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鼎談脱線編

12.


『昨日午後、突然に出動した自衛隊。その目的はなんだったのか。我々“やっタネ!”取材班は、独自の情報を入手しました』

 当初は、富山をいたぶるためだけに用意されたように思えたモニターだったが、現在、当たり前にテレビを受信している。

 モニターの中では、女優だったはず――今でもきっと女優――の浅黒い肌の女性が難しい表情を浮かべていた。

『出動後、すぐに三輪防衛大臣から発表がありました。まず、突然の出動に謝意を述べた後に大臣は――』

 そこから先の説明は憔悴しきった表情で並んでテレビを眺めている「スタジオ蟷螂」のプロデューサーとAPには、出来の悪い冗談にしか思えなかった。

 真実は、

「ぼったくりメイド喫茶に捕まった、新しいアニメの制作関係者を救出」

 であるのだが報道では、

「怪しげな宗教がテロを目論んでいるという情報を察知。時間的余裕がなかったため、自衛隊が緊急出動した」

 ――ということになっている。

 一歩間違えば大惨事であるだけに、報道する面々の表情も厳しいものだったが、それだけにそれを並んで見物する羽目になった若井と願の表情も優れなかった。

 もっとも、これは自業自得と言うべきだろう。

「……若井さん今更ですけど」

「なんや?」

「なんだって、いろんな段階通り越して自衛隊が来たんです?」

「そこは俺もわからん」

 若井はごくあっさりと応じた。

 だが、願はそれを聞き逃せない。

「若井さんが要請したんじゃないんですか!?」

「俺にそこまでの権限あるか。頼りになりそうな伝手に話持って行っただけや。俺もせいぜいが警官の一人でも迎えに行かせるぐらいと思ってたんや」

 特に声高に主張しないところが、逆にリアリティがあった。

 若井にとっても、昨日の事態は予期していなかったのだろう。

 その証拠に、と言うのもおかしな話だが、若井の言い訳は続いていた。

「なんや、高度な政治的事情があったんやないか――自分で使ってみると便利な言葉やな、これ」

「……そういえば、予算の単位が戦闘機でしたね」

「岸君、考えるんは自由やし、先々役に立つかもしれんけど、俺は『それ正解』とは言わんぞ」

 願はそれを聞いて苦々しげにうなずいた。

 若井が本当に真相を知らないのか。

 それとも、知っていても言うつもりが無いのか。

 どちらにしても、この話題はここまでにするしかないようである。猪野と未生に突っ込まれた場合は――若井に振ろう。猪野に関しては、疑問を抱いているとも思えないが。

「……では、今日は何が起きますか?」

 萌え記号の専門家が来るのだろう、とは思っていたが。

 しかしそうなると富山も未生も来るのか。

 このままで行くと、この事務所も手狭になる――そういえば雇われ社長の話はどうなったのか。

 今日も、事務仕事は有原一人で引き受けてくれている。

 事件自体に関心はないのか今日も淡々と経理をこなしていた。頼り甲斐があると言うべきなのだろうか。

「何が起きるって……まぁ、今日は監督やな」

 願が色々考えている間に、若井がポツリと呟いた。

 監督。

 つまりはアニメ制作の陣頭指揮をまかせる人だ――きっとそうだ。

 ただ、疑問がある。

「こっちのプランはまだ固まってないと思いますが」

「しゃーない。何でもかんでも、こっちの都合には合わせられん。スケジュールが空いたから、来て貰うことにした」

「萌え記号の専門家は?」

「結局、決まらんかった。なんやキャラ原案まで視野に入れてまうとなぁ」

 そういえば、富山がそんなことを言い出していた。

 ノリだけで物事を決めていくと、段々首が絞まってくる好例だろう。

「一応候補は絞り込んだんで、まぁ、二三日中には呼べるやろ。やけど連載中の奴やったりしたら編集部通さなあかんし……そう、上手くいくかどうか」

 つまり今までが上手くいきすぎていた――というか若井の根回し貯蓄分が尽きたと言うべきか。

「……監督候補の名前は?」

 知らない人だろうな、と半ば自虐的な気分に陥りながらも願が尋ねてみると、

「細川。細川進」

