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実地研修編

5.


 時刻はそろそろ日付が変わろうとしている頃合いだろうか。

 暗闇の中で沈んだ赤色の檻の中。黒い球体が浮かんでいる。

 そしてその真ん中には大きな目。

 思わず、

「ロリコンどもめ!」

 とアテレコしたくなるが、要するにあれはバックベアードなのだろう。

 何しろ、その目玉は瞬きすら行っている上に目玉の端から液体らしきものが今にもこぼれ落ちそうであるから、巨大なオブジェということでもなさそうだ。

 ……そんな存在を易々と受け入れている自分に驚くが、どうあがいても共通認識存在「バックベアード」のようなものが、そこに浮かんでいるのは間違いない。

 東京タワーの鉄骨を格子に見立てたその中に。

「岸さん、次貸してください」

「あ、ずるいぞ。次俺な」

 若井の呼び出しに応じた願に、何故か古地も能登も付いてきていた。

 いや“何故か”ということもないだろう。一歩間違えればこの二人も巻き込まれていた可能性もあるわけだから、見学できるとなれば付いてくる選択は全然アリだ。

 実際、現れた二人を見ても若井は何も言わなかった。それどころか便宜を図って一般人が閉め出されたこの界隈にいる。

 馬鹿馬鹿しさを感じてしまうのも仕方はないが、これは深刻な事態なのだ。

 ……暗視スコープを取り合っている姿が、決して野次馬根性だけではないと信じたい。

 そしてその反対側では腕を組んで「う~む」と感慨深げに唸っている若井。

「どうしました?」

「なんや、あの東京タワーをやたら聖地扱いしている漫画家がおったやろ」

「ああ」

 アルファベットだけでペンネームを構成しているあの作家のことだろう。

「なんやライトアップもされとらへんけど、確かに雰囲気あるわぁ」

「初めてなんですか?」

「君なぁ……わざわざ夜に東京タワー見に来る理由なんか発生せんやろ。今みたいな状況なったんならともかく」

 結構理由は思いつきそうな気もするが、あえて黙っておいた。

 そういえば確認もしなかったが、若井は妻帯者なのだろうか?

「なんや?」

 疑問を感じた心が顔に表れてしまったようだ。だが、感じた疑問をそのまま口にする義務はないし、他にも聞くべき事はあった。

「何だか呑気ですが、アレそのままには出来ませんよね。陽が昇ったら大事だ」

「陽が昇らんでも、大事やけどな。しかもこの状態なったら、俺らにできることはないで。対策するのは別の担当や」

「それはそうですが……」

「お、来よったな」

 黒服の連中――この事態の対策担当だろう――が集まっている辺りに、リムジンが到着していた。

 そして下にも置かぬ扱いで、リムジンから姿を現したのは一人の女性。

 染めた髪を上品にショートにまとめた、文句のつけようもない美人だ。

「鈴木さんだ」

 能登が思わず呟いていた。

 鈴木千恵――もちろん、というのもおかしいが声優である。

「なるほど、電磁投射砲での狙撃か」

 古地が、この場に彼女が現れた理由を言い当てた。彼女もまた「学究都市シリーズ」の最強の一角「疾風迅雷」の中の人である。

 得意技は、能力による圧倒的な発電量を使用して顕現させる「電磁投射砲」

 この距離から、バックベアードを大火力で撃ち抜き消滅させる――というのが採用された作戦なのだろう。

「……つくづく日本に『学究都市』があって良かった」

 勝ちを確信したのか能登が呟いたところに、

「それはどやろな?」

 と、若井が疑問の声を被せてきた。

 思わず三人が若井の顔を振り返ってしまう中、若井の視線は身体から電気を放出しつつある鈴木に固定されたままだ。

 若井に向けられていた三人の眼も自然と鈴木へと向けられる。

 そんな三人――どころではなく、ここにいる衆目の注意を引きながら、鈴木は右手を真っ直ぐバックベアードへと向けた。この距離で見るのだろうか? とも思うが現地観測員からの情報でも入っているのかも知れないと、その辺りの疑問は無視することにする。

