私は邪魔なようなので去りますが、本当によろしいのですか?
勢いのままに書きました part2
「悪いがナターシャ、結婚の話はなしにしてくれないか?」
「はぁ、突然いかがいたしましたか?」
世界救済の旅を終えて、王都に戻った頃。
旅の途中に婚姻の約束をしていた勇者様は、何やら思いつめた表情でそう言った。私はまた何かの冗談だと思い、軽くそう訊き返す。すると彼は、真剣な表情で答えた。
「僕は、真実の愛に気付いてしまったんだ」
「……真実の、愛?」
どうやら、何か雲行きが怪しい。
私がそう感じていると、勇者様は熱のこもった様子で語り始めた。
「僕は運命の人に出会ったんだよ! 王都に戻り国王陛下に謁見した際に、僕は彼女に一目で心を奪われてしまった! 彼女はまさに、僕の求めていた運命の女性!!」
「それはいったい、どなたなのですか?」
「あぁ、よく訊いてくれた!」
仕方なしに聞いていると、彼は何故か嬉々として続ける。
「陛下の娘、すなわち姫様だ!」
「……姫?」
それに対して、私は少し考えてみることにした。
たしか姫は私たちが冒険に出る際には、十三歳くらいだったはず。世界救済の旅が終わるまでが四年と少しだから、現在では十七歳になる年だった。旅に出た頃は子供らしい幼さが抜けていない少女であったけれど、この四年間でずいぶん立派に成長されたらしい。
大人びた容姿になり身体も成熟、見目麗しいとはまさにこのことだった。
なるほど、勇者様はその魅力に惑っているご様子。
「あぁ、アーシャ姫! 僕は間もなく、貴女のもとへ馳せ参じます!!」
「喜んでいるところ申し訳ございませんが、それは国王陛下も承知なのですか?」
ただ肝心なことが抜けているので、念のために確認した。
姫を妻に迎えたいのなら、国王陛下の許しは絶対に必要だと思う。その点についてはどうなのか、そこの『勇者』に訊ねると、彼はずいぶんと鼻息荒く言うのだった。
「そんなの、取り付けてるに決まっているだろう!」
自信満々である。
なるほど。どうやら私の知らないところで、陛下にあれやこれや吹き込んでいたらしい。それについては何も言わないが、しかしそうなると私の状況は色々と変わってくる。
私はこの勇者と結婚する約束をしていたため、故郷の村に戻らず、王都まではるばるやってきた。でもこの狂いようを見る限り、こちらはどうやらお邪魔な様子。
ただ、さらに一つ確認しておきたかった。
「念の為ですが、本当によろしいのですね?」
果たして彼は、旅に出た時のことを覚えているだろうか。
私が王都を離れるということは、この国にとっての不利益を意味するのだけど。
「何を今さら! キミはもう自由の身だよ、故郷の村に帰るといい!」
「なるほど、分かりました。それでは私はこれで、失礼しますね」
どうにも分かっていないようだったが、わざわざ教える義理もないだろう。
そう考えて私は、そそくさ荷物をまとめて王都を出たのだった。
◆
「いやー、懐かしいわね。この木々の感じと、少し古風な雰囲気!」
――そして、数日後。
私は無事、故郷の村へと到着した。
これでも世界救済の旅を四年も続けてきたのだ。道中の野盗や、魔物などは敵でなかった。それらを難なく退けて、私はこうして懐かしい自然の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。
そうしていると、村人の男性がこちらに気付いたらしい。
「も、もしかしておめぇ、ナターシャじゃねぇか!?」
「そういう貴方は、ダンソンのおじさん?」
こちらを見るや否や、歓喜に表情を歪めて涙を流し始めた。
彼の名前はダンソン・アルモンド。私の幼馴染みの父親であり、幼い頃にずいぶんとお世話になった恩人だ。それはもう家族同然、実の娘のように可愛がってくれた。元々、両親が早逝してしまった私のことを引き取ってくれたのも、本当に感謝してもし切れない。
そんな彼の泣き顔を見ていると、こちらも思わず涙がこぼれてしまった。
「どうしたんだい、父さん。何がそんな――」
すると、そんな騒ぎを聞きつけて一人の青年が姿を現す。
精悍な顔つきに、短く刈り上げた黒の髪。農作業をしているためか、身体つきは程よく引き締まっていた。背丈は私よりもずいぶんと高く、思わず見上げるほど。一言で表すなら、片田舎の村に住みながらも王都にまで噂が行くであろう、そんな美男子だった。
しかし私はそんな彼に、何となく見覚えがある。
特に目元には、その面影が残っていた。
「もしかして貴方、リューク?」