 案の定、と言ってしまうのは職務怠慢な気がするがやはり知らない名前だった。

「そんなに何本もこなしている監督とちゃうな。あれや『ありまりん』とかやっとったな」

 作品名を出して貰えると、さすがに記憶が刺激される。

 そして、願は反射的に首をかしげてしまった。

「なんや、あんまり良い印象はないみたいやな」

 そんな願の反応を見た若井の言葉に感情は乗っていなかった。

 ただ単に、願の反応を見ての推測。それだけでしかない。

 なので、願もここは素直に自分の印象を口にすることにした。それで怒り出すような相手ではないことは、短い付き合いではあるがわかってきている。

「……えっと、なんというか妙に怖くて……」

「ほう!」

 ところが、続いての感想に若井は飛びついた。

「な、何か?」

「やけど、内容がまるきり怖いわけではなかったやろ?」

 確かに幽霊が出てくるアニメではあったが、内容だけを考えるなら、むしろコメディ寄り……と考えるべきアニメだったはずだ。

「そう……ですね。でも……」

 とにかく、何か変なアニメだった。

 だが、これから仕事を共にするかも知れない人物の手がけた作品に対して、この感想はどうなのだろう?

 もっとも、だからといってここでおべっかのように感想をねじ曲げて良いものかどうか。

「いや岸君が、俺と同じ感想やっとはな」

「え? 怖い……んですよね?」

「怖かったが、俺は面白かった。まぁ、面白くないとそもそも声は掛けへんけどな」

 そうか。

 怖いのを面白く感じる人もいるだろうな。

 だが、未だに良く言って企画書の段階のあの作品アニメにそういう要素は必要なのだろうか?

「どんな話があがってくるかもわからんかったから、俺は一応三人ばかりの監督候補を考えとった」

 願の内心の疑問に答えるように、若井が説明を続ける。

「で、今のところの候補が“異能力”“学園”“ファンタジー”や。やけど、このキーワードやと、必ずしも戦う話にはならんやろ?」

「え?」

 願は一瞬、意表を突かれた。

 元々の目的が目的だから“戦わない”などという選択肢はない――はずなのだが。

 だが、確かにキーワードだけを拾うなら、無理にバトルアニメにする展開にしなくても良いような気がする。

 異能力を、人の心が見える、とかにしたらハートウォーミングな話に出来るかもしれない。

 透視能力なら、エロコメか。

 例えば、既出の予知能力だとホラーに出来なくもない。

「だけど、戦う話にしなくちゃダメなんですよね」

「せや。だから、未生君の試し書きでも最初に戦ったやろ」

「……なるほど、あの冒頭部分はそういう意味があったんですね」

「大体、未生君もその辺は外してへんわ。そもそもバトルアニメになる前提で、アイデアくれたんやから」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 願は若井の言葉を押しとどめた。

 話の流れが上手く繋がらない。

「話が見えなくなってきました。細川さん……でしたっけ? 何かバトルアニメにならないから声を掛けることになった、みたいな感じじゃありませんでしたっけ?」

 若井は、その指摘に目を瞬かせる。

 そして俯いて考え込み、やがて人の悪い笑みを浮かべた。

「うん、そこは内緒にしておこう。どうせ午後からは俺がプレゼンせなあかんのやから、そこで聞くとええわ」

「僕も? その場に?」

「あのなぁ、岸君」

 心底呆れた口調で、若井が首を振る。

「俺達は、これから戦いのための総司令官を迎えるんやぞ。礼儀として、スタジオ蟷螂総出であたらんといかん」

 若井にもどこかズレている所がある――と願は思う。

 そんな願の頭の中では、漢が韓信を大元帥として出迎えるときの光景が再生されていた。

 ……もちろん、かの大御所漫画家が描いた風景である。

「なんや、予定あったんか? 今日は萌え記号漫画家を選ぶ仕事を手伝ってもろうて、細川君を出迎えるプランを考えとったんやけど」

「はっきりしていたのは猪野に携帯持たせる、という断固たる決意があるだけです。奴のバイト明けに捕まえることになりますから、今日は猪野の他に候補がいないかあたってみるつもりでした」

