桜の子
桜の散る季節になった。少年は桜の花びらで敷き詰められた桜並木を美しいと思った。春の名残りをいたわってやりたいと、桜の花びらをかき集める。人に踏まれないだろう道端にこんもりと盛った。
「お疲れ様。今年も綺麗な桜吹雪をありがとう」
なぜか、そう呟きたくなった。すると、目の前の桜の小山がガサゴソと揺れ動いた。最初に小さな手が現れた。次に、顔が覗いた。桜の木に芽生える若葉のような目をした小さな子だった。その子は俺にとてとてと近づいてきた。癖のない長い髪の毛先は桜の小山にまだ埋もれていて、相当長いのだと分かる。桜と同じ色だなんて、桜が生み出したんじゃないかと思ってしまう。
女の子だろうか。桜の小人は俺の人差し指を抱きしめて、触れられることが幸せであるかのように微笑んだ。不覚にも保護欲をくすぐられた。その一瞬のうちに、腕を駆け上がり、胸ポケットに彼女は忍び込んだ。あっけにとられていると、彼女ははみ出た髪を一生懸命ポケットに入れようとしている。思わずフッと笑って、彼女の長い髪をポケットに入れてやる。彼女はありがとうとでも言うかのように、笑った。
何だろう、この感覚は。彼女のいる左胸が暖かい気がした。
毎年春の季節が来ると、彼女に桜の花びらを集めてふりかけた。彼女は桜の花びらを浴びるたびに少しずつ大きくなって、とうとう成人女性の大きさになった。彼女の声が聞きたいと思って、彼女の喉に桜の花びらをかけた。
「ぁ……」
彼女の初めての声だった。ずっと話せたらと思っていたので嬉しかった。桜子と名づけた。
桜子を好きになるのは自然なことだった。彼女は刷り込まれた雛のように、ただ俺だけを見ていた。慣れない人の暮らしを覚え、俺に尽くしてくれた。家庭を作り、家をもった。彼女は庭に生えた新しい木を私達の子だと言った。新しく育った桜の木から落ちた花びらを、彼女と山になるように重ねていく。すると、小山の中から赤ん坊の鳴き声がした。桜の花びらをかき分けると、元気な赤ん坊がいた。
「私達の、子ども」
彼女は慈しみ深い笑みを浮かべて、赤ん坊を抱きしめた。赤ん坊は女の子で、桜と名づけた。
俺たち家族は毎年、あの桜並木を見に行く。始まりの場所だから。
春というテーマにありきたりのものしかうかばなくて、難しかったものです。