節目終了編
27.
「生存競争ラジオ~」
「どうしました? 何か機嫌良いですね」
「タイトルコールしかしてない。どうしてそれで機嫌が良いかなんてわかるんですか?」
「だって加納さん、メール読んでるときから『来たよ~。ついにケルテルメの活躍に対する感想が来たよ~』って、ずっとニヤニヤしてたじゃないですか」
「そういう楽屋話は、晒さない」
「何でですか。加納さん、凄く喜んでたじゃないですか。それは素直に表しましょうよ」
「はい、その話はあとからしましょう。亜紀さん、自己紹介」
「あ、はい。島中亜紀です」
「加納善人です」
自己紹介が済んだところで荒野側のBGMが流れ出す。
どこかウェスタン調のメロディラインに、口笛が乗った寂寥感を感じさせる透明感のある楽曲であるが、番組冒頭の景気づけの楽曲としては微妙なところだろう。
「では、これだけは荒野にするわけにはいかない告知タイムです」
通常であれば番組の終わり際に差し挟まれる、関連商品の紹介タイム。
「生存競争ラジオ」では経験則に基づいて、番組が荒れない冒頭にやってしまう慣例になっている。
村瀬はとにかく宣伝してくれればいいか、と投げやりになっているし若井も面白ければ何でも許してしまうのが「カニバリゼーション」の関連ラジオでの慣例だ。
「……そして、この番組のラジオCDの二枚目が出ます」
「おお~、おめでとう」
告知の締めにラジオCDの宣伝。
「それで、今回も特典がつきます!」
「そうですね~付きますね~」
「加納さん何で疲れてるんですか?」
「特典を収録したときのことを思い出すと、どうしてもこうなるよ」
「え? 面白かったですよ」
「面白いのは確かだけど、暴れ馬が二人もいたから俺の苦労が四倍増しぐらいでしょ」
「加納さん、加納さん。計算あってませんよ」
「どうしてそういう角度から突っ込みが来るかな~?」
「と、言うわけで特典では話題の猪野智大君が来てくれました~」
村瀬の度重なる要請に、願が折れた形がこれだ。
猪野の繰り言を際限なく電波で流す勇気はなかったし、何よりも編集に時間的余裕があるのが幾らかは背中を後押ししてくれた。
「この場合、ルキング役の猪野くん、と紹介すべきでしょうけど概ねは合ってます。ところで亜紀さん。一緒に番組をやってみて感想はどうですか」
「それについては、しみじみと思ったことがあるんですよ」
「ほぅ」
「『あ、猪野君の先輩で良かった』って」
「これは強烈なdisが来ましたね。出来れば関わりたくないと」
「そ、そんなこと言ってませんよ!」
「だけど、その感想は無視したいときに無視出来る自由があって良かったってことでしょ? 後輩じゃそうはいかない」
「それがすぐにわかるって事は、加納さんもそうだってことでしょ」
「もちろん」
「あ、ずっる~い」
「ずるくありません。俺は確かに猪野君の先輩だけど、それと同時に亜紀さんの先輩でもありますから」
「あ」
「納得した?」
「頭良いですね、加納さん」
「はい、今日もこんな亜紀さんに潰される企画は何でしょう?」
「なんでしょうね?」
「亜紀さん、メンタルが強すぎだ――で、企画は? は?」
「はい。今日最初の企画は『ケルテルメを思うがままに褒めよう』です」
「おい、聞いてないぞ」
「さっき決めました」
「ははぁ、企画を潰されまくるものだから、作家が亜紀さんを味方に引き込んだな」
「いいじゃないですか。本当にケルテルメについての感想がたくさん来てるんですから」
「それについてはね……本当に有り難い。俺もやっとこの番組に出ている理由が本編ではっきりして、腰が落ち着いた感じだし」
「そうですよ。今まで、何かえらそうにふんぞり返っているだけでしたからね」
