*
放課後。
多嶋良樹に呼び出された俺は、校舎四階にある、化学準備室へと通じる廊下を歩いていた。
いつもは管楽器が吹き鳴らす賑やかな校舎も、吹奏楽部が居ない今日だけは静まり返り、ソフトボール部が不在の校庭は、いつものような快活なバッティング音も聞こえなくなっている。
待ち合わせに指定されたこの場所は、いつもの化学準備室だ。俺は開いていたその横開きの戸を開くと、中に入っていった。
「来たぞー」
俺が声をかけると、真ん中の四つ繋げた机の奥に座り、トランプの束をシャッフルしていた良樹が手を止めた。
「お! やっと来たねヨータロー」
俺を見た良樹の顔が途端に華やぐ。
「ああ。二者面談が長引いた」
外は晴れているのに部屋の照明が点いている。さっきまでカーテンを閉めていたのか。俺は床に散らばったポケモンバトリオのパックに気付き、足元に目をやった。
「お前……また誰かとトランプで賭け事してたろ。またあの絶対勝利不公平ポーカーか?」
落ちていたパックの一つを拾い上げると、丁度俺の大好きな、じめんタイプのサンドだった。
「うん。今ちょうど一戦交えて終わったとこ。すっごい強い奴と戦ったんだから。それで僕が勝ったんだよ。凄くない?」
凄くない。
どんなゲームか知っている俺には、良樹の言葉は、「今メッチャ強いバルタン星人相手にジャンケンで勝ったんだよ! 凄くない?」に等しかった。
BPPというのは、良樹が考えた創作トランプゲームの呼称である。たぶんそのバルタン星人さんと良樹のお姉さんを入れて、世界でまで4人しか知らないであろう、競技人口一桁の新作ゲームだ。俺はテストプレイに参加して手合わせしたから、俺もその4人の中の1人だった。
「へー。誰とやったんだ?」
俺は椅子を引き机の上にサンドを置くと、良樹の対面に腰を下ろした。その直後に良樹が、なんの勿体付けも置かず「例の制服盗難事件の犯人さんとだよ」と言い出したので、不意打ちを食らった俺は我が耳を疑った。
「犯人さん? あの昨日の?」
「そうだよ。僕が賭けに勝ったら『被害者に洗いざらい話す』って約束だったから、ヨータローにだけは教えてあげるよ。あれやったのはね、水泳部のナガシマって奴だよ。葉太郎がトイレに入ってる間に、置きっぱなしにしてたバッグの中に猿原のパンツが入ってるのを僕が発見したんだ」
パ、パンツ?! えっ?
後の方が衝撃的過ぎて犯人が誰かなど吹き飛んでしまった。
「あのエナメルバッグ開けっ放しにしてたでしょ? だから通りがかった時に中に変な形の白い布が見えちゃったんだ。その前に外で着替えが無くなったって女子たちが騒いでるの聞いてたから、もしかしてって思って見たら、案の定女性ものの下着一式だったってわけさ。その時は別の可能性も考えられたし、安直な答えに飛びついちゃだめだとは思ったんだけどね。ちょうどその時葉太郎がトイレから出てきちゃったから、慌てて自分のリュックに仕舞っちゃったんだ。
でもその後バッグの中を確認した葉太郎に何の反応も見られなかったから、もしかしてこれは、ヨータローが知らない所で勝手に誰かに入れられたんじゃないかと思ってね。その頃猿原はプールに入ってるって知ってたから、その中から容疑者を絞るのは簡単だったよ」
(純白かぁ……)
俺はほとんど話を聞いていない。
