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 放課後。

 多嶋良樹に呼び出された俺は、校舎四階にある、化学準備室へと通じる廊下を歩いていた。

 いつもは管楽器が吹き鳴らす賑やかな校舎も、吹奏楽部が居ない今日だけは静まり返り、ソフトボール部が不在の校庭は、いつものような快活なバッティング音も聞こえなくなっている。

 待ち合わせに指定された化学準備室は、校舎の端にある、放課後に唯一教師が寄り付かない、密談にはうってつけの場所だった。

 俺は化学準備室の扉の前に立つと、ゆっくりとその横開きの戸を開く。

 カラカラと音を立ててドアが開くと、意外に広い室内が、俺を迎え入れた。

 部屋の中央に机が四つ、向かい合わせるようにくっつけてあり、その椅子の一つに良樹が、ふんぞり返って座っていた。

「……来たぞ」

 トランプの束をシャッフルしていた良樹が、俺が来た事に気付いて手を止める。

「うん、待ってたよ」

 俺は後ろ手に扉を閉めると、四つくっついた机の方に歩いていった。外は晴れているのに、この部屋だけは隔離されているかのようにカーテンが閉められている。照明の点けられた部屋の中は、赤本や実験器具が詰め込まれた棚に囲まれていた。

「で、何だよ話って」

「ああそれはね……。まぁまぁ、とりあえず座ってよ」

 良樹が立ち上がって、椅子の方へと促す。俺はいつもと違う良樹の雰囲気に、多少の警戒心を抱いた。

 机の上には、直径4㎝、厚さ数ミリ程の、丸いプラスチックでできたテーブルコースターのようなものが数個散らばっていた。ポケモンバトリオというアーケードゲームで使う、ポケモンのデータの入ったパックだった。

「なにこれ」

 俺は机に近づくと、その一つを摘み上げる。

「ポケモンバトリオだよ。最近ハマってるんだあ」

 ほら見てルギア! と言って良樹が、マスターボールカラーの一つを見せ付けてくる。

「ほらって……。ルギアはいいけど、学校に不用品持ってきていいのかよ」

 俺が咎めると、ニヤッと笑った良樹が、俺の目を見ながら言った。

「いいんじゃない? 学校から持ち出すのに比べたら」

「……」

 何が言いたい。

(まさか……気付いたのか)

「そうそう、話したかった事っていうのはね、何を隠そう昨日の盗難事件の事なんだ。実は気が付いた事があってね」


 俺の胃に突然重たいものが沈み込むような、気持ちの悪さが垂れ込めた。間違いない。

(――こいつ、完全に気付いてる)

 良樹は俺の目を見据えたまま、宣言するかのように呟いた。

「あれをやったの――――君だよね」

 予期していた一言が、俺の鼓膜を貫いて通り過ぎていく。全身から冷たい汗が流れ落ちた。

「ハハッ。 は? 何で俺が――」

 一笑に付そうと絞り出した声が、ひどく乾いて聞こえた。その瞬間、良樹の笑みが鋭く狡猾なものに変わったのを見て、俺は本能で罠に嵌められた事を直感した。

「〝俺が〟……何?」

 良樹のニヤニヤ笑いが一層深くなる。

 良樹は正確に、俺が何をしたのかを明言しなかった。だから「何で俺が――」という俺の返答は、完全に場違いなものだったのだ。

(コイツ、……俺にカマをかけやがった!?)

 俺は、人生における詰みの状態を、初めて体感した。

「やっぱり君が、あの事件の犯人だったみたいだね。もう全部分かってるから隠さなくてもいいよ」

「ま、待てよ。俺が犯人だっていう証拠は? 根拠はどこにあるんだよ」

 追い詰められた犯人の台詞が、無意識に俺の口から出て行く。良樹の目が、この時を待っていたとばかりにギラつくのが分かった。

「本当の狙いは猿原だよね? 水野さんの制服まで盗んだのは、本当の狙いを分からせない為のカモフラージュさ。制服が無くなった騒ぎの後で、猿原一人の下着が無くなってたって、たいして騒ぎにはならないだろうからね。本当の目的って言うのは猿原をノーパンで帰す事だったんだろ? 葉太郎が猿原の事を好きなのは公然の事だったもんね。これで動機は充分だよ。君は、変態下着泥棒だ」

「待て、邪推だ! そんなの状況証拠ですらないじゃないか!」

 良樹の長広舌を俺が遮る。

「第一、あの更衣室は密室だったって言うじゃないか。その時の俺には不可能だ!」

「人の目があったのは女子更衣室の建物側の出口だけだよ。あの時男子更衣室の中は無人だったしね。君はプール側の女子更衣室の入り口から入って制服を盗んだ後、またプール側を通り男子更衣室から出たんだ。プールサイドを通過するときは制服を持っていることを怪しまれないように、タオルかプールバッグにでも入れて隠し持っていたんだろう? 着替えの時間を短縮する為には水着の上から制服を着ればいいだけだし。あの程度のお粗末なアリバイトリックで、本当に僕の目を欺けるとでも思ったのかい?」

 ぐっ。と、握り締めた俺の拳に力が入る。

「それに言い忘れてたけど、ヨータローのバッグの中から猿原の下着を見つけたのは僕だからね」

 さらに重い、居た堪れなさが、周りの空気に混じって圧し掛かる。心臓を鷲掴みにされたような不安が、俺の中を充満した。

「猿原の下着が見つかって驚いたでしょ。実はヨータローが制服を保健室に預けた後で、僕も菜摘さんに猿原の下着を持っていったんだ。ヨータローがトイレに入ってる間に、開けっ放しにして置いてあったエナメルバッグの中から見つけて取り出しちゃってたからね。犯人が(・・・)第一発見者(・・・・・)とか被害者(・・・・・)を装う(・・・)なんていうのは、ミステリー小説の世界ではジョウトウだよ? ……ヨータローなら分かると思ったけどなー」

(……上等?)

 俺は握っていた手から、ふっと力を抜いた。

 もうだめだ。助からない。

「……何が、望みだ」

 よしきは「認めるんだね?」等の確認の言葉も無い。俺が犯人だという事など、始めから分かっていた事のように。

 下着を盗んだことをネタに俺を脅して、金を強請るつもりなのか。

 しかし、良樹の返事は、こちらの絶望すらも裏切るものだった。

「まさか。何もさせようとなんて思ってないよ。ただ僕は、被害者に真相を伝えるだけさ。教師へ報告するかどうかは、被害者自身が決めることだしね。君を呼び出したのは、直接反応を窺って裏づけを取りたかったからだよ」

 ――猿原さんに、俺が盗んだことを知られる。

 そうなれば俺はこの先二年間を、白い目に晒されながら送ることになる。もう二度と猿原さんと普通に会話することは出来なくなってしまう。

 ……俺は、生きていけないだろう。

 そんな地獄のような環境で残りの学校生活続けられる程、俺の精神は強くない。

 ――俺の負けだった。

「でもね。僕は一回だけ、君にチャンスをあげようと思うんだ」

 ――。

(……チャンス?)

 俺は訝しむような目で、俯いていた顔を上げた。

「閑話休題だけど。アガサクリスティーって作家は知ってる?」

「……ああ」

 良樹が続ける。

「彼女の作品の中に、『アクロイド殺し』っていう話があるんだけどね。その話の最後に名探偵のエルキュールポアロが、犯人を捕まえないで、自殺を仄めかすシーンがあるんだ。……凄いでしょ。自殺幇助だよ? ――まぁそれは犯人が捕まることで、その家族が悲しまないようにしたってわけなんだけどね。

 そこで思ったんだ。今、君の罪を白日の下に突き出して、先生たちに僕の名探偵としての名前を売ることも出来る。でも栞莉が犯人の正体を知ったら、今までの関係は、もう修復できないくらい崩れてしまうだろう。それは栞莉にとっても凄く悲しいことなんじゃないか、ってね。

 僕はポアロみたく行動することも出来るし、君の人生をぶっ壊す事も、どちらでも選ぶ権利があるわけだけど。――ここは一つ、一対一の勝負で、どちらの道を選ぶか、運命に決めさせようかなって思ってさ」

「勝負……?」

 放心で、良樹の言っている意味が理解できない俺が聞き返す。

「そう。要するに君と僕とで、ゲームをするんだ。君が勝ったらこの事件についてはもう触れない。君の良心に任せて、僕は水に流すよ。

 逆に僕が勝ったら、この事件の事を洗いざらい被害者に話す。つまり君の人生を賭けた勝負――正真正銘のデスゲームってやつをやろうって事さ!」

 良樹の目が、さらに興奮で輝いた。

(ヤバい……。コイツ、イカレてる)

 ポアロがやった自殺幇助どころじゃない。これは俺の人生をまな板の上に載せて、どう料理しようか弄ぼうとしてるんだ!

「ゲームって……具体的には何をするんだよ」

 俺が恐る恐る質問すると、良樹は片手に持っていたトランプの束を、扇のように広げて見せた。

「これを使うのさ。ゲームは僕の有利なものに決めさせてもらうけど、そっちは犯人なんだし、そのくらいのハンデがあってもいいよね?」

「……好きにしろ」

 どうせ俺に選択の余地は無い。この話に乗らなければ全てをバラされ、俺は命を絶つだろう。良樹の意図は分からないが、俺には流れに身を任せる意外、道は残されていなかった。

 自分の得意なフィールドで俺を完膚なきまでに叩きのめし、正々堂々の勝負に勝ったということで絶対的優位に立とうという腹積もりなのか。さらにゲームに勝つ事で、自分の胸三寸で俺の運命を左右できるというイニシアチブを得ることに優越を感じるのか。あるいは……その先に何か、俺に強いるものがあるのか。

「……で、ゲームの種類は? 俺はトランプには詳しくない」

「大丈夫! よく聞いてくれたね。実を言うと今からやるゲームは、世界中でこの僕を含め、まだ三人しか知らないやつなんだ。なにせ一週間前に初めて開発されたものなんだから」

(……どういう意味だ)

 良樹が誇らしげな表情で俺に告げた。

「その名も『BPP』。僕が考えた創作トランプゲーム、『ブロッサム・プレート・ポーカー』で勝負だ!」

「B……PP?」

 聞いたこともない。

 創作者の良樹が話を続ける。

「ポーカーっていうゲームのルールは知ってる?」

「ああ。5枚の手札の中で役を作って、強い方が勝ちってゲームだろ」

「そう! ワンペアとかツーペアとか、簡単に言えばそのポーカーを改造したゲームだよ。ポーカーの役とか流れが分かれば簡単だね。

 じゃあ、花札でやる『こいこい』っていうゲームのルールは知ってる?」

「いや」

 俺は首を横に振った。

「サマーウォーズでやってたやつだろ? 見たことはあるけど、ルールは知らない」

 そっか。と良樹は、嬉々として話し出す。どうやらこいつは、知識を披露する事に愉しみを見出すペダンチストらしい。

「花札って言うのはね、1月~12月までの季節の絵が描かれた札が4枚づつ、合計48枚の札でやる日本のカードゲームだよ。『こいこい』はその代表的なゲーム。平たく言えば、カードでやるマージャンみたいなものだと思えばいいよ」

「マージャンのルールも俺は知らない」

 憮然とする俺をあしらいながら、良樹が『こいこい』のルールを説明し始める。

「こいこいは、二人で場のカードを取り合って、その取ったカードを使って先に役を完成させた方が勝ちっていう、めくり系ゲームだよ。札ごとに点数が決められてて、それぞれに描かれた絵を揃える事で得点のレートが変動するんだ。例えば『蝶』と『鹿』と『猪』で『いのしかちょう』とか、聞いたことはあるでしょ?

 とにかく、手札から場に札を一枚出して、場札の中にそれと同じ季節の札があったら、二枚とも持ち札に加えることが出来る。さらに山札からも一枚捲って、それと同じ季節の札が場札にあったら、その二枚もゲットできる。なければ場札に加える、っていう流れだよ。それをターン制で二人のプレイヤーが交互にやるんだ」

(下手な説明だ……)

 要は手札の中に場札と同じイラストのカードがあったら、それらを重ねて取れるらしい。さらに山札をめくって、場に同じイラストがあったら、それらも重ねて自分の持ち札にすることが出来る。手に入れたカードの中で先に役が出来た方の勝ち、それが終わるまで交互に場札のカードを取り合う。という事を言いたいようだ。

「それで今からやるBPPっていうのは、そのものズバリ、トランプでやる『こいこい』だよ。役も考えやすいように、ポーカーのを使うんだ」

 ブロッサムプレート……

「花札ポーカーって。名前そのまんまだな」

「うん」

 良樹が屈託もなく笑う。

「ただ花札のこいこいは運ゲー要素が強いのに対して、BPPはかなりギャンブル性を高めてあるけどね。ちゃんと推理力でバトルが出来るように、レイズとかフォルドとかの心理的駆け引き出来るルールを設定してあるんだ」

(……〝賭け金の上乗せ(レイズ)〟……?)

「おい。ポーカーってことは、これは金を賭けるゲームなのか?」

 俺が焦ったように問いただすと、良樹は笑いながら俺に背を向けた。

「ははは、そんな訳ないじゃないか。僕がやりたいのは君の処遇を決める為の裁判だって、言ってるだろ?」

 そのまま良樹は標本棚の所まで歩いて行くと、しゃがみ込み、下の戸棚からバッグを取り出した。良樹の学校指定サブバッグだった。

「お金の代わりに、これをチップとして使うんだ」

 そう言って良樹が机の上に持ってきたバッグを置くと、それを開けて中のものを俺に見せた。大きさ的にぴったりでしょ? と良樹がニッコリ笑う。

 バッグから机の上に取り出されたのは、束になって専用ケースに入れられた、ポケモンバトリオのパックだった。

「これって、いったい、いくつあるんだ」

 俺は素直に驚いて聞く。

「ぴったり400枚」

 良樹が満足そうにふふっと鼻を鳴らした。

 俺は握ったままだったその一枚に目を落とす。俺が持っていたのは、ちょうど俺の一番好きなポケモン、水タイプのシャワーズだった。

「これって、一個百円だろ? お前、ゲームに4万も使ったのか」

「まさか。これは栞莉の弟くんに貰ったんだ。文章くん、ポケモン大好きだから。多分文章くんもカメクラかどっかでまとめ買いしたんだろうね。それでもぺリカに換算したら数十万は下らないよ」

 ぺリカに換算する意味は分からない。

 良樹はパックの入ったケースを机の上にぶちまけると、一方を俺の方に押しやった。

「お互い200枚づつ、チップが無くなったら負けのゼロサムゲームさ。……さぁ、やるよね? 人生を賭けた、一世一代の大博打」

 飄々とした口調で良樹が囃し立てる。人事だと思いやがって。

 何が零和ゲームだよ。プラマイゼロなのはチップの数だけじゃないか。コイツにとっては負けたとしても何の損失も無い、完全な不公平ゲームだ。

「ひとつ聞くが、俺が勝ったら、その……本当に見逃してくれるのか?」

「もちろん! 猿原のパンツに誓うよ。君が勝ったら事件の事は一切不問にしてあげる。名探偵に二言はないよ」

 誓う物も怪しいし、そもそもコイツは名探偵ですらない。かなり心許無いが、ただひとつ言える事は、俺には拒否権が無いということだ。

 勝ったとしても弱みを握られたままかも知れないし、やらなければバラされる。さらに良樹には、何か別の意図が無いとも限らない。どっちに転んでもメリットが無い強制参加、だが、

「いいだろう。ルールを教えてくれ」

 俺は手前の椅子を引き、すとんと腰を下ろした。

(要は、勝てばいい(・・・・・)んだろ?)

 勝って尚強請られるような事があったら、こいつが学校に不用品を持ってきている事を教師にバラしてやる。こっちは猿原さんにさえ知られなければ、良樹が教師にバラしたとしても証拠不十分で民事事件にまでは発展しない。勝って、口を塞いでやる。

 良樹は、「そうこなくっちゃ」と笑って、自分も席に着いた。向かい合った席の正面で、椅子に座った良樹がカードを切る。

「じゃあさっそくルールを説明するよ。その前に、君はポーカーにおいての、役手の強さの順は理解してるかい?」

 俺は考えながら首を横に振る。俺が犯人でこいつが探偵役という事だからか、良樹の二人称が無意識に「君」に変わっている事が、若干俺の神経を逆なでする。

 「じゃあ確認しとこう。弱い順に、同じ数字のカードが2枚あれば『ワンペア』。それが二組あれば『ツーペア』。同じ数字が3枚あるのが『スリーカード』。次に数字が一続きに順番が揃ってるのが『ストレート』で、5枚全部が同じマークだったら『フラッシュ』。さらに同じ数字のペアが2枚と3枚づつ、ワンペアとスリーカードが合わさったのが『フルハウス』。同じ数字が4枚あれば『フォーカード』だよ。

 あとは数字が一続きかつ(スート)が同じだったら『ストレートフラッシュ』。その上が『ロイヤルストレートフラッシュ』で、同じマークの【10、J、Q、K、A】が揃ったやつだよ。

 同じ役手(ハンド)同士の戦いだった場合は、より大きい数字の組を持っていた方の勝ち。ポーカーだと(エース)が最強だよ。

 もしフラッシュ系の役同士が戦って数字まで同じだった場合は、マークの強さで比べるんだ。強い方から♠ 、♡、♣︎、♢の順にね。

 それと、このゲームではジョーカーを使うから『ファイブカード』っていう手も作れるよ。同じ役手同士が戦っても、一方がジョーカーを使った役だったら、その時はジョーカーが入ってる方が弱いからそれだけ覚えておいてね。

 ……まぁ、これはルールの確認だから、釈迦に説法だったかな?」

 ポーカーの役の強さくらいは知っていたが、俺は一応理解を示すようにうんうんと頷いてみせる。

「で、ここからが普通のポーカーとの差異なんだけど、ブロッサムプレートポーカーでは役手の強さの順番が変わるんだ。『フォーカード』よりも『フラッシュ』の方が強くなったりしてね。

 こいこいの札の取り方で予想はついてるだろうけど、このゲームではペアを作るより『フラッシュ系』の、一枚一枚数字がバラバラな役を作る方が難しいんだよね。

 ここに一覧表にして書いておいたから、これを見ながらやってみてよ」

 良樹は机の中からファイルを取り出すと、それに入った紙の一枚を俺に手渡して来た。

 BPPにおいての役手のパワーランクが順番に書いてある。いかにも数日前作ったゲームのルールを書き留めたといった感じの紙だ。



  【ブロッサムプレートポーカーの場合】


       弱 ◦ワンペア

       > ◦ツーペア

       > ◦スリーカード

       > ◦フルハウス

       > ◦フォーカード

       > ◦フラッシュ

       > ◦ストレート

       > ◦ファイブカード

       > ◦ストレートフラッシュ

       強 ◦ロイヤルストレートフラッシュ


「このゲームでは勝負ショーダウン前に、ほぼ確実にワンペア以上が出来るから、『ハイカード』って呼ばれるペア無しのブタは表から抜いてあるよ。もしハイカードで勝負なんて事になったとしたら、100%負けだと思った方がいいね」

 表に目を通す俺の前で良樹が解説を続ける。

「じゃあ次に、ゲームの流れを説明するね。

 このゲームではどちらかのプレーヤーが所持チップ200枚全額スった時点で終了になるんだけど、一回のゲームで決着が付くわけじゃないんだ。勝ったり負けたり、シーソーゲームを繰り返しながら、雌雄しゆうが決するまで回を重ねるんだ。