「それケルテルメの話?」
「もちろんそうですよ。加納さんはもの凄く苦労してるじゃないですか」
「わかってるなら、このラジオもう少し落ち着いてくれないかなぁ」
「加納さんが読むのも変なので、私読みますね。えっと強食ネーム、ノコイナさんからです。ありがと~」
「うん、メールありがとう」
「『やっとケルテルメが動きましたね。正直、中に誰もいませんよ状態なんじゃないかと疑ってました』」
「おいおい。それじゃ俺が嘘言ってたって事になるだろ」
「『加納さんのファンなので、やっとたくさん話してくれて嬉しいです』」
「お、おう。うん? これただのふつおたのコーナーなんじゃ……」
「『ケルテルメと加納さんは、どこか似ているところがありますか?』」
「来ましたね、定番の奴。そうだなぁ……」
以降も生存競争ラジオは続いていたが、小さな指がスマホをタッチして一時停止を選択した。
そして、その指はそのまま近くにあったリモコンの上を滑る。
そうすると、今度はモニターの中で一時停止状態だった映像が動き出す。
モニターは向かい合うエルゲンとルキングの姿が映し出していた。
昨日深夜に放映された「カニバリゼーション」11話のラストシーンだ。
すでに何度も見返したシーンだが、実に惜しいところで次週に続いてしまう。
――もしかしたら、お気に入りになるかも知れないのに。
その対峙はエルゲンが望んだものだった。
今、彼の背後には学院側の仲間がいる。
コンテア、キケオ、そしてホートリンにデューア。
そして敵もいる。
リアーツ、ケルテルメ、ニヴ。
この世界において、特別な力を与えられた人間達。
――今まで、その数は10人だったはずだ。
しかし、今の目の前に11人目がいる。それもとびっきりの不確定要素として。
ルキング。
かつてこの大陸を席巻した英雄の失われた遺物。
その不敗の戦場ではためいたという、今は紋章も風化して判別できない旗を掲げる青年。
学院側の流儀で言うなら「旗奉主」とも言うべき存在だろう。
だが、その振るう能力は荒野側の能力に偏っている――そもそも複数の能力を使える時点で反則なのであるが。
今、ルキングは旗布を身に纏い無敵状態だ。
攻撃時のように、奇声を発したりはしていない。
「名前を聞かせて貰っても良いか?」
エルゲンが申し出る。
この段階まで学院側、そして荒野側もルキングの名を知らなかった。
ひたすらに迎撃するか――もしくは逃げまどっていたか。
そんな状態では自己紹介もあったものではない。
「おい、言葉が通じるのか?」
「通じます」
むしろ当たり前にも思えるキケオの問いかけに、エルゲンが毅然と答える。
それは何かの理屈があって導き出されたものではなく、エルゲンがそう信じたいからこそ、強く断言した――そのように感じられる声音だった。
「では、通じるとして、話し合いでその男を無力化しようというつもりか?」
この問いを発したのはケルテルメ。
単純な推測で言えば、彼の能力こそがルキングがシェラフランを葬ったときに使用した“熱量簒奪”のはずなのだが、未だ衆目の前でその能力を使用してはいない。
「いいえ」
その問いにも、エルゲンは力強く返答する。
「それでは、我々はともかく――“あなた方”は納得しないでしょう」
ケルテルメはその直截すぎる答えに沈黙してしまう。
荒野側では話し合いによる秩序など無い。力によるヒエラルキーが確立する一瞬にしか平穏はなく、その平穏は一時でしかない。
皮肉にも今は突如現れたルキングによって、諍いが停止している状態だ。
「ここでボクが、この人を上回れば何よりの保証となりますよね?」
「一体、何の……」