知らずに持って帰って、家の中でカバンを開けたときに見知らぬ女性もののパンツが出てきたらどうしただろう、等とフシダラな妄想が膨らむ。
多分困りに困って次の日に、それが無くなった猿原さんの下着だと気付き、返そうと思っても言い出せず結局自分の部屋の中のタンスやベッドの下などに隠したまま処分に困り――
ぶんぶんと首を振って非決定になった未来のイメージを掻き消す。
「被害者って俺の事かよ」
「うん。僕が居なかったら、だいぶ困ったことになってたろうね。もしかしたら犯人に仕立て上げられちゃってたかも知れないよ」
恐ろしい可能性だ。BPPって言うのもなんか、ちょっと計算複雑性理論っぽいし。
「でも何で俺のバッグに猿原さんのパンツが? 意味分からないし、俺、そんな事される心当たりないぞ」
「ああ、それは犯人くんが自分から吐いてくれたよ。同時にゲロも吐きそうになってたけど。
……多分だけど、要約するとナガシマは、ヨータローと栞莉が好き合ってると思ってる」
「え? え?」
「でもナガシマも猿原が好きで、ずっと思い募ってた猿原をヨータローに横恋慕されたと感じて、そのどこぞの馬の骨を困らせてやろう、ヨータローを下着ドロボーにしてしまえば猿原はそんな奴見限るだろう、って考えたみたいだね」
「いや待て、大きな誤解があるだろ! 猿原さんと付き合うなんて俺が憧れるわ。誰がそんなデマ流したんだ。ちゃんとその誤解は解いてくれたんだろうな」
良樹は悪戯っぽく目じりを下げると、
「まさか、いやだよー。そんな色恋沙汰なんか興味ないし、それに、このままの方が楽しいじゃん」
二ヒヒと笑う。なんて野郎だ。それに俺の経験則では、コイツがその根も葉もない噂の元凶に思えてならない。
(色んな意味での被害者じゃないか。迷惑な話だ)
「でも密室は? 猿原さんの話によれば、更衣室は常に監視されてたらしいじゃないか」
俺は別の質問をぶつける。
「ううん。人の目があったのは女子更衣室の外側の出口だけだよ。犯人は水泳部なんだし、内側の出入り口を使って男子更衣室から出れば見つからないんだよ。そんな面倒な事するとは、誰も思わないだろうからね」
「そうだったのか……」
それは本当に良樹の推理のようだったので素直に感心する。
「それで、なんでその犯人さんとお前は、ここで一緒にBPPしてたの?」
そこが一番の謎なんだけど。
「あーそれはね、前からナガシマとはポーカーで戦いたいと思ってたんだよ。中学の時から強いって噂になってたしね。でも、なかなか本気出して戦ってくれそうになかったんだ。
それでね、ナガシマにとっての戦う理由を探してたら、なんと、ちょうど良く今回の事件をやらかしてくれたってわけさ」
(丁度よく……)
「僕に目を付けられたのが運の尽きだね。だって僕にヨータローの仇役として戦う理由を、自分で作っちゃったんだから。おかげで弱みを握られたナガシマは必死になってこの遊びに付き合ってくれたよ」
あー面白かったー。と良樹が無邪気にはしゃぐ様子が逆に怖い。自分で考えたゲームで強い奴と対戦したいという単純な理由だけで脅したのか。こんなやつの手のひらで踊らされて、可哀想な犯人だ。
わざと彼が犯行を犯すように良樹が心理的に誘導して追い詰めたのでは? と考えるのは穿ち過ぎだろうか?