 一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべた顔をした若井だったが、

「そうやな。この段階で、猪野君一人で満足するほうがおかしいか……」

 と、願のプランに賛意を示して見せた。

「やけど、今日はアカンで。細川君が来るんやしな」

 だが、そこは譲らないらしい。

 前と同じ手順を踏むとして、午前の収録明けに音響監督を捕まえる、というプランを描いていたわけだが、午後一番に監督候補が来るとするなら、まともに時間読みも出来ない、このプランは採用するわけにはいかない。

 となると今日は若井のプランに乗っかるのが良さそうだ。

「……じゃあ、若井さんは社長候補も探してくださいよ。今のままだと、色々不安なんです。実際、猪野の携帯ぐらいは、スタジオ蟷螂こっちの費用で面倒みてやりたいんですが」

 交換条件、というわけではないが、何だか先送りにされそうな事案を持ち出してみる。

「ああ、猪野君の携帯代はこっち持ってきてくれてええわ。あかんかったら契約切ればええだけやからな」

 実にドライだ。

「社長の方は、しばらく待ってんか。もう少ししたら、どっかの制作会社が潰れると思うから、そしたら声掛けよ。ノウハウ持ってる奴の方がええやろ?」

 ……本当にドライだ。


 昨日、未生を秋葉原に送ってから、若井と富山の男二人で買い込んだのか事務所にはかなりの数の漫画が増えていた。いや元はゼロだったわけだから、出現していたと言うべきか。

(凄く……肌色だなぁ)

 その漫画の表示を眺めて何とも率直な感想を抱いた願は、若井に色々注文を付けられながら、それらの漫画を読んでいく。

 読んでいくと言うよりは、ほぼ絵柄の確認に近い。

「持ってる漫画はないんか?」

 そう聞かれて、願は表情を消しながらザッと表紙を眺めてみる。

 所持していることを知られただけで黙って金を出すしかない、と言うような漫画ばかりであるから、願としては出来れば発見したくなかった。

 そして、そのささやかな望みは叶い、ここにあるコミックス全てに見覚えはない。

「ないです」

 胸を張って答えると、

「なんや、役に立たん」

 と、理不尽な文句を言われてしまった――いや、この仕事に関わっている以上、本当に役立たずなのかもしれない。

 そんな風に、思考をグルグルとさせているウチに富山がやってきた。

 反射的に時刻を確認すると十一時。

 来ることを聞かされていなかったせいもあって、驚いた願は思わず尋ねてしまっていた。

「富山さん、他の仕事は良いんですか?」

「脚本家が一番時間食うのは企画の段階だから。まぁ……企画段階から呼ばれたとして、の話になるが」

 何だかうなずきそうになったが、果たして答えになっているか?