 ひとつのゲームの中も〈ステージ〉っていう小段階に分けられていて、そのステージの中もさらに〈採択(アドプション)フェイズ〉、〈ベッティングフェイズ〉、〈バトルフェイズ〉って三つの〈フェイズ〉に分かれてる。

  第1ステージを〈採択フェイズ〉→〈ベッティングフェイズ〉→〈バトルフェイズ〉って順にやったら次に、第2ステージも〈採択フェイズ〉→〈ベッティングフェイズ〉→〈バトルフェイズ〉って同じように繰り返し、それを第8までステージを重ねてくんだ。ゲームの進み方はファイルに挟んどいたから、それも見といてね」

 ファイルの中を見ると、そこにもヘタクソな手書きでゲームの流れが纏められた紙が入っていた。





 〇ゲームの流れ


    第一ゲーム

       ◦第1ステージ

             ・採択フェイズ

             ・ベッティングフェイズ

             ・バトルフェイズ


       ◦第2ステージ

             ・採択フェイズ

             ・ベッティングフェイズ

             ・バトルフェイズ


                …


       ◦第8ステージまで続ける。ここまでで勝負が決まらなかったら強制的に

        手札公開。

        ここまでを一ゲームとし、どちらかのチップが無くなるまで繰り返す。




 

「まぁ、順を追って説明してくね」

 良樹はパパパッと両者の手前に8枚づつカードを配る。そしてまた、持っていたカードの束から、上から8枚を取ると、パタンと机の上に表にして置いた。

 今、俺と良樹の手元には裏にした8枚のカードがあり、その二人に挟まれた中間の机の上に、表にした8枚が置かれている。

「この真ん中のやつが〝場札〟ね。ここからお互いにカードを取っていって、役手ハンドを強くしていくの」

 良樹が場札の8枚を2×4の長方形にして、きれいに並べながら言う。

 次に俺の方に配られた8枚に手を伸ばして、それを表にした。

「そしてこれが〝持ち札(デッキ)〟。本番のゲームではこっちは相手に見せちゃ駄目なんだけど、今は説明のためにオープンにしておくね」

 良樹が自分の持ち札(デッキ)もひっくり返して表にする。

「デッキは場札の中のカードを取るために使うよ。場札とペアになるカードがデッキ中にないとカードは取れないんだけど、デッキ自体はそんなに重要視する必要はないんじゃないかな。本当に重要なのは、これだよ」

 そう言って、良樹は3枚のカードを束から取って、表向きに俺の前に置いた。

 ♣の5。♢の6。♣の10だった。

「これが〝手札〟。自分の強さを決める為の、武器になるカードだよ。もちろん本番では相手に見せちゃ駄目だからね」

 自分の手前にもカードを3枚置く。良樹の手札は♠ の8、♡の6 、♡の3だ。

「3枚でいいのかよ。ポーカーの手札って5枚だろ?」

 俺が質問すると良樹は、「うん」と笑って頷いた。

「最初のターンで2枚くらい取れるから、これが丁度いいんだよ。もし第1ステージで手札が5枚にならなかったら、役手ハンド不成立でそのステージでは勝負が出来ない。手札5枚あったら勝負してもいいよ」

 これ山札ね。と言って良樹が、持っていたカードの束を机の端に置く。

 俺は一度、テーブルの上全体を俯瞰し、見渡してみた。

挿絵(By みてみん)

 俺と良樹に挟まれた丁度中央に、表向きの場札が8枚。その横に山札の束。そしてそれぞれの手元にもデッキが8枚、手札が3枚づつある。

 本番はデッキは手に持ち、手札は自分の手前に伏せて、相手から見えないようにするらしい。

 俺側として置かれた8枚のデッキは【♠3、♡5、♣6、♢10、♣J、♡K、♠A、♢A】

 良樹側のデッキは【♡2、♣2、♢3、♣7、♢8、♠9、♡9、♡J、♣K】

 場札のカードを見てみると【♡2、♢4、♠9、♣9、♣8、♠10、♡10、♠J】だった。

「ゲームが始まる前に、まず先攻後攻を決める。決め方はジャンケンでもなんでもいいけど、取り敢えず今は僕からやるね。

 カードが配られてゲームが始まったら、最初に〝場代アンティ〟としてチップを10 枚出すんだ。これはこのゲームに勝った方が貰える、いわば参加料みたいなものだよ。無損失でゲームから降りられないようにする為のね。この場代アンティが払えなくなった時点で勝負終了。その人が負けだよ。

 じゃあ〈採択アドプションフェイズ〉について説明しよう」

 良樹は自分のデッキからカードを一枚採択すると、それを場札の中の一枚の上に重ねた。

 ♡9と♠9だ。

「こうやって〈同じ数字〉の札を重ねると、その2枚は自分の手札に入れられる」

 良樹は場から2枚の「9」を取ると、自分の手札に加えた。これで良樹の手札は〈9のワンペア〉を含んだ【(♡9、♠9)、♠ 8、♡6 、♡3】5枚だ。

「さらに山札からも1枚引いて場札に置く。それが場の中のカードと同じ数字だったら、それも重ねて手札に入れられるよ」

 良樹は〝山札〟から上の1枚をめくり、場に出した。出たのは♣の4。場札の♢4と同じ数字だった。

 良樹はそれらを重ねると、また自分の手札に加える。

 良樹の手札は合計7枚。早くも「9」と「4」のツーペアだ。

「手札が5枚を超えた時は、その中から5枚になるように、要らないカードを捨てるんだ。あぶれたカードは捨て札にするよ。最善手になるようにカードを切ってくってところが、マージャンに似てない? ……って、知らないのか。

 まあ、とにかく要らないカードを捨てて5枚になるように枚数を揃えたら、こっちの採択フェイズ終了。手番がそっちに移るよ」

 良樹が手札の【(♡9、♠9)、(♣4、♢4)、♠ 8、♡6 、♡3】の中から「♡の6と3」を〝捨て札〟として机の隅に放った。4と9のツーペアだ。

「捨て札は裏向きにするのか」

 俺が聞く。

「そうだよ。これは完全情報ゲームじゃないからね。これはただの二人零和ゲームさ」

 次はそっちの採択フェイズだよ。と、良樹が俺のデッキに手を伸ばした。

「デッキの中に場札と同じ数字が無かった時は、重ねないでそのまま場札として出すだけだよ。カードが取れるのはあくまでもペアになった時だけね」

 良樹は俺のデッキから♢の 10 を取り、場札の♠10 と重ねた。10 のワンペアが、そのまま俺の手札に加わる。

「山札から1枚引く(ドローする)

 良樹が山札の上を1枚めくる。♡の7だ。場札を見るが、同じ数字の札は無い。

「このボーナスドローでも、場に同じ数が無くて重ねられなかった場合はカードは取れないよ。今引いたカードを場札として置いたまま、採択アドプションフェイズは終了」

 良樹は♡の7を場に残した。

 俺は自分側の手札を見てみる。

 【(♣10、♠10、♢10)、♣5、♢6】。――「♣、♠、♢の 10 」で 10 のスリーカードだ。

「アドプションフェイズが終わったら、次は〈ベッティングフェイズ〉に移行するよ。これはその名の通り、賭け金(ベット額)を決めるためのフェイズさ。

 ここでの行動は3つ。賭け金を上乗せする『レイズ』。その賭け金を承諾する『コール』。そして勝負を捨てて、このゲームでのそれまでの賭け金を放棄する『フォルド』っていう宣言だよ。

 基本的に自分の手の強さを見ながら、自信があったら賭け金を上乗せ(レイズ)すればいい。相手がフォルドすれば、それまで相手がこのゲームで賭けたチップの全額を手に入れるよ。逆に自分の手が悪くて負けそうだと思ったら、被害が大きくならないうちにフォルドしたほうがいい。そうやって自信の強さをチップの量にして見せ合って、チキンレースみたいにお互い手の内を探りあうのがこのフェイズでやることだよ」

 ここは普通のポーカーと変わらないね。と良樹が言ったのに対し、俺は分かったようにふんふんと軽く頷いた。

「コールが成立したらこのフェイズは終了。次の〈バトルフェイズ〉に移るよ。これは解説だからチップのやり取りはスキップするね」

 良樹が手をひらひら振って先を続ける。

「〈バトルフェイズ〉も名前そのまんま、このステージで勝負バトルするかどうかを選ぶフェイズだよ。

 今の自分の手札で勝てると思ったら『勝負』すればいいし、無理だと思ったら『パス』をすればいい。両方のプレイヤーともパスだった時はこのステージは終了で、次のステージを〈採択フェイズ〉から繰り返す。何回かステージを重ねて手札を強化してから、勝負する時を待てばいいよ。

 この勝負宣言の順番は先行→後攻の順だよ。先行の方が若干有利かもね。

 〈バトルフェイズ〉と〈ベッティングフェイズ〉では、先に相手の行動を窺いたい時には『チェック』って言って、手番を相手に譲る事も出来る。どっちのフェイズともチェック宣言は2回までで、それ以上やったらフォルドとみなされるよ。

 じゃあ僕から。『勝負』。」

 勝負宣言をして良樹は、自分の手札と俺の手札を取り上げて、机の上に向かい合わせるようにパッと置いた。

「どっちかのプレイヤーから勝負宣言がされたら手札開示(ショーダウン)。強制的に両方の手札同士を比べ合わせて、強かった方の勝ち。この場合だと僕が『ツーペア』で君が『スリーカード』だから、そっちの勝ちだね。勝った方はこのゲームで賭けられたチップと場代を全部もらえる。

 これでこの一試合(ゲーム)は終了。次のゲームを仕切り直すって流れだよ」

 良樹は机の上のカードをまとめながら言った。

「この3種類のフェイズを一まとめにして1ステージ。ステージを重ねてって、勝負が決まるまでが1ゲームだよ。どっちかのチップが無くなるか場代アンティが払えなくなるまでゲームを続けるんだけど、……これで大体流れは分かったかな? ごめんね説明下手で。

 1つのゲームの中での最大ステージ数は8回。デッキ8枚が全て無くなっても勝負バトルが成立しなかったら、手札を強制公開して勝負だよ。フェイズの説明も書いておいたから、これも読んでおいて」

 良樹がまた紙の入ったクリアファイルを取り出すと、こんどはファイルごとこっちに寄越してきた。

 中の紙には、これもヘタクソな手書きでゲームの流れをまとめてある。




      ◦ 採択フェイズ

          ……デッキからカード1枚を場に出し、それと同じ数字の            カードが場札の中にあれば、その2枚を手札に加える。

           さらに山札から上を1枚めくり場に出し、場札に同じ

           数字のものがあれば、それも手札に加える。同じ数字が 

           無い場合、出したカードは場に置いたままにする。


      ◦ベッティングフェイズ……

           〈レイズ〉 賭け金を上乗せする。

           〈コール〉 レイズされた賭け金と同額のチップを出し                  ゲームを続ける。

           〈フォルド〉 そのゲームでの賭け金を手放し、このゲー

                  ムを降りる。

           〈チェック〉ベットの手番を譲る。チェックは2回まで。


      ◦バトルフェイズ……その時点で持っている手札で勝負するかどうか

               を決めるフェイズ。

               相手に手番を譲る時には〈チェック〉。

               勝負しない時には〈パス〉を宣言する。

               両プレイヤーともパスした場合、

               次ステージに移行し採択フェイズから繰り返す。 




「デッキ8枚を全て使い切ったら終わり、って事だね。本質的には相手より先にいい手を作って真っ先にに勝負を仕掛けたほうが有利、っていうゲームかな。だいたい理解できた?」

「……だいたいはな」

 俺は頷いて答える。ゲームのルールではない所でって事だ。

 こいつは、このゲームの本質を偽っている。先手必勝などと言っているが、そのステージ1つで何枚かのチップを得たとしても、この〝戦い〟の大局においてそんなものは些事だということを。

 俺は気付かない振りをして、良樹の話を聞き続ける。

「ルールが分かっても、創作者の僕と初心者の君とじゃ、やっぱり不公平だよね。いきなり本番をやる前に、何回か模擬リハーサルゲームをやろうか。バトリオのパックは使わずに、仮想チップ一人100枚で。山札からジョーカーは抜いてあるよ」

「分かった」

 出来れば早く終わらせたいが、いいだろう。本番で負けてしまっては元も子もない。模擬ゲームから、何か感覚を掴んでおかなくては。

「じゃあ始め」

 といって良樹が、裏にしたままのカードを配り始める。まず良樹の手元に1枚、続いて中央、俺、良樹、中央、俺……1,1,1,2,2,2,3,3,3、といった具合にカードが割り振られていく。

 8枚づつ配り終わったところで、「オープンっ」と良樹が中央の場札を裏返し、全て表向きにした。

 場札は♣4、♢K、♣10、♠2、♣8、♡6、♡7、♢5。

 良樹は場札を正方形になるように並べると、また山札からカードを配り始めた。今度は俺と良樹の手元だけに。1、1、2、2、3、3、と3枚づつ。これが手札という事だろう。

 良樹の「見てもいいよ」の声と共に、俺は配られた手札を取り、確認した。

 俺の手札は【♢6、♠10、♡3】――見事にバラバラだ。

 良樹は山札を場札の横に置くと、手札とデッキの中を確認した。俺もそれに習い、いったん手札を裏にして置いておき、自分の持ち札(デッキ)8枚に目を通す。

 俺のデッキは♡Q、♡2、♢7、♠5、♡4、♠8、♡A、♡10。

 ♡10と場札にある♣10を重ねれば取れる。……しかも手札に♠10があるから、また1ステージ目でスリーカード確定だ!

 俺は平静を装い、カードから目を離す。

(……ここはポーカーフェイスだ。模擬ゲームでは飛ばしすぎないで、相手の出方を窺う事に専念しよう)

 良樹はうんうんと頷きながら、手札を裏にして自分の前に伏せた。

「じゃあ始めようか。

 まずゲームを始める前に〝場代アンティ〟を10枚払わなくちゃいけない。今は模擬ゲームだからチップは使わないけど、出したチップはここに置いて」

 良樹が机上の余ったスペースを指し示す。チップ置き場(ポット)ということか。

「ここにチップを積んでって、勝った方が全部貰えるよ。場代も払い戻し。えっと、次は……――先攻後攻ジャンケンポン!」

 慌てて俺もグーを出す。良樹はパー。先攻は良樹だ。

「僕から、ファーストステージ。先攻のアドプションフェイズいくよー。はい」

 良樹が持っていたデッキから♢2を取り出し、場札の♠2と重ねた。「2」のワンペアだ。

「さらにボーナスドロー。山札から1枚引いて場に出すよ」

 良樹が山札の上を捲る。

 ♠4だ。

 良樹はそれを場札の♣4と重ね、2と4のツーペア、合計4枚ものカードを手札に加えた。

 もう既に場札は6枚である。

(2と4のツーペアか……。でも、10を取られなくてよかった)

 良樹は7枚の手札から、いらない2枚を捨て札にしてカードを伏せた。

「これで僕のアドプションフェイズは終了。次はそっちの番だよ」

「ああ」

 俺はデッキから♡10を取り出し、場の♣10と重ねた。

 さらに1枚。山札から上の1枚を捲って場に出すと、♣3だった。

「場に3は無いから、そのまま場札にして置いといて」と良樹。

 俺は10の2枚を手札に入れる。場札の数は♣3が加わり、7枚に補充された。

 俺の手札は5枚。【(♠10、♡10、♣10)、♢6、、♡3】

(来た。10のスリーカードだ!)

 俺はニンマリ笑いを抑えながら、手札を裏にして机の上に置いた。

「うん。両者アドプションフェイズが終わったね。そしたら次はベッティングフェイズ。先攻から、ここに賭け金を置いていくよ。……えーと、今は仮想とうめいのチップ100枚でやってるから……場代アンティ10枚を引いて、今は90枚づつか。僕はその中から10枚をベットするよ」

 良樹がチップ置き場(ポット)に、とん。とチップ10枚を置いた動作をして見せた。

「そっちはコールとかレイズとかフォルドをすればいい。同額を払えばコールになって、ゲームが続行出来るよ。どうする?」

 取り敢えずコールしてみなよ。という声を無視して俺は考える。そして、

「レイズ。20枚」

「?」

 良樹の目を見据えながら俺がチップを置く動作をするのに対して、良樹は見え透いた小細工を見るように笑った。

「ふっ。ねぇ、手が弱かったからレイズで威圧しようなんて、よくあるやり方だよ?」

 良樹がコールを宣言し、もう10枚チップを置く手振りをした。これで両者残り所持チップ70枚だ。

「そんな手に引っかかるとでも思ったかい? 甘いね。でも安心していいよ。1ステージ目から攻撃なんてしないであげるから」

(フッ……)

 かかったな。

 ハッタリをかける為にレイズした。そう思わせる事の方が俺の作戦だ。

「次は攻撃するかどうかを決めるバトルフェイズだよ。僕はチェックするけど、そっちはどうする?」

(この手で戦うかどうか。か……)

 俺の手はスリーカード。対する良樹の手は、最低でも3と4のツーペア以上……。

 俺が勝てる確率は確かにある。が、

(スリーカードって、そんなに強くなくないか?)

