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音箱画策編

21.


 願はオーディションに参加しなかった。

 ――参加できなかった、と表現する方が事態を正確に言い表しているのかも知れない。

 願個人の希望としては、オーディション風景というものを見たかった、というごくごく単純な動機があったからだ。

 それを見抜いたからこそ、若井に別の仕事の指示を受けてしまったのかも知れない。

 なにしろオーディションの準備期間からしてまったく立ち会うことも出来なかったのだから。

 その間に与えられた仕事は「販売会社の選択及びその担当」

 今更確認するまでもないが、このプロジェクトによって制作されるアニメの第一の目的は“利益”ではない。映像ソフトを販売する理由は謂わば「他のアニメと変わらない」事を示す偽装工作に似たところがある。

 だから販売会社には、その共犯関係になって貰う。

 もっと乱暴な話をすれば、

「製造ラインと販路を貸せ」

 と、上から命令することも出来る――暴力を背景にして。

 もちろん、そこまでしなくてもこのプロジェクトに乗ってくる――乗りたいと申し出てくる所は複数あった。何しろ自分で投資しないで出来上がってきた“作品”を映像ソフトに加工して、他の商品の流通経路に乗せれば利益が……出るかも知れない。

 この辺りは営業努力次第になるわけだが、何しろ「カニバリゼーション」に関しては先行投資が制作段階で発生していない。

 ローリスクで、ハイリターンになる可能性。

 それに販売会社というのは「どんな商品でも、広告で売ってやる」という性根の持ち主であるし、そういう気概を持っている。

 これらの条件を総合すると、

「販売会社のオーディション」

 という、異常事態が発生することになった。

 それならそれで、やはり若井の仕事になるはずなのだが、少し前に願が提案したことが仇になった。

「何処でも良いのなら、Webラジオのノウハウを持っているところが良いんじゃないですか? コネもあった方が良いですし」

 妥当な提案だったはずだ。

 それなのに、どうしてこうなった?

 ……などと泣き言ばかりも言っていられないので、各販売会社に伝達したのは、

「『カニバリゼーション』の広告プロデューサーとしての人材を提供してください」

 だった。

 もちろん、それでそのまま人を寄越す会社はない。

 宣伝計画を携えた、何人かの人間に会って一人の男を選び出した。

 村瀬一豊。

 ハイキングシープの人間。30代後半。白スーツ。健康優良。

 健康優良が特に重要なところだった。だからこそ白スーツというセンスには目をつむることにした。

 宣伝計画の企画書に挙げられた名前の多さも少しは考慮したが。 

 願は今、その白スーツの姿の村瀬と共に上井草の事務所でオーディション結果を待っていた。


「主題歌は弊社と契約している方で良いんでしょうか?」

 村瀬は割とぐいぐい来るタイプだった。

 これも、選んだ理由の一つである。

 何しろこれなら、罪悪感を抱かないで済む。

「主題歌……」

 しかし、これは盲点だったかも知れない。

 確実に巻き込まれない上に、固定ファンの付いているアーティストが主題歌を担当してくれるならかなりの宣伝効果を望むことが出来る。

 いや、そういう客は曲だけ聴いて本編は見ない?

