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声優妄想編(荒野編)

18.


 どうしようもないファン共の妄想大会と化した宴会場ホールであるが、もちろんこれも市場調査というデータ収集の一端だ。サンプルデータが少なすぎて偏っている可能性もかなりあるが、何もないよりはマシであろう。

 だが――

 これはあくまで妄想だと、そういう風に認識してもらわないと歪みが看過できないものとなってしまう。

 そのためにも、この小休止に間に中核スタッフが集まるようなことはしてはならない。

 あくまで、この場の余興としての意味合いが強いのだ、と認識してもらわなければならないからだ。

 だから若井も細井も、そして富山も胸に何かを抱えながらも新しいスタッフとの顔つなぎに余念がない。実際、それは必要なことでもあった。

 願もそれに参加しなければならないところだが、これからの手順の確認に追われてそれどころではない。前半の進行は、それなりに上手くこなせたと思うが後半もこの調子でいけるだろうか。

 壇上に留まったままの願に声を掛けてくれる者もいるが、なかなか返事もままならない。

「飲む?」

 そんな中、突然未生の声が聞こえてきた。

 手に持っているのは、グラスに入った、ただの水のようだ。

 しかし確かに有り難い。

「ありがとうございます」

 そこは素直に受け取っておいて、一気に飲み干してしまった。

 慌ただしくて気付かなかったが、身体は相当に水分を欲していたらしい。

「……どうですか? 原案として皆の意見はイメージに合いますか?」

 飲み干したところで、場を繋ぐために話しかけてみる。

「一つ、声のイメージを明確に抱いて書いているわけじゃない。

 二つ、元々声優の声と名前が一致しない。

 結論、フェンサーではない」

「…………多分、澤さんにお願いするんじゃないかと」

 結論がいきなり飛躍した未生に、軽くイヤミをぶつけてみる。

 いや、単なるイヤミではなく先を知っているからこその合理的な判断とも言えるだろう。

 未生も顔をしかめるものも、それ以上は反論してこなかった。

「お気遣いありがとうございます。助かりました」

 グラスを返しながら礼を言うと、未生は小さくうなずいた。

 ザッと会場を見渡すと、トイレに行っていた者も随分戻ってきたようだし、新しく会場にやってきた者も一応は説明を聞いたようだ。

 最後に若井に目を向けると、スライド機器へと向かいながら、軽くうなずいている。

「――それでは、後半戦を始めましょうか」

 願は、マイクの電源をオンにして再開の言葉を宴会場ホールに響かせた。


 逆立つ赤い髪。そして鋼色の瞳。それほど特徴的な外見の印象を上回るほどに、歪でそして不敵な笑みを浮かべる少年がスクリーンに現れた。

 衣服はボロボロで、今までのキャラクターとはまったく毛色が違う。

 背景には崩れ落ちた廃墟と、未だ収まらぬ、という感じの炎。

「ガラッシュです。一話のアバンで死んでしまいます。傲岸不遜。で、強大な発火能力者です」

「でも、死んじゃうんだ」

 すぐさま、声が上がったがそれは声優の名前ではなかった。

「相変わらず火の能力者は当て馬だなぁ」

「火というのは、万人に怖さがわかりやすいから……ここにいる面子には釈迦に説法でしょうけど」

 富山が、言い訳を始める。

「それを打倒することで、強さが伝わりやすいんですよ」

「まぁ、そうだよな」

 その言い訳に賛同の言葉が上がったところで、次の質問が飛んだ。

「本当に一回きりの出番? 回想シーンとかは……」

 確かに気になるところではある。それに応じたのは若井だった。

「そこまでは考えてもらわんでもええけど……どやろか監督?」

「そうですね。恐らくは二度三度ぐらいはあるかも知れませんが、あまり気にしないでください。あくまでイメージ優先で」

 脚本シナリオよりも、むしろ演出方面で判断するべき事だと若井は判断したのだろう。

 細川も、その意を受けて咄嗟に演出方法を考えての返事だったが、これはかなり曖昧だ。

「じゃあまぁ、とりあえず水原さんで」

「とりあえずって何だよ」

 突っ込んだその声が、すでに半笑いだ。

 確かに第一印象からは、かの声優の特徴的な笑い声までが聞こえてくるようである。

 最近は、その笑い声がオタク役に転用されているのが皮肉と言えば皮肉なのか。

「しかしまぁ、名前を挙げなきゃならんわけだし」

「じゃあ、森岡さんは?」

 突然にキケオ役と同じ名前が挙げられる。

「いや、さすがに彼はもっとクールな役に……」

「そうじゃない。“孝史”の方じゃなくて、“仁”さんの方」

「え!」

 さすがに、声が上がった。

 森岡仁と言えば超ベテランで、凄い大御所だ。

 水原もかなりのベテランであるが森岡に比べれば、まだまだであろう。

「な、何で?」

「俺らの世代で、超能力者と言えばこの人なんだよなぁ。最近……でもないけどジーロボの首領役で、あの声が聴けるんじゃないかと思った時は、魂が震えたぞ」

「あ~、それわかる。結局出なかったけどな」

 集まったアニメーターの中でも、オジサン世代が一斉に反応した。

 若い世代は置いてけぼりであるので、もちろん願にも何のことかよくわからない。

 なので、このまま進めて良いものかどうか判断が付かなかった。

「……だけど、あの頃の声は出るのかな?」

「それな。さすがに最近は、渋いおじさんの声が多くなったからなぁ。少年の声というのはもう無理があるかなぁ」

 年を食っている分だけ、分別が身についているせいか、オジサン世代は自己完結してしまった。

「それに超能力者って言うのはざっくりしすぎているような」

「しかしまぁ、ベテランにお願いしたいというのは共通してるのかな?」

「じゃあ飛騨さんとか?」

「う~ん、それでキャスティングしちゃうと狂気を期待しすぎと言うことにならないか?」

「そういうキャラだと思うけど」

「ヒーロー性は、あるキャラだと思うんだ」

 さすがに、一話のシナリオは皆が目を通しているらしい。

 見た目の印象だけではなく、他の要素も判断材料にしてしまうらしい。

「じゃあ、飛騨さんでも良いじゃないか」

「そんな気もしてくるけど、炎の能力者ってところがなぁ」

「そうか、飛騨さんのイメージじゃないか」

 そんな風に言い切る意見が出たところで、次から次へとベテランの名前が挙げられることとなった。

 幸い――と言うべきなのかはわからないが「澤さんの敵になるのだから」という理由で名前が挙げられることのないままに、五分が過ぎた。

「では、次に参りましょうか」 


「わ」

 と、軽い驚きの声が宴会場ホールから上がった。

 それほどに次に映し出された画像は、ガラッシュよりもさらに異様だった。

 まず目に付くには、ツーサイドアップにまとめた真っ青な髪。

 そして挑戦的にこちらを睨む、オレンジの瞳。

 極彩色、と表現しても良いかもしれない色彩の少女が腕を組んでこちらを睨み付けていた。

 背景にはガラッシュと同じか、あるいはそれ以上の炎。だがその炎にはガラッシュの炎とは違って、どこか暖かみがあった。

 美術を統括する八重垣渾身の一枚だ。

「リアーツという名前です。ガラッシュの次に炎の能力者として覚醒しました。ガラッシュに元々心酔していた少女で、行動原理としてはガラッシュの敵討ちになります。性格は猪突猛進ですね」

「なんか、随分派手だけど……」

「ええ。これから説明するのは蛮地とか、そういう文明世界に含まれていない世界に住んでいる人達です。ビジュアル的にわかりやすくするために、こういう記号的な色彩にしよう、という意図です」