今にも全身から炎を吹き出しそうなリアーツが、睨み付けるようにしてさらに問いかける。
「この人を、ボクの……そうですね子分にするということについてです」
「子分!?」
エルゲンの言葉に真っ先に反応したのは元々の問いを発したリアーツだった。
しかし“子分”という言葉に戸惑いを覚えているのは、リアーツだけではない。
その場にいる能力者の全てが、開いた口が塞がらない、といった類の表情を浮かべている。
だが、エルゲンはまったく怯むことなくリアーツに涼やかに答えた。
「ええ」
「だって……そいつは……」
そう。
シェラフランの仇であるはずだ。
何よりも、一度はエルゲンも復讐の心に囚われたはずではないか。
それが何故、子分などという発想になるのか。
「そもそもの理屈はわかりません。だけどボクは考えました。何故この人が突然現れたのか」
「こいつらが隠してたんじゃないのか」
皮肉げにキケオがそれに応じるが、即座にケルテルメが首を振った。
「与り知らぬ事だ。知っていれば、好きこのんでお前達と共闘などするものか」
「そうよ! こっちだって迷惑してるんだから」
「まぁまぁ、で……エルゲン。お前は何か気付いたことがあるっていうのか?」
柔らかな口調で、場の雰囲気を整えた後、コンテアが槍を肩に担いでエルゲンに問いかける。
「はい」
「何に気付いたっていうの? それはシェラフラン先輩の事を忘れてしまえるような事なの?」
いざとなれば、重力制御によってこの場のほとんどを圧倒することが出来る――それだけに、誰よりも油断無く構えていたホートリンが、それでもなおエルゲンを詰問する。
「生半可な事じゃ許さないわよ!」
そもそもエルゲンとホートリンは友好的な関係ではない。
学院でも名うてのスケベで通っていたエルゲンは、そもそも生真面目なホートリンからよく思われてはいなかった。
スタイルの良いホートリンはその手の男子については元から拒否反応があったのだが、能力をおかしな具合に使用していたことがばれた時にかなりの一悶着があったのだ。
その時、二人の間を取り持ったのも――シェラフラン。
不意に思い出されるシェラフランとの思い出。
だがエルゲンはそれを振り払うように、こう告げた。
「これは<剣奉主>を継いだボクの義務でもあるんだ。今の状態の原因の一端は先輩にもあるんだから」
「な、なんですって!?」
これにはホートリンのみならず、学院側の面子全てが顔色を変えた。
「暴炎ガラッシュ……」
そして続けて発せられた、その名前に荒野側も緊張する。
今のルキングと同じように、あるいはルキング以上に荒野をも飲み込んだ燎原の火。
そしてそれを討ったのが、先代<剣奉主>シェラフラン。
「ガラッシュが、何か関係があるのか?」
ニヴが、その名前に反応する。
ガラッシュと対抗し得た、念動能力者。一度ならずガラッシュとも戦ってきた間柄でもある。
「ガラッシュは、短期間の間にそちら側の能力者を殺しましたよね」
「あ、ああ……」
それは全くの事実だったので、ニヴとしてもうなずくしかない。
「そんな中で、かつて無いほどの強大な能力を誇ったガラッシュが死にました」
「まさか……」
いち早く察したコンテアの顔から血の気が引いた。
「そうです。こちら側にあふれ出た能力が――もしかしたらその妄執までもが、この人の所に集まってる。だからこそ、この時期に、いきなり暴れ出した」
そんなエルゲンの推測は――確かにこの現象を説明できるものだった。
ガラッシュの出現は確かに、異常事態といっても良い現象だった。そしてこの複合能力者の出現。
まったく関係ない異常事態が短期間に連続で発生したと考えるよりは、関連づけて考えた方が納得はしやすい。
