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ことなかそのいち。

 その後日が昇り、調査を後回しにして彼女が言ったとおり西に進んでいくと、森ではない小さな村に出た。

 寂れた……いや廃れた、もしくは発達していない村が細々としてそこにあった。

 行きかう人を見ると、みな顔が獣だ。ここはどうやら獣人が住む島だったらしい。

 事前に調べた衛星写真では村は存在していなかったはずだ。


「すみません」

 近くに通った狼のような獣人に声をかけると、胡乱そうな目で見られた。しかしすぐさま何事も無かったように通過していく。あまりの不自然さに一同は首をかしげた。

「ここの島は、孤島じゃないのか?」

 男がアルベルトに訊ねた。

「そのはずですけど」

「獣人が立派に居るじゃないか」

「そういわれても、俺が調べたんじゃないですよ」

 あくまで調査をする人類の護衛なのだ。アルベルトにいわれても困るものだった。

「とりあえず村の様子見てきます?」

「だな」

 ほかを見れば皆同意見だったようで、とりあえず歩き始める。


 村は活気が無く、誰に声をかけても同じような反応だった。他者を受け付けない、かといって攻撃的でもない。微妙な感じがメンバーをいらだたせた。たった一つだけ幸運だったことは、言語が同じだという点だった。村の住人は意図的に彼らを無視している。

「知らない奴が来て気に食わないのは分かるが、それにしては随分と廃頽はいたい的じゃないのか」

「ですよね。どうにかして誰かから話を聞ければいいのですけれどね」

 その時、後ろから無邪気な声が聞こえた。

「ねぇ、なんで変な“人”じゃない生き物がいるの?」

「だよねぇ。“人”じゃない“人”なんて、アイツの他にいるんだね!」

「あそこの人たちも出来損ないなんだっ」

「おい。ちょっと待て、それはどう――」

 男が喋ると、獣人の子供は散るように走って言った。

「今度は俺が話して見ます? ここの人たちどうやら人類を見たこと無いようですし」

「あ、ああ」

 そういってやがて村の中心部だろうところまでたどり着くと、他とは違い豪華な民家が出てきた。といっても、村で一番というだけで、世界水準で見ればとても乏しいものだ。

 中から老いた獣人が出てきて、こちらに気付く。目を大きく見開き、ありえないものが居るという目だった。そしてすぐさま何事も無かったかのような目に戻る。しかし、その老人は少し違った。

