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えんじぇる・らいふ

作者: 泉谷パーム

 屋上までの足取りは重く感じた。いざこれから飛び降りようとするとなると、正直怖くもあったからだ。

 僕はそう、今日死ぬのだ――。

 心にそう固く誓っても、やはり怖いものは怖い。けど、僕にはこれしかないのだ。

 きっかけは、いじめだった。

 いつの間にかいじめられっ子グループに目をつけられた僕は、毎日のように暴力や悪口を浴びせられ続けた。それだけじゃない。体操服を破かれたり、机を廊下に放られたり、靴に画鋲を入れられたり、どこかで聞いたような陰湿な行為を奴らは飽きもせずに繰り返してきた。

 最初は僕も反抗していた。けど、何故かは知らないが奴らはそんな僕を見ているのが面白いらしく、どんどんエスカレートさせていった。先生に言っても、注意するだけで根本的な解決をしようとはしてくれなかった。

 僕は世界一の不幸者だ――。

 そんな馬鹿な、と言われそうだが、そう思わなきゃやっていられなかった。誰も僕を哀れんでくれる人間はいないのだ。だからせめて、僕自身が哀れんであげるしかない。

 そして、僕の哀れさを、学校中のみんなに見せ付ける――。これはそういう意味では奴らに対する復讐のつもりだった。

 これで最後なんだ――。

 僕がそう思った瞬間だった。

「死なないでください、小太郎さん」

 頭上から突然、僕を呼ぶ声がした。僕と同い年くらいの女の子の声だ。

「誰!?」

 ここは学校の屋上だ。気球かヘリコプターでもなければ僕の上にこられるはずがない。

 僕はおそるおそる、上を見た。

「あなたに死なれたら、私が困ります」

 驚いた。

 そこにいたのは、紛れもなく女の子だったから。

 それも、真っ白な翼の生えた、まるで……

「天、使……?」

 翼の生えた、ツインテールの女の子は僕のほうを見ながらこう言った。

「あなたには、幸せになる権利があります。いえ、幸せは生きている人に与えられる権利です。だから、死なないでください」




 高校生になり、僕は一人暮らしを始めた。

 地元からはだいぶ離れた学校だけど、なかなか気のいい奴らが集まって、僕にとって本当の友達ができた。

 他愛もない会話も、たまにする喧嘩やからかいも、何もかもが楽しかった。みんなにとっての普通や当たり前が、僕にとっては何もかも新鮮なものだった。

 そんなある日曜日――。

 特にすることもなく、部屋で本を読んでいると、突然僕のケータイが鳴り出した。誰だろうと思ってみてみると、それは僕が高校で初めて友達になった雄一からだった。

「はい、もしもし。小太郎だけど」

『やったよ! 俺、ついにやったよ!』

 雄一は電話越しでも部屋中に響かせるような声で話しかけてきた。

「ど、どうしたんだよ?」

『いやぁ、俺ついに彼女ができたんだよ! ほら、同じテニス部の松谷先輩。ダメ元で告ってみたら、まさかOKされちゃって!』

 雄一の報告には、僕もなんだかうれしくなった。

「よかったな! 雄一、先輩のこと本当に好きだったもんな!」

『ああ! 俺の恋を応援してくれたお前には真っ先に伝えたかった! 本当にありがとうな!』

 感謝された僕は、ちょっと顔を赤くしてしまう。

『それじゃあ、俺は今から先輩とデートしてくるから』

「うん、二人ともお幸せに」

 そういって電話を切った。本当はお祝いの言葉をもっとかけたかったけど、それはまた今度にすることにした。

 初めてできた僕の親友が、幸せになる。それは、僕にとっても幸せでいられること。

 だから、僕は今とっても幸せだ。

 そうだ――。

「ねぇ、そこにいるんだろ?」

 僕は、“彼女”を呼びかけた。

 すると突然、頭上が淡く光りだした。まぁ、これは彼女が登場するときのお決まりみたいなものだからいまさら驚かないけど。

「いますよ!」

 現れた彼女は、何故か機嫌が悪そうにぷぅっと頬を膨らませていた。

「な、なんだよ!? 何を怒ってるんだよ!?」

「だって、小太郎さん、誰かのこと好きとかいってました。電話の相手、どうせ女性なんですよね?」