全員が息を呑む。
エルゲンの言葉に一理あることを直感的に悟ったのだ。
「だから、この人は今はこんな状態だけどきっとこの人にはある――この人だけの名前が」
エルゲンは改めて尋ねた。
このやりとりの間、旗布を纏いただ佇んでいた――ルキングに。
「……もう一度聞くよ、君の名前は?」
♪薬指を折り、小指を隠して~
願の、
「どちらかと言えば、あった方が嬉しい」
という希望で、
「基本的には付ける方針で
ということになっていたアイキャッチはなく、いきなり七尾の歌声が流れ出す。
「イーブンオッドの歯車」のCMだ。
演出上無い方が良いと判断した場合は、外すことになっているのでこの現象事態は何ら咎めるべき理由はなかったが、今の若井にとっては何とも間が悪かった。
目の前に村瀬がいる。
しかも実に厄介な話を持ち込まれていた。
厄介な話とは、
「若井さん、新しいアニメ作ってください」
要約するとそういうことだ。
「やから、それは買いかぶりやて。俺は大反則で一番せにゃならん資金集めをカットしてアニメ作り始めたんやで。無茶を通した時に使うたのは第一に金で、その次が権力や。まともなプロデューサーが出来ん手を使えた言うだけの話で、俺が優秀なわけやない」
「資金はハイキングシープが出します。資金集めもウチのプロデューサーがやりましょう。それに権力なんかほとんど使ってないでしょ?」
「まぁ……そうかもな」
メイド喫茶のアレは、若井も未だに信じられないほどのイレギュラーだった。
「やけどなぁ、村瀬君。俺は今にもプロジェクト失敗で首切られそうな男やで。何をそんなに……」
「それはそちらのプロジェクトでの話でしょ? アニメ制作に関して言えば、若井さんは立派に仕事をしている」
「やからそれは……」
「反則で手に入れたとしても結果は結果。実績は実績。そしてコネはコネです。まさかプロジェクトに失敗したから、死刑、とかそんな馬鹿な話もないんでしょ?」
若井は腕を組んで黙り込んでしまった。
「カニバリゼーション」放映中なので、もちろん深夜。
真っ当な業務時間帯は、とにかく忙しくかけずり回っているので、お互いに膝つき合わせて話しあうとなるとどうしてもこういう時間帯になる。
それならそれで、居酒屋などででも話をすれば良いようなものだが、下手をするとそのまま意識を失いかねないほど疲労が蓄積しているためそれも選びづらい。
結果として、自分の城――スタジオ蟷螂の事務所でこういう状況に陥ることになる。
もちろん、缶ビールとそのアテはある。
無い方がどうかしていると言っても良い。
「……死刑はないと思うけどな」
「正直言うと、私はプロジェクトから若井さんが外されるとも思ってないんですよ。他にこんな面倒なこと引き受ける人います? プロジェクトが消失しないというなら……」
「せんやろな」
「……じゃあ、決まりだ。次回作も若井さんですよ」
若井としては何とも同意しにくい。
確かにそういう見方があることは否定できないが、さりとて自分でそれを認めてしまえば、その可能性はたやすく“気休め”に堕落してしまいそうでもある。
「それにですよ。そんな簡単に諦めて有原さんや――岸さん、どうするんです?」
痛いところを突かれた。
願に関しては、元の職場に復帰――という単純な話ではない。
恐らく願は元の職場には戻れない。それぐらいの事情は若井も調べてある。
だが、ここでこういう話を持ち出してくるところを観ると、村瀬――ひいてはハイキングシープもそれを知っているらしい。
確かに販路を貸そうという取引相手なのだから、それぐらいは調べてくるだろうが……
