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二章 旅は道連れ世は情け①

 これだ!

 

 私は回想し続け、ようやく自分が殺された現場を思い出した。

 いや、実際は死んでいないし、相手も殺そうなんて思っていないだろう。白龍が目的ならば、私を殺しては意味がないはずだから。

 村からはきっと体調不良を気づかう様子で連れ去り、その後人が見えないところで布団にくるんで荷物の様にして運んだのだ。

 最近は顔見知りではない役人が入れ替わり立ち代わり来ていたので、いつもならば排他的なところがある村の人の警戒心も下がっていただろうし、やりやすかったに違いない。


 しかし問題が起きた。

 布団にくるんで運んでいた私が一向に目を覚ますことがなく、体調を確認しようとした時に心臓が止まっていることに気が付いたのだ。喋る必要もないから、もしかしたら呼吸も止まっていたのかもしれない。

 きっと慌てた犯人たちは、このことを隠蔽しなければと思ったはずだ。

 少なくとも、白龍やライに知らせるとは思えない。とはいえ白龍の番と思われる人物を、適当な場所に捨てても見つかったら大変なことになると考えたのだろう。昼間の村には人が外にいたので、私を支えている男たちは顔を見られているはずだ。


 なので彼らは山に埋めたと。 ……最悪である。

 せめて棺桶に入れようと思わなかったのかと、死者扱いされた身としては怒りたいが、そんな暇もなかったのだろう。一刻も早く逃げたかったに違いない。

 だから山の窪地において、木の葉で隠すという、埋める手間さえ省いたのだ。発見を遅らせて遠くへ逃げてしまえば、捕まることはないと考えたに違いない。


 もう一度言おう。最悪だ。

 どこの山よ、ここ。

 村から出たことがない私に分かるはずもなく、私はため息をついた。そもそも一体どれぐらい眠っていたのだろう。

 せめて眠っていた時間が短ければ、自分の家の近くの山の可能性が高いけれど、残念なことに先ほど山菜を取りに来ていて、私を見て逃げ出した人の顔は見たことがなかった。自分が住んでいた場所から離れている可能性が高い。


「まあでも、雑な埋め方だから比較的早く外に出られたと思えば幸運か」

 しっかりと埋葬されていたら、外に出るまでにさらに時間がかかってしまった。死なないからこそ、出られない状態というのは恐ろしい。

 とりあえず人里まで移動した方がいいとは思うが、どこに人里があるかが分からない。

「土汚れも気になるし、飲み水確保は最優先だし、やっぱりまずは川を探すしかないかな」

 飲まず食わずでどちらが辛いかと言われると、私は飲まずの方だった。

 それに水があるところは人もいるというし、川を下ればどこかの村に出る可能性もある。


「ごめんなさい。お借りします」

 私は置き去りにされた籠を背負う。

 食べられるものを見つける度に、ひとまず籠に収穫しておけば何とか生きられる。できるなら、雨風が避けられる場所もあった方がいいが、まずはこのあたりの散策から行おう。もしかしたら、どこかの村の近くと言う可能性もある。

 刃物があれば木に傷をつけて道が分かるようにできるし、森の動物を仕留めることもできるが、残念なことに刃物の類は持っていなかった。もしも持っていたとしても運ばれる前に身体検査されて外されていただろうけど。


 私はどこへ向かうのがいいのか分からない私は、ひとまず道っぽいものがある場所を歩いて行く。山歩きは慣れてはいるが、何も準備していない状態というのは心細い。

 鳥や虫の声が不気味に聞こえる。

 途中、木の幹に獣が付けたらしき傷を見つけ血の気が引いた。この傷は、たぶん熊だ。

 山の中ならばいる可能性は考えていたが、できることならば出会いたくない動物だ。過去に齧られた恐怖がよみがえり、悪寒がして体を震わせた。

「ううう。熊は会いたくないなぁ」

 うっかり出会ってしまわないように、できるだけ足跡や熊の傷つけた木に気をつけよう。


 しばらく気を付けながら歩いたが、幸い熊と出くわすことはなかった。

 それよりも問題は、お腹がすいたことだ。気を失ってからどれだけ立ったのか分からないが、空腹が苦しくなってきた。

 食べなくても死にはしないが、飢えると体が弱り動けなくなる。

 なにか食べられそうなものはないだろうかと私は周り気にするようになった。できれば草を生で食べなければならない事態だけは避けたい。空腹は紛れても、腹痛との勝負も辛い。

 火おこしは時間がかかるので、できれば生で食べられるものがいいがこの時期に食べられそうなものは——。


 歩き続けていると、赤い小さな実がなった木を発見した。

「やった。山桃やまももだ」

 剪定したり摘果をしていないので、一つ一つの粒が小さい。それでも綺麗に熟しているので十分食べられる。空腹と喉の渇きを紛らわせるために、摘まんでは口の中にほおり入れ、種を吐き出した。