 待て待て、それは関係ない。露出が増えれば――

「岸さん?」

「ああ、いえ。僕は所詮しがないAPですので。御社所属の方がオーディションに受かっていればトントン拍子に話は進むかも知れません……受けてるんですよね?」

「いつもなら、そういう枠があるんですけどねぇ」

「そういう赤裸々な話は、遠慮して貰えます?」

 願はまだまだ一ファンでいたかった。

 すでに時刻は午後九時を回っている。

 有原はとっくに帰宅して、今事務所はノートと肌色多めの漫画があるだけのカオスな空間だ。

 当初は決まり次第、若井から連絡が入り即座に動く予定だったために事務所待機だったわけだが、ここまで時間がずれ込んでは、もはや身動きも取りづらい。

 恐らくは若井が戻ってきたあとに、キャスティングを見てからの戦略会議になるだろう。

 色々なしがらみをまったく無視した、ある意味で純粋なキャスティング。

 ――なんだか、かなり不利なことをしているように思えてきた。

「帰ったで~」

 願がマイナス思考に陥りそうになった時、語尾に疲れを滲ませて若井が戻ってきた。

 手には普段は持っていないブリーフケースを掲げていた。

「どうなりましたか?」

 興味と言うよりも、挨拶代わりに声を掛けてみる。

「決まった役もあるけど、決まらんかった役もある。まぁ、至極当たり前の結果やな」

「……決まってないのは?」

 少しの逡巡の後、もっとも効率的であろう質問を投げかける願。

 若井も、その問いかけに苦笑を浮かべて、

「まぁ、言ってしまえばレンボルだけやな。アレは決められんかった」

「レンボル……確かに」

 願はすでにストーリーの大筋を知っている。

 レンボルは後半のキーキャラクターである以上に、非常に難しい役所だと理解できた。

「ほ、他は決まったんですか?」

「事務所への通達はまだやけど、オーディション受けさせて断りはせんやろ」

 がっついてきた村瀬をあしらうように手を振りながら、若井は空いていた椅子に腰掛けた。

「あ~、あかん。飯喰うのも面倒になってきた」

 この時間まで食べていない。

 何しろ相手が、細川と藤原なのだ。

 村瀬から「Webラジオを開始するなら居て欲しい声優」の名前を聞き出していた若井は、当落線上にある声優をプッシュしたに違いない。

 それが作品の質を向上させるという意志に基づいた主張であるなら、あるいはその主張も通ったかも知れないが、実質としてそうではない。

 おまけに細川も藤原も、製作会社のしがらみが無いことは承知している。

 あくまで最高を目指す姿勢は称賛されるべきなのかも知れないが、宣伝は宣伝でプロジェクトに欠かせない要素であるのだ。

「岸君、悪いけどお湯沸かしてくれんか? とりあえずカップスープでも飲んで誤魔化すわ」

「はい」

 と、とりあえず素直に返事はしておくが、カップスープの素のような器用な買い置きはあっただろうか?

「給湯室の上の棚にあるから」

 見透かされていたらしい。

「わかりました」

「そ、それで、キャスティングは?」

 急かす村瀬に恨み言の一つも言いたくなったが、データを見るだけなら直接若井に聞く必要もないと、無理矢理納得して給湯室へと向かった。

 事務所からビルの給湯室まではさほどの距離はない。

 ものの数秒もかからずにたどり着くとヤカンを取り出して火に掛ける。

 さて若井のマグカップはすぐにわかるが、カップスープの素は……


「えっ!?」


 さっそく村瀬の驚く声が聞こえてきた。

 いくら何でも早すぎる。主役から順に発表――いや書き記した書類――そんなものを整える余裕はないか――そうなるとやはり主役。

 エルゲン役としてよほど意外な人物が決まったのか。

 ラジオの進行役として定評のある人物で、その都合の良さに驚いた?

 あるいは、到底ラジオをまかせられないと絶望してしまうような人物で、先が思いやられたのか。

 マグカップにスープの素を注いだあと、ヤカンの前でボーッと待っているだけの手持ち無沙汰が、様々な推測を願の脳裏に去来させるが、気休め以外の何もでもない。

 このままでは水が沸くまでの、ジュール計算をやってしまいそうだ。

 そこからしばらくは、何も聞こえなくなった。

 順調に若井の発表が進んでいる――は、無い。

 一人名前を出すごとに、いちいち可能性を模索している可能性の方が高い。

 村瀬は乗り気ではなかったが、若井は二本ラジオ番組を立ち上げるつもりだ。

 僅かな可能性でも模索したいところだろう。


「行けますよ、若井さん! これで勝ったも同然です!」


 ――ん?

 何か、望んでいた人材がオーディションを通過したらしい。

 そのタイミングで、ちょうどヤカンから激しい湯気が立ち始めた。

 もう良いだろう――良いことにする。

 マグカップにお湯を注ぎ、スプーンでかき混ぜながら事務所へと戻る。

「お待たせしました。で、何がありましたか?」

「栃木さんです。栃木さんが、来てくれました!」

 興奮気味に村瀬が出迎える。

 栃木尚――数々のアニメに主演し、のみならずラジオパーソナリティとして、というか“突っ込み”として番組を取り回し、ともすれば本編のアニメが終わった後もラジオが配信され続けるという現象もしばしば起こす人気声優だ。