「制作が始まると、一番最初に仕事が終わるのが脚本だからな。基本的に仕事が前倒しなんだ」

 これは答えになっている。

 富山との距離感もだいぶん落ち着いてきたようだ。

 そんな雰囲気の中、富山がさらに踏み込んでくる。

「それよりも、昨日何があったんだ?」

「ああ、それはですね……」

 昨日のぼったくりメイド喫茶から自衛隊乱入までの流れを説明する。

 若井が側にいるので、まずいときにはストップがかかるかと思ったが、詳細に語ってしまった。

 半ば呆然とその話を聞いていた富山は、直後にポツリと漏らした。

「本気で、国家プロジェクトなんだな……」

「なんや酷いな、富山君。疑うとったんか?」

 これには、沈黙を守っていた若井から即座の突っ込み。

「その話を、一回聞いただけで信じるのは……脚本家として問題があります」

「はは、言い得て妙やな」

「どういう事ですか?」

 思わず願が尋ねると、富山はこけた頬をヒクヒクさせながら、

「別に本人が常識人である必要性はないけど、常識を知ってないとまともな脚本ほんは書けないんだよ。あまりにも浮世離れしすぎるからな」

 わかるような気もする。

 要は突っ込み役が必要ということなんだろう、と願は解釈したが、同時に突っ込み不在の作品もあるなぁ、と心の中だけで呟いておく。

 現状で、そういうアニメを作りたいわけではない事もわかっているからだ。

 むしろ、富山の説明で未生の強引な行動に説明が――いや、やっぱりあれはないな。

「……まぁ、とんでもないトラブルがありましたけど、未生さんの助けになっていれば問題ないですよね」

 願は強引だと、自覚しつつもこの会話の流れを打ち切ることにした。

 実際、萌え記号漫画家の選抜はまったく進んでない。

 少なくとも無駄話にうつつを抜かしている状況ではないのだ。

 だが、その言葉に富山が再び反応した。

「ん? 確か、彼女は昨日のうちに新しい能力者のアイデアを……」

「ああ、そうやった忘れとった。岸君、未生君から――」

「いいですよ。察しは付きますから」

 若井の言い訳を遮る願。その声に、拗ねたところがあっても仕方がないところだろう。 

「悪かったって。すぐに話さなあかんのはわかっとったけど、テレビ点けたらあれやろ?」

「もういいですよ――そこが重要じゃないのはわかってますから……で?」

「うん」

 今度は若井も心得たように頷いた。

「俺の思ったたのとはちゃうけど……少なくとも倒し方はわからん相手やな」

「核爆発でも?」

 馬鹿な質問だと自覚しながらも、願は反射的に聞いてしまう。

 はったりを聞かせるには「核も無効」とうのは、なかなか魅力的な言葉だ。

「まぁ、爆発は問題ないな」

 あっさりと答える若井。思わず絶句してしまう願に変わって、富山が質問を引き継ぐ。

「彼女、敵として登場させるつもりなんですか?」

「いや絡め方までは、考えてへんみたいやな。ちゅうか未生君も扱いかねてる感じでな……殺し方、思いつかん言うとったし」

「それは珍しい」

 ……ん?

 何か大事なところがスルーされなかったか?

 願がそんな引っかかりを覚える中、若井はさらに続けた。

「ま、それでもそういう無茶をやろうというところまでは進んでくれたんや。これは細川君との交渉でも有利になるで」

「……本気で国家プロジェクトだというのも、交渉カードに加わりましたね」

 富山がジト目で若井を見つめる。

 その視線は、明らかに若井を非難していた。

 願も、富山の視線の意味をすぐに察して重ねて尋ねる。

「……若井さん、もしかして……」

「ちゃうちゃう! 偶然や偶然! そや、飯のこと考えよう! もうすぐ昼やしな! なっ!」

「若井さん、すぐそれだ」

 願がテンション低めで応じると、若井はたじろんで黙り込んでしまった。

「まぁ、ここは若井さんのおごりで勘弁しようじゃないか」

 富山は一冊の漫画を手に取りながら、さらっと若井を追い込んだ。

 手に取った漫画にさほどの意味はないらしく、しれっとそれをそのまま置く。

「企画が動いている間は、何故か食いっぱぐれがないんだよなぁ」

「……富山君、君もたいがいやで」

(むしろ“たいがい”ではない業界人はいるのだろうか?)

 願は悟りを開いたような心境になって、表紙に肌色多めの一冊を手に取った。

 これから会うことになる細川という人物は……期待するのは止めておこう。


 富山も相当執念深い性格らしく、昼食はまたも寿司となった――回っていたのは優しさと捉えるべきか? 

 とにかく、富山の好物は寿司であるらしい。

 しかし、よく考えてみると若井のうっかりで昼食をおごって貰える権利を有するのは願一人と考えるべきで、つまりは富山の誘導が上手いのか、若井が最初からそのつもりだったのか。

 ――萌え記号漫画家は、未だ選び出せない。

もう少し、書こうかと思いましたが、明らかに舞台が変わるので、ここで一端切ります。


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