 同じだけ負ける危険性もある状況だ。

 俺がスリーカードを作ったのと同じくらい簡単に、あっちでもスリーカードを作っていたのかも知れない。もしそうだったら、ボーナスドローの成功した良樹の手はフルハウス。表を見てみると、フルハウスはスリーカードの1つ上の強さだ。

 仮に良樹の持っていた最初の3枚の手札の中に2か4のペアが始めからあったとしたら、良樹の手はもっと強いフォーカードだ。でも……

(それはないな)

 俺のデッキを確認すると、♡4と♡2がある。4枚中1枚を俺が握っている状況で、良樹のフォーカードはありえない。ということは、あっちの手は最高でも「4」が3枚「2」が2枚のフルハウスということになる。ただのツーペアかも知れないが、ここは確実性の低い戦いは避けておこう。

「俺はパスだ。まだ勝負しない」

「そう。僕もパス、でセカンドステージのアドプションフェイズに戻るよ」

 手番ターンが一周して、またアドプションフェイズが始まった。

 先攻の良樹がデッキから♣6切って、場札の♡6と重ねる。山札から1枚捲ると、♠Jが出てきた。

(ジャック)は……場札に無いから取れないね」

 良樹が6のワンペアを取り、♠Jが場札になる。

 今の場札は♢K、♣8、♡7、♢5、♣3、♠Jの6枚だ。

「俺のターンか?」

「そうだよ」

 良樹が7枚の手札から2枚捨てて答えた。

 俺のアドプションフェイズ。デッキの中には♢7と♠5があるから、場札の♡7か♢5が取れる。

 俺は強い方の、♢7を選ぶと、場の♡7をペアにして重ねた。

 山札から1枚捲る。出たのは、♣5だった。場札の♢5とペアになる。

 結果♢7、♡7、♣5、♢5を手に入れ、俺の手札は。【(♠10、♡10、♣10)、(♢7、♡7)、(♣5、♢5)、♢6、、♡3】――の9枚になった。

(この中から5枚を選ぶ……)

 俺は♣5、♢5、♢6、、♡3を捨て札にして、「10」3枚「7」2枚のフルハウスを作った。

(これは、いける)

 俺は手札を伏せ、ターン終了を目で伝えた。

「アドプションフェイズ終了でいい? じゃ、僕のベッティングフェイズだ。ここは……『チェック』。いいよ。そっちからベットして」

 良樹がチェックして、こっちに手番が回ってきた。俺が先にベットする権利を譲られたのだ。

(あいつの手札は、良くても俺より弱いフルハウスだ。充分に勝てる。10枚くらいレイズして相手が乗ってくれれば、40枚の儲けだ。――だが)

「レイズ。上乗せ30枚」

 俺は何も考えるそぶりも見せずに、チップを置く動作をした。俺のベット数は60枚/100枚だった。

 ふぅー、っと良樹が笑いながら息を吐いて言う。

「なんだ、そっちもフルハウスか。最初から♠の10を持ってたんだね。……じゃあ僕は、バトルフェイズの前に降りる(フォルドする)よ」

 良樹は手札をパサッとテーブルの上に開いて見せた。「2」が3枚「6」が2枚のフルハウスだった。

「被害を最小限に留めたいからね。これこのゲームは君の勝ちになって、賭けられた僕のチップ30枚を手に入れられる。まぁ流れはこんな感じだね」

「おう」

 俺はいかにも自分の知略が勝ったとでも言いたげな顔をした。

「でも、せっかく勝ったのに30枚しか取れなくて残念だったね。うまく立ち回れば、この1ゲームで僕を倒すことも出来たんだよ?」

「え?」

 驚く俺の前で、良樹が説明しだした。

「さっき僕はこのゲームの本質が、〝先にいい手を作った方の勝ち〟って言ったけど、それは単に1つのゲームでチップを手に入れられるかどうかの話であって、この〝対決〟全体としての本質とは違うんだよね。確かに相手よりチップ量でリードを取ってないと勝負は仕掛けられないんだけど、一つ一つのゲームでチップを取った取られたとかは、実際あんまり重要じゃないんだ」

(ああ、知ってる)

 良樹の言っている事は、俺がまず気付いた〝この対決にとっての本質〟とまったく同じものだった。

 恐らく、さっきの模擬ゲームでの勝ちは、良樹が譲ってくれたものだろう。初心者の初プレイという事だからか。

 さっきの戦いで良樹が勝つには、俺の30枚のレイズに対して〈コール〉を宣言すればよかったんだ。さらにレイズだったらハッタリを疑うが、あのときコールされてれば俺は攻撃を躊躇って次のステージに持ち越していただろう。その間に良樹はもっといい手を作っていたはずだ。

「真に重要なのは、〝いつ(・・)一発勝負を仕掛けるか(・・・・・・・・・・)〟だよ。手が悪かったら早々にフォルドして、チップ流出を防ぐ。自分が勝ってると確信したときだけ、相手に降りられないようにしながら

高額レイズをすればいい」

 そうやって勝負全体の〝波〟を感じながら、自分のツキを見計らって、ここぞという時にトドメを刺す。これがこの対決の本質だよ」

「へぇ……」

 俺が本当に関心した、という素振りで頷きながら黙って聞いた。

 まさか、そこまで俺に教えてくれるとは思わなかった。

 俺が本質を見抜けない程の馬鹿だったときの為に、フェアプレー精神で話したのだろうか。言わなければ自分が有利になるかも知れないのに。公平な状態で勝負したという事を言い分にして、俺が負けたときに何か大きな要求で強請って脅従させてくる気なのか。……できれば単なるコイツの、説明したがりなスノビズム趣味だと思いたい。

(どうせ、俺がファーストステージでレイズした理由なんて分からないんだろう)

「なかなか……複雑なゲームだな」

「そう? でもまだ特殊ルールについて説明してないよ」

「まだ追加のルールがあるのか?」

「うん。次は『こいこい』がこいこいたる所以、〈コイコイ〉っていうアクションについて説明するよ」

 良樹は机に散らばったカードをまとめながら話し出した。

「花札のこいこいを知ってったら分かるんだけど、自分の勝ちを確信したら〈こいこい〉って言うことが出来るんだよね。

 普通だったら〝役〟が出来た時点でゲームは終わりなんだけど、〈こいこい〉を宣言すると、その持ち札のままゲームを続行することができるんだ。

 それで、〈こいこい〉した状態でゲームに勝ったら、そのプレイヤーには倍の得点が加算される。もし負けたら、せっかく先に役を作ったのに無駄になる、って事。

 簡単に言えば、『今、お前を倒す事もできるけど、つまらないから泳がせておこう』っていう感じの、完全に余裕ぶっこいた人がやる手だね」

「へぇ」

 俺は戦隊ヒーローに出てくる、ちょっと強い悪者の台詞を思い出していた。――『フッ、その程度の力では俺には及ばないな。今は見逃してやる。強くなってから相手になってやろう、出直して来い。もっと俺を楽しませろ』――

 絶対に後でパワーアップした主人公に倒される奴の死亡フラグだ。

 だが波を見計らって、一撃必殺を狙うには有効なのかも知れない。

「そのこいこいのシステムを、このBPPにも応用してみたんだ。我ながら巧く取り入れられたと思うよ。

 まずね、いい手ができたと思ったら〈コイコイ〉を宣言できる。コイコイするのは自分のターン、どのフェイズ中でも構わないよ。で、コイコイをしたらその手札を裏にしたままテーブルの端に置くんだ」

 良樹が適当にカードを5枚取って、見えないように裏にしたまま、机の端に伏せた。

「これがコイコイ。コイコイで手札を伏せたら、また5枚山札から引いて手札を補充していい。そうしたら〈コイコイレイズ〉っていうチップを好きな枚数、この伏せたコイコイの上に載せるんだ」

 良樹がポケモンバトリオのパックを5枚、伏せられたカードの上に載せる。

「この〈コイコイレイズ〉は相手にコールさせる必要の無い、言うなれば〝一方的レイズ〟だね。これでコイコイをした方のプレイヤーが勝てば、コイコイの上に載せられたチップの分、相手から同額のチップを奪える。コイコイをした方のプレイヤーが負けたときは、コイコイレイズで乗せたチップの半分だけを取られるよ。

 コイコイレイズ額が半分に割り切れないときは、余った1枚は相手のね」

 良樹は5枚のバトリオ(チップ)を2枚/3枚に分け、2枚の方を自分の手元に残して見せた。

「なんだ。半分しか失わないんだったら、コイコイしたもん勝ちじゃないのか?」

「そうだね。でも実際やってみれば分かるよ。この不平等感がゲームを面白くするんだから。まぁコイコイってそもそも先に役を作った有利な方がやる賭けだからね」

 笑いながら良樹が先を続ける。

「コイコイを相手に宣言された(・・・)方のプレイヤーは自分が攻撃(ショーダウン)する時、相手の〈コイコイで伏せられたカード〉との対決になる。逆にコイコイした方のプレイヤーは攻撃をしかける時、コイコイじゃない方の自分の手札と、相手の手札との対戦になる。両方のプレイヤーがコイコイしてるときも同じだよ。

 あと、コイコイは一回のゲームで何回でも宣言できるけど、相手からの攻撃を受けるのは、先後に伏せられたコイコイって事にするね。一番新しいコイコイに上書きされてくみたいに」

「ふぅん。……両方のプレイヤーともコイコイしてる時は、そのコイコイ同士は戦わないのか」

「そうだね。攻撃宣言するときはあくまでも自分の手札(・・・・・)相手のコイコイ(・・・・・・)っていうことで」

「わかった」

「じゃあ、その追加ルールを踏まえた上でもう一回模擬ゲームをやろう」

 良樹がチップとカードを戻し、またカードを配り始めた。

「チップの数は本番のルールに則って、僕はさっき取られた30枚を引いて70枚。そっちは130枚ね」

 説明を受けながら、またカードが三つづつに配られていく。1、1、1、2、2、2、……

 その時俺の頭の中で、姑息な浅知恵が閃いた。

(これって、配られてる途中で見てもいいよな……)

 俺は3枚目が配られた時点で自分の手前のカードを手に取った。

(これがいい組み合わせだったら手札にしよう。ペアがなかったら、何食わぬ顔してデッキだったことにすればいい)

 3枚のカードを捲ると――♢4、♡2、♣7。スートもペアも見事にバラバラだ。

 俺はさも、はなからデッキにするつもりで見ましたよとでも言うように、6、7,8枚目と配られた残りのカードを確認した。俺の手元のカードは【♢4、♡2、♣7、♠A、♠Q、♡J、♣6、♡7】。これが俺のデッキだ。

 続いて同じように手札が配られる。俺はカードが来たそばから1枚づつ捲った。

 まずは♢7。次に♡10。そして…………♠7。

(お、)

 始めから手札に7のワンペアができてる。しかも、デッキの中にも「7」が2枚あるじゃないか。これで俺はこの模擬ゲームにおいて、全ての「7」の位置を把握した状態になったという訳だ。

「もしデッキの中に同じ数字のカードが3枚あったら、もう一回シャッフルし直してあげるから。デッキの中でスリーカードができてたら言ってね」

 良樹は自分の手札を確認した後、「共有札開示コミュニティカードオープン!」と言って場札に配られた8枚を一斉に表にした。

 場札――♣Q、♣J、♠8、♣9、♢Q、♠5、♣2、♣K。

 俺のデッキの♡Jで♣Jも取れるし、♡2を♣2に重ねることもできる。相手が何を取ろうと、1ターン目で俺の2ペアは確定だった。

「じゃあさっきのゲームでは僕が先にやったから、次はそっちが先攻ね。1ステージ目のアドプションフェイズ、はい開始(スタート)!」

 第2模擬ゲームがスタートした。俺は取れるカードを確認する。

(Jのワンペアを取るか……)

 仮に手堅くペアを取りに行くとすれば、その場合最高でも絵札(ハイカード)のツーペアだ。せっかくの7のワンペアも活かせないし、1ステージ目で出来る役としては少し心許無い。たくさんペアを取って相手の警戒を誘っているうちに、さらに強手役(ハイハンド)を狙う事も出来るだろう。だが、1ステージ目で相手にいい役手が出来て攻撃されればひとたまりも無い。普通のポーカーでならいざ知らず、このBPPというゲームにおいて、ツーペアは(・・・・・)最弱の手(・・・・)なのである。

 パワーランクの表にしっかり目を通さず、手役ハンドの見た目と通常の感覚に惑わされれば大変なことになる。第2ステージ以降で強手役(ハイハンド)を狙いたければ、最初のベッティングフェイズであまり多く賭けてはいけないんだ。

 たとえば「ベット1枚」などにして、負けた時の被害額を最小に抑える。そうすれば相手は賭け額通り俺の手が弱いと受け取るか、それとも何か策があるのだろうかと考えるだろう。いずれにせよ、第1ステージであっちから攻撃する事はない。理由は簡単。こいつが前述した通り、チップ1枚の勝負に勝ったとしても、そんなものは無意味だからだ。

 俺がさっきの模擬ゲームでレイズした理由の一端もここにある。プレイヤーにとって第1ステージで攻撃することには、ほとんど意味が無いからだ。もしデッキと場札の相性が悪く、いくらステージを重ねても強い手は作れないと確信したのだったなら、1ステージ目からフォルドよりも可能性のある攻撃を選ぶだろう。しかし強い役が作れる可能性がある場合、プレイヤーがこの時ねらうべきはチップ数枚等という近視眼的な〝目先の戦い(・・・・・)〟での勝利ではなく、〝この対決全体〟としての勝者・・になる事なのだ。

 俺が1枚ベットしたとき相手が起こせる行動アクションは、俺が降りないように1枚という賭け額をコールするしかない。せっかく俺が弱い手なのにフォルドされては、それ以上のチップを得られなくなる。もっと多額のチップを賭けさせるには、次のステージに持ち越さなくてはいけない。結果、第1ステージで攻撃される心配はないのだ。

(じゃあ、どうするか……)

 俺は長々と考えた後、ようやくデッキ中からカードを1枚採択し、場に置いた。

 ――♡7。

 場に重なるカードは存在しない。もちろん、フォーカード狙いだ。

 さらに1枚、山札からカードを引く。出たのは♠3だった。

 ホッと、俺は内心胸を撫で下ろしたくなる。場に3のカードは無いので、ノーペアだった。

 これで俺の手札は3枚のままとなり、ルールから1ステージ目での勝負は不成立になった。次のステージまでに攻撃される心配も無く、100%確実にフォーカードを作ることが出来る。

 良樹の反応は……

「うん。僕のターンだね」

 笑っていた。デッキからカードを1枚選びながら、小動物のように目を細めてニヤついている。

「君が何をしようとしてるのかが手に取るように分かるよ。フォーカード狙いだね? 7のカードが欲しいんでしょ」

 良樹が目も合わせずにデッキから♣3を出し、♠3を取った。

「さあ、どうだか」

 ……図星だ。だが俺の手札がバレたところで別にあせる必要は無い。

 良樹はさらに山札から♢5を引き当て、場札の♠5と共に手札に加えた。

 このステージでの勝負は出来ない。それに俺は次のステージで勝負を仕掛ける。良樹が俺に勝つには、残り1ステージでフォーカード以上を作らなければいけない。

(大丈夫、勝てる)

 良樹は少しの間逡巡した後、やがて7枚の手札から余った2枚を捨て札に置いた。そして、

「コイコイ!」

(えっ!?)

 俺はハッとして顔を上げていた。

(1ターン目から、コイコイ……!?)

 驚く俺の前で、さらに良樹は信じられないような暴挙に出る。

「コイコイレイズ……40枚」

(なに!!)

 良樹は伏せた5枚の手札の上に、ドッサリとチップを積み上げる動作をする。

(40枚だと? こいつ、自分の残りチップを分かって言ってるのか?)

 模擬ゲーム第2回戦が始まってから70枚だった良樹のチップは、今残り20枚にまで減っている。いくら模擬ゲームだからといって、正気の沙汰とは思えない。

 良樹は失った手札を、山札から5枚引くことで補充すると、「いいよ。そっちのベッティングフェイズ」と、新たな手札を眺めて笑いながら顎で促した。

 こいつの意図が読めない。単なる虚勢か。でも 40枚なんて、持ち金の半分以上を賭けるか? これは本番じゃない肩慣らしだからという理由で巫山戯てるのだろうか。

 常にフザケたような良樹の顔からは、何も読み取れやしない。

 ベッティングフェイズに移り、俺は取り敢えずチップを置く所作をした。

「ベット……1枚」

 対する良樹は、

「レイズ10枚」

 賭け額が一気につり上がった。良樹の残りチップはもう10枚になっている。

(こいつ、俺の手がフォーカードだと知って、なお続ける気か)

 俺がコールを宣言し、バトルフェイズに移行した。

「バトルフェイズは不成立だね。じゃあ次は君のアドプションフェイズだ」

「ああ」

 第1(ファースト)ステージが終了して、俺にターンが戻ってくる。ステージがひと段落でき、第2(セカンド)ステージのアドプションフェイズ。

 俺はデッキから♣7を抜き取り、場の♡7と重ねた。さらに山札から1枚引くと♠Kが出て、♣Kとペアになった。それらを取り、

 今の俺の手札は【♡10、(♠K、♣K)、(♠7、♡7、♣7、♢7)】の7枚。そこから絵札ハイカードの♠Kを残し、「7」のフォーカードを完成させた。

「いいぞ」

 俺が♡10、♣Kを捨て、良樹に手番ターンが回る。

「いけえ」と良樹が♡9で♣9を取り、さらにボーナスドローで山札から♠10 が場に出た。

 場札は♣Q、♢Q、♣J、♠5、♠8、♣2♠3――♠10はペアが作れないので、そのまま場に留まった。

「いいよ」

 良樹が7枚の手札から2枚を捨て、俺のベッティングフェイズになった。

 ベット……。

 俺のフォーカードが負けるとは思えない。ここは普通にレイズして、良樹のチップ全額を奪いに行くべきだ。

「レイズ10枚」

「コール10枚」

 にべも無い即答だった。

手札公開(ショーダウン)前にチップが無くなってもゲームは続けられる。同じく相手が全賭けの場合なら、いくら賭け額をつり上げても(オーバーレイズしても)ゲームは続行できるよ」

 この無謀なベットはその説明の為なのか。それにしても意味が不明すぎる。良樹のチップはもう空だ。俺から仕掛ける分には面白いが、相手からこういう陽動をやられると本当に厄介だ。

 取り敢えず、考えられるパターンは2通り。

 その1つは、ただのブラフだという可能性だ。俺に攻撃を躊躇わせている隙にハイハンドを作るつもりだろう。それなら俺は早く攻撃した方がいい。なにせ俺の手はもうフォーカードだとバレてるんだから、良樹がフォーカード以上の手を作った途端攻撃される事になるからだ。

 ただ、もう1つの可能性がある。それは、本当に今、良樹に強い手が出来てるという事だ。

 俺のフォーカードという手は確かにこれ以上ぺアを作れない、最大のペア数で出来た強手だ。だからといって、最強なわけではない。

 このゲームをやってみて分かったが、運がよければフォーカードなんて(・・・・・・・・・)簡単に作れる(・・・・・・・)。良樹のコイコイは7のフォーカードより上なんじゃないのか。コイコイレイズ額が雄弁にそれを物語っている。

 良樹が1ターン目で取ったカードは何だったか。……思い出せ。確かあいつは♣3で♠3をとって、そのあと出た山札の♢5で♠5を取ったんだ。

(3と5か)

 どっちのフォーカードでも俺の「7」には勝てない。だが、

 手札に最初から【1、2、4】があったとしたら、【1、2、3、4、5】のストレート成立だ。【1、2、3】だけじゃない。【2、4、6】でも【4、6、7】でも、どのスートの組み合わせでもストレートは完成する。「3」と「5」のツーペアを取った時点で勝手に、3と5以外のペアになっていないカードを捨てたものだと思い込んでいたが、実際は3と5を1枚づつ捨てたんじゃないのか? 【4、6、7】だけはあり得ないが、コイコイがストレートである可能性も捨てきれないじゃないか。

(それに、両方のペアに♠が入っている……)

 もし最初の手札が3枚とも♠だったとしたら、フラッシュの可能性もある。そっちの可能性の方も高いんじゃないのか? 場に♠8。俺のデッキに♠Q、♠A。それに手札中の♠7と、良樹が1ターン目で取った♠5、♠3を合わせて……6枚。♠は残り7枚だ。

 手札3枚全てをその7枚の中から引き当てる事が不可能だと割り切ろうとしても、決して否定できる数字ではない。

「なあ」

 俺は探りを入れてみる。別に聞いちゃダメとかいうルールはないだろう。

「俺がもしチェックって言ったら、お前はどうする?」

「え? そりゃあ、もちろん攻撃するよ。いっとっけど、僕の手は7のフォーカードなんかよりかなり(・・・)強いからね」

(……そうか)

 これは困る答えだ。聞かなきゃよかった。

 俺から攻撃しなければ攻撃される。まるで死が迫ってくるような緊迫感だ。

 ――だからなんだ。

 これは模擬ゲームなんだから、根詰めて考える必要なんてない。どうせ俺から攻撃をさせる作戦だろう。何せ俺からはコイコイにしか攻撃できないんだからな。乗ってやる必要もない。

「フォルド」

 俺は机の上に放り捨てるように、パサっと手札を開いた。どうせバレてる手札を非公開(ポーカーフェイス)にする理由は無い。

「なんだ」

 討ち取った感無いじゃん、と良樹も手札を開いてみせる。良樹の手札は【(♠9、♡9、♣9、♢9)、♡Q】――9のフォーカード。攻撃されてたら負けていた。

「危なかったね。でもフォルドしても攻撃されて負けても、失う額は同じだけどね。残念でした」

 良樹がカードをまとめ始める。

 俺は今、70枚も負けたということか……。チップの枚数が逆転し、60対140。これが本番なら大変なことになっていた。

「ちなみに、僕のコイコイはこれでした」

 見せろと言ってもいないのに良樹が自分のコイコイを公開する。

 ♠3、♡4、♠5、♢5、♢6――

「ワンペアでしたー」

 と意地の悪いシタリ顔ではしゃぐ。

(本当にブラフだったのか)

 よしきはニコニコ笑顔のまま、その5枚もカードの束に入れてシャッフルした。

「こういう使い方もあるってことだよ。物事を側面からしか見てないと、こうやって足元を掬われるから気を付けてね」

 良樹から不適な笑みが返ってくる。

 そう、良樹がコイコイを説明するときに使っていた〝一方的レイズ〟という言葉は、そのコイコイというルール自体を表す一側面でしかない。

(コイコイは、……形を変えたブラフだ!)

