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実地研修其の二

16.


 大久保通り、深夜一時。

 東から西へと、異形と呼んでも差し支えない物体が甲高い音を立てて進んでいる。

 全高4メートルほどの鉄の塊。

 三眼。その“腕”に抱えた巨大なヘビーライフル。

 そして、ずんぐりとした独特なフォルム。

 間違いない――それはオウストラル銀河の大戦時、戦場を駆けめぐった人型機動兵器|AC(Armed Coffin)の姿だった。

 放映から30年以上経過しているが、今なおファンも多く新シリーズも制作されている、リアルロボットアニメの極北「戦場の棺」

 その中に登場する代表的なAC「コンバットシープ」が現実世界の東京に出現しているのだ。

 こんなでたらめな事態、もちろん例の案件絡みに決まっている。

 だが足裏に装備されているローラーの回転は、その異形を眠らない歓楽街新宿歌舞伎町へと確実に運んでいた。

 このままでは毒々しいネオンに照らされるACの姿が完成する。

 オールドアニメファンにとって異常なほどの吸引力を発揮するであろうそんな光景だったが、秘密保持、そして治安の面からも到底許容できるものではない。

 しかし、対ロボット戦に対応できる能力者はいるのか?


 ――いる。


 こと対ACに関してだけなら、生身の身体でACを何体も狩ったキャラクターがいる。

 名を「ランドリンク・ランティー」

 そして異常事態が発生している以上、ランドリンクを演じた声優も、もちろん巻き込まれている。

 その人物は、大久保通りと明治通りが交差する直前にある木々の中に身を潜めていた。

 すぐ側には猪野、そして願の姿もある。

 今日は猪野に“現場”を見せることが目的だ。

 これまでに、こういう事案チャンスがまったく起こらなかったわけではないのだが今日の戦い――つまりはランドリンク役の稲葉肇が普段行っている戦いが、猪野が授かるであろう能力を考えるともっとも参考になると考えられての事だ。

 冷静に考えると、自分は必要ないのでは? と願が正気に戻りかけるがそれを幻惑する、稲葉の動きがあった。

 稲葉は先ほどから、ずっと右手で二十センチはあろうかというライフル弾をクルクルと弄んでいる。

 それが、異常なほど絵になっていた。

「ん? ああ、これか。これは偽物」

 稲葉は笑みを浮かべて応じる。相変わらず、ライフル弾は右手の中で踊り続けている。

「もちろん、これもな」

 そう言ってポンと叩いたのは、稲葉の傍らに立てかけてある巨大な、そして禍々しいライフル。

 劇中でのランドリンクの武器である対ACライフルだ。

 以前の長井と同じように、稲葉も武器込みで能力を発揮するように巻き込まれているらしい。

 ただ実際に存在している長井の使った銃とは違って、対ACライフルなんてものは実在しないのである。なので、通常であれば到底取り回し出来る重量ではない。

 しかし巻き込まれたこの状態であるなら、上昇した稲葉の身体能力と、なによりも“そういうものである”と定義された対ACライフルであれば、その辺りに限界はない。

「猪野、よく見ておけよ」

 この場に来てしまったからには、仕事をした気分になろうと願が声をかける。

「当たり前だ。俺は戦闘から目を反らしたりしない」

 どんな理由でも声をかけておいてよかったと、願に思わせる猪野の返事。

「そうじゃなくて、稲葉さんの銃の取り扱いついてだ。偽物を本物にしなくちゃならないんだからな……まぁ、今更お前の演技に心配はしてないが」

「智大は何を持つ予定なんだっけ?」

「はい! 旗であります」

 すでに稲葉と猪野の顔合わせは済んでいる。

 猪野が同業者の先輩に、どう対応するのか気を揉んでいた願であったが、よくよく考えてみれば猪野は元から嫌われていたわけではない。上下関係に厳しい世界であるのに、そこをおざなりしていているなら、もっと邪険に扱われていたはずだ。