 「学究都市」シリーズの描写だと、ここでイアリングの珠飾り部分を引きちぎって、親指でそれを弾くことになる。それが電磁投射砲の弾丸となるわけだ。

 鈴木はイヤリングから、球体の飾りを引きちぎるところまでは問題なくやれた。

 だが――

「ああ!」

 親指でそれを真上に弾くことに失敗した。

 ころころと足下を転がっていく珠飾りを、追いかけていく鈴木。

「かわいい」「ああ、かわいいな」「たまらないッス」「問題ない」

 期せずしてそれを眺めていた男共の感想が揃う。

 確かに鈴木千恵は可愛い。

 が、これでは一向に事態が解決しないと同時に、ある問題が提示されたことも意味していた。

 声優にも最低限の運動神経――と言うよりは、運動神経は良い方が好ましい。

 田島の振るう圧倒的な念動力でも行使できれば話は違うだろうが、そうであってもそれを使いこなすセンスが必要だ。

 “現場”を知ること。

 それが全くの無意味だとは当然思ってはいなかったが、ここに来て何を考慮に入れなければならないのか願にははっきり見えてきた。

「わかったようやな」

 と若井から見透かされたような声が掛けられたが、腹立たしさよりも、どういうわけか高揚感が胸の内にある。

「この状況やから対策部門の連中も鈴木さん引っ張り出したみたいやけど……まぁ、うまくいかんならうまくいかんで、岸君には得るものもあるやろ思うてな」

「それは、よくわかりました――ですが、実際この事態は……」

「「あ」」

 どうするのだろう、と疑問を呈しかけたところで横の二人から間の抜けた声が上がった。

 リムジンから、もう一人――かなり長身の男性が現れたからだ。

 その男性を見た瞬間、古地も能登もほとんど直立不動である。

 だが願は見覚えがない。若井も首をかしげている。

「長井さんですよ! 日本一のスナイパー声優です!!」

 すっかり興奮した有様で能登が騒ぎ出した。

「ちげーーーよ!」

 その瞬間、遠距離から鋭い突っ込みが入る。しかし、左肩にスナイパーライフルを背負った姿では説得力がない。

「……お、おぅ……日本にもそんな器用な声優が……」

 当人の否定にも関わらず、若井が衝撃を受けていた。

「違いますよ。長井……長井真さんです」

「ああ……ん? でもあれはリンガムに乗ってただろ」

 1979年に第一作が放映されて以降、アズマのドル箱――もとい、現在でも新作が制作され続けているロボットアニメの人気タイトルの主役機の名が「リンガム」である。

 長井は「リンガムRR」で、スナイパータイプのリンガムに搭乗していた。

 だが、ここにそのリンガムは当然のように存在しない。一番最初のリンガムであれば模型だけなら静岡にあるのだが、もちろんそれもない。

「長井さんは、他のロボットアニメでもスナイパーやってたんですよ」

 そこに能登からフォローが入る。

「結局、ロボットやないか」

「いや、そもそも凄腕の狙撃兵という設定がありましてですね」

「それも“巻き込まれ”で、能力扱いされるんですか?」

「いや、僕に言われても……」

 願の問いかけももっともだったが、能登の返事も仕方のないものと言えよう。

「それよりも、あのライフルで“あれ”を撃ったところで効果があるんかいな?」

 そして若井からも、もっともな疑問が提出された。

 古地は、そんな疑問を解消するためなのか長井の下へと近づこうとしていたが、長井に手で制される。そして長井は立ったまま、ライフルを構えた。

「スタンディングかいな」

「まぁ、的自体はでっかいわけですし……」

 気休めになるのか微妙なところで反応してみせる願。

 それは当然の如くスルーされて、皆で長井の狙撃を見守る流れになった。その頃には珠飾りを回収し終えた鈴木も隅で小さくなっている。

(かわいい)(かわいい)(ラブリー!)(玄関二つがネックだ……)

