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放映開始編

25.


 深夜二時のスタジオ蟷螂。

 事務所にいるのは、村瀬との折衝を終えた願。

 藤原が憂慮した善常の孤立化はすでに過去のものとなりつつある。その反作用で、新たな火種が出来上がりつつあるが、それはもう藤原の憂慮すべき事態ではない。単に、願の負担が増えただけだ。

 藤原からの要望があった後、すぐに動いたのは猪野の方であった。

 あとから泊に話を聞いてみると、善常に話はしたがのれんに腕押しのような状態であったらしい。

 だが、そんな受け流すことに長けたはずの善常が、猪野を相手にするときだけは確実に様子がおかしくなる。

 それに気付かぬ、アフレコスタジオのお歴々ではなかった。

 元々、猪野の扱いには慣れてきていた面々である。猪野をいじると同時に、善常にもそれを波及させてアフレコスタジオ全体に、まとまった雰囲気を出すことに成功していた。

 ここまでなら話がうまく回ったと言っても良いだろう。

 しかし副産物というか、妙な現象を生み出してしまっていた。

 スマイル動画で配信中の「リムラン商会・窓口ラジオ」

 相も変わらず、栃木が追い詰められていたのだがアニメ本編が始まった第十二回配信の時、あまりに淡々と自分を追い詰めてくる善常に対してこう言ってしまったのだ。

「猪野君呼ぶぞ!」

 効果は劇的だったと言っても良いだろう。

 何しろ、危うく放送事故。

 何だかんだ言いつつも“沈黙してはいけない”を律儀に守ってきた善常がまさかの職務放棄。

「ヨシツネ! おい、ヨシツネってば」

 先ほどまで追い詰められていたはずの栃木が、思わずプロ意識を発揮して呼びかけるほど、完全に動きを止めてしまっていた。

 その現象自体は、一過性で終わるのなら思わぬハプニング、で済んでいただろう。

 しかし、放送作家の洞口がこれを拾い上げた。

 栃木が追い込まれたときの緊急回避手段として、

「猪野君を呼ぶぞ」

 と言う台詞をテンプレ化。

 これによって善常の優勢の状態から、栃木の巻き返しが図られゲストとして呼ばれた他の出演声優もそれに便乗。

 今では、

「放映中に“その台詞(いんろう)を使えるのは一回だけ」

 という、謎の縛りプレイが継続中だ。

 そうなると内的にも外的にも、

「猪野を呼べ」

 ということになるわけだが、願はそれを拒否し続けている。

 これは面倒事に巻き込まれたくないと言うだけではなく、若井も同意の上での拒否だ。

 何しろ猪野が巻き込まれる前に“目標”が猪野に幻滅してしまった場合、プロジェクトの全てが水泡に帰してしまう。

 巻き込まれたあとに幻滅する――そういう場合はどうなるかはわかっていないらしいが、現状で危険は犯せない。

 その点は村瀬にも何度も説明してきたはずなのだが、村瀬にしてもここが攻勢の掛け時だと踏んでいるのだろう。どうしてもラジオに呼びたい、と五回目の要請を掛けてきたのだ。

