能力、発火能力、念動もある。千里眼もある。重力操作もあるなぁ」
「そ、そ、それなら」
「やけど、なんや決め手が足らん。ワクワクもせんし、絶望もせん」
いかにも抽象的な表現ではあるけれど、願には何となく理解できるような気がした。
最初に読んだ物語では、それぞれの能力者が、自らの能力を使って互角――そう、互角の戦いをしていたのだ。
面白いアニメを作る、というだけならむしろそれは好ましい要素なのかも知れない。
だが、このプロジェクトは面白いアニメ“だけ”を追求するわけにはいかないのである。
だから――
「一つ、そんなに都合の良い設定ではない。
二つ、極端に強力なキャラクターはバランスを……」
「それは何とかせんかい」
未生の言葉を、若井が乱暴に遮った。
そして、この場合の理は完全に若井にある。
そこを“何とか”しないと、そもそもこのアニメは作る意味がないのだ。
「まぁ、これはこの場でどうこういう話にはならんやろ。一端持ち帰って、アイデア出し頼むで――富山君からは何かあるか?」
「……俺も、これは面白いと思う」
富山はまず、それだけをはっきりと口にした。
「だけど、皆で仕事をしたりとか、世に出そうと思えば色々と制約も出てくるもんだ。この仕事だけが特殊なんじゃない」
具体的な指示ではなかったが、それは確かに励ましだった。
若井の言葉には無反応だった未生も、これには軽くうなずく。
「で、岸君。あ、未生君、こちらはAPの岸君。よう考えたら、紹介してなかったな」
「岸です、よろしく」
如才なく対応しておいて、願はこの流れを利用することにした。
「若井さん、アテ振りOKでしたよね?」
そんな願の確認の意味を、きちんと理解できるのは若井だけであり――それだけに効果は覿面だった。
「き、岸君?」
先ほどまでの勢いは何処へやら。その表情が完全に固まっていた。
しかし、願は容赦をしない。
「こういう状況なら、むしろ効果的だと思いますが――まぁ、すでにOK貰ってるわけですから、ここで説得したりはしませんけど。上手くいくかどうかは未知数ですし」
「せ、せやけどな」
「未生さん。出演が半ば決まっている役者います。かなり個性的です。そのままモデルに使えるかも知れません。会いに行きませんか?」
さすがに、それには即答できない未生。
恐らくは若井の反応を見て、何事かを悟ってしまったのだろう。
「き、岸君、いきなり会わせるんか?」
「若井さんも行きます?」
「い、いや、俺は記号付けが得意なのを富山君と探さんといかんし、な!?」
「あ、は、はい」
業界慣れしている分、大方の事情を察したのか富山が日和った。
だが、逆に未生は願に同行するしかない流れに巻き込まれたことになる。
「行きます」
その流れに逆らえなかったのか、未生が答える――いや。
未生の目が輝いていた。
「そうや。ネタが拾えるなら、何処にでも行く」
若井が、そんな未生を見て満足そうにうなずいた。そして大仰に手を広げながら、さらに重ねてくる。
「それでこそ、我らがストーリー原案に相応しい」
願は、そんな若井の言葉に「自分は行かないのに」――とは、思わなかった。
ただ、ずっと感じていた疑問が大きくなるのを感じだけだ。
(若井さんは、未生さんの長所をどう捉えているんだ?)
今のところ、さほど特徴があるように思えない。
未確認のままの資料の中に、その答えは――あるのだろうか?
できるなら、冒頭部分はフォントを変えたかった。
これで正真正銘ストックが尽きたので、続きはしばらくあとになります。
んでは。