「旗かぁ。なんか俺の銃が参考になるとは思えないんだけど」

「そこは、両方とも架空の存在を振り回すと言うことですから。それに稲葉さんには今後もお世話になりますし」

 稲葉は「カニバリゼーション」の“槍奉主”役としてオファーが飛び、それを稲葉が受けたことで内定――いや、決定している。

 その安定した演技は元より、細川が望んでいた「声優陣をまとめるベテラン」としての役所も期待されてのことだ。

 実のところ、槍奉主は「学院」(名称の決定案がまだ出ていない)で留年を繰り返している、年のいった生徒役でもある。

「まぁ、その話は実際に見てからでも良いか」

 ライフル弾がダンスを止めた。

 そして、さらに耳朶を激しく打つモーター音。

 “獲物”が近づいてきたのだ。

「いいか。ここから出るなよ。事が終わったら傷が治るのは知ってるが、死んだらどうなるかは、さすがにわからない」

 冗談めかしてはいるが、そんな稲葉の忠告にはあっさりと笑い飛ばせるほどの軽さはない。

 稲葉はそのままライフルに絡めてあった薄汚れたマントを羽織ると、さらなる木立の奥に身を潜めた。

 その動きは、すでに幾たびの戦場をくぐり抜けてきた熟練兵ベテランそのものの動きだった。

「稲葉さんは、あのライフルで狙撃するのか?」

 猪野の問いかけに、願は頭を振った。

「お前は何かと時間がないから仕方ないけど、あの銃は見ただろ? 狙撃するだけであんな銃になると思うか?」

 稲葉が持っていた銃は、レプリカとはいえその銃身の下部に凶悪な銃剣バヨネットに似た何かを吊り下げていた。

 単に狙撃するだけなら間違いなく不必要な部品だ。

「しかし――アレを使うとなると……」

 その瞬間、強烈な光が二人に襲いかかる。

 木立は一瞬で黒と白に塗りつぶされ、その直後に身体を芯から揺さぶられる爆音。

 大久保通りに炎の花が咲く。

 続いてもう一撃。通りに仕掛けられた指向性爆薬が、直進を続けていたACを左右に揺さぶった。

 稲葉――いや、ランドリンクの“機能”が仕掛けたトラップだ。

 爆発に煽られたコンバットシープの右脚が一瞬宙に浮き、設置したままの左脚のローラが回転し機体はバランスを崩した。

 その左脚に、突然穴が穿たれる。

 いくら棺桶と揶揄されるACでも、さすがに通常の銃弾で装甲が破られることはない。

 しかし、対AC用のライフルなら話は別だ。

 バランスを崩して動きを止めたところに、すかさず叩き込まれた銃弾。

 “ランドリンク”の技能は、ここまでの展開を完全に見切っていたのだ。

 左脚のローラーが止まる。

 これもまた計算通り。

 だが、ACの上半身はまだ無事だった――そして右脚も。

 宙に浮いた右脚がアスファルトに叩きつけられる。続けて下に向けて射出されたパイルがアスファルトを抉り、ACを固定する。

 だが、この一連の動作にじかんを消費してしまったことも、現実。

 稲葉が通りの中央に身をさらしながらも、自ら生み出したじかんを利用してACとの距離を詰める。自分の身長ほどもあるライフルを抱えて夜の街を疾走する。

 いくら対ACライフルとはいえ、ただ撃つだけでは中枢部分にダメージを与えられない。

 ACを生身のままで倒すにはそれなりの手続きがいるのだ。

 迎え撃つACもまだまだ抵抗する。抱えたヘビーマシンガンを迫り来る稲葉へと向けた。

 こうなると、半ば運の要素も絡んでくるが、そもそもが稲葉は“ランドリンク”である。

 その身体を支えているのは“復讐”の二文字。

 銃口を避けてジグザグに走りながらも、運に頼らずとも目的を必ず達成する執念の炎が、ACの動きを惑わす。

 だがそんな稲葉を追って、暴れる銃口が大久保通りのみならず周囲の建物にまで銃弾をまき散らそうとしていた。

「ずおぉぉぉぉりゃあ!」

 突然に奇声が響き渡り、ACの持つヘビーライフルに横合いから跳び蹴りが食らわされた。

 ほとんど地面と平行に跳躍する様は、ある意味人間離れしていたが、それは、ただの猪野でしかない。


 バカがーーーーー!