 このリアクションは予想されていたのか、スムーズに対応する願。

「なるほど。じゃあ声もそんなのがいいのか?」

「例えば?」

「春井さんとか、姫野さんとか」

 挙げられた名前は確かにかなり個性的な声の持ち主だ。

「そういう方向性で名前が挙げやすくなるのなら、それはこちらとしても願ったりです」

「と言われてもなぁ」

 挙がった二名が、ほとんど“とどめ”みたいな存在である。

 そんな中、意外な角度から声が上がった。

「カーさん原理主義者は声を上げないのか?」

「う~ん、ちょっとイメージが違うような」

「だけどやってないこともないだろ。ええと『魔神パペット』とか」

「出てたっけ?」

「あれだよほら、歯がギザギザの、ゴスロリっぽい服着た……」

「え? あれ、早川さん?」

「ああ。あの人も基本的に何でも出来るよなぁ」

「デビュー作が、尋常じゃなかったけどな……」

 今回は最初から、女性陣も積極的に参加してくれている。

「カーさんのその演技聞いたことあるけど、ちょっと違うかな?」

「下手と言うことではなく?」

「ああ。何か絵とはイメージが違う。絵の方はもうちょっと、幼い感じ……」

「そうだ、年齢は?」

 いきなり振られて、願は慌てて資料を確認した。

「ええと、目算で14~15才ほど、となってますね」

「目算って……」

「あの時の、カーさんの役もそのぐらいじゃなかったか?」

「いや、だからカーさんはカーさんで良いよ。他に名前を挙げよう」

「あ、そっか。そういう主旨だった」

 段々手が掛からなくなってきた。

「元気な感じの……ちょっと幼い……十勝さんか!」

「いや、絶対の真理みたいに言われても。まぁ、悪くはないと思う」

「うん、方向性が見えたぞ。笹塚さんだ」

 一斉に、ああ~、と声が上がる。かなりの数に人間がイメージを共有できたらしい。

「黒田さんは?」

 また別の名前が挙げられた。リアーツのビジュアルイメージは割と王道なので、その分イメージが湧きやすいのかも知れない。

「まぁ、それも悪くないけど……」

「キャラ説明で、敵討ちが目的ってあっただろ? それなら声に暗いところがあった方が良いと思うんだ」

「黒田さん、そうか?」

「それなら笹塚さんでも、いいだろ」

「彼女のはホラ、なんというか陽性?」

「そんなの、お前の印象だけの話だろ」

「どうせ名前挙げるだけなんだから、いいじゃん」

「そりゃ、まぁ……そうだな」

 ここからはまさに乱立状態と言っても良いだろう。

 ただ、笹塚――笹塚秋奈を推す声は依然として多く、そういわれ続けると願も段々適役に思えてきた。確かに絵的には似合いそうである。

 が、何時までも付き合ってもいられないので、いつものごとく五分経過を確認して、今までで最高に盛り上がったリアーツの姿をスクリーンから追いやることとなった。


 一気に宴会場ホールの中が冷えたような気がした。

 スクリーンに映し出されたのは、紫色の髪を長く伸ばした青年の姿。

 その瞳は、白、としか言いようがない。

 登場が随分後の方になるのか、黒坂によるリファインを受けておらず、これもまた青黄が描いたままの姿だった。コンテアの時とは違い、その画像に動きはなく、むしろ静謐。

 相変わらずの装飾過多な造形だが、その全てが銀の光を放ちデザインもどこか鋭角的だ。

 結果として画面が凍り付いているかのように、伝わってくるのはただただ冷気。

 八重垣による美術もなく、背景にあるのはシャープな線で描かれた、光の乱反射のみ。

 その硬質な光は キャラクターの雰囲気と相まって氷壁を思わせた。

「名はケルテルメ」

 青黄の技量に皆が圧倒されている間に、願はサッと名前を紹介してしまう。

 奇妙な名前だと、願はなかなかなじめなかったからだ。

「氷の能力者、というよりは熱を奪う、という能力者ですね。他は……策士、腹黒、濡れ手で粟」

「それ、キャラ紹介か?」

「しかしイメージはわかるし、もう俺には志田さんの声でしか再生されなくなった」

「やめろ。志田さんの声でしゃべるだけでラスボス扱いするのは止めるんだ」

「で、実際ラスボスなの?」

 絵の情報量としては一番少ないはずなのに、なぜそんな疑問が湧いてくるのか。

 辟易しながらも、願は即座に返事をした。

「知りません」

「知らない?」

「はい。僕もラストまで知っているわけではないので。そもそも、荒野側のキャラクターを全員出すのかすら知りません」

「出ない可能性もあるの?」

「僕が知っている限りでは……あの台詞は、そうなのかな?」

 考え込んでしまった願を前に、一同もそれ以上の追求は無駄と悟ったらしい。

「で、志田さん?」

「なんかまた、他の名前が出てこない予感……」

「いや、ここで新たな可能性を模索するのはありだと思う」

「じゃあ東さん」

「東さん? 脱ぐ方の?」

「いや脱がない方」

「それ――名前が挙がった理由もわかるけど、新しい可能性ってことではないよね」

「それは、そうかな」

 脱がない方の東――東幸彦はデビュー当時は、熱血ヒーローの役などを多く演じてきたが、その一方でクールな役でも抜群の存在感を発揮している。

 最近ではラスボスを演じることもあった。

「しかし、意外な人物を挙げるだけじゃバラバラすぎるぞ。ある程度根拠がないと」

「じゃあ、甲賀さんとか」

「性別間違ってるぞ」

「やっちゃいけないって法はないでしょ。それに恋に落ちそうにないし」

 思わず一同の視線が願へと向くが、願が何も知らないのは確認済みだ。

「大野さんとかどうだろう?」

 そこでまた別の名前が挙がった。

「性別間違えてないよな?」

「当たり前だ……いや、大野さんでもいけるんじゃないか?」

「さすがにそれは……」

 同姓の声優で、それぞれシミュレートしてみる一同。

「……出来そうな気がしてきた」

「だろ?」

「だけど、その場合、性別不詳にならないか?」

 論議が微妙な方向に転がり始めた。嫌な予感がして、願が若井に目を向けてみると確かにその目がものを言っている。

 ある程度、修正する必要があるようだ。

「え~、皆さんにお知らせがあります」

「何?」

「性別不詳キャラは、このあとに登場予定ですので、ここであまり盛り上がらないでいただきたい」

「男の娘?」

 一瞬にして食いついてきた者がいるが、願は深く考えないことにした。

 うなずくだけで、その問いかけを肯定する。

「あと、情報追加や。ケルテルメはそれで指導者としての資質もあるからな」

 若井からも援護射撃が来た。

 燃料を投下された一同はそこでまた考え込む。

「腹黒で指導者か……頼もしくはあるな」

「福井さんが生きていればなぁ」

「リン提督を腹黒とか言うの止めろ」

「あ、やっぱりばれるか」

「そういう発想……じゃあ香取さん」

 ざわっ、と宴会場ホールの雰囲気が一気に緊張を増した。

 大物の名前が出てきたからだ。

「てか、何で香取さん?」

「いや、ゲームとかで福井さんのキャラを結構引き継いでいたような……」

「あ、そういえばそうか」

「それだけの理由――やってくれるかな?」

「ありゃ依頼があれば、やってくれるだろ。確か最近も出たよな」

「出てた出てた。あれは……そういえばラスボスか?」

「いやラスボスは……あ!」

「やめろ、それ以上言うな」

 そこまで話が進むと、願にも次に挙げられる名前は予測が付いた。

 間垣綾人。

 最近は悪役のオーソリティみたいな印象があるが、願はこの人の優しい声が好きなので最近の風潮には少し不満がある。てっきり間垣が演じてくれると思っていたキャラクターは……