 彼らを無視することなく、話しかけたのだ。

「貴方たちは何処から」

 とてもしわがれた声で老人は問う。また人類である男が会話して逃げられてはたまらないので、代表してアルベルトが話すことにした。

「実は航海中に、船が故障してしまったのです。それで応援が来るまでこの島に滞在しなければならいのですが、滞在させてもらえませんか?」

 アルベルトの嘘に、男は小突いた。

「なんで調査団って言わないんだよ」

「そんな事言ったら警戒されますよ!」

 小声でやり取りする。幸い老婆には聞こえていないようだった。

「ふね? ……それは仕方ありませんね。どうぞ何も無いところですが、食事と宿くらいは提供します。ゆっくりしていってください」

 そういって笑った顔が、悪意に満ちているというのは、誰にも分からなかった。


 ☆☆☆


「機械的だよな」

 夜。男が言ったその一言に皆が同意した。あれだけ空気のように扱っていたというのに、あの老人(村長だったらしい)が鶴の一声で全てを解決させた。

 その後肉をメインにした料理で豪勢にもてなされたが、やはりどこか機会のようであった。

「ここの住人は“人類”を知らないようですね」

 女が確認するかのように呟く。

「獣人しか居ないからな。島の中だけですごしていたのだろう。もう何十年も」

「そうなのでしょうね。ところでこれからどうしますか。この島の調査をできる状況じゃないですし、何より想定外に先住民が居ますよ」

 調査をするなら調査団。交渉するなら使節団を派遣しなくてはいけない。

 問題は山積みだった。



 アルベルトは小さく聞こえた、叫ぶような声に目を覚ました。

 獣人は人類よりも遥かに五感がいい。小さな音でも聞き取ることができるのだ。

 その声の出所を突き止めようとアルベルトは窓から飛び出て走り出す。

 かすかに聞こえる声を頼りにその方向に走っていると、昨日の祠にたどり着いた。


 ☆☆☆


 エヴァリーサは、今日も運ばれてきた贄を目の前にして、何のかんがいも無く見詰めていた。瞳に光は無くただ目の前の事実を受け入れている。これから自分のすることに対しても、されてしまう目の前の人にも、何も考えなんて浮かばなかった。

 それでも少しだけ視線を動かせば、村の獣人が汚らわしいものを見るような――いや、そのものずばり汚らわしいものを見る目で見ていた。獣人の目には早くしろと訴えるものがあった。

「ひぃっ、たす、助けて!」

 手足が縛られた青年が泣きながら懇願する。エヴァリーサはそんなことも気にせずに、両刃のナイフをしっかりと握り締めて振り上げた。

 躊躇うことなく、鼓動し続ける臓器に突き立てる。嗅ぎなれた赤の臭いが広がって、地面に海が広がった。ナイフを力任せに引き抜くと、一瞬、噴水ができた。

 上半身をはだけさせ、胸から腹にかけて綺麗に引き裂く。内にある内蔵が視界に入った途端、吐き気を催したが、それを上手くやり過ごした。

「エヴァリーサ……?」

 祠の入り口から声がした。エヴァリーサを名前で呼ぶ人なんて居ない。と思っていたがつい昨日名前を教えた人が居ることを思い出した。

「アルベルト」

 呼んで見れば、アルベルトは絶望に染まったような目をしていた。

「エヴァリーサ、昨日食べていたのも、もしかして……」

「――そう。“人類”よ」

 返した途端、アルベルトは走り去っていった。

 気がつけば見張りの獣人は居なくなっている。

 ふと視線を落として自分の手を見ると、紅く染まっている。当たり前のことなのに、慣れてしまったことだというのに、今日はそれがなんとも異質に感じさせた。


 ☆☆☆


 思わず逃げ出してしまったアルベルトといえば、宿に戻らずに森をひたすらに駆けていた。帰り道が分からなくなったとも言う。

 何の躊躇いもなく、ナイフを振り下ろすその手も、感情を乗せることなく冷たいままの瞳も。同郷の仲間が殺されるその瞬間も――。

 アルベルトも、一応は護衛としてきているのだ。剣を振るうこともできるし、己が爪で敵を引き裂くこともした。しかしそこには使命感と正義感があってからこそなんとかこなせたもの。それをエヴァリーサは感情すら厭わしいというようにやってのけていた。

 はたからすれば異常だった。

「エヴァリーサ」

 名前を呼んで見ると、振り向いた彼女の顔が脳裏によぎる。

 火の光で、紅く光っていた黒の瞳は、一瞬震えた……ように感じた。

 もしかしたら、いやいやだったのかもしれない。


 やっとのことで迷いながらも村に戻ってくると、空は白くなり始めていた。もうそろそろ朝日が昇るのであろう。

 村の外には誰も居なかった。獣人なら早く起きる種族も居るだろうけれども、ここの種族はそうでもないようだった。

 アルベルトが戻ると、まだ皆寝ていた。疲れが溜まっていることは容易に想像できたが、それでも一刻を争う。気は引けたが皆を起こすことにした。


 あらかた事情を説明すると、一様に黙りこくり、難しい顔をしていた。

 このままでは明日にでも殺されてしまう。そう思って当然だろう。

 一度帰国するべきだろうが、船は故障中ということになっている。応援は早くても普通は二日後以降。この村に船なんて物を知っているかは分からないが、怪しまれたら、どんな暴挙に出るか分からない。たった三人しか居ない獣人が、五人を守り抜き生き残れるはずも無い。