 戦場――戦場と呼んでも差し支えないほどにこの場は混乱していた――に願の声がこだまする。

 着地のことをまったく考えていない猪野の一撃は、よく言えばヘビーライフルの“銃口の向き”と相打ちになった。

 だがそれが現状の助けになったかといえば、もちろんそれは否定される。

 反動で吹き飛んだ猪野の身体はアスファルトの上をゴミクズのように転がり、無理矢理そらされた銃口はでたらめにアスファルトを抉り、細かく散った欠片が霰弾のように周囲にまき散らされた。

 それらが稲葉の全身を引き裂いていく。

 突然戦場に出てきた、ド素人。

 そのために引き起こされた混乱。

 素直に判断するのなら――あるいは通常のシナリオであれば、ここは|戦士(稲葉)が|素人(猪野)を抱えて撤退するシチュエーション。

 しかし「ランドリンク・ランティー」はそういうキャラクターではない。

 少なくとも初期の内は。

 そして、ランドリングが活躍する「戦場の棺」からの派生作品「狩猟兵ランドリンク」のシナリオは、そんな展開を許さない。

 今、この現実世界にあり得ない状況を生み出している“何か”は確実に「ランドリンク」を意識していることは言うまでもない。

 では、この場ではどう動くことが正解なのか、

 稲葉の一歩が、未だ飛散するアスファルトの欠片の中へと進路を決めた。

 その先にあるのは、倒れた猪野ではなく、でたらめにヘビーライフルを撃ったせいで、再び姿勢を崩したコンバットシープ。

 固定した右脚が裏目に出てしまっていることも手伝って、しばらくは制御を取り戻せそうにない。

 これを見過ごす「ランドリンク」などあり得ない。

 ライフルで欠片をかき分けるようにしながら稲葉はさらに突き進み、そのままコンバットシープのボディを駆け上がってしまった。

 そして、ライフルの銃口をその特徴的な三眼の複合レンズ部分に向ける。

 チェックメイト。

 おもわず、そう呟きたくなる光景だ。

 だが、稲葉の口から漏れたのは別の言葉だった。

「一度、やってみたかったんだよなぁ」

 銃口を固定したまま。

 コンバットシープの上で、稲葉は切り裂かれた頬を右手でなぞり、その血の付いた右手で顔全体を撫でた。その顔が血で塗装される。それは「ランドリンク」が復讐の遂行を果たすという合図サイン

 稲葉は対ACライフルをガッチリと固定すると、銃身の下部に設置された“杭打ち機パイルバンカー”を作動させ、その複合レンズごと装甲を打ち砕き大穴を穿つ。

 稲葉その大穴に、すかさずライフルの銃口をねじ込むと、躊躇うことなく引き金を絞った。

 その一撃はコンバットシープの搭乗者の命を絶つこととなる。

 