 どうやら彼女、ジェルは今の電話の内容を話半分すら聞いていなかったらしい。

「違うって。さっきの電話は雄一から。知ってるだろ、雄一」

「ま、まさか雄一さんとそういう関係に……」

 彼女の曲解は止まることを知らないらしい。僕は段々頭が痛くなってきた。

「いやいや、あいつに彼女が出来たんだよ」

「え、あぁ、そうなんですか……」

 さすがに恥ずかしかったのか、彼女はシュンと俯いた。

 気を取り直して、僕は彼女に尋ねた。

「それでさ、久しぶりにあれをやりたいんだ」

 僕がそういうと、彼女はにっこりと微笑んだ。

「それじゃああなたは今……」

「ああ、とっても幸せだ。だから、その幸せを他の人にも分けてあげたい」

「小太郎さん、ステキです!」

 そういって彼女は僕に飛びついてきた。



 僕とジェルは町外れの公園にやってきた。

 時刻は夕方になろうとしている。昼間はこの公園を牛耳っている子どもたちも鳩も、もういない。

 いるのは、僕と、ジェルと、そして――。

「はぁ……」

 ブランコに二十代くらいの、男性が座り込んでいた。スーツ姿で物憂げな表情を浮かべながら、ブランコを軽く揺すっていた。

 僕たちは彼の姿を物陰から眺めていた。

「あの方、とっても不幸せそう……」

「うん。実はあの人、最近彼女にフラれたらしいんだ。それで仕事も上手くいかなくなって、毎日のようにここで時間をつぶしているみたい」

「詳しいんですね」

「学校の帰りによく見かけるから、つい気になっちゃってね。なんとか助けてあげたいんだ」

「分かりました。それじゃあ、私の手を握ってください」

 僕はいわれるがままに、ジェルの手のひらを握った。

 彼女は軽く息を吸うと、ゆっくりと目を瞑る。すると、次第に彼女の周りに淡い光の粒子が集結しはじめた。

「エンジェルパワー、集まれ!」

 僕も目を閉じた。

 すると今度は、その光の粒子が、僕の周囲に集まった。それらは僕を覆いつくし、やがて外から見ると僕はその粒子の中に完全に包まれた。

 そこで、僕の体に変化が訪れる。

 僕の胸がゆっくり、膨らんでいく。短い髪も、腰のあたりまで伸びて、金色に染められていく。

 光の粒子が晴れていき、気がつくと僕の身体は女性になっていた。それもただの女性ではなく、真っ白いドレスに羽の生えた、ジェルと同じ“天使”の姿だ。

「それじゃあ、いくよ」

 僕は飛び立って、男性の左上あたりの位置に来た。相変わらず彼は鬱な顔でブランコに座っていた。

「エンジェルパワーよ、集まれ!」

 僕が叫ぶと、光の粒子が、今度は僕の右手に集結した。

 それらは弓矢のような形をつくっていき、最後に光が消え去ると、そこに本物の弓矢が現れた。

「エンジェルアロー!」

 僕は弓矢を構えて、男性へと狙いを定めた。もちろん彼を殺すわけじゃない。

 弦をゆっくりと引き絞り、矢を放った。

「うっ!」

 男性に矢が当たると、それは再び光の粒となり、彼を包み込んだ。

 しばらく男性は不思議な顔で呆然としていたが、少し時間が経つとまた物憂げな表情を浮かべ始めた。

 そのときだった。

「あの……」

 どこからか、一人の女性が現れた。とても優しそうな女性だった。

 女性が落ち込んでいた男性に話しかけると、さきほどまでの彼はどこへいったのやら、おもむろに立ち上がって顔を真っ赤にしていった。

 僕に二人の会話の内容は聞こえなかったが、二人して微笑み合っているところを見ると、どうやらかなり弾んでいるらしい。

「うまくいきましたね」

 ジェルが僕に話しかけてきた。

「あの分なら大丈夫じゃないかな。多分、いい関係になれると思うよ」

「また一人の人間を幸せにできました」

 ジェルが突然僕の胸に抱きついてきた。

「あの……少し夜の景色を見て回りませんか?」



 僕たちは飛びながら、夜の街を見回っていた。

「あのさ、ジェル。できればそろそろ戻りたいんだよね。人を幸せにするのは好きなんだけど、女の子の姿でいるの、正直ちょっと恥ずかしいというかなんというか……」

「ふふっ、まだ慣れないんですね。大丈夫ですよ、その姿は普通の人には見えませんから」

「まぁ、いいんだけどね」