 それがかなり粘られて、それを断って、願はやっと事務所に戻ってきたところなのである。

 すると事務所にいたのは未生、そして有原だった。

 珍しい組み合わせに、何故ここにいるのか? という当たり前の疑問が湧いて来たが、アニメ制作において当たり前が起こらないのは、すでにイヤという程経験している。

 未生はすでに最終話近くの脚本修正に取りかかっていたはずだから、活動時間が無茶苦茶なままなのは、ある意味当たり前とも言える。

 しかし有原は謎だ。

「興味はなくとても知っておかねばならないこともありまして」

 願の視線に気付いた有原が、呟くように口を開いた。

「仕事とはそういう物です」

 そしてお決まりの台詞。

 あまり詮索もしたくないが、これでは事情がよくわからない。

 だが、よくわからないからこそ想像も出来る。

 この事務所に勤めに来られたと言うことは、少し前まで職がなかったということだ。で、働き出したことを両親辺りには、もちろん報告した――するだろう。

 すると、次の流れは「どんな仕事なの?」という疑問へと収束していく。

 そうとなればいかがわしい仕事ではないと、説明する必要性も生じてくる。アニメ制作事務所ということなら「どんなアニメを作っているの?」という質問も、当然予想できる。

 だが有原自身は、そもそも「カニバリゼーション」い興味がないために、色々聞かれても説明できない。そこで解説役を未生にお願いした。

 ……などと考えてみたが、これが当たっているのかはわからない。

 なので有原に返したのはこんな言葉だ。

「にしても、こんな時間にリアルタイムで観ることもないでしょう」

 ――こんな時間。

 改めて確認するまでもなく深夜である。

 だからといって二人とも別にパジャマを着ているわけでもなく、それぞれにいつも通りの出で立ちであるのだが、今の時刻を意識すると何とも異様だ。

 未生の格好はいつも異様だとも言えるが。

「一つ、私の時間が空きそうだったのがこの時間帯だけだった。

 二つ、この6話程説明が必要な回はない」

 願の疑問に答えを返してきたのは、異様な格好――でれっとしたフリル多めのワンピースを着た未生だった。

 その答え方から、先ほどの有原の抱える事情への推測――というかただの想像が、当たらずとも遠からじであることを裏付けていたが、無論そこは追求しない。

 願は今日放送予定の回を思い出していた。

「あ、6話……」

「そう。6話」

 なるほど事情はわかった。

「でも、さすがに不用心ですよ。未生さんは抜け出してきたというなら、僕があとから現場にも送れますけど、有原さんはどうするんですか?」

「朝までここに居て、帰ります」

「え? 仕事は……」

「岸さん、明日は休日です。カレンダー上で」

「え?」

 思わず、部屋の中を見回してしまうが、この事務所にそんな気の利いたものはない。

 スマホを取り出してカレンダーを確認。

 結論としては、自分が完全に業界に染まったしまったことが確認できただけだ。

「わ、わ、私も今日はここに泊まる予定」

 では、自分が出て行くしかないのか、と願は即座にその発言の意図を理解した。

 むしろ、今入れてくれたことに感謝すべきなのかも知れない。


 画面の中で、金髪の少女が縦横無尽に剣を振るっている。

 ただメチャクチャに振り回しているのではなく、その剣の動きにしっかりと身体の動きが呼応している。

 実写では当たり前の話だが、アニメでは腕だけを動かしがちになるところだ。

 もちろん、ずっとそんなシーンばかりでは作画班への負担が大きすぎるので、効果的に構図を変えて緊張感を維持しつつ、観ている側にも飽きさせないようなカット割りが為されていた。