「それで負かしちゃったんだろ? 可哀想に。良心の呵責は無いのか」
「何言ってるんだよ。水野さんの制服まで盗んで、当然の報いさ。それに、名探偵が犯人を負かさなきゃ話が終わらないでしょ?」
などと悪びれもせずに良樹が調子のいい事を言った。
「全く……。ちょっと犯人に同情するよ」
本当は猿原さんに迷惑をかけたような奴に同情の余地は無い。
(……)
「……そんなに、強かったのか?」
ちょっと気になったので、ゲームについて聞いてみる。少しとはいえ、俺も製作に関わったゲームだ。もうちょっと二者面談が早く終わっていれば、俺も見たかった、かもしれない。
「そりゃあもう! 強いなんてもんじゃないよ。あれはもう、一生のうちにお目にかかれないくらいのレベルで確率の神に愛されてるとしか思えないね。第4回戦までやったんだけど、最後の最後で♠のストレートフラッシュなんか作っちゃったんだから! しかも9~Kで、ジョーカーも使わずに!」
「それは凄ぇ……」
「まあ、でも。僕が勝っちゃったんだけどねー」と良樹が笑う。
♠9~Kに勝てるって事は……ロイヤルストレートフラッシュじゃないか! 俺は呆れ果てて言った。
「どうせまたあのイカサマ使ったんだろ?」
苦笑混じりに、虚栄の名探偵に半畳を入れる。
「あたりまえじゃないか。あんなクレバーな好敵手、僕がマトモにやり合って勝てるとでも思ったかい? 運だけでストレートフラッシュ作っちゃうような奴だよ?」
それは自慢げに言える事じゃないと思うが……。
「運も実力のうちって言うしな」
「うんうん。しかも頭いいしね。本当に能ある鷹っていうのは、いくら韜晦したところでその実力を隠すのは無理なんだって思ったよ。だってあいつ思考し始めたとき、背景にマトリックスの緑の文字、流れてく様が視認できたもん」
「凄まじいな!」
あ、最初の「うんうん」は「運」とのシャレじゃないよ。と良樹が確認する。
「ただでさえ中学ん時、給食のおかわりポーカーであまりの強さから『ハスラー』とか呼ばれてその名を轟かせてたからね。それが他クラスの僕の耳に入ってくるくらいだもん。もしあんな奴相手に正々堂々戦ってたとしたらねえ、もう多分、全く手も足も出ないパーフェクトゲームになって終わってたと思うよ。まず第1ゲームで僕がフォルドして、第2ゲームで大負けして、第4ゲームで逆転する前にチップすっからかんにされて負けてたね」
「それ、自分で言ってて悲しくならないのか」
ただ、おかわりポーカーって単語には何かワクワクさせられるものを感じる。
「何回くらいイカサマしたんだ?」
と俺が聞き、良樹が答える。
「えーとね、成功したのは3回だけ。第2ゲームの時は本当に負けた」
「4回戦中3回? 外道か」
ほとんど全部イカサマ勝ちじゃないか。とんでもない食わせ物だ。……しかも勝ってない1回はただ失敗しただけだし。
「騙されるが方が悪いんだよ。ちょっと自分でも上手くいったと思うから解説してもいい? 僕の仕組んだ権謀術数の数々!」
「おう、聞かせろ」
最初の台詞を言ってる名探偵なんて見たこともないがな。
「まず第1ゲームはね、♡のフラッシュで勝ったんだ。でも実際はQだけを♢にしてね。
それをコイコイにしたんだけど、なんとなくカッコつけて『このゲームで、コイコイの使い方っていうのを教えてやるよ』とか適当な事呟いてみたら見事にひっかかっちゃって、勝手に深読みしてくれて助かったー。頭のいい奴ほどああいうの騙されやすいんだよね」
(ああ、あれか……)
そのイカサマフラッシュは俺もコイツにやられた事があるから知っている。あれは本当に嘘のように簡単に騙される。まず真っ赤に揃えられた5枚のカードという視覚情報にたじろぎ、さらに同時に「フラッシュだよ。僕の勝ちだ」などと自信満々に言われると、しっかりマークを見ずに負けを認めてしまう。ただでさえ♡Qと♢Qのような絵札というのはそっくりで、一瞬だけでは到底見分けをつけるのは困難なのだ。
「でも終わった後に僕の手札をめくられたのは焦ったね。だって、♡のQが入ってたんだから。せっかく自分の手札にあるからやったトリックなのに、『♡Qが2枚ある!』ってバレるかと思ってヒヤヒヤしたよ。まぁバレなかったけど」
バレてしまえばよかったのに。
「第2ゲームは勝てると思ったのに負けちゃった。多分最初からファイブカードできてたのに、ストレートだと思わせるようにわざとステージを引き伸ばしてレイズ額を引き上げたんだろうね。あの策戦には完敗だったよ。――でも、そのおかげで模擬ゲームから勝ち負けが交互になってくれたから、その後がやりやすくなったかも。イカサマに勘付かれなくなったし、僕が次のゲームに連勝しても、怪しくなくなったからね」
