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その日(2)

29.


 その日――


 いや、もはやその日の夜、と言いきっても良い時間帯だろう。

 江古田駅前のカラオケ店。その9番の部屋は現在、カレーショップ『俺一番』江古田店のバイト仲間による、送別会が行われていた。

 古株の福島という男が、この度、無事就職。

 猪野ももちろん知らぬ仲ではないし、何よりもバイトを始めた頃に指導してくれたのがこの福島であったので、誘われるまでもなく猪野は送別会に参加していた。

 もちろん積極的に資金援助もしている。

 そんなこんなでなかなかに盛り上がる中、中座した猪野は最悪の邂逅を果たしてしまった。

「貴様……! 善常佳奈」

「はい。私は100%の確率で善常佳奈です」

 氷のような表情で迎え撃つのは、自己紹介の通りの善常佳奈。

 この二人は相変わらず不倶戴天の敵のままだ。

 だから、ここにいる理由も状況も関係なく、お互いが敵だという認識だけで二人は満ち足りてしまった。

 猪野はいつもの超越したファッションで憎々しげに善常を睨み、善常もまたいつも通りのお嬢様然とした出で立ちが映える空々しい笑顔で猪野を見やる。

 こうなると、先に目を反らした方が負けだ――という認識だけが共通しているから、さらに始末に負えなくなる。身長差があるので、端から見ているとまるで竜虎相関図のようだ。

 他に人が訪れない場所であったのなら、二人はそのまま永遠に睨み合いをしていたかも知れない。

 だが、ここかはカラオケ店のロビー。

 そして二人とも、連れがいる状態でこの店を訪れている。

「猪野く~ん、何やってるの?」

「ヨシツネ、ヨシツネ、どうしたの?」

 片方はもちろん、猪野の同僚バイトである鷹崎。開襟シャツにパンツ姿と店の制服よりもずっと大人びた印象だ。もう一人は、その特徴的な声ですぐにマジックアルファ所属の声優、矢田梨夢だとわかる――もっとも新人なので声を知っているものは、とした方が正確かも知れない。

 そして鷹崎は、その声を知っている人間の一人だった。

「あ、真雪ちゃん」

「え?」

 真雪、というのは矢田が演じた「行き先知らずのGOING!」に登場する女の子――幼女という方が昨今の流行りかも知れない――の名前だ。

「あ、すいません。え~っと……すいません。声優さんのこと、あたし全然知らないもので。真雪ちゃん大好きなのに、変ですよね」

 鷹崎が頭を掻きながら頭を下げると、矢田はバタバタとせわしなく手を振りながら、

「全然、全然ですよ! 真雪の事が好きになってくれたなら私のことは後回しで良いです」

 耳に突き刺さりそうな高音ボイスで、歓喜の声を上げる矢田。

 ついには鷹崎の手を取ってピョンピョンと飛び跳ねてしまう。

 声に似合わず――と言うのも失礼な話かも知れないが、ニットにジーンズという活動的な格好であるのがこの場合は幸いしたと言っても良いだろう。主に周囲からの視線に対して。