「さすがに最近、鬱陶しくなってきましてね。天下りを引き受ける適当な団体の一つもでっち上げて官僚のお守りをする代わりに、防波堤を作ろうか、という話が持ち上がってまして」
よほど訝しげな顔をしていたらしい、と若井はその村瀬の言葉で自覚した。
「そんなわけで、こちらも多少ではありますが官僚にコネを築いているところでしてね。岸さんの事情ぐらいは把握してます。それに岸さんも優秀ですから。なんと言っても使い減りしないのがいい」
願の評価に関しては、全くの同意だ。
だが、それで村瀬の申し出にうっかりと乗れるかというと、何やら頭の奥で警報が鳴っているような感覚を若井は味わっていた。
だが村瀬の口上は終わらない。
「若井さんには、妙なコネと強引さがあって……」
それは認めざるを得ない。
「何よりも、人に未来を見せる能力があります。売れる物、ではなくて作りたい物、という明確な欲望があって、そのためにガンガンとダメ出しできるところも良い」
「褒められてる気ぃ、せえへんわ」
あくまでもはぐらかそうとする若井に、村瀬はニヤリと笑ってとどめを刺した。
「若井さん、私達に未来を見せてください」
「エルゲンさん。この戦いの結果がどうなるという未来は見えないんですか?」
そんなデューアの問いかけに、満身創痍と言っても良いエルゲンは目をぱちくりとさせる。
今は一時撤退して、デューアの能力“癒しの手”による治療を受けているところだ。
時帝剣から授かった予知能力を十全に使いこなすには、エルゲンにはまだチューニング作業が必要なため、今は体を張ってそれを行っているところだ。
デューアの治癒能力がなければ、成立しない作戦ではあるが、そもそもがエルゲンの予知能力がなければ、ルキングには対抗し得ない。
エルゲンの予知能力だけが唯一、時を越えることが出来る。
そうしてルキングの能力を先読み出来ることこそが、ここにいる並み居る能力者を圧倒するエルゲンの優位性。
エルゲンは、今のデューアの言葉でその事に気付いた。
その言葉の本当の意味に気付いた。
エルゲンの表情が喜色に満ちる。そればかりではなく髪が興奮で逆立っていた。
「デューアさん! ありがとう!」
「い、いえ……私は治すことしかできませんし……」
デューアが治してくれたその手で、エルゲンはデューアの奇跡の手を取って礼を言う。
「あ! こら、そこのスケベ男! 何やってるのよ!?」
「何ぃ! さっき、こいつを子分にするって言った癖に!!」
ホートリンとリアーツから、息のあった罵声が飛んでくる。
一方で、前線に張り付いたままのコンテアとニヴはそんな余裕がないようだ。
ケルテルメは、どちらかというと静観していることが多いが、それについてはあまり文句を言われていない。
何しろ前線には、重力、炎、念動、そして槍の穂先とすでに攻撃が飽和状態であるし、迂闊に力を振るえばリアーツの炎と相殺してしまう。
そして、その飽和している攻撃能力をルキングは位相をずらしてやり過ごすのではなく、真っ向から受け止めてそれを押し返している。
未だその能力の底は見えないが、一つだけはっきりしていることがある。
間違いなく、ルキングこそが最強だ。
今、エルゲンはその最強を抑え込まなければならない。
――ルキングは最強なのに?
その矛盾に対する答えに、エルゲンは気付いた。
最強であることと、孤高であることは並立条件ではない。
エルゲンは回復した手に剣を握った。
時帝剣ではない。
それなりの職人が手がけたロングソードではあるが、業物と言うほどの切れ味は無いがこれは仕方がない。
エルゲンの急ごしらえの技量と筋力では、時帝剣はとても扱えないからだ。
だが、それでも――
(未来はある!)