 ――これが現実であるならば。


 実際に断ち切ったのは、この現実と相容れぬ異常事態。

 コンバットシープが突如消え失せた事は当然として、ボコボコにされたアスファルト。

 指向性爆薬の生み出した炎。

 そして、稲葉が負っていたはずの怪我。

 “事案”が発生理由だった全てのものが通常を取り戻した。

 残されたのは、交通規制され閑散とした大久保通りと、念の入ったコスプレ姿の稲葉。

 そしてむくりと起き上がる猪野に詰め寄ろうとしている願だけだ。

 猪野の被害も当然の様に消え失せているわけだが、その馬鹿な行動の記憶までが消えるわけではない。

 願は猪野の胸ぐらを掴むと強引に立たせる。

 そして猪野の顔面が蒼白になるぐらいまで、ひたすら詰り続けた。

 猪野の設定を駆使した言い訳は最初から許さない構えのようだ。

 そんな願の方を稲葉がポンと叩く。

 すでに、マントは脱ぎ捨てて巨大な銃は通りの中央に置き去りにしてあった。

 事案が消え失せた以上、稲葉の身体能力も通常のものに戻っているはずであるから、ライフルの取り回しも大変なのだろう。

 マントと銃は、対策チームの黒服隊が早くも回収に掛かっていた。

「まぁ、智大のしたことは褒められたことではないとは思うけどその辺しておこう」

「しかしですね……」

「続けるにしても場所を変えてな――いや智大のことは気に入ってたが心配でもあったんだ。岸さんがいるならそれも一安心」

 その言葉に、今度は願の顔から血の気が引いた。

 それでなくても最近、若井からは死刑宣告に等しい提案をされているところなのである。

「それに、ビビって動けなくなる奴よりはいいじゃないか。俺もいい年だし、今度AC出てきたら、もうまかせるわ。コウちゃんに、任せきりになるのも悪いと思ってたし」

「コウちゃん?」

「加村幸太。知ってるだろ? あいつも生身で戦車と戦う役やってたからな。こう、ランタンをブラブラさせながら……」

「ああ」

 それで願は思い当たる。

 確かに、あの作品でも至近距離まで近づいて戦車の搭乗者をゴツイ銃で装甲ごと弾き飛ばしていた。

 あの技をAC相手に使っていたのか。

 到底正気の沙汰……元々事態が“正気”ではなかったか。

 稲葉はそれで願への対応を一段落付けると、次に猪野へと向き直った。

「智大。さっきのお前の行動は確かに愚かだ」

「ぐ……すいません」

「何が愚かなのかわかってるか? お前はあの時、どんな役を演じていたんだ? 確かにライフルの銃弾が被害を拡散しようとしていたかも知れないが、お前の演じるべき役所は、それを身体を張ってでも止める熱血漢だったか?」

「それは……」

「そういうプランのないまま、本能で行動するな、特にこういう“事態”に巻き込まれたならば尚更だ」

 果たして演技論なのか、それとも先達からの経験談なのか。

 そんな風にカテゴライズするには無理がある、なかなかに含蓄のある言葉だった。

 それだけにさすがの猪野もさらに黙り込み、願も思わず感激の涙を浮かべそうになる。

 稲葉は、こういった事態には何ともいい兄貴分だった。

「よし、じゃあ飲みに行くか」

 ……結局最後にはこうなってしまうのも、業界の先達としては頼もしくもある。

 稲葉の参加を含め、プロジェクトは順調に動いていた。


 中核スタッフが揃いつつある――

 細川の監督としての経歴は、まだまだ浅いのでいわゆる「細川組」というようなものが形成されていない。

 気の知れた面子と仕事をすることの有効性を、若井も認めてはいたがそもそも存在しないものは認めようもない。

 ここはプロデューサーとしての腕の見せ所、ということで細川と協議を進めた結果――

 まず、美術監督には八重垣洋次が就任した。

 非常にレベルの高いところで安定しつつも、特に主張することなく作品世界に合わせた仕事をこなす力量の持ち主で、まさに若井好みの「職人気質」な人物だ。

 最近の仕事では、ファンタジー世界の背景美術から遠ざかっていたが、その力量に衰えを見せることなく、文明世界と荒野という両極端な世界をさっそくイメージボードとして形にし始めている。

 次にキャラクターデザイン。

 まず、青黄の原案がある。

 青黄の絵柄は、酷い言い方をすれば、

「さすがに絵の力量だけで漫画家になっただけのことはある」

 と言うぐらい時代に合致したもので、なおかつ若井に言わせれば他の利点もあった。

「説明としては曖昧になるんやけど、感情の合間が描ける顔になってるのがええ」

 人の感情表現として概ね認識されているのは、言うまでもなく“喜怒哀楽”