「信濃さんだったか」

 もちろん、オフマイクで呟かれた言葉だったがさほど距離があるわけでもない。

 視線に気付いて、視線を落としてみると目をキラキラさせている女性アニメーターと目が合った。

「そうよ! 信濃さんだわ」

「え? の様?」

「ああ、でも全然ありかも」

 どうやら新たに燃料投下してしまったらしい。

 そうなると出演作が多い人――間垣だって尋常な数ではないのだが――なので、言葉は悪いが芋づる的にドンドンと名前が挙げられていく。

 主に、女性陣を中心として。

 黄色い歓声に圧倒される男性陣がたじろぎ始めたところで、丁度良く五分が経過した。

「では、次行きますよ」

 同じく圧倒されていた願は軽くため息をつきながらも、若井に合図を送った。


「順番丁度良く、次のキャラクターが男の娘となります」

 スクリーンに画像が投影される寸前に、願は一言添えておいた。

 性別をはっきりさせておいた方が、無駄な時間を使わずに済むと思ったからだ。

 そして、スクリーンに像を結んだのは赤い髪の少年――最初にそうと言われていなければ確実に可愛い女の子だと誤認したであろう愛らしさだ。

 同じ赤い髪でもガラッシュのそれとは随分、印象が違う。

 着ている服も原色をあしらった随分可愛らしいデザインだ。

 浮かべている表情も満面の笑み。こちらを見上げているという構図で――

「すごいだな」

 その絵が一向に可愛らしく思えないのは、その呟きのとおり瞳の表情によるものだろう。

 色は黄色。

 だが、どこか焦点が合っていない。こちらを見上げながらも……人を見ていないのだ。

 何となく宴会場ホールの視線が、監督の細川に向けられた。

「な、なんですか?」

 心持ち後ずさりながら、細川がその視線に応じると、

「ちょっと、ちがうか?」

「すごいなのは同じだけど性質たちがちょっと違うかな?」

「モデルにはしたんですけどねぇ」

 と、ここで青黄からとんでもない発言が飛び出したが、何とも対応に困る発言でもあったので、全員が何となくそれをスルー。

 では、この間に説明を、と願がタイミングを見計らっていたところに悲鳴のような声が上がった。

「ね、ねぇ……その周りにいるのって、人間?」

 その指摘の通り、その少年の周りには今までとは違い何かが細かく描かれていた。

 気に止めなければなんと言うこともないのだが、気付いてしまうとその異常さを見過ごすことも出来ない。

 そこに描かれているのは人間の下半身――だが、その上半身は無く腰から下だけが唐突にその場にある。だがそれはオブジェのようにそこにあるわけではない。

 そこに、上半身の“名残”がある。

「彼の能力は物質崩壊です」

 願の説明が、この絵の曖昧な部分にメスを入れた。

「手に触れたものを、ことごと崩壊させます」

「じゃあ、この絵は……」

「ええ。まさに、崩壊させている最中ですね」

 ごくごく冷静な口調で――あるいは冷静さを装って願は答える。

「順序が逆になりましたが、名はレンボル」

 そのままの流れで、キャラクターの名前を告げた。

「男には腕力、あるいは男らしさが求められる荒野で彼の容姿は迫害を受けるに十分でしたが、この能力を授かって以降は立場が逆転。今までの恨み辛みから……こんな感じのキャラクターに」