予知ではなく、強い確信と共にエルゲンは前線に身を躍らせた。
同時に、飽和状態だった能力の嵐が止み、まるで凪のように澄んだ戦場で向かい合うのはエルゲンとルキングのみ。
無情なようであるが、戦場のノイズを減らすためにエルゲン自らが頼んだことだ。
そのエルゲンの茶色の瞳に流星が流れる。
未来予知。
それによってルキングがどんな能力を使ってくるかがわかる。
そして、相手をするのがエルゲンただ一人であればその矛先の向きまでは予知しなくても良い。
コンテアに叩き込まれた足捌きが、エルゲンの体を右にずらす。
それは意味のない行動のように思えたが、その一瞬後にその空間が炎の塊によって占拠された。
炎から放たれる熱量はそれでもエルゲンの身を灼くが、その時にはエルゲンの剣がルキングに届こうとしていた。
それを念動力で押しとどめようとするルキング。
その力に触れれば剣とてもひしゃげてしまうかも知れないが、エルゲンにはそれも見えていた。
剣の動きは囮で、実際には回避したままの勢いで振り回した足がルキングの足を刈り取る。
たまらず体勢を崩したルキングが地面に手をついた。
瞬間、その地面がすり鉢状に崩壊する。
物質崩壊の能力だ。ルキングはこの能力を手だけではなく身体が触れてさえいれば発動できるようだ。自らの足場を崩すことで、エルゲンをも巻き込んでその穴の中に落ちていく。
だが、それでもエルゲンの剣の切っ先がルキングへと伸ばされる。
その切っ先が――なんの手応えもなく素通りした。旗布がいつの間にかルキングの体にまとわりついている。
次には、その旗が翻りルキングの身体が宙に浮いた。
「ニヴ!」
ケルテルメの声が飛ぶ。
それに舌打ちで応じたニヴが、エルゲンの身体を持ち上げた。
助ける義理はない――という事態ではない。それに何より、エルゲンはルキングに一撃食らわせた。
その事実が、ニヴにも何を意味するのかイヤでも悟らせたのだ。
ニヴの念動力で、エルゲンは穴の縁にまで引き上げられた。
そして穴の縁に立って、対峙し合う二人。
「……あいつ……ルキングとか言ったか? なんか妙に老獪じゃないか?」
その光景を見たコンテアの独り言に、ハッとなる者、難しい表情を浮かべる者。
ただ暴れ狂っていた、今までのルキングの行動からは想像も出来ないやり方だと気付かされたのだ。
「だが、奴の推測が当たっていたとも言える」
ケルテルメがコンテアの独り言に応じるように、ポツリと呟いた。
「じゃあ……」
ルキングを苛んでいたであろうガラッシュの狂気は収まったのか。
この戦いは終わったのか。
デューアの言いかけた言葉はそんな希望が込められていたに違いない。
だが――突如、周囲一帯に炎が吹き上がった。反射的にケルテルメが熱量簒奪の能力を行使しなければ、ここに集っていた能力者達は全滅していたかも知れない。
それほどの熱量と、範囲の広さ。
ルキングの狂気は、収まってはいなかった。
そして、エルゲンは最初からそんな希望を抱きもしなかったのか、ケルテルメの能力でも消えなかった炎を、その剣で二つに断った。
そのまま穴を迂回して、ルキングへと襲いかかる。
今、全力で炎を放ったルキングには、それを迎撃する手段がない――いや。
ガッ!
鈍い音が響く。
ルキングが旗竿でエルゲンの剣を受け止めたのだ。
恐らくではあるが、ルキングの持つ旗は時帝剣と同じ由来の遺物。
ただのロングソードで打ち破れる代物ではない。
そのまま、二人は拮抗状態に陥るかと思われたがエルゲンがサッと身を翻す。
「いいぞ……」
その動きに、コンテアが思わず呟く。
能力者相手に、近距離での静止など愚の骨頂。
力の流れを読む。
力の入れ所を知る。
力の抜きどころを知る。
即ち――力の流れを操る。
それがコンテアが持つ異能力。
人間離れした格闘技術と言うべきか。
だからこそ、学院一の実力者にして奉主達の指南役でもあるのだ。
それに、剣奉主が持つ予知の力を加えれば――
シャン! シャシャン! キュアン!