「そういうキミはまさか、ナターシャなのかい!?」
私が訊ねると、肯定するようにこちらの名を叫ぶ。
それで確信した。彼はおじさんの息子で、私の幼馴染みであるリュークだ。この四年でずいぶんと成長したらしく、一目で分からない程に見違えてしまっている。
ただそんなこちらの困惑に構わず、青年は満面の笑みを浮かべて私を抱きしめるのだった。やや乱暴に思えるのは、彼がそれだけ喜んでくれているから。
その証拠に、リュークのすすり泣く声が耳元で聞こえた。
そんな幼馴染みの愛おしい様子に、私は改めて故郷に戻ったのだと実感するのだ。
「うん、ただいま。ふたりとも」
そして、そんな普通の言葉を口にした瞬間。
思わず私の頬にも、一筋の涙が伝っていったのだった。
◆
私が戻ったという報せは、狭い村であるために一気に広まった。
その夜はもう物凄い盛り上がりようで、村を挙げてのお祭り騒ぎになる。それこそ世界の救済を祝う王都の人々か、それ以上の喜びようで、私はそんな彼らがまた愛おしく思えた。
ただいくらかのお酒を口にして、酔いも回ってしまう。
そのため、ちょっと大きな樹の下で涼んでいると、リュークがやってきた。
「大丈夫かい、ナターシャ」
「えぇ、大丈夫。ありがとう」
彼はどうやらこちらを気遣って、水を持ってきてくれたらしい。
私はそれを受け取りながら、笑顔で感謝を伝えた。すると何やら青年は、酒のものとは違う頬の赤らめ方をしている。どうしたのかと首を傾げていると、リュークは言った。
「ねぇ、ナターシャ。キミは、憶えているかな……?」
「憶えてる、って何を――」
その問いかけに、訊き返そうとして。
私はふと思い出したように、自分の腰かける樹の姿を見た。そして、
「……あぁ、そっか」
ようやく、思い出す。
そういえば昔、まだ幼い頃にここでリュークと約束した。
世界がもっと混沌としていて、誰も余裕なんてなかった時のこと。彼は私に言ったのだ。それはもう、真剣な表情で。
「『俺がキミのこと、生涯をかけて守るよ』って、言ってくれた」
そんな恥ずかしい台詞を口にしたのだった。
ただその時の私は無邪気で、その言葉の意味をあまり理解してなくて。結局、リュークの一大決心による『告白』は、空振りに終わってしまった。
だけど、いまなら分かる。
隣に腰かけた彼の逞しい身体に、凛とした横顔。それに、私は――。
「ねぇ、リューク。都合の良い話だけど――」
胸の高鳴りを抑えきれず、こう訊ねた。
「あの時の告白って、まだ有効かな?」――と。
すると彼は少しだけ黙って。
しかし、すぐにこちらを見て微笑むのだった。
そしておもむろに、顔を近づけて。リュークは優しく、私の口を塞ぐのだった。
◆
――一方その頃、王都では。
「勇者よ。ところで、聖女ナターシャは?」
「はい? アレがどうかしたのですか」
王城に招かれた勇者は国王に謁見し、そのように問われていた。
意味が分からず首を傾げている勇者に対して、国王は呆れたように告げる。
「なにを言っているのだ。世界救済の暁には、聖女の加護を王都に――という約束であっただろう? 彼女の加護はすなわち、その国の繁栄を約束している」
「へ……?」
「よもや忘れたわけではあるまいな?」
「……………………」
国王の言葉に、勇者は黙り込んだ。
ナターシャは世界救済の旅を行うとともに、王国の繁栄のために請われた存在。そして勇者や他の仲間たちは、その守護を任されていた。
だが四年の旅の末に、この馬鹿男は本来の目的を忘れてしまっている。
いまになって思い出したとしても、後の祭りであって――。
「――して。ナターシャ殿はいずこに?」
国王の冷めた眼差しが、勇者を針の筵に。
答えられない彼を認めてから、国王はすべてを察して言った。
「これではもう、話にならんな」
「え……?」
首を傾げる勇者に、国王は語る。
「貴様がナターシャに無礼を働いたのは、風の噂で耳に入っておる。それも知らずに、こうやってのこのこやってくるから、何か考えがあるのかと思えばそうでもない。これはいよいよ、処罰を下さなければならないな」――と。
そして、無能な勇者に向かってこう告げるのだった。
「我が娘との婚姻の約束は破棄し、貴様を国外追放処分とする」
「そ、そんなああああああああああああああああああ!?」
国王のあまりに無慈悲な裁定に、勇者は思わず悲鳴を上げる。
だが、彼に同情する者は一人もいなかった。
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