「こんな感じって」

「言うなれば、ヤンデレから“デレ”を抜いた感じでしょうか」

「それを抜いたらダメだろ」

「とにかく、これで情報としては十分のはずです。さあ議論をどうぞ」

「と、言われてもなぁ……」

 ほぼ全員が首を捻る。

 確かに“男の娘”の上に狂気持ちとなると属性が多すぎて、咄嗟に名前を挙げようにも、そうそう思いつけるものではない。

「何才?」

 唐突に、願へと質問が飛んだ。

「ああ、忘れてました。十才ぐらい、とありますね」

「ぐらいって……それなら“男の娘”もなにも、普通に子供の声だよな」

「となると、女性だな」

 まず、そういう選択になるだろう。過去の“男の娘”キャラでも男性声優が演じていた例は……少なくとも願は思い出せない。

「まず、過去の例で考えるか――となると福島さんか」

「う~ん、このキャラクターに合うかなぁ?」

 何しろ、狂気が乗っかっているのが何とも難物だ。

「カーさんは?」

「また原理主義者か?」

「いや、そうとばかりも言えんぞ。カーさんは良いかもしれん」

「確かに“男の娘”役……多いな」

「で、『魔神パペット』の演技を考えると……」

 何人かが、ギュッと拳を握りしめた。

「「「じゃあ、カーさんと言うことで」」」

 これは良くない。願はすかさず水を差すことにする。

「だ~か~ら~」

「意外性もあるし、良いと思うけど」

 だが、そこにまた意見を重ねられた。そうなると、思わずうなずきそうになってしまう。

 想像するに、なかなかハマっているように思えたからだ。

「岸君! 負けたらアカンで!」

 若井から声援が飛ぶ。

「そんなこと言うなら、何か新しい指針を示してくださいよ」

 即座に壇上から反撃する願。

「せやなぁ……まぁ、狂気寄りを重要視してくれた方がええかな。ほら、そういう演技求めると、自然と声は高くなる傾向になるやろ?」

「つまり、無理に子供っぽい声にこだわらなくても狂気の演技を想像していけば、当てはまる人もいるんじゃないか? って事ですか?」

「ええ、翻訳や」

 若井がうなずいたところで、バトンは再びアニメーター達に渡された。

 だが、それで順調に名前が挙がるというものでもない。

 お互いに顔を見合わせて、曖昧な表情を浮かべている。

「……あ~~~~~~……荒原さん?」

 それでもようやく、名前が挙がった。

「……まぁ、そうなるよな」

「だけど、他に出来る人がいなさそう」

「そんな理由で、荒原さんにお願いして良いものか……」

「そうだ、長与くんは?」

 唐突に違う名前が挙がった。しかし、それには根本的な問題があった。

「男じゃないか」

 そう。長与大地は男性声優なのだ。

「だからどうした? もともと“男の娘”キャラだろ」

 だが提案者は、その指摘にも揺るがなかった。

「元々高い声質なんだし、どこか熱に浮かされたような演技も迫力があると思う」

「それなら、街田くんも良いじゃないか」

 また声が上がった。どうやら男性声優が、この議題の突破口になりそうだ。

「雲井くんとかも、いけそうな気がする。正気を失ってるような演技は聞いたことはないけど」

「そこで、志田さんですよ」

「はぁ?」

 ケルテルメの時に挙げられたベテランの名前が、ここで再登場してきた。

「何でだよ?」

「雲井くんと、志田さんの声って似てると思って……」

「それはそうかも知れないけど、別に雲井くん基準で考えなくても良いだろ」

「まぁ、さすがに志田さんは無理があるよな」

「そうそう。あの……タイトルは忘れたけど、藤くんが子供の声出してたアニメあっただろ」

 ちなみにここで名前が挙がったのは、藤弘樹という立派な男性声優だ。

 主役も数多くこなす一線級の声優であるが、どういうわけか少し前の作品で10歳児の役を演じていた。

「あれはさすがに無理があると思ったもの。その辺、女性陣の意見を伺いたいね」

「だって、藤くんだし……それに、あのアニメ元は乙女ゲーでしょ。それで、中の人が女の人って言うのは……」

 返ってきた意見は、藤の採用を肯定しながらもどこか言い訳じみたものだった。

 諸手を挙げて、賛成というわけでもなさそうである。

「そうか、そういう事情だったか」

 これ以上追求しても、あまり良い雰囲気にはなりそうもないと判断したのか、質問を発した方が引いた。

「あれを思い出すと、男にやらせるのはやはり無理があるような気がしてくるなぁ」

「男の人も結構見てたんだ」

「スズチさんが可愛かった」「エンディングが驚愕だった」「単純に面白かった」

 その問いかけに、次から次へと男性陣から声が上がる。

 そこからしばらく、問題のアニメの話で盛り上がる。