「……禍福は糾える縄の如しってやつか」
「そうそうそれそれ! さっすがヨータロー。言いたいこと分かってるね」
良樹が「ヒューマンバンジーサイオーホースだよ」などと、訳の分からない事をはしゃぎ立てる。
「それで第3ゲームはね、第1ステージでコイコイしたストレートで勝ったんだ。……ちょっと見てて」
良樹は持っていたカードの束を広げて目を通すと、その中から5枚を選び出した。
「これっ」
と言って手札を見せてくる。良樹が取り出したのは――♢A、♣2、♣8、♡4、♠5だった。
一見何かありそうに見えるが、なんのこともない、ただのノーペアだ。
「1~5のストレートにしたかったんだけどね。先攻のあいつに取られて『♠3』が無くなっちゃったから、変わりに『♣8』で代用したんだ」
「……いやいや、それはバレるだろ、さすがに」
「そう? でも騙せたよ。こうやって……」
良樹がカードを変な形に重ねてみせる。うまく真ん中の「8」という文字を隠しているようだが、
「駄目だろ。それじゃ『3』じゃなくて『ε』みたいだ」
8の文字を半分だけ隠してはいるが、左上に文字が印字された普通のトランプでは右半分しか隠せてない。
「しかもそんな変な形に重ねようと手元で弄ってたら、怪しまれるんじゃないか?」
と俺は良樹に聞いてみる。手札ならまだしも、良樹はこれをコイコイにして伏せていたと言っていた。相手に攻撃されてからカードの見せ方を変えてたら、変な間が空くと思うが。
「そこはー……うん。なんとか誤魔化したよ。チップ回収するときまで開きっぱなしにして見せてたし、堂々としてると案外気付かれないからね。それにあいつ、意外とお人好しだし。人を疑ったりするのが苦手なんじゃないかな」
なんとかって……。
お人好しにも程があるぞ。1ターン目で作ったコイコイにストレートとかフラッシュが連続して出来てるのにイカサマを疑わないなんて。それがどれ程の確率か分かっていないんじゃないだろうか。
「というより単なる不注意だろ。さすがに俺は8と3くらい見分けられる自信がある」
「いや、そこはちゃんと騙せるように伏線を張ってたから大丈夫。バトルフェイズの前に『僕のコイコイはストレートだよ』って言っておいたし、『ストレートだから、君の負けだね』とか言いながら見せると、結構簡単に人って騙せるんだよね。あれは本当に有効だよ」
さいですか。
それは同じトリックに引っかかった俺への当て擦りか何かであったりするのかな。
「じゃあ、例のトリックは第4ゲームで使ったんだな?」
「うん! 凄かったんだよ! なんかオークションみたいにレイズしあってね、最後には400枚全部ポットに出払ったんだから! ハイパーインフレーション時のジンバブエドルに換算したら」
「しなくていい」
それ、うまい棒一本が50兆ジンバブエドルだった時のレートにする気だろ……。
――俺の言う〝例のトリック〟と言うのは、持ち札と手札を第3ステージですり替えるというイカサマの事だ。初期デッキの中から役を作れるように5枚を残し、第3ステージまでにいらないカード3枚を削った〝デッキ〟と〝手札〟を交換する。5枚づつになった2組なら、持ち替える時に不自然な動きは出ないし、最初に配られた8枚のデッキからなら高手役を作れる可能性は少なくない。それまでの手札は無防備になるが、コイコイを混ぜることで相手の攻撃は牽制できるし、入れ替えた手札でもっと強い手を作ることもできる。その場合、イカサマを見破るのはほぼ不可能に近いだろう。
俺もテストプレイでやられた時に見抜けなければ、こんな裏技があるなんて知りえなかった。考えてみれば良樹の作ったゲームで、良樹が不利になる状況など生まれるはずがないのだ。言ってみればこのゲーム自体、このすり替えトリックをするために作られたようなものなのだから。
「でも、それだっておかしくないか?」
「なにが?」
良樹が首を傾げる。
「だって、お前はその戦いでストレートフラッシュに勝ったんだろ? いくらあの手口を使ったって、そんな都合よくロイヤルストレートフラッシュが出来るなんて、運が良すぎるだろ」
どんな手を使ったんだ? と俺が問いただすと、良樹は。「それはね」と悪戯っぽく笑いながら、机の上をコツコツと指でつついて言った。
「ジョーカーを使ったんだ」
(?)