 良樹が張った 40枚というチップ。それにビビってしまったのがいけなかった。ルールを思い出してみると、 40枚のコイコイレイズをして負けても、良樹が失うチップはその半分。実際には 20枚しか賭けてないのと同じだ。だから 40枚という賭け金は、理に適った額だったのだ。

 どうやら見解を見誤ったらしい。

 でも、これで戦い方は分かったぞ。逆にこいつはリハーサルのゲームでこんなに手の内を明かしていいのだろうか。この後の本番で不利になると分かってやているのなら、まさか俺に〝名犯人〟としての張り合いを求めているのか?

 こいつの考えている事は毎回意味が分からない。頂上頭脳戦ごっこがしたいのなら、俺を巻き込まずに他所でやって欲しいんだが。

「模擬ゲームはこれくらいでいいかな? 最後にワイルドカードの説明だけ加えておくよ」

 良樹がシャッフルの手を止め、ジョーカーを机の上に置いて話し出した。52枚の山札も所定の場所にセットする。

「ジョーカーはお察しの通り、なんにでもなれるカードだよ。持ち札(デッキ)の中にあったら好きな場札を取る事が出来るし、場札にあったらデッキの好きなカードをその上に重ねて取る事も出来る。ボーナスドローで山札から引いたカードでも、場札のジョーカーを取れるよ」

 良樹が山札としてセットしたカードの束から1枚引き、それをジョーカーの上に重ねてみせた。

「手札の中にあるときも、ジョーカーは任意のカードとして設定できる。ファイブカードの強さは表に書いたから見返してみて。あと同じ役手同士の戦いのときは、ジョーカーを含んでる方の負けだから、それも覚えといてね」

 ファイブカードの強さはストレートとストレートフラッシュの間。フラッシュ→ストレート→ファイブカード→ストレートフラッシュの順だ。

「それともう一つ。特例ルール」

 良樹が人差し指を1本立てた。場に♢2を置き、ジョーカーを山札の一番上に置く。

「山札から引いてジョーカーが出て来た時だけは、自分のものに出来ないんだ。もしボーナスドローがジョーカーだったら、残念だけどそのジョーカーは場札になるよ。理由は特に無いけどね」

 山札からジョーカーを引き、出てきたジョーカーを♢2の隣に置いた。♢2は取れず、場にジョーカーが残るという事らしい。

「わかった」

 たぶんボーナスドローの成功率を抑える為の工夫だろう。

「これで一通りルールの説明は終わったよ。コイコイについても裏にまとめておいたから」 

 指摘されて俺はファイルを裏返す。ルール表の裏に、コイコイの説明も書いてあった。



     (コイコイ)

          自分のターンに宣言が可能。コイコイを宣言後、手札を脇に置き、山札から

          手札5枚を補充する。脇に置いた手札を〈コイコイ〉と呼ぶ。


     〈コイコイレイズ〉

          コイコイをしたプレイヤーは、自分の伏せた〈コイコイ〉の上にチップを任意の

          枚数乗せる事が出来る。これを〈コイコイレイズ〉と呼ぶ。

          コイコイレイズをしたプレイヤーは、そのゲームで勝利した場合、コイコイレイズ

          額と同額のチップを相手の所持チップから奪える。

          負けた場合コイコイレイズ賭け額の半分を相手に取られる。


      〇攻撃宣言を行ったプレイヤーは、相手にコイコイがある場合、そのコイコイと自分の

        手札との対戦になる。攻撃宣言は常に自分の〈手札〉を使う。


      〇コイコイが複数ある場合、最後に伏せた〈コイコイ〉が相手からの攻撃を受けるもの

        とする。



「花札が一年の四季の遷り変わりを表してるのは見ての通りだよね」

 良樹がヘタクソなリフルシャッフルでカードを混ぜながら言う。

「トランプも実は一年を表してるっていうのは知ってる? 例えば四種類のスートが四季を表してたり、52枚って枚数が一年の52週を表してたりね。あとジョーカーを1としてトランプの全数字を足すとね、365になったりするんだよ」

 良樹は手を止めると、もう1枚のジョーカーをテーブルの下から取り出して言った。

「このゲームでは、ジョーカーを2枚使うんだけどね」

 ジョーカーが山札の束に差し込まれる。

「じゃあ、そろそろ始めようか。――君の運命を賭けたゲーム。B(ブロッサム)P(プレート)P(ポーカー)を!」

「ああ来いよ」

 準備は出来てる。いつでもお前を葬ってやる。

「本番での最小賭け額(ミニマムベット)は10枚からだよ。まずは先攻後攻」

 来たな。

「ジャンケン――」

 俺は既に心の中でチョキを構えていた。

 人はそれぞれ、ジャンケンで最初に出す手に癖がある。こいつの模擬ゲームでの手はパーだったのだ。

「ポン!」

 俺の出したチョキは、同時に出されたグーによって破られていた。

(なっ!)

「僕の先攻だね」

 良樹は嬉しそうにカードをシャッフルして配り始める。

(クソ。ハメられた)

 模擬ゲームでのジャンケンからが、本番で優位に立つ為の罠だったのだ。考える時間を与えれば、チョキを出す確率が高くなる。ジャンケンの思考法から言えば初歩じゃないか! こんな幼稚な手に掛かるなんて。

 まず模擬ゲームのジャンケンであいつがパーを出した時点で気付くべきだった。こいつは、いきなりジャンケンを仕掛けられた相手が咄嗟にグーを出すセオリーを知っているんだ。さらに模擬ゲームでパーを出した事によって、自分の一番最初に出す手はパーであると思い込ませた。俺の出したチョキは、負けるべくして出させられたものだったのだ。

 だが、そんなものはくれてやる。せいぜい先攻のアドバンテージなんて、第1ステージで場にジョーカーがあった時に、先に手を付けられるくらいだ。たかだがその程度の優位性。今のうちに錐刀の利でぬか喜びさせておけばいい。

 1、1、1、2、2、2……と、また良樹がカードを三等分していく。

 俺は配られる傍から、手前のカードをめくっていった。

 一枚目は♢4.二枚目は♣10。

 そして三枚目は――♣3。

 駄目だ。俺はその3枚をデッキにすることにした。

 やがて8枚づつが三つの山に分けられると、良樹は中央の場札を表に(オープン)した。

 場札は♠10、♠K、♢3、♠5、♡J、♡7、♡A、♣A。

 俺のデッキは――♢4、♣10、♣3、♠9、♢J、♡8、♣5、♠Aだった。

 次いで交互に1枚づつ、3枚の手札が配られる。

 一枚目は♢5。2枚目は♠2。三枚目は……♡2。

(2のワンペア……)

 場にもデッキにも「2」のカードは無いので、これ以上「2」のペアは増やせない。一見、場には♡のスートが多いように見えるが、数ステージ使ってもフラッシュは作れそうにない。

 矢庭に良樹はポケモンバトリオのパックを一まとめ掴み取ると、ポンッと場札の横辺りに置いて見せた。

「ゲームを始める前に、まずは場代アンティのチップ10 枚をここ(ポット)に出してからね」

 俺は自分の右隣の机に置かれたチップの束に目を向ける。合計200 枚。机を四つも繋げていたのは、チップのやり取りとゲームをするフィールドとを分ける為だったのか。

 俺はぞんざいにチップ10 枚の束を取り上げる。その一番上に、ギガイアスとかいう完全に名前負けしてそうなゴツゴツなポケモンのシールが貼ってある。

 俺がその10 枚をポットに置いた瞬間、それを合図にしたように第1回戦(ファーストゲーム)が開始された。

「オレのターン!」

 先攻の良樹が大仰なモーションでデッキからカードを1枚引き抜く。ついに本番が始まったらしい。

 良樹は♣Jを場札の♡Jに重ねると、ボーナスドローで山札から♠7を引き当て、また場の♡7と重ねた。一気に4枚のカードが良樹の手札に加わる。そして、

「コイコイ」

 まさかの即決であぶれた2枚を捨てた後、よしきは手札をポットの傍に置いた。

(また1ステージ目から?)

 訝しむ俺の目の前で

「レイズ20 枚!」と宣言した良樹が、チップの束をその5枚カード(コイコイ)の上に乗せた。

(またか。ローリスクで作れる盾。実際に失うリスクがあるのは10 枚だけなのに、相手からは20 枚も奪える……。これがブラフだとしても、俺からこのステージで攻撃する事はできないな)

 それにしても最初から飛ばしてきやがる。

 良樹が手札5枚を引いた(ドローした)後、手番が俺に移ってきた。

(俺のターン。手札は♢5、♠2、♡2)

 今の場札6枚の中で取れるのは♠10 か♠5か♢3か♡A♣Aの四種類。ここは手堅く♠5を取って、フルハウスを完成させよう。

 俺はすばやくデッキから♣5を取し出し、場の♠5に重ねた。

(さらにドロー)

 山札から出たのは♡3だった。場札の♢3とペアになり、♣5、♠5、♡3、♢3の4枚のカードが手札に入ってくる。

 俺は♠2、♡2の2枚を捨て札に置き、【(♠5、♣5、♠5)、(♡3、♢3)】のフルハウスを作り上げた。

「次はベットフェイズだ!」

 心なしか良樹のテンションが高くなっている気がする。ゲームが第1ベッティングフェイズに移行した。

「僕はレイズ10 枚」

 良樹が無造作にチップの束を掴み、ぐいとポットに突き出す。

「コール」

 俺も無難に同額のチップを前に押し出した。

 第1模擬ゲームのように、1ステージ目から無謀なレイズをするわけが無い。

 バトルフェイズ。

「僕は勝負しないよ」

良樹がゲームの進行を促す。あいつの手札は1ターン目からコイコイをして、山札からランダムに引いた5枚だ。良樹が攻撃しないのは当然だ。

 一方俺はどうだろう。…5のフルハウス。良樹のコイコイは最低でも「J」2枚「7」2枚のツーペアだ。それにあの場札の中からJを選んだということは、元から手札の中にJがあったからなんじゃないのか? そうなると最低でも「J」3枚「7」2枚のフルハウス。俺から攻撃するのにメリットは無い。

「俺もパスだ」

 第2ステージ。採択フェイズに戻り、良樹に手番が戻る。

「よし。僕のターンだね」

 良樹が仮面ライダーブレイドよろしくデッキを広げて眺めながら考えている。俺も同様に、次に取る場札を何にするか黙考した。

「……ところで、このゲームの本質だけどさ」

 良樹が、不意に目を上げて話しかけてくる。

「どこまで捉えたのかな。君は……このゲームでの正しい身の振る舞い方は、何だと思う?」

「……さあな」

 俺は目も上げずにデッキと場札を見据えた。場札は今4枚。♠10、♠K、♣A、♡A。俺のデッキは♢4、♣10、♣3、♠9、♢J、♡8、♠A……。

「僕が思うにポーカーの強い人って、普通自分の勝ちを確信した時は〝相手を降りさせないように、どうやって賭け金をつり上げる(レイズする)か〟を考えてると思うんだ。

 ……でもこのゲームだとね、決戦に持ち込もうとしてたくさんレイズするとフォルドされちゃうし、ちょっとづつを何ゲームも使って稼いだって終わらないんだよね」

(――デッキの中にもAがある。場札のAを取って、フルハウスを強化するか……)

「この戦いでトドメを刺す方法はね、ズバリ、相手に〝勝った〟と思わせて、相手からのレイズを誘う事だよ。相手から何のためらいも無く攻撃してくるのを、ただコールするっていうのが賢い人の戦い方だと思うな。取られた場札から相手の役手を推理する事も出来るんだから。

 ……でもそんな事しなくても、コイコイレイズなら相手にコールさせる必要もないんだけどね。

 手前味噌だけど、我ながらこのルールはよくできてると思うよ。ふふふ」

 はいっ、と。良樹がデッキからカードを1枚選び、場札の♠Kと重ねる。

 良樹が出したカードは、ワイルドカード――――白黒のジョーカーだった。

(デッキの中に持っていたのか……)

 さらに山札から上を1枚引く。それを手に持って眺めたまま、良樹は呟いた。

「……このゲームで、コイコイの使い方っていうのを教えてあげるよ」

 ボーナスドローで出た♢7が場に留まった。場札は今♠10、♡A、♣A、♢7。

(……コイコイの使い方?)

 俺は半ば上の空を装い手札を見ながら、良樹の言った最後の一言を考えていた。

 手番が俺に回る。

 俺はデッキから♠Aを出し、♡Aと重ねる。さらに山札から1枚引くと――

(お!)

 ボーナスドローは、♢Aだった。

 浮き足立ってそれを場の♣Aに重ねると、4枚の(エース)を手札に迎え入れる。

 俺は♠5以外の全ての手札を捨て札にして、Aのフォーカードを揃えた。場札はもう♠10 と♢7しか残っていない。

 採択アドプションフェイズが終わり、良樹のベッティングフェイズだ。

(エース)のフォーカードか……」

 良樹が独りごつ。いくら考えたって無駄だ。最強札の4枚だぞ。どうせフォルドだ。

「じゃー、レイズ。上乗せ10 枚」

 良樹はそこで不敵に笑うと、もう10 枚のポケモンバトリオをポットに置き出した。一番上のルギアが無駄に光っている。

(こいつ、何を考えてるんだ?)

 良樹の手札がフォーカード以下だった場合、だれがどう見てもここでレイズするのはおかしい。俺が目の前でA4枚を取るところを見ていたんだぞ? いくら(キング)4枚だとしても、Aには敵わない。

 ならブラフか? などと短絡的に考えるのもおかしい。こんなところでブラフをはっても意味が無いし、たかが30枚のチップの為に苦心して勝つよりも、フォルドして勝機を待った方が得策のはずだ。ブラフで片付けるのは、考えることを放棄するのと同じじゃないか。

 良樹の手にジョーカーが入っているのだから、Kのファイブカードの可能性もある。20枚の山札の中から適当に引いた5枚の中にKが3枚入っていた確率も、決して低くは無いが、確率で考えたら俺がフォルドする方が愚かなことだ。

(だとしたら、コイコイが強いのか?)

 1ステージ目で良樹が取ったのは、たしか(ジャック)と7だった。どっちにしろフォーカードじゃ俺には勝てない。Jと7じゃストレートのパターンも(7、8、9、10、J)の一通りしかないし、いくらJと7のどちらのペアにも♡が含まれていたからと言って、1ステージ目でのフラッシュも相当な幸運が無ければ難しい。もう1枚のジョーカーを使っている可能性もあるが、それでこそフォーカード以上にする手は限られてくるはずだ。ということは、

「コール10枚」

 俺は良樹と同額のチップを、鷹揚な態度でポットに押し出した。俺の残りチップ量は150 枚だ。

(こいつの出方を見てやる)

 恐らくこいつは、俺がどこまで裏を読めるのかを図っているんだろう。良樹が主導権を握っていた第2模擬ゲームで、俺がどこまで考えてフォルドしたのかを図りあぐねているせいだ。その点ではあのフォルドは功奏したらしい。良樹がそのつもりなら、俺は逆にこいつがどこまで裏をかけるのかを観察してやる。

 良樹はフッと笑うと、手札を伏せて机の上に置き、両手を組んで俺の方を見ると言った。

「――チェック」

 事もあろうに良樹は、攻撃宣言の権利の手番を俺に回してきやがった。

(どういう事だよ。攻撃をさそってんのか? だとしたら良樹の手札は弱手?)

 皮肉なことに、このゲームにおいて裏の裏は表ではない。パス、チェック、攻撃アタック、フォルド。多数の選択肢が戦況を複雑にしている。

 一層目の〝裏〟を読むなら、ここはパスだろう。フォーカードの俺に対し攻撃を誘っているのだから、良樹のコイコイには勝てない。

 さらに裏を読むなら、良樹は〝一層目の裏を読んだ俺〟を騙そうとしてる事になる。その場合、良樹の手札もデッキもフォーカードより弱い。尚且つこのステージで俺にパスをさせる事によって、次のステージ、フォーカードより強い手を作れる自信があるという、その場しのぎのパスが狙いの手だ。それなら今攻撃しない手は無い。

 しかしもう一段厄介なのが、こいつの手がフォーカード(・・・・・・)より強い(・・・・)場合だ。そうだとしたらこいつは、最も老獪な罠を仕掛けた事になる。つまり、攻撃すれば勝てるのにわざとチェックをかけて、俺の出方を窺っているのだ。その場合俺がどのアクションをとっても、良樹の目的は達成される。パスしてもチェックしても次に戻る良樹のターンで攻撃される。どう転んでも良樹にはデメリットの無い状況の出来上がりだ。俺がどこまで深読みできるかの戦術データさえとれて第2ゲーム以降に活かせるのなら、チップ10枚などこいつにとっては安いのだろう。本当にそこまで邪智深い奸計を巡らせているかどうかは判断できないが、そうだったら俺のとれる最善手は攻撃宣言するしかないって事だ。

(攻撃して勝つか、それとも負けるか。どっちにしろまた二つに一つかよ)

 もう一度考察しなおす必要がある。良樹の……言動の中に……

 ――『……このゲームで、コイコイの使い方っていうのを教えてあげるよ』――

 ついさっき聞いた言葉が蘇る。

 そういえば良樹が言ったあの言葉……何か引っかかる。

 コイコイの使い方って事は、コイコイによって引き起こされるほかの影響の事を言うつもりなんじゃないのか?

 コイコイの影響エフェクト……

 第一に一方的にレイズを引き起こす能力がある。これは良樹が言った通り、トドメを刺す為に使えるんだろう。あとは、相手からの攻撃をコイコイに逸らせるのと、レイズ額を倍に見せる事で相手に心理的牽制をかけられる能力。他には……――

 あっ、そうだ。

手札補充能力(・・・・・・)だ!)

 初期手札が3枚なのに対し、コイコイを使った後に山札から引ける(・・・・・・・)カードは5枚(・・・・・・)。これが見落としていたもう一つのコイコイエフェクトだ!

 例えばフラッシュを作りたい時、それを1ステージで作るには始めから最低でも3枚の同じスートのカードが必要になる。そこで最初の手札3枚が全て同じスートである確率よりも、コイコイで引いた5枚の中で同じスートのカードが3枚以上出る確率の方が見るからに高い。

(これは、その為のコイコイか!?)

 1ステージ目で自分の手札が弱いと覚った良樹は、手札を5枚引く為だけにコイコイをした。つまり、レイズ額はブラフ? コイコイは捨て札に等しい弱手だ!