 そこまでして金髪の少女――シェラフランが攻撃している相手は、その攻撃を受けて切り刻まれている……わけではなかった。

 シェラフランの振るう剣が、その身体を通り抜けている。

 実は、このキャラこそが猪野の演じるルキングだ。

 ボロ布を身に纏い、その手には棒――よく言って、棍が握られていた。

 そして、モニターの前では当たり前に有原が首を捻っている。

「ル……あのキャラクターが、ああいう状態なのは理由がある。

 一つ、今の状態になる前に能力者が殺された。

 二つ、そのために受け皿となったこのキャラクターは位相がずれている」

 なるほど、こうして実際に接してみると、未生は解説役としてはうってつけだ。

「位相?」

「か、か、か、神様の世界に近づいている。だ、だ、だから現実の世界の影響を受けない」

 有原は、その説明に曖昧にうなずいて見せた。

 恐らくはよくわかっていないのだろうが、説明すべき相手に、そのまま説明すれば煙に巻くことは可能だ。

 そのうちに、シェラフランだけでなく、周りの能力者達からも攻撃が加えられるが、その全てがルキングの身体を突き抜けてしまう。

「どうやって、倒すんですか?」

 有原から無慈悲な質問。

 このキャラクターを倒されては、プロジェクトの意味がない。

 だが完全に敵役として登場してきているから、現状では仕方がないとも言える。

 “目標”もそう感じているのか――いや、それ以前にこのアニメを観てくれているのか。

「倒し方はある」

 願の想いとは裏腹に、未生がプロジェクトにとって致命的な一言を口にした。

「だけど、今は無理」

 プロジェクトは救われた。

 その言葉に嘘はなく、モニターの中のルキングには一向に攻撃が当たりそうな気配がない。

「相手は、攻撃が通じないだけですか?」

 続いての有原の疑問。

「攻撃は出来る。

 一つ。ルキングは荒野側の能力を全て使える。

 二つ。そのためには手順を踏まなければならない」

「手順?」

「あ、今からやりますよ」

 その理屈は知っていた願が、有原の注意をモニターへと戻す。

 モニターの中では、ボロ布に思えていたルキングの纏っていた布地が棍に絡みついて、一つの形を成そうとしていた。

「旗……?」

 有原が、わざわざ口に出して確認するほど、それはかなり微妙ではあったが設定上は旗だ。

 旗と言ったら旗なのである。

「あれで、ルキングは現実世界に存在を確定させた、ということになるんです。で、その状態であることが能力を使うための前提条件」

「そして、この状態のルキングには攻撃が通じる」

 願の説明に、未生がフォローを入れてくれた。

 フォローと言うよりも、先ほどの有原の問いかけに応じた、とした方が正しいかも知れない。

「通じると言っても……」

 しかし有原は回答を得たものの、戸惑いは隠せないようだった。

 何しろモニターの中のルキングは無茶苦茶に能力を繰り出している。

 まず足下の地面がどんどんと風化して、蟻地獄のようなすり鉢状に抉れていく。その周囲では至る所に炎が吹き上がり、あるいは風化ではなく破壊の爪痕が刻まれていく。

 確かに、これでは攻撃どころか近づくことさえも出来ない。

 だが、そんな理屈よりも、モニターの向こうを、あるいはこの事務所を圧倒しているのは“声”

 すでに聞き慣れたはずの猪野の声だ。

 聞けばそれは確かに猪野の声なのであるが、能力を使う度に別人格が乗り移ったかのようであり、しかも表している感情が、全て怒りと恐怖に充ち満ちていた。

(……まずいな)

 猪野の能力の高さは知っていたつもりだったが、これを聞いたら猪野本人に興味を抱くファンも出てくるだろう。そしてそれを知るための下準備は整っていると言っても過言ではない。

 モニターの向こうでは、シェラフランが何とも表現しがたい表情を浮かべていた。

 怒りとも、諦めとも、悲しみともつかない、分類不可能な表情だ。

 なるほど若井の言っていた事も、この表情を見れば納得するしかない。

 いわゆる可愛さを前面に押し出した絵では、この表情は作れない。そしてシェラフランは表情一つで、猪野渾身の演技に対抗している。

 渾身の作画と渾身の演技が相乗効果を生んで、名シーンに仕上がる現象はままあると言っても良い。

 しかし、この場では声と作画は敵同士であるのだ。

 アニメという、色々な要素が複雑に組み合わさっている創作物ならではの現象とも言えるが、本気でこんな風に正面からぶつかり合っているのは初めてかも知れない。

 荒野側の能力者、リアーツとニヴがその能力、炎熱放射と念動力とでルキングの能力に対抗しようとしているが、なにしろ相手は複数の能力を使ってくる。

 それぞれの能力自体は、この二人の方が上回っているのだが、何しろ無軌道に能力を振る舞っているようでいて、ルキングは千里眼の能力で的確に二人の死角か能力を放出していた。