 そんな二人の様子を見て猪野はうんうんとうなずきながら言葉を添える。

「なるほど御同業か。それであるならば、た~か崎君。本当に……おい善常佳奈。こちらを紹介するんだ」

 善常はその要求に一瞬眉をひそめるが、猪野の要求を断る方が非常識だと即座に計算した。

「こちらは矢田梨夢さん。50%の確率で声優で、100%の確率で私の養成所の同期」

「50%!」

 即座に突っ込むべき所に突っ込む

「そうか。た~か崎君。50%の確率でも声優であるなら、演じた役を好きと言われて悪い心境に陥るはずがない。さらに感謝の意を示したいのなら、名前を覚えれば問題ない」

「もちろ~ん。えっと矢田さんですね。矢田梨夢さん。うん、覚えた」

 そこで二人は、ごく友好的に握手を交わす。

 対照的に猪野と善常は再び睨み合いを再開した。

 その剣呑な空気を敏感に感じ取った二人ではあるが、動じる気配はない。

「猪野く~ん。どこの世界でも礼儀は思いやりの心から生まれると思うんだ~」

「佳奈ちゃん、私の紹介だけして相手のことを紹介してくれないのはおかしいと思うな」

 鷹崎、矢田共にこの面倒くささには慣れている。

 二人の申し出に対して、猪野と善常はほとんど同じ表情を浮かべ、どちらともなく一時休戦の宣誓をアイコンタクトで行った。

「……こちらは俺のバイト先の同期で同僚のた~か崎……何と言ったかな?」

「結局自分でするしかないか~鷹崎彩香です~」

「た~か崎?」

 猪野の妙な発音の仕方に、当たり前に矢田が食いついた。

「それは~猪野くんの~元の世界の友達に似た名前の人がいるから~勝手に呼ばれてるだけ~」

 それを聞いた善常がそれ見たことかと、瞳を歪めた。

「随分と確率的に私達の世界と似た発音がまかり通っているんですね。確率的には、99%同じ世界なんじゃないですか?」

 猪野はこれをスルーして、鷹崎の説明にフォローを入れる。

「この場合、た~か崎君に似た名前の友人とはタァクースー卿というのだ。このタァの部分の発音がこちらの発音では難しくてな」

「凄ーい。鷹崎さんを“た~か崎”さんと呼ぶ根拠に全然なってないね」

 その指摘に容赦なく矢田が突っ込む。

 しかも今までにない角度からの突っ込みと言っても良いだろう。

 これが矢田が「マジックアルファの爆弾」と言われている所以なのであるが、業界とほぼ没交渉である猪野には知らぬことだ。

 それに知っていたところで、防ぐ術はなかっただろう。

「そ、そんなことはないぞ。彼女とタァクースー卿は同期で同僚というところが……」

 善常はスルー出来た猪野が、しどろもどろに言い訳を始めてしまうほどに、その指摘は急所を抉るものだった。

「発音が難しいのが問題なら、普通に呼べば問題解決!」

 人の話を聞かないという点で、矢田は猪野を上回る資質を秘めていた。

 それを感じ取ったのか、傍らの善常がフムフムと熱心にうなずいている。

 だが猪野のメンタルは強すぎた。往生際が悪いとも言えるが。

「善常の同期ということは、貴様も俺と同期か――名を聞いておこう」

 終生のライバルを見出したかのような雰囲気を醸し出して、ふんぞり返りながら猪野が尋ねると、矢田は頬を膨らませながら改めて自分で名乗る。

「矢田です。矢田梨夢。さっき佳奈ちゃんが言ったでしょ」

「愚か者の言うことは自動的に弾くことにしている」

「世間一般の上記に照らし合わせると、愚か者と認定されるのは100%の確率であなたの方」

 学習は出来ても即座に反応してしまうのが善常の限界と言うべきだろう。

 そして睨み合いで留まっていた二人の戦いは醜い言い争いへと発展するのが常であるのだが、今はさすがに状況が違った。

「猪野君~、こちらの紹介をしてもらってないよ~」

 マイペースに鷹崎が猪野の不備を指摘すると、双方とも動きを止めた。

 何だかんだで、両者ともこういうところでは常識人であろうとする部分がある。

 猪野は一瞬だけ眉を顰めると僅かに右手を動かして、

「……こちらは善常佳奈だ。俺の同期で今のところ同じ戦線で仕事をしている」

「初めまして。善常です。こちらの不適格者の翻訳は必要ですか?」

「あははは、大丈夫。慣れてるから。えっと~同じアニメに出演中って事で良いのかな?」

「ええ。『カニバリゼーション』という作品なんですが……」

「いやぁ、私そもそもアニメ見ないから~。真雪ちゃんは偶然見ただけで、すぐに覚えちゃったけど」

「そうでしたか」

 その鷹崎の返事に、あっさりとうなずく善常。

 その反応に鷹崎が小首をかしげるが、次には右手を指しだして、