 確かに、栃木にラジオを承諾して貰えれば一本企画は通ったと言っても過言ではない――と、未だファンでしかない願は判断したが、村瀬プロの評価もあまり変わらないらしい。

「お、ありがとさん。腹減りすぎて、胃が痛いわ」

 村瀬の昂奮をスルーして若井が手を伸ばしてきた。

「熱いですよ」

「ん」

 どうやら昼食もまともに摂っていないらしい。

「何か取りましょうか?」

「いやや。俺は今日は贅沢――というわけにもいかんな。これから会議になるし。ラーメンでええか。君らは?」

「僕たちは忠義者ではないので、済ませましたよ」

「なんとまぁ、俺の人望の無さよ」

「で、栃木さんが居るんですね? 誰ですか?」

 発表が主役からであれば、エルゲンでは無いはずだが。

「キケオや」

「キケオ!?」

 学院の何でも屋。守銭奴。ひねた性格のいまいち頼りにならない先輩。そして――

 願の眉根が寄った。

 今までの栃木の演じてきた役からは少々イメージが離れている。

「そうや。エルゲン役も受けにきたんやけどな」

 確かに、エルゲン役の方がしっくり来る。

 では、そのエルゲン役は誰に決まったのか?

 焦らすつもりはないのだろうが、若井は出前の注文メニューに手を伸ばしている。

「エルゲン役は田島さんですよ」

「え!?」

 突然、村瀬から告げられた名前に願がまた声を上げてしまった。

 それも、給湯室で聞いたあの声にそっくりだ。

 つまり村瀬も、同じように驚いたと言うことだろう。

 何しろ目下“異常事態”に最大限に巻き込まれているのが≪鎧袖一触≫を演じる田島修平なのである。

 これ以上、巻き込まれる――いや、さすがに複数の役が巻き込まれることはないから安全なのか?