 このままでは遠からず殺されてしまう。

 あるいは、ルキングが自らの能力で自滅するのが先かもしれない。

 そんな中シェラフランと今のところその添え物でしかないエルゲンが会話をしていた。

『エルゲン、学院に――壁の向こうに戻りなさい』

『そんな……先輩!』

『今なら、荒野に住まう不逞の輩もお前を追う暇はない』

『なら先輩も……』

『ダメだ。今、あの男を放置しておくことは秩序の敗北を意味する。何の準備もないまま、あの男を迎え撃てると思うか?』

『それは……でもそれなら先輩だって!』

『私はここであの男を止める。今は時間が必要だ』

 その会話を聞いていた有原の眉根が寄る。

 有原は、きっとこの言葉は知らないだろうが確かに“死亡フラグ”らしき物を意識している。

『強くなれエルゲン。今の剣奉主クロノリープはお前だ。後事を託せるのはお前しか居ない』

『先輩……!』

『エルゲン。皆を頼んだぞ』

 シェラフランがルキングに向けて飛び出した。

「……でも、この時のあいつには攻撃が通じるんですよね?」

「通じる」

 有原が、何かの希望を見いだしたようだ。そして未生もそれを肯定しているかのように見えた。

 しかし願は台本ながれをすでに知っている。

『行けーーーーーー!!』

 さすがの新開の絶叫。

 その声は、猪野の声が支配していた戦場を切り裂いた。

 それに突き動かされるように、エルゲンが走り出す。

 その真逆の方向に剣を掲げて、突撃を掛けるシェラフラン。

 戦場では相変わらず、ルキングの複数の能力が嵐のごとく吹き荒れている。リアーツもニヴもすでに攻撃は諦めて、自らの身を守ることで精一杯だ。

 だがシェラフランは、委細構わずにルキングへと突進していく。

 その捨て身の気迫がルキングに動揺をもたらしたのか、能力の圧力が減った。

 一瞬で、シェラフランが間合いを詰める。

 しかし、かつてガラッシュを討った時の予知能力はすでにシェラフランからは失われている。

 追い詰められて、ただ念動力を放出するしか無くなったルキングの攻撃を見きれない。

 全身で、その圧力をもろに受けてしまう。

 金の髪はちぎれ、鎧は弾け飛び、全身に裂傷が刻まれ血が風に舞う。

 しかし、シェラフランは倒れなかった――そして退かなかった。

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 念動力自体を押し返すような雄叫びが、シェラフランの喉から発せられる。

 その声に押されるように、ルキングが後ずさった。

『だ、誰だ君は……』

 初めて聞く、ルキングの声。

 そう。

 それが、恐らくは“ルキング”という人間そのままの声なのだろう。

『貴様……一体、何者だ?』

 その変化は、なおも攻撃の意志を失っていなかったシェラフランに迷いを生み出した。

 ルキングも、その問いかけに答えるように虚ろな瞳をシェラフランへと向けた。

 そして口元が、言葉を紡ぎ出そうと動かされる。

 だが――

『ぼ、僕は――僕はぁぁぁあああああああ!』

 再び、暴走の気配を見せるルキング。

 シェラフランの青い瞳がすみれ色に輝いた。

 だが、その身体はその意志に応えない。叩きつけられた念動力が深刻なダメージをシェラフランの身体にもたらしていた。

 それでもシェラフランは剣を担ぐようにすると、残った力の全てを集め、頭を抱えてのたうち回っているルキングの頭上へと飛んだ。

 その落下のエネルギーで、剣をルキングへと叩きつける。

 だが……

 キンッ! と何かが弾けるような音がしてシェラフランの身体が一瞬で凍り付いた。

 熱量簒奪。

 それもまた荒野側の能力。

 そして、氷結音は藤原こだわりのSEでもある。

 モニターの中では凍り付いたシェラフランの剣が、ルキングの肩口に食い込んでいた。

 それは執念の一撃。

 だが、同時に最期の一撃でもあった。

 剣から伝わった反動が、凍り付いたシェラフランの身体に細かくひびを入れ、そしてどこか空恐ろしさを感じるほどの透明感のあるSEと共に全身が砕け散った。

 それと同時に、エンディングのイントロが始まる。

 「カニバリゼーション」のエンディングは、音楽担当・藤田弘提供のBGMに、事実上、借金のカタに描画能力を取られている青黄を馬車馬のごとく追い立てて、描かせたイメージボードを組み合わせることで構成されている。