 願はそれに介入するべきかどうか悩んでいた。また上手く話が転がって、元に戻るかも知れないし、せっかく盛り上がっている所に水を差すのも気が引けたからだ。

 しかし願はその問題のアニメを知らないので無事に戻ってくるのか、その可能性も確率すらも予測できない。

 救いを求めるように若井、細川、富山、青黄、と目を向けていって最後の未生で首を横に振られた。

 それは、問題のアニメが軌道修正に適していない、という意味ではないようだ。

 未生はトントンと左手首を指先で叩いてみせる。

「時間か……」

 確かに、そろそろ五分だ。

「あ、栃木さん」

「え~~~~~」

 と、ギリギリになって他の名前が挙がってきたのが収穫だろうか。


「名はナリュート」

 議論することに疲れたのか、次のキャラクターが映し出されても反応は今ひとつだった。

 確かに今までと違って色彩的には随分地味目だ。

 どこか、暗い場所に陶然とした表情で力なく立ちつくす一人の少女。

 チョコレート色の光沢のある長い髪。ウェーブがかかってはいたが、それは豪奢さよりもむしろ鬱陶しく感じるほどのまとまりの無さを感じてしまう。

 瞳の色は紫。これもまた暗めだ。

「能力は千里眼。見たいと思うポイントをリアルタイムで観測することが出来ます」

「戦闘能力はないの?」

 ようやくのことで、興味を持って貰えたようだ。

「はい。まぁ、千里眼の能力以外に武術を覚えることは問題ないようですが、彼女は能力を授かって間もないですから、そういうこともやってる時間はないようで」

「さっきから“能力を授かる”とか“覚醒”って言葉がちょいちょい出てくるけど、どういうこと?」

 その女性アニメーターの問いかけに、願は首を捻った。

 判断を仰ぐべきは……この場合監督だろう。

 細川は、願の視線に応じて軽くうなずく。

「僕も理屈しか知らないんですが、荒野側の能力者は次から次へと発生するんです。ガラッシュが死んだら、リアーツに発火能力が現れたように」

「前の能力者が死ぬと、別の人に能力が引き継がれる――いえ、授けられるってこと?」

「です」

「じゃあ、このナリュートって人の前の能力者は? レンボルもそうだけど」

「ガラッシュに殺された」

 いきなり未生が叫ぶようにして答えた。

「え? 荒野側って仲間……」

「そういう単純な構図にはならない」

 今度の答えは富山から。

 それで、一応納得したのか質問者が矛を収めたところで、願はキャラ説明の続きを言ってしまうことにした。

「……元は明朗な性格だったんですが、能力を授かって以降見たくないものまで見えるようになってしまって、すっかり疑心暗鬼に。ですが、その能力は荒野で生活するには不可欠なので、人と会わないわけにも行かず……」

「不可欠?」

「水源の位置、狩りの獲物の生息所、雨雲の場所……そんなのが見えるのと見えないのとどっちが良い?」

「あ、なるほど」

 再びの富山のフォローで、その疑問はすぐに解消されてしまったようだ。

「つまり、一言でまとめると引き籠もりです」

「ざっくり来た~、じゃあ梁崎さんだ」

「どうして?」

「B3で、そういう役してただろ。アレは見事だ」

 そう言われてしまうと、確かに否定する材料は何もないのだが、

「それだとB3の亜流にならないか?」

 という、真っ当な反論を導き出してしまった。

「何を今更」

「まぁ、そうなんだけど。やっぱりある程度期間は空けた方が。それになんて言うか『俺はこんな演技をしてるの知ってるぞ』みたいなのがいいんじゃないか?」

「むう」

 論理的に思える反論に、最初の主張者は黙り込んでしまった。

「最初は明るかった、って言うんだからその辺も考慮に入れれば……」

「それ、出来ない声優さんいないだろ」

「まぁ、確かにな」

「待て待て、ここは原点に戻ろう。絵のイメージだけで考えるんだ」

 誰かがそんなことを言い出して、改めてスクリーンを注視する一同。

 だが見れば見るほど、イメージが湧きにくいビジュアルだ。先ほどまで派手な色遣いを見てきただけに、そのギャップに上手い具合に頭が回らないらしい。

「ここはどうだろう」

 突然に一人が声を挙げた。

「どうした?」

「新しい可能性に賭けてみるというのは……」

「はい、ダウトです」

 これまた突然に、願が告げた。

「ただいま、禁止ワード“新しい可能性”が確認されました。発言者の方はこのあとの余興に強制参加となります」

「「「え!?」」」

 突然の宣告に、凍り付く一同。

「き、聞いてないぞ!」

 言ってしまった当人が慌てて抗議の声を上げる。まだそれほど年はいってないらしく願と同年代ほどだろうか。ネルシャツにジーンズというアニメーターの制服みたいな出で立ちだ。