 要するに今こいつがチェック宣言をした真意は、〝一層目の裏〟を読まれることを期待した、あと1ステージ時間稼ぎをして強手を作る為の、その場しのぎだ! 恐らくデッキ中に10のカードがあって、Kとジョーカーを使って繋げる(10、J、Q、K、A)か(9、10、J、Q、K)のストレート。あるいは♠K、♠10とジョーカーを使った♠のフラッシュだ。これでこのステージでのレイズ10枚とチェック宣言の充足理由律が全て説明づけられる。

(なら、俺の取るべき行動は一つ!)

「攻撃」

 俺は手札を持った腕を掲げた。

「うわ、来た」

 しぶしぶと良樹は手札を置くと、コイコイレイズで置いた20枚のチップの下から、5枚のカードを引き出す。

「……じゃあいくよ? いっせーのー」

 良樹がコイコイの手札を持ち上げる。

「せっ」

 俺らは一斉に机の上に手札を公開していた。俺はフォーカード。対する良樹は――

(――!?)

 まず目に飛び込んできたのは、視覚情報だった。真っ赤に揃えられた5枚のカードが、まさに閃光フラッシュのように良樹の手前で映えていた。――10、6、7、Q、J。

「ハートのフラッシュ。……僕の勝ちだね」

(まさか!)

 良樹がカードを回収しだす。

(俺の読みが間違っていた? いや、その裏を読まれたのか?!)

 良樹の手が伸びてきて、俺のデッキと山札をまとめ始めた。

(それとも俺の推理に穴が? 四層目の裏まで場合分けは完璧だったはず)

「深読みしすぎたのかな? まあ、そういう事もあるから、気にしないで次を勝てばいいさ」

 勝者が、へらへらと笑う。

(深読み……? そうか。これは、〝一層目の裏〟だ!)

 最も考えたくない事だが、まさか良樹は、俺が「一層目」「二層目」「三層目」の裏全てを読んだ上で、最善手を取ることを見越してチェックをかけたのか? ありえない。それはつまり、裏の裏の裏をかいて、無理やり表にしたようなものだ! そこまでこいつが奸智に長けた策士だったとは信じられない。

「待て、じゃあその手札は何だったんだよ」

 俺が良樹の手札に手を伸ばす。

「あっ」と慌てる良樹をよそに机に伏せられたカードを取ると、それをめくって表にした。

 良樹の手札は【♠K、♡K、♣Q、♡Q、ジョーカー】。絵札のフルハウスだ。

〈なんだ。ずっとパスし続けて8ターンやり過ごせば勝ってたじゃないか。それより、俺からあの時コイコイをすればよかったんだ。クソっ。儲けられるチャンスをふいにした!〉

「そろそろいいでしょ?」と良樹が、俺からカードを奪い返して素早くシャッフルする。

「悪いけど、第1ゲームでの勝ちはいただいたよ。これで250対150だ」

 良樹はカードの束を置くと、「へっへっへ」と、およそ名探偵役として似つかわしくない下卑た笑顔を浮かべて、抱え込むようにポットのチップ50枚を自分のもとに引き寄せた。

「……たかが四分の一。すぐに奪い返してやる」

 負けた悔しさに、俺は強がりを含めて言い捨てる。

「ふふふ、本当にそれが出来るかな?」

 良樹はまたカードを手に取ると、笑い返した。

「確かに最初に言った通り、大局観で言ったら1ゲームでの勝敗なんて瑣末事だよ。でも一発で勝負を仕掛けたい方にとっては、チップ量で優位に立っていることが絶対の必要条件になってくるじゃないか。だって劣勢の方が全賭けしたって、相手のチップを全部奪うことは出来ないんだからね。この勝負で勝つには、最低でも2連勝(・・・)しなきゃいけないって事さ。て言うわけで、今は僕の方が、リーチとは言わないまでも、実質上一歩リードしてるって事だね」

 満面の笑みを浮かべてまたカードをシャッフルし始める。

 その通り。今の良樹は、俺が全賭けしても勝てない程強くなってしまった。つまり、このポーカーという種類のゲームにとって、チップ量という最強のアドバンテージを有した事になったのだ。

 次のゲームで俺を潰しにかかるのか。それともチップの多寡で確実に勝負を決める気か。

 簡単なことだ。自分の手札ハンドで勝てると感じたら、コイコイで150枚レイズすればいい。そうすれば俺はフォルド出来なくなるし、もし良樹が負けても75枚のマイナスにしかならない。

 逆に自分の手が絶対に負けると確信したときにも、ベットで150枚張ればいいんだ。それが1ターン目なら俺はほぼ確実にフォルドを選択するし、良樹の方は150枚負けてもまだ100枚残るからな。

(機先を制されたか……)

 やはりこれは良樹コイツの考えたゲーム。戦略を心得てやがる。

 どうやら俺は、敵を見くびっていたらしい。まだ他にも戦略を隠し持っているのか。

(いいね……面白い。そっちが戦略ストラテジーで勝負するって言うんなら、こっちは戦術タクティクスで戦うまでだ!)

「第2回戦だ!」

「来い」

「いくよー、先攻後攻ジャンケン――」

(来たな)

 さっきのジャンケンで良樹が出したのは〝グー〟。この場合同じ手を出す事はあり得ない。残ったのはチョキとパー。チョキを出せばアイコか勝ちだ。

「ポン!」

 だがこの思考法にも、重大な穴がある。

 ――俺と良樹が出したのは、両方ともチョキだった。

「あい、こで、しょ!」――パー。

「あい、こで、しょ!」――グー。

「あい、こで――」

 両者が最善手を取り続けた場合、一度でもアイコになると、永遠にアイコが続くのである。

「しょ!」――チョキ。

「さい、しょは、グー」――パー。

(何!?)

「ちょっと待って」と言って、良樹が出したグーを引っ込める。すると突然、

「ジャンケンポン!」

(あっ)

 俺の出したチョキが、良樹のグーによって射止められていた。

「僕の勝ちだね」

 うっしっし、と良樹の顔に喜色が広がる。

 またやられた! 運でもなんでもない単純な思考戦によるジャンケンで! この俺が三度も下らない策に引っ掛けられるなんて!

 俺の平静は早くも煮えくり返っていた。

 良樹の今用いた島田式必勝法というのは、「ちょっとまって」と途中で止める事によって、相手に絶対にチョキを出させるというものだ。普通なら俺はこんな使い古された必勝法になどかからない。しかしアイコが連続するというさっきの状況で、ゆくりなく「さいしょはグー」というフェイクをかけられた事によって不意を衝かれてしまった。完全に今のは機転の早かった良樹の勝利である。

(焦るな。勝負とまったく関係ないジャンケンで負けたくらいでいきり立っていたら、ゲーム本番での判断に支障が出る)

 俺は沸騰していた心を落ち着かせると、目の前の戦いへ再び集中した。

 机の上には既に3枚づつカードが配られている。4枚目のカードが来る前に、俺はその3枚を手に取った。

 ♠5、♢5、♡K。

(5のワンペアか……。これは手札だな)

 俺は4、5、6枚目と配られるカードを無視して手札を脇に伏せる。良樹がそれをチラッと見て、一瞬目を細めた。

(気取られたか。俺の小賢しい作戦。でももう遅い)

 8枚づつが配り終わる。俺は手元に残った5枚のカードと、次に手札として渡された3枚を合わせ、それをデッキにする。

 俺のデッキは♡6、♣5、♣2、♡J、♣K、♠A、♢2、♣Q。

 良樹もデッキの内容を確認した後、場札が表に(オープン)された。

 場札――♢A、♠9、♡5、♣4、♠7、♡10、♠2、♢Q。

(場札とデッキに♡5と♣5。手札にも「5」が2枚あるから、……また1ステージ目からフォーカード確定じゃないか)

 慢心するのはまだ早い。いままでの戦いのデータから考えると、勝負ショーダウンするかどうかを迷っていい最低のラインは〝フルハウス〟であろう。パワーランクから言ってフォーカードは、その一個上でしかない。

(ここは一先ず、第1(ファースト)ステージが終わってから考えよう)

「デッキは8枚揃ったね。スリーカードは出来てない? じゃあ場代セット」

 良樹がチップ10枚を置く。俺も先頭にシャワーズの乗った10枚を掴むと、ポットに突き出した。

「先攻のアドプションフェイズからいくよー? ――俺のターン!」

 第2回戦(セカンドゲーム)が開始された。良樹が何かのアニメの主人公の如く、取り出したカードを机に押し付ける。重ねられたのは♣Aと場の♢Aだった。

「ハイカードはいただきだ。さらにドロウッ!」

 山札から1枚を勢いよくめくると、それまで高ぶっていた良樹のテンションが少し下がった。山札から引いたカードは、色付きのジョーカーだった。

 俺は一瞬ドキッとしたが、ルールを思い出して安心した。ボーナスドローで山札から引いたジョーカーでは、場札のカードは取れないんだった。

「なんだー、変な特例ルール作んなきゃよかった」

 良樹は苦々しげな顔をしてジョーカーをその場に置くと、手番ターンを俺に回す。俺の第1アドプションフェイズが回ってきた。

 天の配剤の如く訪れたジョーカーが、場札の中で映えている。

 良樹の手札は最低でもAのワンペア。仮に最初からAとジョーカーが入っていたんだとしたらAのフォーカードとなり、俺の5のフォーカードでは敵わなかっただろう。

(でも、こっちはジョーカーを取れる)

 俺がここで今5のワンペアを取り、ボーナスドローで出るカードを使って場のジョーカーを取れば、第1ステージ目から5のファイブカードの完成だ。

 ファイブカードなんて言ったら、このゲームではフォーカードの上の上のストレートにも勝てる、ストレートフラッシュ並の超高手役(ハイハンド)だ。1ステージ目の良樹の手なら絶対に勝つ事が出来るし、俺が1ステージ目からコイコイして140枚レイズすれば、絶対に敗れない鉄壁の壁になる。俺は〝絶対〟の力を持った、銃弾にも盾にもなる最強の手役を約束されたのだ。

「俺のターン……」

 俺は、手札から♡6(・・・・・・)を抜き出し(・・・・・・)場のジョーカー(・・・・・・・)に重ねた(・・・・)

 さらにドロー。

 山札から♢4が出て、場札の♣4と重なった。

 ♡6、ジョーカー、♢4、♣4の四枚のカードが手札に加わる。もともとの♠5、♢5、♡Kを合わせた、合計7枚の手札の中から、♡6と♡Kを捨て札にして5枚に数を合わせる。

 俺の手札は【♠5、♢5、♢4、♣4、ジョーカー】のフルハウス。このステージで攻撃されたらヤバイ。

「いいぞ」

 ターンエンドを宣言し、第1ベッティングフェイズ――先攻の良樹にターンが移った。

 場にはまだ♡5が取り残されている。

「えーどうしよう」

 良樹は手札を眺め回し、数秒の間考え込んだ。すると、

「コイコイっ」

 不意に良樹が顔を上げ、手に持っていたカード5枚を机の隅に伏せる。〝自分のターン〟でなら、アドプションフェイズじゃなくてもルール上コイコイは宣言可能なのだ。

「でレイズ40枚」

 良樹が40枚ものチップをコイコイレイズとしてカードの傍に積み上げた。

(ブラフか?)

 良樹の顔から見て、あまりいい手じゃなかったんだろう。どうせまた手札を全チェンジする為にコイコイを使ったであろう事は、良樹の恐らく嘘が付けなさそうな顔によく現れている。だからと言ってそれが良樹の策略でないとも限らないし、前ゲームでのフラッシュでやられている俺は、今のフルハウスで攻撃しようとも思わない。

「ベット10枚」

 良樹が山札から手札を補充するのを見ながら、俺もベット10枚をコールする。

「僕は攻撃しないよ。新しい手札だしね」

「俺もパスだ」

 バトルフェイズをスキップし、あっという間に第2ステージが開始する。

「僕のターン!」

 と良樹がデッキから出した♠10で♡10を取り、山札から♠Kが出て場に留まった。

 場札は6枚。良樹は7枚になった手札を見渡すと、何かいい事でも思いついたかのようにニヤリと微笑んだ。

「捨て札2枚を場に伏せ、ターンエンドだ!」

 手番が俺に移る。ちなみに良樹がカードを置いたのは場ではなく机の端の捨て札置き場だ。

 俺は満を持してデッキの♣5を使い場札の♡5を取りに行く。5のワンペアが手札に加わり、ついにファイブカードが完成した。

 ついでに山札から♠Qが出て場の♢Qと重なったが、ファイブカードを手にした俺は見向きもせずにその2枚を捨て札に送った。少なくとも絵札ハイカード潰しにはなっただろう。

 俺は7枚になった手札をよく混ぜてから、♢4、♣4を切って捨て札に捨てた。

 【♠5、♡5、♣5、♢5、ジョーカー】。待ちに待った5枚が揃う。

「ターンエンド」と、俺も良樹に習い宣言すると、ゲームがベッティングフェイズに移った。

「ノリがいいね! そうこなくっちゃ」

 良樹が無造作にチップの束を掴むと、何の考えもないようにポットに突き出した。

「レイズ10枚」

 それに俺も応じる。

「コール」

 バトルフェイズになり、宣言権が先攻の良樹の手番に回った。

 たぶん今の良樹の手札が攻撃してこようと、俺の手には及ぶまい。

「僕はパス。攻撃しない」俺にターンが回る。

 問題はこいつのコイコイだ。

 Aのワンペアを取っていた。もし万一に良樹の元の手札3枚にAのワンペアがあり、さらにもう1枚の白黒にジョーカーが入っていたりしたら、俺から攻撃しても敵わない。せっかくの俺のファイブカードも、Aの5枚相手では無意味になってしまうだろう。――だが。それを作る為に必要な4枚のAのうちの1枚は、今の俺のデッキが握っている。良樹が俺に勝てる唯一の可能性は潰えた。どう足掻いても俺の勝ちだ! なら!

「パス」

 俺のパス宣言により第2ステージが終わる。ゲームは第3ステージの、先攻のアドプションフェイズへとシフトした。

 良樹は一瞬、心からホッとしたような顔を見せてから、素早くデッキからカードを繰った。

「僕のターン!」

 待ち構えていたようにデッキから出した♡9で場の♠9を取る。

「さらにドロゥ!」山札から出た♠8が場に留まった。

「カードを2枚捨て、ターンエンドだ」

 アドプションフェイズが後攻の番になる。

 良樹の顔は、すごく嬉しそうだ。とうていコイツがポーカーに向いているとは思えない。

(自分の手が顔に出まくってるぞ)

 俺のターン。――場札は今、♠7♠K、♠2、♠8の4枚になっている。

 俺はデッキから♣2を取り出すと、場の♠2に重ねた。山札から出た♠Jには目もくれず3枚のカードを手札に迎えると、よく混ぜてからまた、今取ったばかりの♣2、♠2を捨て札として机の端に伏せた。

「……」

 その様子をずっと、何かを見透かしたような顔で見ている良樹に向かって、俺はちょっと確認として聞いてみた。

「えー…………っと、あのさ」

「ん?」

「〈ストレート〉ってなんだっけ。模様揃えなくてもいいのか? 10~Aまでじゃなきゃ駄目とかってルールあったか?」

「ストレート? ううん、ストレートフラッシュじゃなかったらマークは揃えなくてもいいよ。10~Aまで揃えなきゃいけないのはロイヤルストレートフラッシュだけ。あ、10~Aを使ってもストレートは作れるけどね。まぁとにかく数字がひと続きになってらばなんでもストレートだよ。大富豪で言ったら〈階段革命〉と同じ……って言っても分かんないか。ローカルルールだもんね」

 良樹が、何かに幻滅したように空笑いする。

「そうか……」

 俺は手札を纏めると、机の隅に置いて言った。

「コイコイ」

 ごっそりと所持チップから一山を押し出し、今置いた手札の傍に積み上げた。

「レイズ60 枚」

「おぉ」

 総額10 ×6枚ものチップの束が聳え立つ。俺は山札から5枚引き手札を補充すると、アドプションフェイズの終了を宣言した。

「ターンエンドだ」

 ベッティングフェイズに移り、先攻の良樹に手番が巡ってくる。

「へぇ……ストレートでコイコイか……」

 良樹が若干の喪失感の混じったような声で、小さくつぶやくのが聞こえた。演技ではない。対戦相手の頭脳を買い被りすぎていたと、失望しているのだ。

(――それが俺の計略にかかっているとも知らずに!)

「でも、レイズするんだけどね」ニヤリ。

 良樹は気を取り直したように、再びあの人を食ったような悪い顔になると、チップを一掴みポットに押しつけた。

「レイズ10 枚!」

 ポットには既に総額170 枚ものチップが積み上がっている。良樹の出した一番上のバトリオに貼られたシールの中で、オタマロという名前も顔もフザけたポケモンが、良樹の心の中を表すように笑っていた。

「コール」

 俺は同額の10 枚を押し出すと、

「レイズ。上乗せ10 枚」

 さらに10 枚のチップを張ってみせた。

 良樹はそれを見て驚いたかと思うと、またさらに小馬鹿にしたようなせせら笑いを浮かべてそれをコールした。双方20 枚づつだ。

 バトルフェイズが始まったと思うが早いが、すぐさま良樹が手札を振り上げる。

「じゃあいくぞ! 攻撃ショーダウン!」

 そう来るのは分かっていた。150枚分レイズしないうちに攻撃を仕掛けるということは、二連勝目ではまだ決着はつけないという、完全に自分の自分の安全を確保してからの勝負を狙う気だ。

 俺はチップを押しのけコイコイを取り出すと、それに応えるように持ち上げた。

「いっせーのー」

 せっ、と両者の手札が公開され、一斉に場上で表になった。俺の手はもちろん5のファイブカード。対する良樹は、【♢7、♢8、♠9、♡10、♢J】=7~10 のストレートだった。

「えっ!?」

 良樹が目を見張る。ストレート対ファイブカードで、俺の勝ちだ。

「そんな、なんで……」

 良樹が信じられないという顔で俺の手札を凝視する。俺は耐え切れず、勝った嬉しさからポーカーフェイスを崩し、クククッと漏れ出すように笑い出した。

「なんで負けたんだ、って顔だなァ」

 良樹がハッとして顔を上げる。

「教えてやろうか? 俺の仕掛けた罠の、カラクリの正体を――」

 俺は自分の捨て札を取り上げると、良樹の前に表にして放ってやった。良樹はその捨て札を見た瞬間、騙された事を覚ったように愕然とした。

 俺の頭の中で、ドラマ版ライアーゲームの単調なサウンドトラックが流れ出す。

 そう、俺がファイブカード成立後に取った無駄なカードも全て、良樹に俺の手がストレートだと思わせる為の策略だ。まず第1ステージでファイブカードを見送り手札に加えた♡6とジョーカー、ボーナスドローで得た4のワンペアに第2ステージでの♣5♡5、それと第3ステージの2のワンペアにより、良樹は俺の手が【2、ジョーカー、4、5、6】のストレートだと思い込んだのだ。もちろん、それを思いついたのは第1ステージのボーナスドローで4が出た瞬間からだ。最初にファイブカードを作らなかった理由は、次のステージで5が取られる心配が無い事に加え、第1ステージ目で良樹が攻撃することがないと分かっていたからだ。(前述の通り第1ステージでは攻撃する意味が無く、良樹は俺の手札にジョーカーがある事を知っていたから)

 あとは第2ステージで5のワンペアを取れば怪しまれること無く5のファイブカードを完成させられる。もし俺が1ステージ目で5を取っていたら、良樹の目には俺の手が少なくとも5のスリーカード以上となり、場とデッキ中に5が一枚も無いことから、ファイブカードを疑うのは容易いことになっていただろう。