 BGMは毎回変更されイメージボードもそのたびに更新されるので、手抜きとはいわれない物の「公式MAD」ともいわれている代物だ。

 だが、さすがにこの6話は節目の回。

 これから先、しばしば重要な局面にかかる曲の初お披露目だ。

 いわゆる「パブロフの犬」的な効果を期待してのすり込みも目論んでのことである。

 将来的に「死亡フラグ代行BGM」とか呼ばれることになるかも知れない。

 ストリングス系の音が、悲痛な音を奏でる中、ひたすらに走っていくエルゲンの姿が、スタッフロールと共に流れていく。

 ただの走る姿ではない。

 それは“敗走”なのだ。格好良く走る姿を描いてはいけない。時に身体を泳がせ、時に転んで全身泥まみれにして、それでも必死に走らせなければならない。

 そして、そんなエルゲンを励ますように飛んできた風花も舞わせなければならない。

 ――アニメーターが。

 ここの作画チーフは中村英樹。というかコンテも彼が切っている。

 最初は中割りまで、彼に一人に任せる予定であったようだが、この機会に必ず技術を盗んでやると意気込んだ志願者の中から抽選で数名を選び出し、このシーンを制作している。

 そして、若井の指示でスタッフロールには、このシーンの作画担当者の名前がチーフの中村を筆頭に別個にクレジットされていた。

 問題が多いプロデューサーであるとは思うが、こう言うところで強権を使うところには、素直に好意を抱かざるを得ない。

 さて――

 モニターはすでにエンディングが流れ終えて、ハイキングシープによる「イーブンオッドの歯車」のCMが流れていた。

「あの……金髪の方はお亡くなりになったんですか?」

 有原の疑問はある意味当然と言っても良いだろう。

 前半は、エルゲンが全くの遠足気分だったから、そのギャップについて行けなくても無理はない。

「殺した」

 未生がうなずきながら、最も不穏当な単語で有原の疑問に応える。

 確かに、この段階でシェラフラン退場を最初に持ち出したのは未生であることは確実だろう。

 ということは、確かに「殺した」という表現は適切かも知れないが……

「じゃあ、生き返ったりしないんですか?」

「……そ、そ、そ、そんなことは起こらない」

「はぁ、でもアニメというのはそういうものじゃないんですか?」

 何という……しかし誤解とも言い難い部分がある。

「あ、いえ。全てのアニメがそういうわけではないので。彼女の死は……覆りません」

 さすがに願がフォローを入れる。

 すると有原は、難しい顔をして黙り込んでしまった。

 シェラフランの死はなかなかの衝撃を与えたようだ――ルキング登場よりもインパクトを与えているかも知れない。

 それは「カニバリゼーション」というアニメに対しては良い傾向かも知れないが……

(……プロジェクトにはマイナスかも知れない)


 なかなかの衝撃インパクトを与えたらしい「カニバリゼーション」6話放映から四日後。

 感想サイトでも香ばしい悲鳴が上がっている。  

 MADも順調に制作されているようだが、本編無編集で挙げるようなのは即刻削除させている。

 それとは別に公にはしていないが、本編映像を5分以上使っていると削除になるという基準もあるのだが、未だそれには気付かれていない。

 ただ、何かしらの基準があるということは主に「スマイル動画」で気付いている者もちらほら現れているようだった。

 OP、EDのいわゆる「中毒になる」シリーズは放置。

 勝手にプロモーションしてくれているような物だ。EDに関してはあまり意味が無いとも言えるが。

 ちなみに「イーブンオッドの歯車」は、早くも好評を博していて6話の放映直後に、

「なるほど、これで何となく理由がわかってきた」

「ああ、こういうアニメなのか」

 という、狙い通りの感想も聞こえてくるようになってきていた。

 そのOPも細川の無茶振りで、映像としては一話として同じ物がないのであるが。

 一方で違法動画。

 もちろん、若井は警察を当てにはしなかった。

 このプロジェクトの最も深刻な部分とのコネを利用して、アップする連中に直接脅しを掛けた。

 もちろん非合法極まりない手段であるが、人死には出ていないらしい。

 こういう場合、どうしても対処が遅れがちになる海外のサーバーは“爆破”された。

 比喩表現でも何でもなく、本当に爆破されたのだ。

「村井君には世話になっるからな。コネを使って海外を飢餓状態に追い込んだる。せめて海外市場では売り上げに貢献せんとな」

「それは良いんですけど……マジで爆破ってなんです? ねぇ、爆破って……」

 もちろん、それらが報道されることはなかったが「カニバリゼーション」は本気でマズイらしい、という噂が浸透していく助けとなった。

 そして今――

 願は猪野と共に、八王子は小宮公園にやって来ていた。

 時刻はもちろん、午前0時。

 そろそろ現象が発生する時間帯だ。

「今日は田島さんが本命ですか?」

「ん……ちょっと遠慮してたんだけど、今日はトモの初陣になるかも知れないし」

「俺もそれ。今日のフィールドの規模だと、ACはまず出ないらしいから」

 あまり人の手が入っているように見えない、小宮公園の中央で男四人がヤンキー座りで車座になっている光景は、端から見ているとなかなかクるものがある。

 しかも願は相も変わらぬスーツ姿であるので、一層クる。

「そういう大きさとかわかるんですね」

「らしいぞ――というか、なぜ岸さんがそれを知らないんだ?」

「僕はあくまで若井さんの監視役なので……横領とか、サボタージュとか、要するに不真面目に仕事をしていないかが一番重要なので」

 猪野の付き合いでアフレコ現場に何度も顔を出している内に、大方の事情は全員に知れ渡ってしまった。もっとも最初から隠す気もなかったが。

「貴様ら上の人間はいつもそれだ。現場の苦労も知らず、足の引っ張り合い。今から遡ること40年前。アイヘン藩地での出来事が良い例だ。その時、俺は藩地の討伐軍に加わっていたんだが、さすがにあれには同情した」