 そんな発言者の抗議に、願は涼しい顔で応じた。

「テンプレ、ありがとうございます」

「そうじゃなくて!」

「すいません。またで申し訳ないんですが、名乗っていただけますか?」

「……谷中浩介。所属はプロダクションUG」

 ぼそぼそと名乗る谷中に、願は満足げにうなずいて、

「では谷中さん。余興への参加が決定です」

「よっ! 谷中!」

「がんばれ、谷中さん」   

「まぁ、罰ゲームだろうけどな」

 慈悲のない言葉が続々と掛けられていく。

「な、何をするんだ?」

 恐る恐る尋ねてくる谷中に、願は非常に険しい表情を浮かべて見せた。

「僕の苦しみを味わってもらいます」

 今までとは違う、感情がこもりまくったその声に谷中は思わず唾を飲み込んだ。

「な、何を……」

「さて、それはあとのお楽しみとして活発な議論を期待します……僕が」

 わざわざ倒置法を用いてまで告げられたその言葉は、一同に危機感を抱かせたらしい。

「か、カーさんを……」

 杯から空気を絞り出すようではあったがとにかく名前は挙がった。

「またか」

 即座に鋭い突っ込み。

「だ、だってカーさんはおどおどした役も多いじゃないか」

「それは……そうだな」

「つくづく凄い声優ひとだ」

 皆が感心する中で、

「しかし“おどおど”という単語は手に入ったわけだ」

 強制的にではあったが、話が前向きに転がり始めた。

「おどおどねぇ……それで萌えた方が良いわけだ」

「そりゃそうだよ」

「じゃあ……世仁さんで」

「え? ああ、けど三笠は違うだろ」

「いや、俺はむしろ秋穂のイメージで……」

「あれは毒舌キャラじゃないか」

「だから、春美姉さんの前だと大人しいだろ? あんな感じ」

 そこまで説明して、ようやく一同の賛同を得られたわけだがニッチな趣味であることが証明されたようなものだ。

「そもそも三笠の名前が出てきた段階で、江藤さんの名前が挙がらない方がどうかしてるだろ」

「確かにくるみはおどおどしてたけど、なんて言うか……」

「なんて言うか?」

「陽性のおどおどというか。自分に自信がない感じのおどおどだろ。だけど、今回は自分に危害が加えられるかも知れないというおどおど」

「……難しいこと言い出したぞ」

「いや、説明がややこしいんだ。要するに自分の性格でおどおどしているか、外部に条件があるのでおどおどしているか、という事じゃないか?」

 そのフォローに、我が意を得たりとばかりに元の発言者が熱心にうなずく。

「そうなると、やはり梁崎さんとかは凄いよな」

「最近だとピカイチっだったからなぁ……一応の目安として考えてみても良いんじゃないか」

「ああ、じゃあ江藤さんの弱い方」

「どうして、強い方と同じように名前が挙がるのか」

「だから結局の所、演じるとなったら、まかせて安心なんだよ」

「その中でも適正を考えようって話だろ、これは」

 段々、空気が悪くなってきた。

 が、若井はそんなことは恐れないだろうし細川に至っては歓迎するかも知れない。

 だが、建前としてはこれは懇親会でもあるのだ。

「皆さん、そんなに難しく考えなくても、イジメテ光線を放っている人を挙げれば良いんですよ」

 そんな中、青黄がお腹を揺すりながらあっけらかんと自説を放り込んだ。

「い、イジメテ光線?」

 多くのものが戸惑う中で、年配のアニメーター達が理解の色を浮かべた。

「……懐かしい言葉を聞いたな」

「知らなければそれで済む言葉のような気もするが」

「知っているんですか?」

 若いアニメーターからの質問に、年配の――というか中村が答える。

「ある漫画家が言ったんだ。『美亜ちゃんからは、イジメテ光線が大量に放出されていて、もう辛抱がならない』って」

 その発言には、さすがに女性陣が引いた。

「美亜っていうのは?」

「『スターブレザー』だよ。知ってるだろ?」

「ああ、あの青いキャラ……がそんな名前でしたっけ」

「そうそう」

「で、辛抱たまらなくなってどうしましたか?」

「決まっている、薄い本を出したんだ。確か……凄いプレミア価格が――ん?」

 青黄の根こそぎ作戦は知っている人間は知っているわけで、急に幾人かの青黄への視線が欲望に彩られ始めた。青黄がその巨体にびっしりと脂汗を浮かび上がらせたのは言うまでもない。