 キャラクターの表情集でも、おおよそこの法則に則って例示されていることが多い。

 しかし、実際問題としては人の感情はそう簡単に割り切れるものではない。

 哀しみながら怒る。

 怒る内に、その中に楽しみを見つける。

 極端に目を大きくしたデザインの弱点は、可愛さが全力で表現できる一方で、こういった若井が言うところの「感情の合間」が表現しにくい。

 青黄のデザインは天性のものか、このバランスが絶妙だった。

 リアルに徹してもおらず、かといってピクトグラム的な表情の固定化を起こさずとも済む。

 もちろん、キャラクターを個性づける細々としたデザインも秀逸なもので――それらを全部採用していれば、作画班が死んでしまうことは請け合いだが――そこに未生からのキャラクターの設定ごとの統一性を促され、原案は非常に高いレベルで仕上がっていた。

 キャラクターデザインの仕事は、これをアニメ用に設計し直すことになるわけだが、若井はここに異例とも言える選抜方法を導入した。

 まず細川と若井とで、何人かの候補を選ぶ。

 そして、青黄のデザインを元に実際にデザインして貰う。

 そのデザインを早々に集めていたアニメーターに実際に見てもらい、実際の作業手順でそれを動かすところまで持って行く。

 通常、トップダウン方式で決まったキャラクターデザインに沿って仕事をすることを求められるアニメーター達に、

「どのデザインが仕事をしやすいか?」

 を基準として、事実上選考させたと言うことだ。

 もちろん、その選考結果の責任は若井が全てを負うこととなるが、それは最初から覚悟の上だ。

「アニメは動いてこそ!」

 の持論を持つ若井ならではこだわりだった。

 だからこの選抜方法の意図も、

「描きやすくなったから仕事が楽になるだろ?」

 という配慮ではなく、

「描きやすくなったからこれだけ仕事を詰めても大丈夫だよな?」

 という基準に基づいてのことだ。

 細川は、元より動かすことよりも間の取り方に長けた演出手腕の持ち主であるので、この辺りを指揮することになるのは、戦闘がメインとなる回での絵コンテを切った人間になるだろうが、なんにしろポテンシャルを確保しておいて損になるということはない。

 このような経緯の果てに、黒坂清樹に白羽の矢が立った。

 いや、この表現はいささか正確ではない。

 黒坂は他の制作会社「カルタ」の取締役なのだ。そもそも選考に参加させるのではなく、頭を下げて無理にお願いしました、という後日談が語れるぐらいの無茶な話なのだ。

 だが、若井は選考方法から何から、全てオープンにして黒坂に接触した。

 黒坂は、最初から会社経営に参加していたわけではない――根っこはアニメーターでもある。

 若井の依頼を“煽り”だと判断した黒坂は、そう判断した上で、それでも依頼を受けた。

 そして、選考を堂々と勝ち抜いたのである。

 黒坂の自尊心は、大いに満たされることとなり――黒坂の所属するスタジオは資金的に満たされることになった。

 黒坂の扱いは当然のことながら「スタジオ蟷螂」への移籍、という事にはならない。

 少しばかり、出稼ぎに来ただけだ。

 仮にも他スタジオの取締役。元の依頼が無茶であるなら、その無茶が通ってしまった以上、その無茶を金銭で埋めるのも、大人の世界のやり方でもある。

 そして黒坂はさすがの腕前で、青黄のデザインを個性を失わぬままに見事に動かし易くリファインしてしまった。

 これで、アニメとしての“”としては、ほぼ完成品をイメージすることが出来る。

 それに加えて黒坂の重厚な人脈で予定していた――いや、予定以上のアニメーターの参加が見込めることとなった。

 もちろん、それを嫌うような資金力ではない。

 それどころか、一回目はなし崩しに行われた「打ち入り」の二回目が開催される運びとなった。

 もちろん資金力にものをいわせて、ホテルの宴会場ホールを貸し切ることとなったのは言うまでもない。


 場所は港区にあるホテルソークラ東京。

 一番大きな宴会場ホールを貸し切ってのイベントとなった。

 一般的な打ち入りとなれば、作品の看板代わりにもなる声優も多数参加することになるので、なかなかに華やかになるのだが、現状で参加しているのは最前線で働く作画畑のアニメーター達がほとんど。