 少しだけ満足できたところで、山桃を籠に入れていく。

 加熱しなくても生で食べられるものは貴重だ。


 この先何日山でさまよう羽目になるか分からないのだ。早めに食べられるものに出会えたのは幸先がいい。

 ここに山桃の木があるなら、他にもあるだろうか。

 自分の幸運を喜び夢中で実を夢中で詰んていると、がさっという音が背後から聞こえ、さっと血の気が引いた。


 しまった。

 そう言えばここは熊が木に傷をつけ、縄張りを主張しているような場所だっけ。もしかしたら、熊もこれを食べているのかもしれない。

 後ろは丁度背丈が低めの木が生い茂っていた。そんな場所がガサガサと葉を揺らしている。

 私はごくりと息を飲む。

 空腹ですっかり忘れていた恐怖を思い出して、ゆっくり後ろを振り返る。こちらに向かってくる相手の大きさはそれほど大きくないのか、姿は見えない。

 でも間違いなく何か動物がいる。


 熊?

 本当に熊?

 でも小動物なら、こちらに人がいたならば逃げ出すはずだ。そうでないということは、人間を狩ることができる生き物であるということ。

 

 私は山桃を摘むために下ろしていた籠を手に持った。

 走って逃げると彼らは追いかけてくる。そして追いかけてきたらもうどうにもならない。

 切り裂かれ噛みつかれ、食べられる恐怖から体が震える。

 私は死なない。

 でも死なず、修復するからこそ、ずっと痛みと苦痛が続くのだ。


 何かが木から出てきた瞬間、私はたくさん摘んだ山桃をそちらへ投げた。もったいないとかそんなこと言っている場合じゃない。

 熊はなにか食べ物を食べていれば、その食べ物をとろうとしない限り、わざわざ殺しには来ないはずだ。どうかこの山桃で満足して欲しい。

 

「山桃の雨で歓迎とは、折角迎えに来てやったのにいい度胸だな」

「……へ?」

 低く、地を這うような声が聞こえて、私は前を見た。

 そこには、真っ赤な山桃を頭からかぶり、銀の髪を汚した白龍がいた。

 青色の瞳には、怒りの炎が見える。……ひぇ。


「は、白龍?」

「馬鹿六花! 何やってるんだ!」

「ごめん! それより大丈夫? 投げたのは山桃だから怪我はしてないと思うけれど。目とかに入ってない?」

 私は慌てて白龍に駆け寄り、肩や頭に残った山桃をはらう。

 石とかではないから怪我をしたりはしていないとは思うけれど、綺麗な髪がにべっちょりと山桃の汁がついてしまっている。

 慌てていると、深いため息が聞こえた。


「心配されるのは六花の方だろ。私が一緒にいない時は外に出るなって言ったよな? それなのに約束を破って外に出た挙句攫われるとか何やってるんだ。怪我とかさせられてないか?」

「うん。私が死んだと思って、埋められていたから、怪我はしてないよ」

 気を失っている間に殴られたりしていたら分からないけれど、とりあえず目が覚めた時に怪我はなかった。だとしたらなかったと同じである。

「ああ? 埋められただと?」

 白龍の機嫌がさらに悪くなった。可愛い顔が凶悪に歪んでいる。……人ぐらい簡単に殺してしまいそうだ。

 な、何とか、会話を変えないと。

「あははは。気を失っただけなのに死んだと思われたみたいで。でもおかげで助かったんだけどね。そうじゃなきゃ、どこかに閉じ込められていたかもしれないし……」

 死んだと思って捨てられたからこそ、犯人から逃げ出すことができた。しかし私が話すたびに白龍の機嫌がだだ下がりしていく。

 ええっと。とにかく、白龍を落ち着かせなきゃ。


「迎えに来てくれてありがとう。そして、ごめんね。言われてたのに。水を汲みに行くぐらいいいかと思っってしまって。毎回ついて来てもらうのが悪いなと思っちゃったから」

「そんな気づかいいらないから。ライも凄く心配している。……私は家族なんだろ? だったら遠慮などせず頼ってくれ」

 少し拗ねたような表情をされて、私は遠慮しすぎて逆に白龍に寂しい思いをさせたのに気が付いた。確かに私もすべて磊に任せてしまうよりも、磊に手伝いをお願いされる方が、家族の一員みたいで嬉しい。

「うん。気を付けるね」

 たまには誰かに助けを求めるのも必要かもしれない。

 そう気が付いて、私は反省した。

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