「で、中の人は?」

 事情を知らない若い衆がさらに質問を重ねる。

「近海さん」

「おお~……なんか、おどおどしてる印象があんまり無いですが」

「確かに、最近は凛とした役多いよな」

「近海さんか……」

 そんな中村の呟きに呼応するようにして、一同がもう一度スクリーンを見上げる。

「結構良いな」

「はい」

 他からも同意の声が多く上がってきた。

「他にも名前が挙がってるし、これぐらいで良いんじゃないか? そろそろ時間だと思うが」

 その指摘に願が確認してみると、確かにちょうど良い頃合いだ。

 しかも、悪くなっていた空気も和んでいる。これ以上ないタイミングだろう。

 それが青黄のおかげ、ということだけが癪に障るが、今は結果だけを追い求めてもバチは当たらないに違いない。

「では、次に行きましょうか。荒野組はこれで最後です」

「他にいるの?」

「はい、別にあと一名いますが、これは声優決まってますのでキャラ紹介だけですね」

「じゃあ……」

「ええ、これで最後になります。皆さん、もう一踏ん張りですよ」

 願のそんな励ましに、力ない笑い声が応えた。


「ゆうかさん」

「今度こそ、多聞さん」

「水原さんがご存命なら……」

「巻田さんを、忘れてもらっては困る」

 先ほどまでの消極性はどこへやら。スクリーンにキャラクターが投影された瞬間に、一斉に色んな名前が挙げられた。

 それほどに皆の想像力を刺激した何かがあるのか? 

 ……という疑問には肯定で返すしかないが、その理由を考えると願は素直に喜べそうになかった。

「……これは決して緑髪のキャラを演じた人の名前を挙げる大会ではありません」

 頭痛を感じながら、釘を刺す。

「だって~」

「とにかく、説明を聞き終わってからにしてください」

 スクリーンに映し出されているのは、確かに頭髪が緑色をした女性キャラクターだった。

 ベリーショートとまではいかないが、かなり短めに髪を整えており、こちらを睨み付けるような瞳の色は浅黄色。

 頭部だけを見れば男と勘違いしそうだが、メリハリの効いた身体の曲線は、そのキャラクターが女性であることを声高に主張している。

 飾り気のないシャツと、丈を幾分か詰めた粗末なズボン。

 色々な意味で無防備だが、こちらに向かって腕を振り降ろさんとしている姿勢には迫力があった。

 背景に描かれているのは、岩と砂、そして強い日差しだけの荒野。

「名はニヴ。念動能力者です」

「随分とシンプルだな」

「そういうコンセプトのキャラ……何ですが、先ほどのナリュートの保護者的な立ち回りです」

「何だって?」

 会場の一部が色めき立った。

「先ほど、ご説明したとおりナリュートは千里眼の能力を授かって以降、疑心暗鬼なって引き籠もりになるわけですが、それをニヴは不憫に思いなにかれと世話を焼いているわけです」

「キマシ」

「キマシ」

「キマシ」

 呪文のような言葉が、唱えられ始めた。

「こういう外見ですが、母性の強いキャラということもイメージの助けになるかと思われます。皆さん、髪の色に惑わされないでどうぞよろしく」

「今更仕方ないけどさ」

「はい?」

 説明を終えてすぐに、不満の声が上がった。

「さっきのキャラ説明の時に、一緒のこのキャラも説明してくれれば良かったんだ。そうしたら、もっと色々出たと思うぜ」

「例えば?」

「さっきのキャラが井村愛で……」

 先ほども名前が挙がった声優だ。

「こっちのキャラクターを津川織葉で」

「ダメだろ」

 即座に、そこに否定の声が上がる。

「どう考えても、津川さんの声じゃイメージに合わない」

「ほ、他にも色々パターンが……」

「二人一組でものを考えるの止めろよ」

「だけど、共演が多いからこそ期待できる阿吽の呼吸というものがあるかも知れないじゃないか」

「七戸さんは?」

「それは、だれとペアなんだよ?」

「いや、そういう関係じゃなく純粋にこのキャラには七戸さんが良いと思って」

「ああ、わかる。え~と、あれだ。コスモス大戦の……」

「そうそう。で、母性もある。な?」

「まぁ……悪くはないか」

「確かに、パートナーも一杯いそうだし」

「その基準にこだわるのはどうなんだ?」

「じゃあ、清水きよみずさんもいいよな」

「そりゃ方向性としては……」

「ここはどうだろう? 長野さんとか……」

「御前な~」

「確かに戦う女性、というイメージには合う気がするな」

 先ほどとは打って変わって、色々な意見が飛び交う。

 ある意味では良くあるキャラクター。それに青黄の主張で百合成分を加えたのが良かったのかも知れない。完全な同性愛者にすることは未生の頑強な抵抗で阻止されたが、そういう風に受け取れないこともない、ぐらいの所までは攻め込んだはずだ。

 願がそんな風に分析している間も、ドンドンと名前が挙げられていく。

 何だか段々節操が無くなってきてる気がするが、それでも可愛い系の声を得意としている人の名前が挙がってないのだから、制御を失っているというわけではなさそうだ。

 だが多く名前が出る分、大多数のイメージというのがまったくわからない。

 どんな建前を付け足しても、マーケティングの一環でもあるなかで、これは成果がないと判断するべきか、あるいは自由度が高いと考えるべきか。

「……そろそろ、丸尾さんの名前が出ても良いんじゃないだろうか」

 願の思考が脱線しかかったとき、なにやら怨念の篭もった声が上がった。

 さすがにその声で、あちらこちらから挙がっていた声が一瞬止まる。

 そして恐る恐るという感じで、確認の声が挙がった。

「出てなかったっけ?」

「出てないよ!」

 ほとんど絶叫であった。

「ファンとしては、闇雲に名前を挙げて、それでまるちゃんの品位まで下げるわけにはいかないと我慢していたが――」

「おい、誰か言われてるぞ」

「まるちゃんが良い仕事をするよ、このキャラクターなら。それに最初に出来た女の子……」

「リアーツですか」

 すかさず願がフォローを入れる。

「彼女をゆきりんと仮定すると……」

「はぁ?」

 ちなみに彼が言っているのは、姫野ゆきみという女性声優で王国在住だ。

「ここにまるちゃんを配置することで、一本まっすぐな縦のラインが出来る。これで誰とでも戦える」

「お前は何を言ってるんだ。いやマジで」

「戦うというのは……的外れでもないような気がするけど縦のラインって何だ?」

「まぁ、でも丸尾さんは凄く良いような気がする」

「丸尾さんのS声の迫力は確かに凄いよな」

「また、そんな観点……」

「しかし何だって今まで名前が出てなかったんだ?」

「そこは追求しないでも良いだろ。とにかく名前は出たんだから……」

「何か、他にも忘れてる名前があるような気がするなぁ」

「いいじゃないか、我々は間に合ったんだ」

 何だか、発言が大仰になってきた。 

(いい加減、疲れてきてるな)