 もちろん、若井はドレスコードのようなものは要求せずに、しかも、不規則労働になりがちなアニメーターの実情を鑑みて、仕事が済み次第随時参加という緩い形式を採用した。

 そのため、ホテルソークラは一時異様な雰囲気に包まれることとなったが、どんな時でも経営は厳しいのである。

 こんな大口の客を無下に断ることなど出来るはずもなかった。

 それに、直接的な被害があったわけではない。

 若井は、実際に参加するアニメーターばかりではなく、それらを貸し出しててくれるスタジオの関係者もこの機会に招待した。

 出来るだけ業界内に軋轢を生まないようにという配慮もあったが、実はもう一つの腹案があったからだ。

 願は今、その腹案を形にするべく宴会場に元々備わっていた壇上に上がる。

「随時参加可能な形式のため『宴もたけなわとなって参りましたが……』という定型文も使いづらく」

 いきなりネガティブなところから始める願。

 その出で立ちも、普段と変わらぬスーツ姿。そして銀縁、アンダーリムの眼鏡姿である。

 会場では当然のようにアルコールも供与されているので、そこそこ盛り上がっているわけだが、そんな空気に水を差す勢いだ。

「初めましての方は初めまして。スタジオ蟷螂のAP岸願と申します。暴虐の限りを尽くす、当事務所のプロデューサー、若井の意を受けまして、ただいまより一つ余興を執り行う運びとなりました」

 なるほど、慇懃無礼とはこういう事か、と居並ぶアニメーター達が思わず生唾を飲み込んだ。

 そこだけは直接的に非難された若井は、宴会場の端の方でスライド機を操るためにスタンバッている。

 相変わらずのアロハシャツに、何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべていた。

 一方で、願はリモコンでスクリーンを降ろしている。少なくともそれでこれから何が起こるのかは推測できた。

 何かの画像がこれからここに映し出されるのだろう。

「皆さんにご協力いただく作品『カニバリゼーション』ですが、青黄先生のご尽力、そして黒坂さんの熟練の技によって、ベータ版とも言える状態にまで各キャラクターのイメージが出来上がっております」

 おお、と会場から思わず感嘆の声があがった。

「また美術監督をお願いしております、八重垣さんのイメージボードを利用してそれらのキャラクターと組み合わせた画像を作成。すでにお察しに事とは思いますが、それが今からこのスクリーンに投影されます」

 その説明は、ある意味予定調和であるから皆大人しくスルー。

「そして皆様にはそれらのキャラクターのイメージに合うキャスティング、平たく言えば、はまりそうな声優の名前を挙げていただきたい」

「「何ィーーー!!」」

 と、即座に反応して思わず叫んでしまったものが数名。

 それに遅れて、叫ぶほどの事はないが一気に宴会場ホール内が、ざわつき始める。

「尚!」

 そんなざわつきを、鉈で断ち切るようにして願が言葉を継いだ。

「この場で多数決を取ってそれで決めてしまおう、などというような無責任なことは、監督の細川さん、そして若井も考えてはおりません。あくまでこの場の余興。そして、それが参考になるなら、それはそれで良し、という程度の企画です。どうぞお気軽にお楽しみください――皆さん」

 そこで願は初めて笑顔を見せた。

「こういうの好きでしょ?」

 おおおおおおおお、という地鳴りのような声が上がった。

 先ほどとは違って、その響きにはある種の期待が満ちている。

 責任を負わないで済むと言うことなら、これはただの酒の席でのバカ話でしかないのだから。

 その理解がおおよそ全員に浸透したところを見計らって、


「では、はじまめしょうか」

 

 と、願が告げた。 

短いですが、ラストまで読まれたなら、それでご理解いただけるかと。

ここしか切るタイミングがありませんでした。

あと、本当に無計画に書いてるので、実は作中アニメの設定の細かいところを詰めてません。なので、次回まではちょっとお時間をいただきたい(実際、何人の方に読んでいただいているのかという問題が先にありますが)。

あと「機甲猟兵メロウリンク」です。

これはもう誤魔化しようがないので。


追記

色々やりましたが、ルビ振り機能がいまいち使えてません。

「|」が出てきたら、察していただけると助かります。


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