「まぁ、その現象は確認されてないからな。本人か事務所が調査の上で、オーディションに来たのかもしれん」

「で、合格ですか?」

「ちょっと他に考えつかんぐらいにハマってもうたな」

 今となっては、願もエルゲンの運命を知っている。

 そうなると細川や藤原の意図するところも、何となく想像できてしまう。

 さて、それはそれで喜ばしくはあるのだが今の大事は、ラジオをどのように立ち上げるかだ。

 栃木は鉄板として、田島と組ませる――というプラン。

 田島もまた、長い間番組のパーソナリティを勤めているし力量的に問題はない。

 問題は相性……

「村瀬さん、二人を組ませるのは?」

「考えてはいるんですけどね。栃木さんは女性と組ませた方が良いような。男性二人だと初期の視聴層が被りそうですし」

「前にも言うたけど、学院側と荒野側で二本やるからな。それも考慮に入れてや」

「若井さん、それ考え直しませんか?」

 村瀬の声には、懇願と言っても良い哀れさが滲んでいた。

「そうそう面白いラジオばっかりは出来ませんって」

「これは思いつきなんやが……」

 村瀬をまったく無視して、若井が話を進めた。

「学院側で一本、荒野側で一本。で、時々クロスオーバーさせる……っちゅうのはどうや?」

 そのアイデアを聞いた瞬間、やたらに慌てていた村瀬の動きが止まり、その口から、

「……面白そうだ」

 と、同意する言葉が漏れていた。

「やろ?」

 してやったりの笑みをみせる、若井。

 このままでは終始、若井のペースになってしまう。

 話を先に進めるためにも、データは出し切って貰った方が良い。

 そう判断した願は、二人の会話に強引に割り込んだ。

「仮に田島さん中心で考えると、相方はやはりシェラフラン……は無理ですね」

 二本目の話を進める前にまず一本目だ。

「まあな。かなりシュールなラジオになってまう。ちなみに新開すみれさんに決まったで」

「「え?」」

 再び声が揃ってしまった。

「澤さんじゃないんですか?」

 代表して――というわけではないのだが、村瀬が尋ねる。

「澤さんやったら声かけるわ。オーディション無しや。新開さんに決まったんは、ちゃんとオーディションした結果や」

「……それでもゲストに来て貰うのは、ありですよね」

「そういえば、あんまりラジオやってる印象がありませんね」

「まぁ、新開さんは最初から無理な話やからな」

 もう一度、新開すみれパーソナリティ案を否定しておいて、

「残るは二人やな。え~……デューア役が江藤さん」

 胸ポケットに突っ込んだメモを引っ張り出しながら、若井が名前を告げる。

 ブリーフケースはなんだったんだ、と突っ込みを入れたくなるがそれは強固な意志でスルーした。

 それよりも重要なことがあるからだ。

「「どっちの?」」

 またも声がダブる。

 若井が、その反応に若干引いた。

「――江藤……織恵さんやな」

「むぅ」

 それに対して渋い反応を示す村瀬。

「なんや、織恵さんではあかんのか?」

 その反応を訝しむ若井。願はそれに対して説明を試みることにした。

「いえ……同じ江藤さんでも、真智子さんであれば豪傑ですから栃木さんと組んで貰えれば、色々なエピソードを抱えたボケ役と突っ込み役で、一つの形が出来上がります。まぁ、実際に組んだラジオは聞いたことがありませんが」

「織恵さんは?」

「ファンの印象として、僕が知ってる限りだとごく真っ当な常識人。そうなると期待できそうな役割は……」

「突っ込み、ちゅうことやな。なるほど、相性の問題を村瀬君は憂慮したわけか」

「岸さん! もう存在自体が有り難いです!」

 通訳しただけのことに一々大仰なことだ。スルーするためにも残る一人を聞いてしまおう。

「で、ホートリンは?」

「善常佳奈……という人になった。まだまだ新人、言うところみたいやから岸君知らんのちゃうかな?」

「はい。知りませんね」

 村瀬が何やらタブレットを操作し始めたがそれは気にしないでおくことにする。

「……細川さんか藤原さんが推したんですか?」

「細川君や。よほど気に入ったらしい。藤原さんはむしろ反対やったんやけどな。またスタジオ抑えなアカン」

 陰鬱に首を振る若井。

 ここのところ猪野が受けている集中レッスンを、善常という新人も受けることになるのだろう。

 もっとも猪野はアレで演技に関しては優等生らしく、今はレッスンと言うよりも役を詰めていっているような状態だ。

「――なるほど善常さん。マジックアルファ所属ですね。さすがに為人はこのプロフィールだけじゃわかりませんが……趣味が数独?」

 言いながらタブレットを二人にも見えるように傾ける村瀬。

 そこには、マジックアルファが公開しているプロフィールと宣材写真。それとサンプルボイスが公開されていた。

「そうそうこの人やった」

 宣材写真はセミロングの髪を髪留めバレッタでまとめた笑顔の女性。

 THE・営業スマイルという感じであるが、確かに可愛らしい。

 願はもののついで、という感じでサンプルボイスを再生してみる。

「…………ちょっと鼻声?」

「滑舌もちょっと悪いですね」

「言うたんなや。声質は優しいやろ? 細川君はそこを気にいったんや。滑舌は治せるし」

「村瀬さん。ラジオをやっていた経験は……」

 新人とは言っても、時々ラジオ経験はそこそこな声優が居るパターンもある。

「ザッと調べてみましたけど、無い、ですね」

「じゃあ、どういう喋りをする人かさっぱりですね」

 揃って首を捻る願と村瀬。

「したら、オーディションするか」

「はい?」

 唐突な若井の提案に願が疑問符付きの返事で尋ね返す。

「オーディションは……ちょっと違うか。つまり、どういう人か実際に喋ってみて栃木君との相性を考えてみるんや。なんやったら、栃木君も呼んで……」

「いえ……それは辞めましょう」

 村瀬が、そこに割り込んだ。

「善常さんと面会してみるのはありですが、栃木さんは呼ばない方が良いです。善常さんと組ませたがっていると知ったら、何とかして面白いラジオを作ろうとしてくれるでしょう。善常さんの資質とは関係無しに」