俺が机の上に目を向けると、5枚2組のカードが向かい合って置いてあった。一方は♠のストレートフラッシュで、もう一方は良樹の手札であろう、まさしくフラッシュといった形の♢のカードが並んでいる。
♢A、ジョーカー、♢Q、ジョーカー、♢10。
勿体なくて混ぜないで取っておいたのだろう。
「ジョーカー2枚? どうやって?」
「それはね、最初からデッキにジョーカー2枚が来るように仕組んだんだ。ボトムキープシャッフルを使ってね」
と良樹が解説を始める。
ボトムキープシャッフルと言うのは読んで字の如く、束の底にあるカードの並びを保ったまま、混ぜているように見せかけるトリックの事だ。日本人がよくやる「ヒンズーシャッフル」という、左手で持った束を右手で攪拌するような動作のシャッフルなら、中ほどから引いた束をただ上に乗せていけばいいだけなので、専門的なカードチーティング技術がなくとも誰にでもできる。
「僕は隠し持ってた2枚のジョーカーを束の一番下にして、ボトムキープシャッフルをしたんだ。そのあと束全体の並び順をひっくり返すような感じで下の札をエレベートさせていって、右手の一番下に持ってたジョーカーだけを束の一番上に置いたのさ」
こうやって、と良樹が実演して見せる。
ジョーカー1枚を左手に持った束の一番下に入れ、そのジョーカーを含む下から数枚のカードを右手で抜き取る。その右手の束を左の束に叩きつけるようにして、右手側の上のカード数枚だけを左手側の束の上に載せていった。その右手の束は掴んだまま同じ動作を繰り返すと、最終的に一つにまとまったカードの束は、一番上がジョーカーになっていた。
「ここから上の8枚をとって自分のデッキにしちゃえば、絶対確実にジョーカーが手に入るんだ。本当はゲームを重ねる毎に少しづつ配り方を雑にして、配るのが面倒臭くなっていく感じに見せる算段だったんだけど、相手の方からイカサマまがいの事してくれたおかげで、ずいぶんやりやすくなったよ。イカサマ封じの為みたいに見えて、まとめて配るのが怪しまれなくなったからね」
良樹が悪い笑みを浮かべる。さらに、
「ジョーカー2枚は机の中に入れて、第3ゲームが終わるまで隠し持ってたんだ。第1、第2ゲームでジョーカーが手札に来る度に抜き取ってね。
左手の不審な動きをカモフラージュさせる為にやってた先攻決めジャンケンは途中でやめさせられちゃったけど、その頃にはもうジョーカーは全てゲームから除外した後だったから、時既に遅しだったよ。あいつ、ことごとく裏目にでちゃったんだね。第3ゲームで全くジョーカーが出ない事に違和感くらいは持ったかも知れなかったけど、それが何に対しての違和感なのかは最後まで分からなかったみたいだね。一回ゲームから目を離して冷静に考えれば、54枚あるカードの中から46枚引いといて、一枚もジョーカーが出ないなんておかしいもん。目先の戦いに気を取られてるから気付けないのさ」
なるほど。
「でも、それだけじゃないんだろ? 確かにデッキにジョーカーが1枚でも入ってたら、ほぼ確実にフラッシュ以上がデッキの中にできて、勝てる可能性は上がるだろうよ。だけど、ロイヤルストレートフラッシュが運良く出る程常勝のイカサマでもないんじゃないのか?」
ランダムに引いた8枚(その中の2枚はジョーカー)の中に、同スートの絵札(A~10)の内3枚以上が入っている確率はそれ程でもない気がする。これは良樹にとっての必勝のゲームでなければいけないはずなのに、良樹がロイヤルストレートフラッシュを運に任せるとは思えない。
「その通り! その辺は抜かりはないよ。心配しなくてもこれはちゃんと狙って出したからね。
まず第3ゲームの時に、♢のA~10 までの絵札が全て山札から出てきたんだよね。♢Aは僕が取ったし。それで第4ゲームが始まる前の、カードをまとめてる時に、♢の絵札だけを束の底に集めたんだ。そこからボトムキープシャッフルで混ぜてるように見せかけ、会話に集中させてるうちに机の下でジョーカー2枚も束の底に重ねたの。