 第2ステージでのパスは賭けだった。絶対に勝てる手なのにそのままレイズして勝負しなかったのは、もちろん、自然に賭け金をつり上げる事でより多くのチップを手に入れようと考えたからだ。そのままステージを増やして良樹に強い手を作られる可能性もあった。だが相手に俺の手をストレートだと思わせることが出来たのと同じように、俺も相手の取ったカードを記憶して、何を作ろうとしているのか読めばいい。そこで第3ステージまでに取った良樹のカードを思い出してみると、まず1ステージ目でコイコイエフェクトを使い引いた手札が5枚、それに2ステージ目での♠10、♡10のワンペア、さらに第3ステージの♡9と♠9だ。この状況から俺のファイブカードに勝てる手は6~Jまでを♡で揃えたストレートフラッシュが考えられるが、実はその中の2枚(♡6と♡J)が俺のデッキの中にあったので、もう1枚のジョーカーを使ったとしても不可能。♠のストレートフラッシュを作っている可能性も僅かばかり残ったが、ここは確率を考えて勝負に出た。賭け金を抑えた理由は万が一を考えての事もあったが、一番の目的はやはり、相手にとって自然な自信の表れに見せる為だ。もし俺がコイコイレイズで所持額上限いっぱい(MAXベット)を張っていたら、それで勝ったとしても良樹にはチップが残るし、警戒してフォルドされるか、ストレートフラッシュが出来るまで攻撃してこないかもしれなかった。今のゲームにおいて俺の一手一手全ては、コイツを嵌める為の罠だったのだ。

「第1ゲームのプレイ中に、お前が言った言葉が役に立ったぜ。このゲームでの正しい身の振舞い方は――『相手からの攻撃を誘い、ただそれをコールする』。それが賢い人の戦い方だったよな」

「クッ……」良樹が歯噛みする。

 自分が戦いを挑んだ相手がどんな奴か、今やっと気付いたらしい。

 その通りだ。俺が第2ステージのアドプションフェイズで、取ったばかりの♠Qと♢Qを手札に持って行きもしないで捨てたのは、わざと良樹に俺の手が【2~6】のストレートだと推理しやすくさせる為。さらにゲーム中にルールの確認をしたり、第1模擬ゲームで無謀なベットを繰り返したのも全部、良樹に俺のことを初心者だと思い込ませるための策謀だ。

 そもそも俺は初心者ではないし、階段革命だって月見酒のルールだって知っている。何を隠そうこいつと同じ中学の時、給食のコーヒー牛乳を賭けたポーカー大会で『ハスラーオブポーカー』の異名をほしいままにしていた手練れとは、実は俺のことなのだ。この〝突き合う者(ポーカー)〟の名を冠するゲームにおいて、そのあまりの強さに俺はビリヤードプレーヤーとのダブルミーニングを持つ〝詐欺師(ハスラー)〟と呼ばれ、教師達にすら恐れられていたのだ。それ以来、給食前のポーカー大会には出禁にされたが、まさかこんな所で俺の封印を解く奴が現れるとは。……とにかく、コイツは俺が最初から仕掛けていた謀略に、まんまと引っかかったというわけだ。

「フフフッ……」声が漏れる。笑っているのは良樹だった。

「ハッ、ハハッ……ハハハ……」俯いていた良樹が肩を震わせ、いきなり天井をふり仰いだかと思うと、最後には大きな声を出して笑い始めていた。

「ハーッ八ッハッハ、アハハ、あーあ最ッ高だよ!」平静を取り戻した良樹の目には、もはや狂気のような笑みが光っていた。

「これを待ってたんだよ! そうこなっくちゃ! さあ、続きを始めよう!」

 良樹が自身の持ちチップから、俺がコイコイに成功した分の20 枚を掴み取ると、ポットに張られたものと合わせた全額を、くれてやるとばかりに俺の方に押しつけてきた。

「まだまだ始まったばかりだよ。60 枚差なんて、次のゲームで一気にひっくり返してやるさ!」

 良樹が全身に興奮を漲らせながら、手早くカードをまとめ始める。俺の実力を見くびり、一瞬でも過小評価したことをいい意味で裏切られ、再び自分の目が確かだったことに気付き喜んでいるのだろう。

 現在のチップは俺が280 枚で良樹が120 枚。第1ゲームでの負けを取り返しリードした俺の机の横には、大量のチップがうずたかく積もっている。

「じゃあいく? 先攻後攻――」

 シャッフルを終えた良樹がジャンケンをしようと右手を握る。

「待て」俺はそれを見て咄嗟に静止させた。

「先攻後攻を決めるためにジャンケンは不公平だ」

「え、そう?」

「そうだよ。模擬ゲームでは先攻後攻の順はローテーションだったじゃないか。本番のゲームになると1回戦毎にジャンケンするなんて、ルールに不備があると思うぞ。次は俺が先攻になるべきだ」

 俺が自分勝手な論理を、さも正論のように主張すると、良樹は少し考えてから「そうだね」と頷いた。

「確かに毎回ジャンケンするのも面倒臭いね。じゃあー、今からローテーションね」

 元から先攻のアドバンテージなどは重視していなかったのか、意外にもあっさりと要求を呑んでゲームが始まった。

 1枚づつ交互にカードが配られ始める。

 俺は例の如く一枚づつ手元に来たそばから捲っていく。が、3枚目が配られた途端、良樹が動きを止めた。かと思うと今度は、カードの束から8枚をまとめて取ると、タンッと一遍に自分の手元にそれを伏せた。

(……妨害策か)

 たぶん、俺が3枚目で手札にするかデッキにするかどうかを決めている事に気付いて、それに対する予防線を張ったんだろう。

 良樹はまた8枚づつを取ると俺の手元に置き、もう8枚を取り場札として公開した。

 場――♢Q、♠3、♡A、♠5、♡2、♣7、♣9、♢K。

 カードが配り終わり、それぞれ持ち札を確認する。

 俺のデッキは♣4、♢2、♠8、♡9、♠10、♡6、♢J、♠Q。特に取れるものは無い。

 問題は手札だ。恐る恐る開いてみると、――【♣Q、♠A、♡8】。1ターン目では「Q」のスリーカードからしか作れそうにない。

 この第3ゲームは、手札の強さに頼らない読み合いと頭脳戦が必要になりそうだ。

「そろそろいいかい?」

 良樹が一旦カードを置き、ギガイアスの乗ったチップ10 枚を取り上げて言った。

「来いよ」

 俺も良樹から奪ったオタマロの乗った10 枚の束を掴む。

場代アンティセット。よーい、……スタート!」

 開始宣言と共に同時に場代がポットに置かれ、第3ゲームが開戦スタートした。第1ステージ、先攻の俺のアドプションフェイズだ。

どうする。手札に♣Qがあるから、スリーカードが作れる。といってもそれ以外に取るものもないのだが。

 俺はデッキの♠Qで場の♢Qを取ると、絵札のスリーカードを作っておいた。山札から1枚引き、出てきた♡3で場札の♠3が取れた。

「ああ……」

 ちくしょう、と良樹が漏らす。本当に憎憎しげな顔をしてるので、♠3が欲しかったのか。

 取り敢えず♠Q、♢Q、♡3、♠3を手札に加え、♠A、♠9を捨てた俺は、【♠Q、♢Q、♣Q、♡3、♠3】のフルハウスを完成させた。

「いいぞ」

 良樹に手番が回る。良樹は♢Aで♡Aを取り、山札から引いた♡5で♠5を攫っていった。良樹は少しの間考えた後、また妙案を思いついたように笑い、5枚にした手札を机の端に伏せた。

「コイコイ。コイコイレイズ40枚!」

 コイコイ手札と共に大量のチップが机の脇によけられる。5枚の手札を補充して、良樹がターンエンドを宣言した。俺のベッティングフェイズ。

(また手札チェンジの為のコイコイか?)

 攻撃しようか。俺はQのフルハウスで、相手はAと5のツーペア以上。少なくともフルハウスと見ていいだろう。あっちが「5」が3枚のフルハウスなら勝てる。Aハイのフルハウスなら負ける。それ以上の手の可能性も少なからずあるわけだ。それで勝ったら30枚貰える、負けたら50枚取られる、リスクの方が高いギャンブル。

(誰が攻撃するか)

 図らずもコイコイレイズの40枚が、当初の目的通り盾として作用しているのだ。こんなところで攻撃する奴は馬鹿だ。あっちはAと5のツーペア以下だと分かっているんだから、こっちの手が強くなるまで泳がせておけばいい。それよりも、いい方法がある。

「コイコイ」と俺は手札を机の端に伏せると、山札からまた5枚を引いた。そして、

「コイコイレイズ、0枚」

「えっ」

 予想外のレイズ額に良樹が瞠目する。俺は不敵に笑うと、ルール説明の紙が挟まったファイルを片手で持ち上げた。

「ルール違反ではないだろ? ここには『任意の枚数乗せる事が出来る』ってだけ書いてあって、『コイコイで絶対にレイズしなければいけない』とは明記されてないんだし」

「それは、そうだけど……」

 ファイルを投げて寄越すと、良樹は困ったような声を出す。

「これがルール違反って言うんなら、ちゃんと事前説明しなかったお前の落ち度って事になるぞ。お前だけルールを知っててそれを相手に教えないなんて、不公平以前の問題だからな。……それに最小賭け額(ミニマムベット) 10 枚が適用されるのはベットフェイズだけの話じゃないのか? 特例ルールのコイコイにまでレイズ額制限するなんて野暮だろ」

 俺がもっともらしいことをまくし立てる。これを否定すれば良樹は自分で自分に非があることを認めてしまう事になる。

「いや、別に駄目じゃないけどさ。せっかくコイコイしたのにレイズしなくていいのかなって思って……」

 まあいいや、と良樹がすぐに割り切り、ベッティングフェイズになる。

「ベット10 枚」

「コール10 枚」

 バトルフェイズ。

「俺は勝負しない」

「じゃあ僕もパス」

 さらっとフェィズを飛ばして、すぐに第2ステージを開始する。

 アドプションフェイズ。

 俺は引いたばかりの新しい手札を眺めた。

 【♡K、♢6、♡10、♠6、♣K】――6とKのツーペアだ。

 これ以上ペアは増やせない。唯一狙えるのは、♡が2枚あるから、♡のフラッシュだろう。ただ最低でも2ステージはかかる上に、デッキと場を見比べても取れる♡が1枚足りない。山札から♡が出る僥倖を待つ外ないか……。

 もし来そうに無かったら、またレイズ0枚でコイコイして手札を変えればいい。その時に「いい手が出来た」と言うような演技でもすれば、1ステージくらいは時間稼ぎが出来るだろう。

 ……本当に戦いづらい。フォルドしようにも相手がコイコイしてるせいで降りるに降りれない。時間稼ぎの間にずるずるとベット額がつり上がってしまうが、何もせずに60 枚失うよりは、戦って得た経験値が気休めにでもなるだろう。

 取り敢えずアドプションフェイズ。俺はデッキから♢2を取り、場の♡2と重ねた。

 さらにボーナスドロー。山札から出たのは――――♡7。  あ。

(僥倖!)

 ♡が来た! しかも場札の♣7と重なり、4枚のカードが手札に加わる。

 手札は【♡7、♣7、♡2、♢2、♡K、♣K、♡10、♠6、♢6】。♡が4枚もある。

 場札は既に♡9、と♢Kの2枚になっている。良樹に♡9を取られなければ、次のステージで5枚目の♡を手に入れられる。

「いいぞ」

 取り敢えずKのワンペアを残し、♣7、♠6、♢6、♢2を捨てると、俺はターンエンドを宣言する。

 俺は内心ドキドキする心を気取られないようにしながら、無表情の仮面を崩さなかった。

(♡9は取るな。♡9は取るな……)

 無意識に手札を持つ手に力がこもる。俺の目の前で、何かいい事を思いついたようにニヤリとすると、ゆっくりと良樹はデッキからカードを1枚引き抜いた。

(来るな、♡9)

 良樹が場にカードを重ねる。そのカードは――♠Kと♢Kだた。

 ホッとする心情はおくびにも表には出さない。良樹はボーナスドローで場に♢7を出し、たった今取ったKのワンペアを手札に加えると、うんうんと嬉しそうに頷きながら、手札を2枚を捨てた。

「いいよ。ターンエンド」

 俺のベットフェイズ。

 俺は何も考えずに最小賭け額(ミニマムベット)の10 枚をポットに置くと、良樹にベットフェイズの手番を回す。良樹は少し考えたかと思うと、俺の方に顔を向け口を開いた。

「そっちがさっき取ったカード、二組とも♡が入ってたよね。……じゃあ、♡のフラッシュでしょ。もう完成してるのかな?」

 俺は瞬間、ギクゥッという擬音が聞こえそうな程心臓が跳ね上がったが、当然のように顔には出さず、けだるそうな目を上げるだけでそれに反応した。相手の取る札をよく見ておけば、相手の手札を予想するのは簡単なことだ。

「ねぇ、一つだけ質問するから、『いいえ』だけで答えてくれる?」

 良樹は俺が「いいえ」と返答する前に続けた。

「その手、強い?」

 良樹が探るような目で見詰めてきたので、俺は手札に視線を落とした。

「――いいえ」

「うそー。本当は強いんでしょ!」

 良樹が大げさに仰け反る。『いいえ』で答えろと言ったのはお前だろうに。

「じゃあもう一度だけ聞くよ」

 今度は持っていた手札を置き、身を乗り出して聞いてくる。

「その手、強い?」

 しっかりと目線を合わせてくる良樹の顔は、その途端拭い去ったような無表情に変わっていた。

 俺はひとつ息を吸うと、大きく頷くように、首を縦に振って言い放った。

「い、い、え」

 するとそれを見た良樹の表情に、微笑が戻っていった。

(下らない嘘発見器だ)

 今良樹が俺にやったのは、心理学者が尋問の時に使う手だ。嘘を吐いている人は言葉と顔の動きにズレが生じ、『いいえ』と答えながらも首を縦に振ってしまうらしい。昨日テレビでやっていた。良樹に心理学の心得なんて無いはずだから、きっと見よう見まねでそれを試したんだろう。

 だが、残念だな。

「俺もその番組は見たし、海外ドラマで同じような事やってたから、嘘を吐く時の人間の行動くらい知ってる。だから俺は今、わざと首を縦に振って目線を外したんだ。お前が何をしようと勝手だが、俺の無表情(ポーカーフェイス)を崩して手掛かりを得ようとしても無駄だからな」

「ええー」

 良樹があからさまにガッカリした顔になる。

「でもいいや。そっちの手がフラッシュだって分かったんだし、どうせこのステージでは仕掛けてこないんでしょ? コール10 枚」

 良樹がチップ10 枚の束を2つポットに突き出して言う。そして

「レイズ10 枚。ベット20 枚」

 第1ステージと合わせて総ベット30 枚。さらに場代アンティとコイコイレイズを合わせると、良樹のベット数はもう100 枚になっていた。

(ブラフだ)

 あれだけで俺の手が見抜けたはずが無い。♡のフラッシュを言い当てたのは、相手が作れる可能性がある最高手を言っただけで、たまたま的中したマグレだ。大きい手役を予想しつつも余裕を見せていれば、相手を怯ませられる利点がある。

 強いコイコイが出来たから嘘の威勢で攻撃を誘っている、と見せかけて本当はこの1ターンの時間稼ぎが狙いなんだろう。いくら俺が第1ゲームでの負けを記憶に刻み込まれたとしても、それで攻撃宣言を躊躇う程、俺は女々しいギャンブラーではない。所詮5枚ドローの為だけの第1ステージでのコイコイに、俺が怯むとでも思ったのか?

「コール10 枚。俺は攻撃しない」

「そっか。残念だなー。じゃあ僕もパス」

 良樹は意味ありげな微笑を見せている。

「悪いけど、次のステージで勝たせてもらうよ。こっちの手はもうフラッシュが完成するからね。さっきの茶番みたいな心理戦もどきは、今のステージで攻撃されないようにする為の罠だったんだ。今度のバトルフェイズでそっちから攻撃できなかったら、もう僕の勝ちだ。こっちはフラッシュを使って、そっちのコイコイを潰せばいいんだからね」

 良樹はそこで、予言するかのような、自信に満ちた声で告げた。

「――断言する。次のターン、絶対に君は攻撃できない」

 その一瞬の宣言が、天啓のように俺の耳の中で響き渡った。

 良樹が視線を手元に戻すと、第3ステージが始まっていた。

(なんだったんだ、今のは……)

 良樹の声がこだまする。――「絶対に君は攻撃できない」――

 そんなわけあるか。確かにあっちの手札がフラッシュなら、俺のコイコイはフルハウスなんだから負けるだろう。でも今、先攻になってるのは俺だぞ? 俺はこのターン確実にフラッシュを完成させて、バトルフェイズになり次第攻撃する。後攻の良樹に攻撃のチャンスなどあるわけがない。

(まさか、このステージで作るフラッシュを、コイコイにする気か?)

 馬鹿げてる。あいつは俺の手が♡のフラッシュだと目算してるんだぞ。そんな事したら俺はずっとフラッシュを持ったまま、攻撃しないで8ターンやり過ごして強制手札公開(ショーダウン)まで待つに決まってる。

 それか最終フェイズまでにもっと強い手札を作って攻撃するだろう。手札を新しくしてしまった良樹が、俺に追いつく暇など無い。

(コイツは何を考えてるんだ。俺に攻撃されないようにする手があるっていうのか? ……全く読めない)

 まあいい。

「俺のターン」

 俺は待っていてくれた♡9を♠9で取り、場に♢10が出た。場札は♢10、♢7の2枚。

 7枚になった手札から♠9と♣Kを捨てて、【K、10、7、2、9】の♡のフラッシュを完成させた。

「いいぞ」

 手番が回り、良樹は即決で♠7を♢7で取り、場に♣Jを持ってきた。

 良樹の口元が緩む。♢のフラッシュの完成だ。

 なんにせよ、このステージのバトルフェイズで先攻の俺は攻撃する。それを止められるすべはない。

「ベット」

 俺がチップを出そうと手をかける……と、良樹が口を開いた。

「宣言する。僕はこのステージで絶対に勝負を仕掛ける。そっちが攻撃してこなければ僕の勝ちってことだよ。言っておくけど、僕のコイコイは(・・・・・・・)ストレートだからね(・・・・・・・・・)

(なに!?)

 俺の手が止まった。

 あり得ない。ストレートはフラッシュの1つ上だ。1ステージ目で作ったコイコイがそんなにいいはずがない。苦し紛れのハッタリか? そんな作戦に誰がかかるか。

 たぶんそれはこっちからの攻撃を躊躇わせるための嘘だ。冷静に考えろ。攻撃すれば勝てるのに、何を躊躇う必要がある。

 待て、相手が1ステージ目で取ったのは何だった。思い出せ。えっと確か「A」と……そうだ、「5」だ。唯一作れるストレートは(1~5)。初期手札3枚の中に最初から「2」「3」「4」があったのか?