「様子を窺って……相手の出かたを見る、か」

 八人がうなって出した結論は、全員で行動すること。また昼間は安全のため村を一度出て島を調査するということだった。

 かといってどうせ島の中である限り、何処であっても村の住人が有利なことに変わりは無い。が、何かで気を紛らわさなければやっていけないことも事実だった。



「少し気になるところがあるんです」

 調査中、アルベルトは祠の方角をしきりに気にしながら呟いた。

「行って来てもいいですか? もちろん一人で行ってきます」

「一人は危ないって今朝話したばかりじゃ」

「今まで人類が狙われているのだから、村の人は人類を狙っているのだと俺思うんです。だから多分、大丈夫」

 アルベルトには確信があった。エヴァリーサが食べていたのは、“人類”で、そして彼女もまた“人類”だということを。誰も好き好んで同族を殺したりなんてしない。だったら何か理由があるはず――夜の一件から落ち着いたアルベルトは勝手にそう結論付けて、祠へと足を向けた。



 相変わらずその場所は、不気味なところだった。森の奥深くひっそりとしている。

 未だに残る血の臭いに顔をしかめめた。それは当然なことに、進むほどに強くなってきている。

 広間まで辿り着いて中を窺うと、エヴァリーサは必死に水に手をつけてこすっていた。先ほどとは別の意味で腕は真っ赤になっている。

「なにして……!」

 アルベルトがエヴァリーサを押さえつける。彼女が顔をみると、感情の無い表情から、少しだけ驚き悲しんでいるよう見えた。

「なにしてんの」

「何って……穢れを落としているの。だって、私の手から、臭いが消えないからっ」

 強い物言いにアルベルトは確信した。彼女は決して自らが望んで“人類”を殺していたわけではないと。

 彼女の足についていた鎖を引きちぎる。そして自然と

「逃げよう」

 その言葉が口に出た。

「え、」

「この祠から、島から!後数日もすれば、俺たちは帰る。だからその時一緒に」

 この島から出よう。そう言おうとしてアルベルトは押し黙った。エヴァリーサが眉間に皺を寄せていたからだ。

「そんなことできるわけが無い」

 まるで断定したかのように、苦々しく。

「私はずっとここで暮らさないといけないんだから!」

 強く唇を噛んだエヴァリーサをアルベルトは無理やり立たせた。そして担ぎ上げると、ずかずかと出口に向かって歩き出す。

 エヴァリーサの体重は、異様に軽かった。つかんだ腕も、二の腕だったというのに指がくっついて余るほどだった。

「な、なにするの!?」

 肩に担がれて動きが取れないエヴァリーサは強い口調で威嚇する。

「私は祠から外にでてはいけないの」

「なんで?」

「それは……誰かがそう、決めたから」

「誰かって誰?」

「誰かは誰か……」

 だんだんとエヴァリーサはわからなくなって言葉も小さくなっていった。

「今日は晴れてる、空は綺麗だ。海もきっと輝いてる。だから、一緒に見に行こう! 外に出たことが無いのなら、今から見に行けばいい。そしたらエヴァリーサは祠の中の生活なんて満足できなくなる」

 アルベルトは確信めいた口調でエヴァリーサに語りかけた。


 ☆☆☆


「長老」

 厳つい壮年の獣人が、年老いた獣人へと声をかける。

「この島に来た人たちのことですが、どうやらこの島のことを調べているみたいなのです」

「とは?」

「目的は分かりませんが、土や水などを」

 老人は顎に手を当てて考える素振りをする。

「ふむ。奴らが分からない位置から見張りはつけているのだろうな」

「はい」

「祠の女は」

「贄は欠かさず与えていますが、いまだに結果は現れません」

 壮年の獣人は苦虫を噛み潰したといわんばかりだった。

「一四年も続けているというのに、いまだに結果が現れないとは」

「……よい。それでは――」

 口角を禍々しく歪めて、老人はニタリと笑った。

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