 願は、心の中で呟いた。

 このあとのイベントも控えているし、まだ少し時間はあるがさっさと切り上げても良いかもしれない。ニヴというキャラクターの懐が広いことも判明したことだし。

 そう思って若井に目を向けると、さすがに若井も察していたらしく自身もかなり疲れた表情でうなずいてきた。

「皆さん――」

 まず、一言それだけ告げて自分に注目を集める。

「お疲れ様でした……余興で“お疲れ様でした”というのも変な気がしますが、時間が来てしまいましたので、これにて終了です」

 それを合図に、まずため息が漏れ、それから自然発生的に拍手で宴会場ホールが包まれた。

「では、最後に文明側にも、荒野側にも属さないイレギュラーなキャラクターを紹介させていただきます」

「じゃあ、そいつは普段何処にいるんだ?」

「荒野です」

「じゃあ……」

「いえ、荒野側の人間からも忌み嫌われてます。文明側は物語り開始直後は存在すらまともに確認していません」

「へぇ」

 と、少し興味を引いたところでスクリーンに猪野が演じるキャラクターが映し出された。

 そこにいるのは、やはり少年と言うしかないのだろう。

 黒――ではなくそれよりも尚、闇を感じさせる紺色の髪。

 瞳の色も、今まで見てきたキャラクターほど奇抜なものではなかった。

 それを言葉に置き換えるならやはり“黒”なのだろうなのだろう。

 だが、それは星の光をも飲み込みそうな底知れぬ黒だった。

 背景には暗雲立ちこめる空。

 特徴的なのは大きな岩の上で旗を突き立ていることだろう。

 それにすがりつくようにして立つ少年の姿は、まるで幽鬼のようだ。

 そんな暗い雰囲気のある絵に、宴会場ホールに静寂が訪れた。

 頃合いを見計らって、願が説明を開始する。

「名はルキング。能力は内緒」

「は?」

 ここに来て出し渋りでは、そんな声も挙がるだろう。だが他からも疑問の声が挙がった。

「それよりも……その旗は何?」

「これはつまり、文明側の剣とか盾とかと同じようなものです。旗の意匠はまだ決定稿が出来上がってないので――」

「そうじゃなくて、それ手で描くの?」

 なるほどアニメーターらしい、と思う質問であったが願に答えれられるはずもない。

「手で描くぞ」

 代わりに黒坂が答えてくれた。

「モデリングを……」

「気持ちはわかるけど、演出の時にこういう動かすと絵になるパーツがあると画面が映えるのは確かだ。そして、そんな要求に応えることにこそ俺達の矜恃がある」

「それは……」

 そういわれるとプロとしては、何とも反論のしようがない。

「まぁ、四六時中動かしまくると言うことにはなりませんし、3Dモデルとの併用で現状は考えてます。アイドルアニメのライブシーンみたいな感じになればいいなぁ、と」

 細川のフォローに、ホッと胸をなで下ろすものが幾人かいたが願はそもそも旗が広げられた状態が、かなり少ないであろう事を知っているので、ほとんど手描きになる事にも気付いていた。

 もちろん、それを口に出したりはしない。

 そして、兎にも角にもこれでようやく一段落付いた。

 スクリーンが巻き上げられ、宴会場ホールの照明が明るさを取り戻していく。

「それでは皆さん、次の余興までしばらくのご歓談を。あ、谷中さんはこちらに来てください」

「う……」

 谷中にはこれから何をしてもらうのかたっぷりと説明する必要がある。 

 これでは願は打ち入りを楽しむどころではないが、プロデューサー職というものはこういうものだ、と若井からの薫陶もあって、さほどの気にはならない。

 それに、次の余興を願はとても楽しみにしていた。

 人の不幸は蜜の味であり、自分の不幸を他人に押しつけられるとなれば、その喜びもひとしおというものだからだ。


 30分後、谷中は打ち入りに姿を現した猪野の通訳を担当することとなった。

 谷中は願からの説明を受けても軽く考えていたようだが、もちろんそんな生やさしい事態になるはずもなく、そもそもが罰ゲームだという認識が皆にあるので必要以上に猪野へと話しかけ、谷中を混乱の局地へと追い込んでいった。

 それを横目で見ることもせずに、願は饗されていた料理を堪能。

 日頃のストレス解消とストレス発散を願は同時に済ませ、その最中はついに細川の言葉も無視しし続けた。

 そして、それから一時間後、第二回打ち入りはお開きとなる。


 ――第三回はここで散々名前が出た声優の誰かが参加してのこととなるだろう。


軽く考えてましたが、結構時間かかりました。

完璧にノープランで挑むと、こうなりますね。


次はある程度目算を付けてから挑みたいです。

その前に、誰が誰なのかの対応表を本気で作らなければならないような。


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