 この発言で猪野を褒めるところがあるとすれば。

 先輩達の前でも、一向に中二病発言を控えないところであろう。

 良い意味でも悪い意味でも、裏表がない。

「まぁ、そう言うな。俺の見たところ若井さんと岸さんはいがみ合っているという感じじゃないぞ」

 稲葉から即座にフォローが飛んだ。

 中二発言のほとんどをスルーした上で、この的確さ。

 年の功というよりも、老獪さを感じる。

「そうそう。むしろ岸さんは若井さんに良いように使われてるよね。とても監視役とは思えない」

「確かに、こいつは使いっ走りのようにしか見えないが……」

 田島の追随に、猪野まで乗っかってくる。

 我が身を犠牲にして、この場が丸くなるなら安いもの……

「調子乗ってるんじゃないぞ、猪野」

 とは願は考えない。猪野相手に一歩でも後退することは、その後の百年の損失を意味する。

「言いたいことがあるなら、直接自分の言葉で言え」

 願は猪野を睨みながら言葉を叩きつけた。

「どこぞの国の何という大臣が無能だとか、そう言う話を持ち出してみろ」

「俺の世界を愚弄する気か!」

「お前の存在が、こっちの世界を愚弄してるんだよ!」

 もちろん、この段階で二人ともすでに立ち上がっている。

 それを稲葉と田島が懸命になだめると、二人とも渋々と座り直した。

「……失礼しました」

 居住まいを正して、頭を下げる願。

「いや、いいよ。何かトモと本気で喧嘩できるのはうらやましくもあるね」

 どこか苦笑を浮かべながら最年長の稲葉にそう言われると、もはや返す言葉もない。

 猪野も珍しく、先輩達を前にしてどこかふて腐れたような表情を浮かべていた。

「そう言えば田島さん」

 空気の悪さに耐えきれずに、願が田島に話しかける。

 元はといえば自分のしでかしたこと――猪野にアドバンテージを握らせないためとはいえ――でもあるので、唐突な話題転換の不自然さは承知の上だ。

「何?」

 田島も、そんな願の胸の内を推し量ったかのように明るい声で応じてくる。

「芦屋さんは巻き込まれてないんですか? あの能力があれば一発解決、みたいな気がするんですけど」

 ここでの芦屋とは、同じく声優の芦屋明を指す。

 芦屋は田島が巻き込まれるきっかけとなった「学究都市シリーズ」で、主役の阿仁佐歩を演じている。

 設定上、持っている能力は右脚に宿った異能を踏みつぶす力。

 田島演じる<鎧袖一触>も、阿仁の右脚の前に敗れ去っていた。

「多分、その一発解決がまずいんじゃないかな。フィールドごと潰しちゃうから」

「それはそれで、問題ないような……」

「でも、それじゃ戦いにならないじゃないか」

 稲葉も参加してきた。

 それに対して願は眉をしかめる。

「……実際に巻き込まれているお二人の前で言うのもなんですが……この現象って解決を前提に引き起こされているような気がしませんか?」

 実際、若井もその線で考えていたはずだ。

「……まぁ、確かに。だけど、それだと変身直後にミラクルマンがコズミウム光線打つような感じで、味わいが無くないか?」

「稲葉さん、古い。今なら……栃木さんがラジオ始まって五分も経たずに『猪野君、呼ぶぞ』と言ってしまう、という感じ?」

「俺がどうかしましたか?」

 もちろん、猪野にはラジオの存在自体を伏せてある。

 さて、なんと言って誤魔化すか……

「何やそないなとこに固まって。稲葉さんも頼んますよ」

 突然に若井の声が聞こえてくる。

 その背後には、旗を広げた黒服二人。

「田島君、不確定要素に頼るわけにもいかんから、現場指揮官は君の能力に期待しているようや。猪野君、わかっとるな?」

「わかりました」

「応!」

 田島と猪野がそれぞれ若井の招集に応じる。


「……ほなら、試してみよか」


 強力なサーチライトの光を逆光に浴びた若井がニヤリと笑った。


しれっと放映が始まってますが。

まぁ、そちらは本題ではないので。

なんか適当な学園コメディでもやっていたと脳内補完していただければ幸いです。

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