「あ、握手してもらっても良いですか~? これも役得なので」

「た~か崎君は、矢田さんにサインも貰いたいのではないのかな?」

「それは欲しいけどダメだよ~。何の用意もしてないんだから」

 そう答える鷹崎の手を善常が握り替えし、ついで何だか感極まった感がある矢田が積極的に、そして情熱的に握りしめる。

 その様子を、うんうんと感慨深げにうなずきながら見ていた猪野が声をかける。

「では戻るかた~か崎君。福島さんの送別会なのに随分と座を外してしまった」

「元は、猪野君が悪いんだよ~」

 一方で善常も引き際を悟ったのか、矢田に目で合図を送り自分たちの部屋へと――


 ――その時である。


 カラオケ店の扉が音もなく開かれ黒ずくめの男が滑り込んできた。

 刈り込まれた顎髭に、夜中であるのに濃いサングラスまでかけている。

 第一印象としては暗殺者か変質者の二択でしかない。

 実際、受付の定員は明らかに腰が引けているし、猪野の体勢は臨戦態勢に移行していた。

「お、大岩さん!」

 そんな中、矢田が急に悲鳴のような声を上げた。

「あん? 誰だお前は?」

「大岩君、大岩君。君の所の事務所の後輩だよ。ね、矢田さん」

 いつの間にか男の背後からギョロ目の男と、眼鏡をかけた男が現れた。

 それを見た瞬間、猪野が直立不動になる。

「そうか後輩だったか。ここで何してるんだ?」

 カラオケ店に来て何をしているも何もあったものではないが、この場合はある意味その質問が功を奏した。

「あ、あの、今度始まる作品のオーディションの練習に……」

「何ィ?」

 サングラスをずらして、大岩がジロリと視線を向ける。

 矢田達ではなく、カウンターに。

 そして、こう申し出た。

「こいつらの部屋は何号室ですか? 料金は俺が出します」

 あまりの急展開に目を白黒させる、一同の反応を無視して今度こそ矢田達に話しかける。

「独自で練習するのも良いけど、こういうときは先輩に頼れよ。何のために事務所に所属しているんだ? あと暇な奴でも呼び出して、コツを教えて貰え」

「じゃあ、大岩さん――」

 恐れ知らずの矢田がそう切り出したところで、大岩が首を横に振った。

「今日はダメだ。えっと猪野って奴は――」

「いるよ。そこでハーレム状態の奴」

 ギョロ目の男――前野が端的に報告する。

「ほう……」

 大岩が質量を伴っていそうな、圧力ある視線を猪野に向ける。

 相手が先輩だと知った猪野は直立不動になるが、相変わらずの中二病患者の出で立ちでは、かなり格好がつかない。

「や、猪野。久しぶりだな」

「ま、前野さんもお変わりなく」

「俺もいるぞ」

「古地さんまで――一体どうされたんですか?」

「もちろん僕もいるわけだが……結局路上駐車ですよ。猪野がいたんなら早く拾いましょう」

 言いながら最後に顔を出したのは願だ。

 それで猪野も大方の事情を察した。

「出たのか?」

「出たらしい」

「それで俺も呼ばれた。お互いに成果がないようだが、今回は規模が尋常じゃないらしい」

 言葉を添えたのは大岩だった。

 かつて古地と能登が予言したように、大岩もまた「錬金科の落ちこぼれ」の出演を機に巻き込まれることを期待されていた。

 主役であるところの和也は、不死身の上に何でも分解してしまうという恐ろしい異能を持っている。

 それだけに期待もされていたのだが、今のところ猪野と同じく巻き込まれていない――という報告を一応、願は受けていた。

 そのあたりの事情を猪野は恐らく知らないままだろうが、状況はいち早く察したようだ。

 その表情はすでに決意を固めていたが、発せられた言葉はその決意とは反対方向だった。

「少しで良い。時間をくれ。不義理をするわけにはいかない事情がある」

「しかし――」

「あたし達~、送別会の最中なの~」

 タイミングよく鷹崎がフォローを入れてくれたことで、願も迷い無くうなずくことが出来た。

 もちろん大岩達にも異論はない。

 それによって空白の時間帯が出来たせいだろうか。

 願はその場に善常がいることに気付いてしまった。

 善常佳奈は言うまでもなく、ホートリン役――そして重力制御という異能の持ち主を演じている。

「…………」

 猪野は無言でスマホを取り出すと、マジックアルファの善常担当の泊を呼び出した。


 東京都台東区七丁目。

 敷地面積10万平方メートルの巨大霊園、通称谷中墓地。

 そこで異変が察知されたのは、実際に異変が発生する直前といっても良いらしい。