あいつはよく戦ってくれたけど、まず僕にディーラーを任せたことがそもそもの敗因だったね」
さすがに俺がテストプレイで見抜いて打ち負かした時より、格段にイカサマのレベルが上がってる。こいつは何を極めたいのか。
「……いきなりジョーカー2枚出されたら、俺なら絶対インチキだって気付くけどな」
「あー……、あいつも『イカサマだ!』って叫び出してたけど。証明するものが無かったから黙って引っ込んじゃったよ。たぶん人を信じやすいタイプなのかな。僕のことは疑えても、ゲームそのものまでは疑えなかったみたいだね。このゲーム自体僕が作ったやつだっていうのに。本当にああいう、賢いのに愚直なお人よしはカモにしやすいよ」
いひひ、と良樹が笑う。
「まったく……見上げ果てたイカサマ精神だ。できれば名探偵の風下の防風林の裏にでも座っててもらいたいな」
「いやぁ、照れるよ」
「褒めてない」
本当に、俺が犯人じゃなくてよかった。
「ところで、その犯人はどうなったんだ?」
思い出したように俺が聞く。
「うん、あいつね。ちゃんと罪を白状した後、ほうほうのていでしっぽ巻いて逃げてったよ。ちょっと追い詰め過ぎちゃったみたいで、顔真っ赤にして涙目でゲロ吐きそうになってたけどね。まあ、負けるはずないストレートフラッシュで負けちゃったんだし、あれだけ躁から鬱までの落差が激しかったら、誰だって気持ち悪くなるか」
「おいおい、……後で謝って来いよ」
「嫌だよ。悪者は犯人なんだし」
(……ん?)
一瞬固まって考える。
(涙目……?)
俺はあの色黒で好漢の偉丈夫が、顔を真っ赤にして涙を堪える様を想像してみる。……が、全くイメージが浮かばなかった。
「あ。なあ、ナカジマって、あの5組の水泳部のナカジマだよな」
「え?」
良樹がキョトンとした顔をする。
「違うよ。ナカジマじゃなくて1組のナガシマ。ナカジマ君は制服取られた被害者の方だよ。今飛び出して行ったの、すれ違わなかったの?」
「んんん?」
そういえばここに来る途中、泣きそうな顔した短髪ショートカットの女の子にぶつかったけど……
「あっ、あれってまさか、猿原さんと一緒に制服探してた競泳水着の子?」
「そうだよ。だからあいつにも言ってやったんだ。犯人が被害者とか第一発見者を装うなんて、ミステリー小説の世界ではジョウトウだよ、ってね。ヨータローなら分かるでしょ?」
ジョウトウって、常套か。頭の中でカタカナ変換されるせいでややこしくなる。
「ナガシマは女子更衣室から入って制服を盗んだ後、男子更衣室を通って外に出たんだ。自分の制服も一緒に隠すから、外に出るときはナカジマ君の制服を着て男子に成りすましてね。あとで聞いたらナカジマ君が『なぜか服の中だけ濡れてて冷たい』って言ってたから、たぶんナガシマは着替えの時間短縮の為に、水着の上からそのまま制服を着て外に出たんだろうね。そのあとナガシマは男子トイレに三人分の制服を隠した後、グラウンドの脇にでも置いてあったヨータローのカバンを見つけ出して、その中に猿原の下着を入れてからプールに戻ったんだ。男子全員がプールに入ってる時間なら更衣室はガラ空きになるし、ナガシマは女子だから女子更衣室への出入りも容易だしね。女子更衣室には入れ替わり立ち替わり人の目があったって言われてたけど、ナガシマ自身が監視の目として入ってるはずの時間なら、充分犯行可能なタイムブランクができるんだよ」
「ちょっ、ちょっと待て」
まくし立てられる解説を俺が遮る。
「犯人の動機は横恋慕されたって勘違いした事による逆恨みなんだろ? でも、……ナガシマさんは、女の子じゃないか!」
って事は、どういう……
「ああ」
良樹が言った。
「まぁ、端的に言うと、……あれだね。『俺っ子系レズビアンの、変態下着泥棒さん』だよ」
「ああぁぁ……」
(完)