(そんなはずが)

 俺は自分のデッキと、これまでに見たカードを確認する。

(…………あるかもしれない)

 どうしよう。俺は、予想外の可能性に思考が止まりかけていた。

「どうしたの? 降りるなら早めに決断する事をお勧めするよ。ここでフォルドすれば被害は最小限に済むからね」

 良樹が心にも無い事を言い放つ。

「……チェック」

「ベット10枚」

 素早く良樹がチップを張るのを見ながら、俺は熟考した。……なんだろう、この違和感。

 そうだ、ここで降りれば10枚は得をする。あっちから大賭けされる前にフォルドした方が……

 俺はハッとして気が付くと、首を振った。

(いや違う! それはこの手札で負けたときの話だ! 箱の中の猫を見もしないで死んでると決めつけるのか? もしこっちの方が強いのにフォルドなんかしたら100枚の損じゃないか!)

(クソ、コイツ。ダブルバインドを使いやがった)

 

 二重拘束ダブルバインド。――例えば「つけパン派?」「ひたパン派?」などと始めから選択肢を二つ提示しておくことで、相手に「パンを食べない」という選択を考えさせないように誘導できる。

 コイツはさり気なく「フォルドするか」「攻撃されて負けるか」の二択を迫り、こっちから「攻撃する」という選択肢を頭から消そうとしてるんだ!

「コール10枚」

 俺が勢いよくチップを突き出すと、良樹はたじろいでコール成立を認めた。

 バトルフェイズ。

 ついに来た。両者コイコイ装備で、手札をフラッシュで武装している。相手のコイコイは真偽不明のストレート。

(なら、こっちも同じ手を使えばいい)

「おい。そっちの手がよかったとしても、まだ勝ったと思うのは早いんじゃないのか?」

「ん?」

 俺が企みに満ちた声で言うと、良樹は不審そうに顔を上げた。

「仮にお前の手が♢のフラッシュだったとして、それで俺に勝てると思ってるのか?」

 何を言っているんだ、と言う良樹の顔を見据えると、俺は言った。

「チェック」

「えっ」

 !?と感嘆符が頭上に見えそうな顔で良樹が驚く。

「お前のさっき取ったカードでストレートはできない……ってことは手札は本当にフラッシュなんだろうな。――実は俺のコイコイも(・・・・・・・)フラッシュなんだよ(・・・・・・・・)

 でも思い出せ。フラッシュ同士が戦っても、そのカードによって勝負は決まるんだぞ。言っておくが、俺のコイコイは♠Aが入ったフラッシュだ。そっちの手が俺より強いフラッシュって言うんなら、やってみろよ。受けてたつぜ」

 その途端良樹の顔が、これ以上無いくらいに騒然としたものに変わっていた。

 それもそのはずだ。良樹には俺がトチ狂ったように見えていることだろう。ただ一つ俺がチェックした理由を考えられるとしたら、それは〝俺のコイコイはフラッシュで、手札が弱いから相手からの攻撃を誘っている〟ということだろう。だがそれでは、俺がコイコイをフラッシュだとバラした理由が説明づけられない。

 攻撃を誘っているなら何も言わなくていいはずなのだ。手札が強いのならチェックする必要がないし、コイコイが強いならそれを言う意味が分からない。つまるところ、ダブルバインドより酷い混乱が良樹を襲っているのだ。

 もちろん俺の狙いは良樹をビビらせてパスをさせることだ。俺のコイコイはフルハウスだから、これが失敗すれば絶対に勝てない。

 良樹もその可能性は考えているだろうが、俺がそんなリスクを負ってまで意味の無いチェックをかけるとは考えられないようだ。

「うぅん……」

 良樹がいよいよコメカミに手をあてて考え始めた。

(考えたって無駄だ)

 背理法で俺が言っていることが嘘である証拠を探しているんだろうが、その点に抜かりは無い。俺が第1ステージで取った2組のペアにはどちらにも♠が含まれていたし、♠Aは俺が最初のターンに捨て札に送ったから、良樹には確かめようが無い。♠Aが入った時点でフラッシュは同役手(フラッシュ)同士の戦いにおいて最強になってしまうのだから、迷うのは当たり前だ。せいぜい全力で混乱すればいい。

「……チェック」

「チェック」

 それを、俺の即答が突き返す。

 こうすれば、まだ勝負する権利を残しておいて、相手の出方を待つ図式に見せられる。これで考える側と考えさせる側が完全にすり替わった。立場逆転だ。

「むぐぅぅうう」と、思考回路がショートしかけてる呻き声が聞こえてきた。

 それを見て、俺はフッと一瞬だけ笑みを漏らす。今なら俺のコイコイレイズ0枚というのも、わざと攻撃を誘う為に弱気を装ったようにも見えるだろう。

 良樹は長々と息を吸い込んだ後、ようやく顔を上げて言った。

「…………チェック」

 ほっとするため息すら俺は無表情の中におしとどめる。

(ブラフ成功だ!)

 わざと一瞬だけ見せた笑みに、まんまと引っかかりやがった。

 これで良樹の手はなんとなく分かった。コイコイが本当にストレートならあんなにチェックを躊躇うはずがないし、手札の方は本当にフラッシュなんだろう。

(これなら、勝てる)

 ざわ……ざわざわ……

 なぜだ。……胸騒ぎの音がする。チェックを使い果たしてまで相手の手札を推理したんだ。俺の手ならたぶん勝てるのに、何に対しての違和感なんだろう。

 もしかして、あれか? 良樹がこのステージで10枚しか賭けていない事。――それは今の良樹の方がチップ数が劣勢だから、取り敢えずここで勝って、2連勝目まで一発勝負は控えているんだろう。良樹が始めに語っていた〝大局観〟と反していたせいで変に戦いづらかったんだ。これなら違和感の説明がつく。

 よし、行こう。何を迷う必要がある。ここで勝負に出なかったら、良樹に俺のコイコイが♠A入りのフラッシュだという事が嘘だと気付かれ攻撃されてしまう。もう自分の手札を信じて攻撃するしかないのだ。

 もう後には引けないのなら、

「いくぞ。攻撃ショーダウン!」

 俺が手札を掲げ構える。

「来たー」

 良樹も手札を置き、机の隅に伏せられたコイコイを手に取った。

「いいよ。いっせーのー」

「せっ」

 ぱっ、と机の上に手札を開け放したのは、俺だけだった。良樹はまだコイコイを持ったままもたもたしてる。

「何やってんだよ。お前も同時に見せろよ」

 俺は調子を狂わされ、ムッとして言った。

「いや、ごめんね。ほら、究極と至高の戦いだと、先に出した方が負けるみたいなジンクスがあるじゃん?」

 よく分からないことを言いながら、良樹が俺の手札を眺めた。自分のコイコイより強かったから見せるに見せられないのか。俺の手札はハート一色の【♡K、♡10、♡9、♡7、♡2】。

「フラッシュだね。なら……僕の勝ちだ! ほら」

 良樹が出し抜けに俺の眼前に向け、カードを突き出してきた。

 ♢、♣、♣、♡、♠――何かの規則性をもって並べられている。……まさか、

「12345のストレート。悪いけど、君の負けだ!」

(そんな!)

 良樹はカードを置くと、ポットに積み上げられたチップを崩して掻き込んだ。

 呆然とその様を見つめているうちに、カードも回収されて行く。

(嘘だろ……)

 コイツは本当に、始めから【2、3、4】を持っていたんだ。可能性は充分あったのに、油断した!? まさかまた第1ステージ目から高手役(ハイハンド)を作れるなんて!

 思えば俺は、良樹の行動一つ一つに、深く理由を考えないうちに攻撃していた。第3ステージでのベット数が少ないのも変だし、もしかして、良樹は攻撃されれば絶対に勝てると分かっていたから『絶対に君は攻撃できない』などと言って余裕を見せていたんじゃないのか? だったとしたら俺は完全に、コイツが第1ゲームから言っていた『賢い人の戦い方』に、見事に引っかかったカモって事じゃないか!

(クソ、負けた)

 現在230対170で良樹が30枚リードしている。今の戦いで110枚取られて逆転された。

「でも、まだ俺は負けないな。それに、気付いたか? 模擬ゲームから今まで、ずっと勝敗が交互に移ってるんだぞ」

「おお。本当だ」

 良樹がヒンズーシャッフルの手を止めて答える。

「確かにシーソーゲームになってる。サイオーホースってやつだね」

(なんだそれ)

「だから次のゲームでは君が勝つって言いたいのかな? ……フフッ、愚直だね。神様はそんなに公平じゃないよ? 次も勝つのは僕さ。このチップ差を最後に、決着をつけてやる!」

 それはどうかな。


 第4ゲーム。

 シャッフルを終えた良樹がディールを始めた。良樹と俺の手札と中央に、それぞれ上から8枚を取って置いていく。だんだん配り方が雑になっているのが、目に見えて分かった。

 デッキを確認。

 俺の持ち札は――♡3、♢3、♢K、♣8、♠J、♡4、♠7、♠5。

 公開された場札は♡7、♠4、♢J、♢5、♠10、♡10、♣3、♡A。

(めちゃくちゃ取れるじゃん!)

 少なくとも最初から「3」か「5」か、「J」か「4」か「7」のワンペアを作れる。選択肢が多いだけでも、さっきのゲームよりは遥かにやりやすい有利な状況だ。

 良樹は自分のデッキを確認する間もおかず、手札3枚も配り終えた。その3枚ですら、1枚づつ配ることを忘れてまとめて引いていた。

 別にどうでもいい。あれだけヒンズーシャッフルをしていれば、前のゲームでの捨て札の並び順などがこのゲームに影響しない事は知っている。

 俺は来たばかりの手札を取り上げた。

 ――【♠9、♢8、♠Q】。

(おお)

 ペアは何も作れないが、♠が2枚もある。俺は瞬時に考えうる最強手を想定した。

 まずデッキにペアを作れる♠が4枚。そのうち2枚以上が取られなければ、俺は第3ステージまでに♠のフラッシュを作れる。それまでに俺を倒せるか、場の♠を狩りつくせるかの戦いだ。

「いくぞ!」

 良樹はチップ10枚を掴み取ると、何を投げるのか宣言する投手のように俺に向かって突きつけてきた。一番上のポケモンバトリオは、マスターボールカラーの紫色だ。絶対に心の中で「ルギア、君に決めた」って言っている。

 俺もシャワーズの乗った10枚を持ち上げると、拳を付き合わせるように、それを同じ目線の高さに突き出した。

「第3ゲームはそっちが先攻だったから、ローテーションで今度は僕からだよ」

「ああ」

 相撲の睨み合いのように、しばしの間その状態のまま、張り詰めたような空気が停止する。

 そして、

「開始!」

 同時にポットに場代アンティが置かれ、ついに第4ゲームが始まった。

 間髪入れず、すぐさま良樹は♣Aを重ね♡Aを取ると、ボーナスドローで出した♢7でさらに場の♡7を手札に加えた。7枚になった手札から2枚を捨て、

「コイコイ!」

 またも、なんの躊躇いも無く手札を捨て置き、山札から5枚を補充する。

「コイコイレイズは60枚。でターンエンド」

 良樹がチップの束を押し出して、手番が俺に回ってくる。良樹の残りチップは160枚。

 また手札補充の為のコイコイか? とは最早思えなくなってきていた。二度もこいつが1ステージ目で作ったコイコイにカウンターを喰らっているのだ。手札チェンジの為の捨て札だと言わんばかりにぞんざいに扱うモーションも、実は俺からの攻撃を誘う為の巧妙な罠なのかも知れない。

 ……などと疑心暗鬼になるのも当然の事だ。なにせ第1ステージでそう何度もいい手を作るのなんて思っている以上に難しい事だし、実は良樹のやっている1ターン目からのコイコイというのは、かなり効率の悪い行動なのだ。コイコイの盾としての力や、相手を降りづらくさせるためのエフェクトが狙いなら、良樹はそれに付随する反作用(リスク)の影響も同じだけ受けなくてはならないはずだ。誰の目から見ても、コイコイレイズ額は上げれば上げるほど(プレイヤーごとに負うリスクの比例定数こそ違うだけで)良樹の方もフォルドしづらくならなければおかしい。

 何か良樹には、別の目的――別種のコイコイエフェクトを狙っての意図があるように思えてならない。

 取り敢えず後攻、俺のアドプションフェイズ。

 場――(♡7、♠4、♢5、♢7)

 持――(♠7、♡4、♠5、♠J)

 この取れるカードのうち3組を取れば、俺は手札の(♠9、♠Q)と合わせてフラッシュが作れる。今は、場にむき出しで晒されている♠4を拾っておこう。(デッキにさえ♠が入っていれば、いつでもペアを作れる可能性を保持しておける)

 俺はデッキから抜き出した♡4を場の♠4に重ねると、山札から1枚をめくった。

 出たカードはなんと、♣10だった。

(♣10 !?)

 場札には♠10と♡10の「10」が2枚ある。俺は迷わず♠10の上に重ねると、(♡4、♠4、♠10、♣10)の4枚を手札に迎え入れた。

(やった。これで手札に4枚の♠がある事になる。次のターンでのフラッシュは約束されたに等しい!)

 俺が♡10か♠10の二択で迷わず♠を選んだ事と、あえて弱小カードである♠4を取りに行った事から、良樹には俺の狙いが♠だということが既に知られているだろう。

 でももう遅い。次のステージで、手札を入れ替えてしまった良樹に攻撃は出来ないし、自分でしでかしたコイコイレイズのせいで降りれない。それに良樹のコイコイは、さっき取った【♣A、♡A、♡7、♢7】を使って構成されている。という事はストレートはあり得ないから、次のステージで攻撃すればほぼ間違いなく倒せる。Aの入った♡のフラッシュという危惧も僅かながらあるが、問題ない。俺は♣10と♡4を捨て札にして、5枚揃った手札を誇らしげな気分で眺めた。

 ――【♠4、♠10、♠9、♠Q、♢8】

 デッキにも場札にも(ジャック)が入っている。

 つまり次のターン、俺は【8,9、10、J、Q】のストレートが(・・・・・・)作れるのだ(・・・・・・)

 先攻の良樹にJが取られても、俺のフラッシュ完成を止める事は出来ない。この第4回戦は、俺が勝負に出る為の一戦だ。

「ターンエンド」

 ターンが移り、ベッティングフェイズが始まる。

「ベット10枚」

 問題はどうやって賭け金をつり上げるかだ。勝てる時には大きく賭けたいが、無闇にレイズをすれば不審に思われてしまう。対策として「弱いくせにハッタリとしてレイズをかましてる」と思わせる方法が思い浮かぶが、既に良樹に♠のフラッシュを疑われてるかもしれないこの状況でそれはできそうにもない。あとは、「相手に勝ったと思わせて、向こうからのレイズを誘う方法」だが……今のところは無難にいこう。

「コール10枚」

 バトルフェイズは当然の如くどちらともパスを宣言し、第1ステージは終了した。

 第2ステージ、先攻のアドプションフェイズ。

 良樹は♠3で♣3を取り、ボーナスドローで取れなかった♠6が場に召喚された。

 手札を4枚捨てて、俺のターン。

(やったな。これはいけるぞ)

 俺は逸る心を動きには表さないようにしながら、デッキの♠Jを場の♢Jに重ねた。これでストレートは完成だ。

 ボーナスドローは♠K。場にKは無いから、その場に留まる。場札は全部で(♡10、♢5、♣3、♠6、♠K)の5枚になった。


 ……♠K……?


(あっ!)

 俺は思わず声を上げそうになった。♠K?! ♠のKだって?!

 俺の残り持ち札【♡3、♢3、♣8、♠7、♠5、♢K(・・)】の中に「K」が入ってるじゃないか!

 すぐさま今取ったJのワンペアを加え、手札を確認する。

 【♠4、♠10、♠9、♠Q、♢8、♠J、♢J】。

 大変な事が起きてしまった。こんなところでポーカーの神が切り札を落としてくるなんて。棚からぼた餅がスクランブル発進してきたようなものだ。次のターン俺が♠Kを手に入れられれば、【♠9、♠10、♠J、♠Q、♠K】のストレート(・・・・・・)フラッシュ(・・・・・)が作れる(・・・・)

 俺は7枚の手札を見ながら考えた。

 どうしよう。次ステージで♠Kを取るなら、このステージでのストレートは諦めなければならない。このステージで攻撃すれば確実に勝てるのに、ストレートフラッシュを作る為に攻撃を見送るのか? 答えは、

(あたりまえだ)

 目先の勝利などどうでもいい。このゲームでの本質は大局観だと始めに言っていただろう。俺はやるぜ。このステージで上げれる限りレイズをして、来たる次の第3ステージで思いっ切りふんだくってやる!

 俺は♢8と♢Jを捨てると、急場しのぎの♠フラッシュを装備してこのフェイズを終わらせた。

 ベッティングフェイズ。

「レイズ10枚」

 良樹がすかさずチップを置く。

 それに対して俺は、さらに10枚多い額を宣言する。

「レイズ20枚」

 俺が倍の量のチップを突き出すと、「そうかー」と良樹が独りごちた。そして、

「レイズ40枚」

 賭け金をつり上げてきた。マジか。そっちからレイズしてくれるなら願っても無い。

 倍倍になた良樹のチップを認めると、俺も同額の+20枚を押し出してコールした。

 第1ステージの10枚、今の40枚を合わせ、総ベットお互い50枚づつのチップがポットに張られている。さらに良樹のコイコイレイズ60枚を合計すると、全額で160枚ものポケモンバトリオが第2ステージまでで積み上がっていた。

(どうするんだ? お前は)

 当の良樹はデッキを手札を見比べながら、ややあった後、「パス」と宣言した。

(やっっ      っった!)

 俺は大きなガッツポーズを噛み殺した。良樹の思考が手に取るように分かる。次のステージで作る手で、俺を倒せると思ってるんだ!

 という事は♠Kの重要性に気付いていない? つまり良樹の手はフラッシュ以上ストレートフラッシュ未満、ストレートかファイブカードだ。俺の予想では「2」あたりのファイブカードだと思う。

 手札にジョーカーがあるという安心感が無ければ、あんなに無謀なベットは出来ないだろう。差し詰め手札交換でジョーカーを引き当て、勇み足になったんだ。自分一人で勝った気になってレイズしてくるんなら、こんなに嬉しいことは無い。願っても無いのに願ったり叶ったりだ。

 俺も「パス」を宣言して、第3アドプションフェイズに移行する。

 良樹は素早く♡5で♢5を取ると、山札から引いた♣6で♠6を取った。場札は(♡10、♣3、♠K)。

 良樹は手札4枚を捨て札にすると、ターン終了を宣言した。俺のターン。来た。

 手番が回って来次第、すぐさま俺は♠Kを拾う為に手を伸ばしていた。

 デッキから出した♢Kが♠Kと重なり合う。山札から♣Qが出たが、そんなものはどうでもいい。

 俺は回収した♢K、♠Kを手札に加え、♠4と♢Kを捨て札に送りターンを終了させる。フェイズに一区切りがつき、次のベッティングフェイズへと繰り上がった。

 俺の手札を確認。

 ――【♠9、♠10、♠J、♠Q、♠K】。

 ついに、やっと、満を持して、俺の手にストレートフラッシュが出来上がった。

 触れることすら躊躇いを覚える漆黒の5枚。剣と死を象徴するその鋭利な紋様が、自身こそが最強の武器(つるぎ)であることを誇るかのように輝いていた。

(これなら……――勝てるッ!)

 ベッティングフェイズ。良樹はギガイアスの載ったチップ10枚を掴むと、ポットに突き出して言った。

「ベット10枚」

(甘いぞ)

 俺はさらに倍の額を張り、それに応酬する。

「レイズ20枚」

 10枚上乗せされたチップの束が、ギガイアスの前に並んだ。

「ぬぐっ……」と良樹が奥歯を噛み締めて声を漏らす。

(来いよ)

「レイズ30枚」

(来た!)