「そうだ! あそこにいきませんか? ほら、私たちが出会った……」

 あそこ、か。

 苦い思い出の数々が詰まった、あの屋上。

 でも、僕も彼女の意見に反対する気はなかった。

「いいね、行こう」

 どのくらい飛んだのだろうか、僕たちはあの思い出の小学校までやってきた。

 屋上に二人腰掛けながら、僕たちは夜空を眺めていた。

「懐かしいね」

「ええ。本当に」

「あの日、僕はここで死のうとしていたんだよな……」

 ふと僕は下を見る。高さはざっと見積もっても十メートルはあるだろう。もしここから飛び降りていたら、と考えると恐ろしかった。

「そこをジェルに救われたんだ」

「救っただなんて、そんな……」

「本当だよ。それじゃなければ僕は今ここにいなかった」

 歯の浮くような台詞だったが、紛れもない本音だった。

「あの時、いってくれたよね。『幸せは、生きている人に与えられる権利だ』って。どんなに辛くても、生きなきゃ幸せになれないって」

 ジェルはこっ恥ずかしそうに俯いた。

「そ、そんなこといいましたっけ?」

「いったよ。忘れたとはいわせないよ」

 僕はジェルの顔を覗き込んだ。ジェルは再び俯いた。

「私は天使の中でも落ちこぼれでした。失敗続きで、誰も幸せに出来ない、出来損ないの天使。そしてあの日、私はとうとう天使としての力を失いました。本当なら、天使はそれで消え去る定めなのです。しかし、私はその前にどうしても誰かを救いたかった」

「そこで僕に出会ったんだっけ?」

「ええ。私は残された力を振り絞って、あなたの前に姿を現しました」

 そうだ。そのときの彼女の言葉で、僕は救われたんだ。

 そしたら死のうとしている自分自身が馬鹿らしくなっていった。もうどうにでもなれとか人生楽しんでしまえとか、ちょっとヤケクソだったけど、でもなんだか幸せな気分になれたんだ。

 それが、まさかね――。

「幸せの力は天使の力。あなたが幸せになったことで、私にもほんの少し天使の力が戻りました」

「そうか、僕は君に救われたんだと思っていたけど、実は僕も君を救っていたんだな」

 それから、僕はジェルと協力関係になった。

 僕はほんの少しでも彼女の力になりたかった。完全に力を取り戻していない彼女が唯一できること、それは僕に天使の力を与えてくれることだ。僕が大きな幸せを感じたとき、僕を天使にすることで、その幸せを誰かに分けてあげることが出来るのだ。

「最初は戸惑ったけどさ、僕は天使になれて本当によかった」

「私も、あなたには本当に感謝しています」

 ちょっと照れくさかったけど、僕たちはお互いの気持ちを素直に言い合った。

「ジェル」

「はい」

「僕は君のことが好きだ」

「えっ……?」

 ジェルの顔が赤くなった。

「これからも、僕は天使でいたい。みんなを……そして君を、幸せにしたい」

「そんな、私は天使で、幸せを与える存在です。そんな私が幸せになるなんて……」

「君も言ったじゃないか。『幸せは、生きている人に与えられる権利だ』って。だから、君にも幸せになる権利があるはずだよ」

 そういった途端、ジェルは泣き出した。

「本当にもう! 恥ずかしいですよ。今でも充分に幸せなのに、これ以上私を……幸せにしないでください」

 お互い、ちょっと恥ずかしくなってしまった。

 けど、気を取り直して、僕たちは互いに見つめあった。

 そして――。

 目を閉じながら、二人の唇がゆっくりと重なった。



 僕は世界一の不幸者だ――。

 あのときの僕はそう思わなきゃ生きていけなかった。

 けど今同じことを思っている人がいたら、僕はこの幸せを分けてあげたい。


 どんなに不幸でも、頑張って生きているならばきっと幸せになる権利はあるはずだ。

 ジェルとの出会いがそう教えてくれた。


 誰かの幸せは僕の幸せ。

 だから僕は天使であり続けたい。

 ジェルやみんなを幸せにするために。

 僕が幸せになればなるだけ、みんなを幸せにできるのだから。


 そして、世界中の人々が幸せになったとき――。

 僕は世界一の幸せ者になれるだろう。



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