 それでありながら、規模は過去最大。

 もちろん、遠くからTAが突撃してくるなども結構な規模なのだが、この場合問題になっているのは、出現している敵――と呼んで良いもかどうか迷うところだが――の数だ。

 谷中霊園にある墓石の数ほどは出現している。

 そんな途方もない報告が現実に感じられるほど、今の谷中霊園には有象無象が蠢いているらしい。

 墓地と言うことで元々、夜には人気が少なくなっていたことが幸いといえば幸いか。

 即座に現場が封鎖され、対応できる人間の到着を待つまでの睨み合いの最中、ついにスタジオ蟷螂のハイエースが到着した。

 連れてこられたのは都合五人。運転は願によるものだ。

 猪野、大岩は現場の要望通りであるが、他の三人はイレギュラーだ。

 だが、それを出迎えた若井の顔には驚きはない――というよりも感情がなかった。

「おう、来たか」

 それでも善常の姿を見たときは、眉間に縦皺を一本生じさせたがそのままスルーした。

 願にはのっぴきならない現状を伝えてあるから、藁でも何でも可能性がある人間を集めてくることに異論はないらしい。

「君は前も来てたな。古地君やったか。自分の役で巻き込まれそうな異能持ちおらんか?」

「あ、は、はぁ……スポーツ中に集中力が増すとか、炊事洗濯が出来るとか」

「だめやなぁ……そちらは確か前野さんやな。心当たりは?」

「げ、ゲームキャラなら、割と思い当たるんですが」

「前例がないなぁ……で、初めまして大岩さん。俺が若井や」

「初めまして。大岩です。俺は何に期待されているのかわかっているつもりですが、今まで上手く行ってませんよ」

「承知してる。それはウチの猪野君も同じ事情やからな」

「シュウは無理ですか?」

「無理やろな」

 前野の突然の質問に、若井が即座に応じる。

「前野さん、ご存じだったんですか?」

 そのやりとりに、願が驚いた声を上げた。

 シュウとは無論、こういう状況でまず招聘されなければならないはずの≪鎧袖一触≫役の田島修平のことである。

「シュウが『ロウキュー!』のイベントで、福岡に行ってるのは知ってました。しかし、他にも伝手が……」

「鈴木さんは呼んでるけどな。やけど彼女の電磁投射法は破壊力が大きすぎる。墓地が無茶苦茶になるから、上の方は投入を渋っとる」

 そこで若井は善常を見た。

「その点、善常さんの――ホートリンの能力が使えるなら有り難いんやけどな。とりあえずはここにいる幸運を祝おうか」

 ようやくのことで若井にいつもの調子が戻ってきた。

「で、善常さんもここにいるのは、事情を承知のことか?」

「……私の意志は10%ほどですが、状況の働きでここまでついてきてしまいました。ご容赦ください」

 言いながら、善常は優雅に一礼した。

 言葉ではなくて、態度で“慇懃無礼”を表現している。

 そんな善常を見て、若井は視線を猪野へと移した。

「事務所の許可は……」

「泊さんの裁量ですが、もらってはいます」

「それなら怪我さえさせへんかったら、何とか丸め込めるやろ」

「怪我……する可能性があるんですか?」

「今まで怪我人は出たことが無いけどな。今回は場所が場所やから」

「大丈夫じゃないかな。ホートリンの能力ならドタバタしなくても済むはずだよ」

 そこに前野からフォローが飛んだ。

「それは……そうですね」

 その善意100%から出た前野の台詞には善常も強い言葉を返せなかった。

 珍しく言葉を濁して応対する。

 だが善常に期待するのはあくまで予備だ。

 本命は大岩。そして猪野だ。若井は二人に話をしようとしたところで異変に気付いた。

「ありゃ? 猪野君は?」

 その若井の言葉通り、到着直後には確かにいたはずの猪野の姿が消えている。しかも古地の姿も消えていた。

「猪野!」

 反射的に願が鋭く声を発すると、古地に引きずられるようにして猪野が姿を現した。

 どうやら墓地の方を覗きに行っていたらしい。

 その勝手な行動に、願は思わず声を荒げた。

「何をしてるんだお前は!」

「戦場の確認は、戦士の嗜みだ」

 平然と言い返す猪野に大岩が笑みの形の視線を寄越した。

「本当に、こんなんなのか……」

「それで猪野君。状況は理解して貰えたか?」

 良い機会だとばかりに若井が尋ねてみると、

「……これほど不利な状況は見たことがありません。他の戦場のように敵が秩序無く蠢いているわけではなく、遮蔽物を利用しての統率した行動を取っているようですね。何度か挑発してみましたが、一向に乗ってきません――もしかしたら部隊指揮官がいるかも」