 再び男共の声が心の中で揃う。

 その一瞬の隙を捉えたかのように、ターーーン、と乾いた音が響いた。

 ハッとなって、そちらへと目を向けるとあろう事か弾丸の軌跡が見える。

 当たり前の話だが、曳光弾を撃ったわけではない。

 だが、ある意味見慣れた光景でもある。

 一瞬の“時”を切り取って、音速をはるかに突破する銃弾に、そういうエフェクトを加える演出は――常套手段と言っても良い。

 果たして、光の軌跡を引いた弾丸はバックベアードの目玉の中心に飛び込んだ。

「ビュウウウテェフォオオオオ!」

 古地が奇声を発する。お約束の掛け声ではある。

 長井もその歓声に手を挙げて応え、その瞬間、パン! と破裂音を響かせてバックベアードが破裂した。

 まるで風船のように。

 今度は黒服達も加わっての歓声が巻き起こる。

 能登も長井の側に駆け寄って、はしゃいでいた。

 だが、願はそこに加われない。この異常事態の“異常さ”に改めて気付いてしまったからだ。

「……若井さん」

「なんや」

 やはり、歓声の輪に加わらずタバコに火を点けていた若井に話しかける。

「これは一体何なんでしょう? 僕はどんなに荒唐無稽でも地球が侵略されつつあるとか、そんな事態なのかと思ってました」

「…………」

 若井はそれに応えず、ただ煙を吐き出すだけ。

「でも、これは酷い。まるで……まるで……」

「倒されるべき相手を出して、倒すべき役所の奴が格好良く倒す――まぁ、ひねりのない酷い脚本ほんやな」

「これは……何かの遊びに付き合わされてるんですか?」

 それが、この現場研修で願が最終的に感じた異常さだ。

「……まあな。向こうのプロファイリングでも“幼児性の残る”は、ほぼ鉄板の見解やった。キャラクターと中の人を分けて考えられへん言うのは……まぁ、わかりやすい特徴やわな」

「プロファイル? 分析している人は相手を人間だと考えているんですか?」

「そうやない。考えてもみぃ。現状のその手の技術は人間を相手としてしか磨かれてへんのや。他にやりようあるか?」

 言われてみればその通りだ。

 異星人相手のプロファイリング。

 どう考えてもSFの範疇になる。

「……若井さん。一体この事態は何処まで究明されてるんですか?」

「知らん」

「それも管轄外って事ですか? 僕たちには関係ないと」

「いや、そうもいかんから俺も文句はぶつけとるんやけどな。何しろ、俺達が作るべき相手は、何だかよくわからんが“幼児性の残る”奴一人がターゲットと言ってもええんやからな」

「それは……」

 反射的に、それに異を唱えようとする願だったが、

「……そう……なんですね」

 つらつらと考えていくと、何処にも否定できる材料がない。

「そうや。夢見る子供の目を覚まさんように。業界に大きな動きを起こして子供でもわかるような異常事態を起こさんと、それでいて話題作をつくる」

「話題作?」

「子供だけに、自分で情報収集する能力は低いようでな。向こうでも、アホみたいな能力持ちの作品は大量にあるのに、箸にも棒にもかからへん」

「日本限定……しかも、端から端までアニメをチェックするような濃さはない」

「……それが、一応は想定されている“何か”の目安やな」

 一応そういう話を聞かされて、願は送り出されてきた。

 だが、その詳細な理由まで知っていたわけではない。

 この“現場”に訪れ、その目で見て感じた、この異常事態は――どう向き合えばいいのかわからなくなるような、不可解さがある。

「今はそこまで考えんでええ」

 若井が再び、願の混乱を見透かしたようなことを言う。

「今はモチベーション下げんな。ただこれだけを考えとけ」

「……何ですか?」

「“世界の平和を守るため”や」

「そんな理由でモチベーションが上がるのはッ――!」


 ――重度の中二病患者だけだ。

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