 良樹がさらに20枚を押し出し、俺のより10枚多いチップの山を作り出す。

 まだだ、まだ焦らずに、取り返しのつかない額になるまで、少しづつ引き上げろ。積み上げ、つり上げ、引き金を引き合うような駆け引きのチキンレース。絶対に自分が勝てると分かっていると、こんなにやりやすい事はない。

 俺は高らかに声を上げ、20枚を突き出した。

「レイズ40枚」

 それを見た良樹の口が「WO」の形になる。直後、ニタァっと口角が歪み上がった。

 良樹の頭の中では、「この後負けるとも知らずに、その♠のフラッシュで勝てると思っていやがる。ウッシッシ」とでも思っているんだろう。せいぜいそのファイブカードで勝利を確信しておけばいいさ。手札開示(ショーダウン)前の今のうちだけ、ぬか喜びさせておこう。「賢い人の戦い方」にまんまとハマって、自分からレイズしてくれる。ストレートフラッシュの可能性を失念していた良樹自身のミスによってだ!

 現在の所持チップ数はそれぞれ、良樹が80枚俺が70枚。このターン良樹がコールすれば同額の70枚づつだ。

 コイコイレイズで払った額が多いから、このゲームで終わらせる事は出来ないが……可能性は見えてきた。上手く立ち回れば今回戦、170枚以上奪い取れるかも知れない。

 そう思って見ていた俺は、その後良樹が取った奇怪な行動に目を丸くした。

 ――出来たばかりの手札を、またしても机の上に伏せたのだ。

「コイコイ。レイズ60枚」

(ッ、正気か!?)

 二度目のコイコイの横に、60枚のチップがそびえ上がる。せっかく出来たファイブカードで攻撃して来ないなんて、一体何を考えてるんだ!?

 良樹が不敵な笑みを見せながら、恐る恐るといったていで、手札補充の為に山札へ手を伸ばしていた。

(攻撃を誘ってる? 何の為に)

 思いつくのは一つしかない。簡単だ。

(強手役だという自信と余裕を見せ付けて、俺に攻撃させないつもりだ)

 なら、このレイズ額は何なんだ。失敗したら勝ち目の無いブラフの為だけに60枚は多すぎる。

(……)

 それに対する答えは、朧げながら俺の頭の中で、形がまとまり終わってきていた。

 良樹が狙っているのは、保身の為の第5のコイコイ(・・・・・・・)エフェクトだ(・・・・・・)。良樹の作戦と俺の推理が合っているとすれば、それは〝負けを確信したプレイヤー〟にだけ有効に作動する。つまり、コイコイを一種の銀行に見立てているのだ。

 忘れがちなコイコイのもう一つの特性、それは「コイコイをしたプレイヤーはそのゲームに負けても、コイコイレイズの半額しか失わない」という事だ。言い方を変えるなら、コイコイレイズに置いたチップの半分は、そのゲーム中相手プレイヤーが絶対に干渉できない場所に安全に隔離されたに等しい。こうすれば、たとえこのステージで所持チップ全額を使い果たした大賭けをしても、相手にとってはそれが「絶対的な自信からの行為」に見えるように見た目がすり替えられるし、レイズすればするほど、その半分の額を確実に所持した状態で次のゲームに持ち越すことが出来る。真意とは逆の行動を取って盲点を突く、よく出来た心理トリックだ。

 要はコイツは、二度目のコイコイまでに賭けた全コイコイレイズ120枚のうち、半分の60枚を〝コイコイ銀行バンク〟に送り飛ばしたのだ。

 ……なぜが?

 良樹がそんな手の込んだ姑息な手段に出た理由、それは手札5枚補充した良樹のホッとしたような顔から分かった。――コイツの手に、ファイブカードなんて出来ていない。それどころかストレートですらもない超弱手(ローハンド)だ!

 俺の手があまりに強すぎて分からなかったが、さっきのガンファイトのようなチキンレースは、コイツの精一杯のブラフだったらしい。察するに良樹の手は、ストレートを作ろうとして失敗したペアなしのブタだ。これ以上ステージを重ねても完成しないと分かった良樹は、直前に大量のベットを行うことで、このコイコイが手札交換の為だと分からないようにカモフラージュさせたのだ。

(なかなか。理路整然と先手を打ってくるじゃないか)

「レイズ、全賭け50枚!」

 良樹が宣言と共に、残っていた所持チップ20枚全てを使い果たしてベットした。コール前にコイコイをしたので、まだ良樹に手番が残っていたのだ。

(不必要にレイズしやがって)

 良樹のベット額が170枚を超えた時点で、俺の所持チップ枚数を超えるオーバーレイズだ。自信を数値パラメーターとして見せつける為だけのベット。上に載ったオタマロが笑っている。

 確かに、よく考えられた戦術なのは認めよう。あんな戦力チップ差で2回もコイコイを見せ付けられたら、普通ならギリギリまで躊躇って攻撃を見送る。

 第1ゲーム、第3ゲーム共にコイコイを攻撃してカウンター負けを喫した俺に対しては尚更有効だ。

 だが、それでも、俺を怯ませるには足りなかったらしいな。

 ストレートフラッシュという圧倒的なまでの力の前では、良樹のいくら知略に長けた策略も蟷螂の斧のように虚しい。

「コール50枚」

 俺はチップ10枚を置いて、このステージでのベット50枚に応じた。ポットにはコイコイレイズを含め総額140枚――ベトナムドンに換算すれば約280万に相当するポケモンバトリオが机上を占領していた。

 だが、それだけでは終わらない。

「リレイズ、MAXBET(マックスベット)。上乗せ全額60枚!」

「えぇっ!?」

 俺は所持チップ全てを前に押しやると、良樹は身を乗り出さんばかりに吃驚した。

「い、いいの? オーバーレイズだよ?」

「ああ。悪いか?」

 俺が泰然とした態度で背を凭れると、机に肘を突いて良樹を見据えた。

「でも、僕はチップを出し切っちゃったから、もうコールできないんだよ? これは入札みたいに『コール』できなくなったら負けってゲームじゃないんだからね?」

「もちろんだ。知ってる。『相手の所持チップが無くなったら、いくらオーバーレイズしても強制コールされる青天井だ』って言ったのはお前だろ。俺が忘れるとでも思ったか」

 オークションならいざ知らず、このゲームは400枚のチップを奪い合うゼロサムゲームだ。高々60枚のチップ差で、勝利を落札できるものじゃない。

「じゃあ、どうする? 僕にそれをコールされたって――」

「あるじゃないかよ。コール分、チップ60枚」

「えっ……」

(とぼけるな)

 俺は人差し指1本を、肘を衝いた片手で反り立てた。

「俺がオーバーレイズする対価に、1つ条件がある」

 ポットには400枚のチップが出払っている。ベット額無制限のルールを組み込んだのは、きっとこの為だ。

 俺は口ごもる良樹に向かって、条件を突きつけた。

「お前がこのゲームで負けたとき、第5ゲームで戻ってくる予定の60枚――コイコイレイズを使って安全圏に隔離した半額で、俺のオーバーレイズ分60枚をコールしろ」

「ぁグッ……」

 良樹が痛いところを気付かれ、喉から声を出した。やっぱりこのおかしなルールは、コイコイレイズによる優位性を削る為に作られたのだ。もし俺がそのまま勝っていても、60枚もあれば充分に逆転が可能だっただろう。――それを、俺が潰す。

「へぇ。……へへへ、フフフ。勝負するリスクが不平等だから、この一発で絶対にどっちかが負けるようにするんだね? いいよ。いいよいいよそういうの! 最高に燃えるよ頂上決戦だよ!」

 良樹は思い切りコールを宣言すると、またクツクツと狂ったように笑い出した。

「ククク……フフ、フフフフ」

 なんだ。まさか、この状況を楽しんでいる……?

 いや、それどころじゃない。目に勝利の興奮までもが光り滾っている。その笑みがどんどん膨らんでいき、ついには溢れ出すように笑い出していた。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 何が面白い。

「アハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハクヒヒヒキッシッシ」

 なるほどな。これで確信したぞ。良樹のコイコイは本当にジョーカーの入ったストレート以上のハイハンドだ。俺が二重裏まで読み攻撃してくる事を想定しての、レイズ額をつり上げるための演技! この白々しい絶笑も、わざとそう見えるようにしてコイコイへ攻撃を誘っているんだ!

(やりやがる、策士が!)

 だが残念だ。お前が強手ハイハンドである場合も俺は既に想定済みなんだよ。

 まず俺が♠の9~Kというストレートフラッシュの中でも最強の手である事から、俺に勝つ為には良樹にはロイヤルストレートフラッシュが必要という事になる。

 そこで場に始めから出ていた♢J、♡10、♡Aと俺のデッキの中の♢Kを合わせ、ここまでに現れた絵札ハイカードを通観すると、

 第1ステージで良樹が♡Aを取るのに使った♣A、次に第3ステージで俺が山札から引いて場に出した♣Qが今も見えている。♠はA以外の絵札を俺が全て掌握しているから、今良樹に使えるカードは

 ♣K、♣J。

 ♢A、♢Q、♢10。

 ♡K、♡Q、♡J。

 ♠A。

 の中だけとなる。ロイヤルストレートフラッシュの可能性だけを追って記憶していたから絶対に間違いはない。どのスートを使ってもこの中で5枚通しなど作れないし、例えジョーカーが入ったとしてもスートが揃っていなければただのストレートだ。それに良樹が第2、第3ステージで取ったカードは全部で【♠3、♣3、♡5、♢5】だけだから、何があろうと100%絶対にロイヤルストレートフラッシュなんて作れない。万に一つとか十万に一つとか言うそんなレベルの話じゃない。ポーカーでストレートフラッシュができる確率だという四十六万分の一を何乗何十乗しようとそれを遥かに超える〝絶対〟にあり得ないというレベルの戦いだ。

「ククッ……」

 俺は漏れ出る笑いを抑えるのをやめた。

(頑張ったよ。スゲーよお前の演技力)

 俺は狂気でギラつく良樹の笑みに、負けないくらい邪気に満ちた顔で笑い返していた。

(でも、――お前の負けだ!)

「攻撃!」

 先攻の良樹が言い放った。

(は? 馬鹿か! 気でも違ったか!)

 俺はいよいよ声を上げて笑い出していた。どうせ負けるなら、攻撃される前に自分から突っ込んでくるってか! 失うものもないからな!

「来いよ! 手札公開(ショーダウン)!」手札を振り上げる。

 俺のはお前のストレートとかファイブカードなんていう水物の自信じゃねーんだよ! 絵札の狩りつくされた現時点、俺の♠のストレートフラッシュはこのゲームにおいての最強手! 俺が第4ゲームの支配者だ!

「いっせーの――」

「フハハハハハハハ」

(勝ちだ。これで終わりだ。俺の最強手(ストレートフラッシュ)で、お前の最弱手(コイコイドロー)を刺す!)

「せっ」

「死ネェ多嶋ァァアアアッ!」


 ドン!


 両者の手札が同時に机の上に叩き付けられた。開かれた俺の手札に映る、黒い剣をかたどった全ての紋章が、一斉に良樹を指し示すように据えられる。それを見た良樹の顔が驚愕で引き攣ると――

 不意に、安心したように息を吐き出し、ゆっくりと全身の緊張を解いていった。

(? ……なんだ、その顔。俺のストレートフラッシュは完璧なはず――)

 俺は視線を下ろし、机の上のカードを見る。

 その途端、今度は俺の全身が凍り付いていた。


 ――【♢A、ジョーカー、♢Q、ジョーカー、♢10】――


 ジョーカーが♢Kと♢Jを補っている。

 その意味するものを、一瞬俺は理解出来なかった。……それが、良樹の出した手札だった。

「ロ……、ロイヤル……」

 ――ロイヤルストレートフラッシュ……

「そう、どうやら僕の勝ちってことみたいだね。ということは君の負けらしいけど、いいかな?」

 ニヒルな笑みを貼り付けた顔で、嫌味ったらしく良樹が笑う。

 俺は状況を理解出来ずに、まだ見開いた目でカードを見つめていた。

(俺……が、    負け     た……?)

 一人清々しい顔で、良樹がカードを片付け始める。勿体ないからか、手札だけは残し他が回収されて行く。

(俺の……負け   俺の、ストレートフラッシュが……  ?)

 嘘だ。

 そんな、まさか、こんなこと、ありえない。これは――


「い、イカサマだ!」

 俺は声を張り上げていた。

「適当に引いた5枚の中にジョーカーが2枚も入ってるなんて、こんなの馬鹿げてる! しかもそれがロイヤルストレートフラッシュだって? フザけるな! お前が何か、山札を仕組んだんだ! それ以外ありえない!」

 気色ばむ俺が口角泡を飛ばして喚き立てる。良樹は気だるげに顔を上げると、哄笑するようにニヤつきながら反論した。

「なに言ってるの? 言い掛りならやめてくれないかな。イカサマなんかする余地、どこにも無かったじゃないか。これは本当に、僕の運の勝利だよ。それに負けた君は、つまり完全なる敗者だ。というか確率でこんな問題よく出るじゃないか。現に僕は引き当てたんだし、『ありえない』なんて言葉を使うこと自体おかしいよ。可能性っていうのは、確率が0じゃなきゃ『起こりうる』って意味なんだから」

「……ッぐ」

 既成事実を前にした反論の余地も無い講釈が、スラスラと良樹の口から流れ出てくる。

 詭弁だ。どれほどの確率か知らない奴が言えるんだ!

「それ以前に、僕はブラインドシャッフルなんか出来ないからね。バラバラに混ぜたカードの位置を把握して操作するなんて、プロのディーラーでも……ましてや一介の高校生に出来る技じゃないよ。なかんずくこの僕なんかに、そんなイカサマ師(メカニック)の真似事ができるとは思ってはいないんでしょ? 立証できないならただの難癖だよ。イカサマだって主張するつもりなら、証拠を持ってこなきゃ駄目だからね」

「それは……」

 ……無理だった。

 言い返せる論理武装も無い、悪魔の証明。このゲームを通して良樹の一顰一笑、一挙手一投足を常に監視していた俺の目にも、カードに細工するような不審な行動は何一つ映らなかった。これは、本当に……負けたことが信じられない俺自身が、欲目や被害妄想から臆断しているに過ぎないのかもしれない。

(……でも、それじゃあ……)

 普段の俺ならこんな遊びの勝ち負けに拘泥したりなんかしない。でも、この戦いで賭けられているのは……

(――そんな)

「てことは……俺は……本当に……」

 体から力が抜けていく。

「うん。君の負けだよ。約束どおり被害者には、君のやった事を洗いざらい話させてもらうから」

 幾何階級的に心拍数が上がっていき、ぞっとする程冷たい脂汗が滲み出す。鼓膜を貫いた良樹の言葉が頭蓋の中を反響し、ごおおぉという幻聴となって俺を包み込んだ。

 ――猿原さんに知られる。

 この悪魔に俺の誇張された悪行を伝えられる。汚名を着せられる。レッテルを貼られる。……猿原さんに。失望される。冷たい目で見られる。呆れられる。激昂される。――後ろ指さされ、野次られ、詰られ、疎外され、   ……俺は……これから、彼女に……どんな顔で……

「俺が、  どうなっても、  いいって言うのかよ」

 その声は、自分のものとは思えない程かすれ、弱弱しく消えた。

「あれ? アクロイド殺しのサジェスチョン、伝わらなかったかな。あの話の最後でポアロが何するか、言わなかったっけ」

 足元が、頼りなく震えだす。    ――――自殺……

 俺が死んだら、彼女はなんて言うだろうか。

 それが猿原さんの声を真似た幻聴なのか、良樹が言ったのかは判然と出来ない。

 ……ただその声は、不意に掻き消えた耳鳴りの中で、やけに明瞭に聞こえてきた。


 ――『変態下着泥棒が』――


「んぅッ――」

 素早く両手で口を押さえる。無理やり押しとどめた胃の中のものが、強烈な刺激をもって喉を焼いていった。

 どっと噴き出した玉の汗が額をベトベトにする。立っている事すら限界に近づいた俺の両脚が、今にも崩れ落ちそうな程、覚束なくガクガクと震えだした。

(ダメだ、ここで弱気を見せたら――)

 俺は目元に涙を溜めながら、せり上がって来る反吐を飲み込んだ。鼻の奥が熱くなる。

「……なんで、……だよ。……なんで、こんな事、するんだよ」

 俺は気丈さを装い、口から手を外して言った。

「理由なんかないよ。ただの名探偵の酔狂さ」

 良樹が悠然と、椅子の上でふんぞり返る。

「僕も一つ聞いていいかい? ――――なんで、そんな事したの?」

「そんな事……」

 尋問に答える、俺の声も震えていた。

「そんな――事ッ」

 俺は拳を握り締めて叫びだしていた。

「お前みたいな男に分かるか! 好きな相手に好意が伝わらない、伝えても理解されない、俺のこんな気持ちが分かるか!」

 意図せずに俺の口から言葉が出てくる。心の中で何かが決壊したように溢れ出る俺の声は、ヒステリーを起こした女の泣き言のように聞こえた。

「猿原さんは俺にとっての全てだった! 傍に居られればそれでいい、友達でいれさえすればよかったのに! そのためにかかった時間をッ」

 自分でも何を口走っているのか分からない。ただ鼻水がグジュグジュになり、子供じみた泣き言に鼻声が混じる。

「そんな、そんな違いなんかに! 体育の場所とか水着の形なんていう違いに! ……これはジェンダーだ! 俺はやっと友達になれたのに! 男女関係なく友達として接せるお前なんかに! 俺の! 俺のこんな気持ちが分かって堪るか!」

 言い終わると同時に、俺はポケモンバトリオの山を薙ぎ崩す。吹き飛んだバトリオのパックが床で跳ね、一面にそれが散乱した。

 ――それ以上、喋る事は出来なかった。赤くなっているであろう目を片手で覆い、肩を怒らせ俯いた。

(駄目だ。こんなところで泣いたら。こんな所でッ)

「ふぅん」

 涙を堪える俺の前で、良樹はゆっくりと呟いた。

「そっか。もちろん僕には理解できないし、下着泥棒の言い分なんて分かりたくもないよ。僕も実際そんな事は気にしない方だし、君が何をどうしようと個人の勝手なんだけどね。――ただ、君は僕の友達を困らせた。その時点で、君は僕の敵になったんだよ」

 手の間から見えた良樹の顔は、恐ろしい事に笑っていた。

「ヴぐっ……」

 再び襲ってきた吐き気に口元を押さえ、フーッ、フーッと小刻みに息を吐く。気持ちの悪いムカツキが口の中にまで込み上げて充満した。

(クソ、クソックソッ!)

 大敗を喫した。命を懸けた戦いで、恥辱とゲロと涙にまみれて――ッ

「ッ」

 俺は居た堪れずにその場を抜け出していた。

 扉を開け放ち廊下へ駆け出し、すれ違った男子生徒を突き飛ばし手近にあった女子トイレに飛び込むと、洗面台の中で思い切り吐寫物を吐き出した。

 透明な胃液の嘔吐が、これでもかと胃を搾り出したように流れ出る。

 口辺から涎を滴らせたまま蛇口を捻り、鏡に映る強張った自分の顔を見つめた。

 ここで猿原さんに出くわしたりしたら、俺はこの場で死ぬだろう。

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