 実際に、幾度となく栃木と会ったことのある村瀬の意見には聞くべきところがあった。

 若井もそれにうなずき、

「したら、こっちはまず善常さんと会う。で、行けるようやったらオファーだそう。あかんかったら田島君に頼みにいくか」

「その前に栃木さんが大丈夫なのかという問題がありますが……」

「そこはまかせてくれ」

 村瀬が自信ありげに胸を張った。

 何かしらコネがあるのかも知れない。

「で、荒野側やが……その前に注文出すか」

 味噌ラーメンの大盛りを注文する若井。

「僕たちも、コーヒーぐらい用意しますか」

「あ、俺の分もお願い」

 カップスープをいつの間にか飲み干していたマグカップを若井が突き出しながら便乗してくる。

「……味噌ラーメンにコーヒー?」

「ええやろ! 俺の勝手や」

 こうして、一端のブレイクタイムとなった。


 味噌ラーメンはまだ届かない。

 が、当たり前の物理法則に従ってコーヒーの準備が先に出来てしまった。

「そうそう、ガラッシュは安芸さんに決まったで。安芸良さんな」

 マグカップに口を付けながら、いきなり若井がぶっ込んできた。

「オファー出したんですね?」

「せや。近年で傲岸不遜いうたら、この人やろ、言うことで」

 例の余興では、他の役で名前が挙がっていたような気がするが。

「やけど、ラジオに出て貰うわけにはいかん」

 開始五分で死んでしまうキャラクターの役者を呼ぶわけにもいかない。

「安芸さん、圧倒的に面白いんですけどね」

「だじゃれは面白くないけど」

「何言ってるんですか、面白いでしょう」

 村瀬の擁護に、願は顔をしかめる。

「村瀬さん、ここで営業的なリップサービスは必要ないですよ」

「本気で面白いんですってば」

 話が合わない。合わなさすぎる。

「リアーツが島中亜紀さん」

 二人の諍いにはまったく散り合わず、発表を続ける若井。

「島中さん!」

「島中!」

 名前を聞いた瞬間、争っていた二人がいきなり食いついた。

「な、なんや!?」

 椅子ごと逃げる勢いで、若井が上体を反らす。

「上手く制御できれば、ここ最近の声優ラジオのエースです」

「むしろ制御できない方が、面白いかも」

 力強く断定する村瀬に、不穏当なフォローを入れる願。

「そ、そんなにか? オーディションで見たときは何や、楚々としたお嬢さんやったで。それでいて、リアーツの馬鹿っぽさはよう表現できとったし」

「見た目に騙されてはいけません……しかし一人喋りはまだ無理ですね」

「それはそうでしょう。若井さん、他のキャストは?」

 いきなり熱を帯びた二人に気圧されながらも、若井はうなずいて発表を続けた。

「ケルテルメが加納善人君やな」

「あれ? 加納さんといえば……」

「せやな。細川君の作品に前も出てたことがあったな。まぁ、全然毛色が違う役やけど」

「しかし、これでもう完成形は見えたんじゃないですか? 加納さんと島中さんにお願いすれば良いんですよ」

 キャスト発表の途中であったが、村瀬がいきなり切り込んだ。

「加納さんは、圧倒的なラジオ巧者です。時間も読める、回せる、時には悪のりも出来る、ゲストも適度にいじれる。ファンからのメールの絡みも上手い。言うこと無しの人物ですよ」