閃光が瞬く度にルキングは追い詰められていった。
あらゆる動きを先読みされる。そして、その読みを生かすだけの身体能力が今のエルゲンにはある。
ルキングの無敵性は旗布を身体に纏っている時にこそ全うなのだ。
その旗を突き立てている時の様々な能力を使う状態も確かに脅威ではあるが、この状態で攻撃が届くのであれば、それはもはや無敵ではない。
ただ――強いだけだ。
この二つの状態を戦いの最中に切り替えることは容易ではない。
それがルキングの最大の弱点。
そして、その切り替えの意志すらも見透かしてしまう剣奉主こそが、ルキングの天敵。
上気したその瞳の色は濃く。
その瞳の中に流れる流星は激しく。
旗布を身に纏うことは不可能と判断したルキングも、受け身一方だったわけではない。
エルゲンの剣を旗竿で受け止めつつも、その能力でなんとかエルゲンを排除しようと試みる。
物質崩壊の能力を直接エルゲンに向けようとさえもした。
だが、そのことごとくをエルゲンはかわす。
二人はどんどんと元居た場所から離れていき、ついには周囲に誰もいなくなった。
誰もが二人の戦いに圧倒され、その場で立ち竦んでしまっていたのだ。
「や、やめろ……」
そんな中、ついに根を上げたルキングの口から言葉が漏れた。
エルゲンの他に人がいなくなった事も、影響しているのだろう。
「やめてくれ! 俺を放っておいてくれ!!」
「放っておけるか!!」
エルゲンがそれを即座に否定する。
「君は、ボクがお世話になった先輩の仕事のやり残しだ。今のように自由気ままに暴れ回らせておくわけにはいかない!」
「な、何を……」
「その先輩とは、君が凍らせて砕いたあの人だ!」
ルキングの動きが止まる。
その隙に、エルゲンがルキングの腰に抱きついた。
そのまま二人はもつれ合って倒れる。
「君は先輩の仇だ! だけどボクはもう、殺したり殺されたりはいやなんだ! それが学院だけの話じゃない! 学院の――僕たちが蛮地と呼ぶここの人達が死ぬのもイヤだ!!」
エルゲンがルキングの両肩を押さえ込む。
「君の中にある暴れ回る力が、どれほど君を苦しめているのかボクにはわからない――だけど耐えてくれ」
ルキングはそれに念動力で応えた。
その力で、エルゲンを振り払うために念動力を振るったのだ。
また避けられるに違いないという、そんな理性を麻痺させる“甘え”もあったのだろう。
だがエルゲンは避けなかった。正面からルキングの念動力を受け、それでもその場に留まって見せた。もちろんその代償は大きい。
上半身の衣服は破け、いくつもの裂傷が刻まれ鮮血が宙に舞った。
だが、エルゲンはそれでもルキングを離さない。
エルゲンもまた自分の弱点を知っていたからだ。ルキングの能力をかわし続けられるのは、せいぜいが十分ほど。持久力だけはどんなに頑張っても一朝一夕で身につくものではない。
だからこその組み付き。
そして説得。
「抑えるんだ、ルキング」
一言一言確かめるようにして、エルゲンは尚もルキングに訴える。
「それを続けても意味はない」
「だ、だけど、俺はもう……許されない。許されないことをして……」
「ボクが許す」
血を滴らせながら、それでも力強くエルゲンは告げる。
「――ボクには未来が見えるんだルキング」
「それは……」
知っていると言いかけて――ルキングは結局その言葉を飲み込んだ。
エルゲンの表情が……罪悪感で笑っていたから。
あるいは歓喜に歪んでいたから。
「……ボクが見えるといってしまえば、誰にも否定できない」
それは奇手――いや、鬼手。
予知の能力は剣奉主しか持っていないからだ。
その能力について知るものは、もう世界にはエルゲンしかいない。
エルゲンの言葉を否定できる者は、もう誰もいないのだ。
「ルキング、君はもう暴れない。誰も壊さない――殺さない」
そんな誰にも否定できない未来を、エルゲンは語る。
否定できない以上、それは現実となるかも知れない。
「だ、だけど……」
「――先輩を殺してしまったことを後悔しているのなら!」
その声には血が滲んでいた。
「ボクの茶番に付き合え」
エルゲンの身体が、ルキングの上に倒れ込む。
それは図らずもエルゲンの唇が、ルキング耳元に寄せられることとなった。
だからルキングは、その懺悔のような呟きを聞いてしまう。
エルゲンの血に包まれた暖かさの中で。
「……茶番でも、殺し合うよりはずっとマシですよね? ……先輩」
基本的には、作中アニメ「カニバリゼーション」の12話の内容が書かれてあると思っていただければ大丈夫です。
フォントを変える術がない以上、その目印となる記号とかは真剣に考えた方が良いのかも。