「と、トモに付き合ってたら、相変わらず寿命が縮む」

 古地の口ぶりからして、相当無茶をやらかしたらしい。

「……岸君。頼むで」

「猪野の面倒を全部僕に振り向けるのは勘弁してください」

 溜息をつく若井にそう応じながらも、願はズカズカと猪野に近づきその額に指を突きつけた。

「お・ま・え・は! また生身であれとやり合うつもりだったのか!?」

「何、一体や二体……」

「一体や二対倒して欲しいわけじゃないんだよ!」

「む……」

 そんな二人の様子を見ていた、数名から「ほぅ」と感心したような息が漏れた。

「若井さん、旗は?」

 今までまったく効果を発揮しなかったアイテムではあるが、ルキングの能力はやはり旗がなければ成り立たない。これを無視して勝手な行動を取られては、色々と立つ瀬がない。

「若井さんが窓口で良いんですか? 俺も効果がないから何やらアイテムを……」

 大岩もそれを良い機会だと考えたのか若井に尋ねてくる。

 「錬金術科の落ちこぼれ」では、大岩演じるところの和也はメリケンサックを使っている。

 それは打撃武器と言うよりは錬金術の補助道具として設定されており、無くても錬金術は使えるが、あった方が便利――かつキャラクターをイメージしやすい。

「ああ聞いとるで。こっちや」

 若井が背を向けて墓地の外周をグルリと回るように歩き出すと、一同も仕方なくそれについていく。

 やがて見えてくるのは、野戦基地といった風情の簡易テントの群れだ。強烈な光を放つ投光器が、夜空を、そして墓石が並ぶ墓地を照らし出している。

 その光の中で確かに何者かが蠢いていた。

 常連のドロッキー。それに場所に相応しくゾンビめいた動きをするもの。あるいは明らかに現代戦の武装に身を包んだ兵士達。

 これらをひとくくりにカテゴライズするなら「雑魚キャラ」といったところだろう。

 兵士が異様と言えば異様ではあるが、いわゆるガンシューティングゲームの“的”以上のものには見えない。

 実際、普段なら田島にあっという間に掃討されている連中なのであるが、何しろ蠢いている数が違った。そして猪野の指摘の通りに蠢いてはいるがむやみやたらに跳び回ったりはしていない。