「そなんか?」

 あまりの褒め称え振りに、逆に心配になったのか若井が願に目を向ける。

 願は少し目を瞑って、今まで加納が出演してきたラジオを思い出してみる。

「……言われてみれば、その通りですね。さすが村瀬さん。若井さんの好きな職人気質な人なのかも」

「そうなんか……しかしケルテルメやからなぁ」

 若井の心配もわかる。

 何しろケルテルメは前半の1クールほとんど出番がないはずだ。

 もっともそれを言い出したら、荒野側は前半なかなか出番はないのであるが。

「若井さん、そこは心配ご無用です。最近では出番ほとんど無いのにラジオに出演するパターンもままあります」

「そ、そうなんか?」

 村瀬は、加納―島中ラインでほとんど決めているようだった。

 確かに魅力的ではあると思うが、まだ全ての可能性を検討したわけではない。

「若井さん、他のキャストは?」

「レンボルは……さっき話したとおりやからナリュートやな。石見杏奈さん」

「おお」

 と、村瀬が声漏らしたのはやはり石見が日曜朝の女児向けアニメの出演経験者という実績があるからだろう。

 願には実感のしようもないが、なかなかのブランド力を持っているらしい。

「ちょっと意外なキャスティング、という気もしますね」

 願がラジオに関係なく素直な感想を口にすると、

「うん。やけど暗めの声がゾクゾク来たわ。ちょっとあの声聞いてまうと、他は考えつかんほどな」

「へぇ」

 思わず間の抜けた声を漏らしてしまうほどに、願は素直に感心してしまった。

 「カニバリゼーション」を純粋に楽しみにしてしまうほどに。

「キャストインタビューとかで誌面を貰えれば、良い宣伝になりそうですよね」

 そのまま思いついたままのことを口にしてしまう。

「もちろん! それは手配済み。差し込みに使える絵も抑えてあるよ」

 村瀬のなんと頼もしいことか。

「で、石見さんはラジオどや?」

「ああ、え~っと……新開さんと同じタイプだと思いますね。極めて常識人」

「村瀬君?」

「はい、同意見です。進行という意味では頼もしい存在ですが私は加納さんを推したい」

「なるほど。ほならゲストに呼んで島中さんを二人がかりで牽制」

「あ、その方が広がりますね」

「むしろ栃木さんの助っ人に行って欲しい」

「ああ、そういうクロスオーバーな」

 そこからしばらく石見起用の可能性について、ああだこうだと話が弾んだが、それはそれぞれの疲労を示していたのかも知れない。

「……まだ一人いましたよね。ニヴは?」

 だから願がそう尋ねたのは一区切り付けるか、ぐらいの意図でしかなかった。

 しかし若井は最後に爆弾を隠していた。

 その名前は願と村瀬が「居るのならば残して欲しい」と懇願していた名前だったはずだが、どうやら単純に記号としてしか認識していなかったらしい。

「ニヴは雨原さんやな」

「「は!?」」

 また声が揃ってしまった。

「なんでそれを先に言わないんですか!」

 願は思わず、大声で詰め寄ってしまった。

「い、いや、なんとなく今までの順番で……そないに大事なことか?」

「そりゃ、そうですよ。村瀬さんを見てください」

 願の言葉に嘘はなく、村瀬は今にも脂汗を流しそうなほどの苦悶の表情を浮かべていた。

「二人……いや三人か……しかしナイム二人はどうなんだ?」

 何か、自問自答を繰り返している。

 癖で予算のことを考えているのかも知れないが。

「雨原さんはそないにか? さっき島村さんをエース言うとったやろ?」

「そうですね……島村さんを若手のエースとするなら、雨原さんは不動の四番打者です。ヒット確実」

「まだ、若いんやけどなぁ……」

「というか、ニヴ役に雨原さんですか?」

「うん、岸君のそういうファン目線失わん所は好ましいな」

「はぁ」

 気の抜けた返事を漏らすしかない。

「せやけど、ニヴ役言うことは最終的に稲葉さんとやりあうんやで? 波の若手にはつとまらんやろ? ああ、そうやった彼女ラジオは無理や」

 また、唐突に爆弾発言を放り込む若井。

「ど、どうしてですか?」

「彼女、去年辺りかな? デビューしたやろ。で、ウチの事情が事情や。一応、向こうのマネージャーに確認取ろうとおもったんやけど、彼女好きなんやなぁ、声優いう仕事が」

 しみじみと語り始める若井。

 確かにそんなようなことをラジオで話していたような気がした。

 話しているだけではなく、実践しているところは素直に尊敬できる。

「それで、オーディションに?」

「うん。危険性も承知の上やったけど、さすがにラジオを頼めるほどの余裕はないようやった。まだかなりキャンペーン残ってるみたいでな」

 若井が忘れていたのはこの辺りの事情も絡んでいるのかも知れない。

 実際、村瀬もそれを聞いて落ち着きを取り戻していた。

「それじゃあ決まりだ。加納さんと島村さんにお願いしましょう。作家は誰に頼もうかなぁ」

「それこそ、出演決まった声優さんに選んでもうたええんとちゃうか?」

 そんな若井の提案に、村瀬は首を振りながら肩をすくめる。

「声優に無茶振りできてこその作家ですよ」

「そんなもんやろか」

「でも、無茶振りのしすぎでおかしくなった番組も……」

「大丈夫です。そこは心得ているつもりだから」

 再び村瀬が頼もしい。

 あとで、答え合わせを行っておきたいところだが。

「あ、そうや」

 ようやく一段落付きそうになったところで、また若井が何かを思い出したようだ。

 ……嫌な予感しかしない。

「これ、一応仮組みたいな話やから。正式な決定ちゃうで」

 ここに来て、まさかのちゃぶ台替えし。

 村瀬の顔から血の気が引いた。

 願は心の中で決意する。

 

 ――いざとなったら、暴力に訴えよう。

 


なんかノリ的に番外編的な話になってしまいましたが、実はキャストが決定する話でもあります。

新人の方にはモデル居ません。思いつきで出しました。

どう転がるんでしょうか。

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