 そんないつもと違う状況の影響なのか、いつもの黒服達の動きもどこか緊張感を孕んでいた。

 若井達の到着もすぐに気付き、どういう風に役職を見分けているのかは謎であるが、ジェラルミンケースと旗竿に旗を巻き付けた状態の二つのアイテムが運ばれてきた。

 ジェラルミンケースの中には装飾過多なメリケンサック――我に返ってはいけない。

 国ぐるみで凝ったコスプレ大会しているなどと考え始めると、思考のネガティブなスパイラルに陥ってしまう。

「……岸さん、疑問があるんですが。私自身の疑惑としては90%ほど」

 初めて現場に来た割には落ち着いて見える善常が願に話しかけてきた。

「……何でしょう?」

 この人も大概面倒だな、と思いながらもここまで連れてきた事情も手伝って願は出来るだけ柔らかに対応する。

「盾は用意されてるんですか?」

「盾……?」

 その善常の申し出に、願は最初ごく素直に盾で自分の身を守る善常の姿を想像した。

 だが即座に閃きが走り、善常が何を心配しているのか思い至ることが出来た。

 ホートリンは“盾奉主”である。その力は英雄が残した盾に授けられたという設定だ。

 ならば善常が力を発揮するためには、盾が必要なのではないか――それが善常の疑問だろう。

「……しかし、能力を使うときに盾を手に持っていなければならない制約があるわけではないですし」

 善常の疑問は理解できたが、かといってここで「では、帰ってください」と言えるはずもないので、願としては何とか抵抗するしかない。

 善常もそんな願の事情は大方察してはいたのだろう。

 思ったよりあっさりと、その抵抗を受け入れた。

「……まぁ、いいでしょう。ホートリンの能力なら実際に矢面に立つ必要はないでしょうし」

「実際、善常さんの能力が巻き込まれてくれれば、現在の状況に最も適した能力じゃないかと思う」

 重力を局所的に変えて、敵を拘束してしまえば無駄な破壊は行わないで済む。

 善常はその願の説明に対しては二つの抵抗を試みた。

「岸さん。私の能力ではありません。あくまでホートリンの能力です」

「あ、はい。そうですね」

 もう、願は素直にうなずくことしかできない。

 そこに善常から追い討ちが来る。

「能力発動の確率、皮算用の確率が99%です」

 叩きつけられた、当たり前の現実。

 今の願の状態を簡潔に言い表すと「グゥの根も出ない」

 そもそも、この場に善常を連れてきた判断からして間違っていたと言い切っても良いだろう。だが、実際猫の手でも借りたいし、藁でも束みたい状況だと理解している状況全体の把握の仕方は間違ってない。

「じゃあ、まぁ、せっかく来てもろうたんやから前野くんと、古地君には善常さんの騎士ナイト役をお願いしよか」

 こちらは間違いなくイレギュラーでついてきた二人にも要求を出す若井。

 野次馬に来た、と言われるよりは幾分かマシなので前野も古地もそれに苦笑いを浮かべながらも応じた。

 実際、今まで巻き込まれたところで怪我人が出ていないという事も、お気楽でいられる理由の一つだろう。

「鈴木さん、連絡つきました。現着は30分後になりそうです」

 野戦基地から黒服の声が聞こえてくる。

 電磁投射砲は使えないにしても能力者≪疾風迅雷≫の保有する、強力な発電能力は色々と応用が利く。問題は――

「酔ってるんじゃないか?」

 ≪疾風迅雷≫役の鈴木千恵はお酒好きで知られている。

 真面目な人だから、あらかじめわかっていればそれなりの準備をしているだろうが、今日のような急な話だとまずアルコールは入っている。

 前野の呟きももっともなものだ。

 そうなると善常以上に前線に出すのは危険すぎる。

「それでもなんでも、鈴木さんを実質的な戦力として今は計算しなくちゃならんのが実状やな……お、準備できたか」

 大岩がメリケンサックをはめ、そして猪野が旗布をその身に纏っている。

 正気を保ったままで見ると、やはり異様、と表現する他はない。

 そのせいか皆の意識が一瞬緩んだ。

 いつの間にか全員が、ここには敵が出てこないと決めつけていた。

 元々、どこから湧いてくるのかわからないものなのに。


 ――否。


 この場の全員が油断していたわけではない。

 例えそれが中二病的な心構えだったとしても、現状では確かにその心構えが功を奏した。

 投光器の光が届かない暗がり。

 それでもそこはやはり墓地の敷地内ではあったのだ。

 そこからいきなり立ち上がる、小銃を構えた人影。

 もっともそこにリアリティはなく、せいぜいが書き割りに描かれた射撃の的、ぐらいの迫力しかないわけだが、そんなものでも銃口がこちらに向けられている、という状況は一瞬の思考硬直をもたらすには充分だった。

 自分は戦場にいると信じている男を除けば。

 とっさに動けたのは猪野智大、一人だけ。

 そして猪野はその場唯一の女性、善常と突如現れた人影との間に割り込んだ。

 マズルフラッシュが投光器の光をあざ笑うかのように閃く。

 銃口からは“何か”が発射された。

 それが目で追えるという現象はいかにもカトゥーンじみていたが、正体がわからない以上、その身に受けるのは、確かな勇気が必要だ。

 猪野が纏うその旗布に銃弾が叩きつけられる――最悪な想像はその旗布に銃痕が穿たれる。

 一瞬、その最悪な想像が実現するかに思えた。

 銃弾が猪野の身体に吸い込まれたからだ。

「きゃっ!」

 だが次の瞬間、あり得ないはずのことが起こった。

 猪野が庇ったはずの善常が悲鳴を上げたのだ。

 何だかよくわからない、赤い液体が顔に付着した状態で。

 この現象を説明する、一番簡単な方法。


「弾が――猪野の身体をすり抜けた?」


 それを「カニバリゼーション」で説明するなら、


「猪野君の“位相がずれ”……た?」

 

 そう呟いた若井の表情が歓喜と慟哭の間で歪んだ。

 掃射を食らい、顔面を赤く染めながら。    

 

もはや、言い訳も不可能なほど遅れました。

いや、本当に書いてはいたんですが。

こんどこそ、ちゃんと計画を立ててから書く。

書ければいいと思う。

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