一章 白龍の番候補は仮契約中④
その後私は白龍と一緒の生活を始めた。
基本的に白龍は私の後ろについて来ては、私のやっていることを注視し、時折話しかけてくるような生活だった。
料理をしたり、それを食べるという普通の生活が白龍にとっては珍しいらしい。
話を聞く限り、卵の中からでも、千里眼で外の光景は見えるそうだ。でも経験はできない。長いこと宝物庫に入れられていたから誰かに話しかけられることもなさそうなので、とにかく何でも物珍しいのだろう。
『六花、どこかへ行くのか?』
「磊が作った椀を卸しに問屋へ行ってくるわ」
『えっ。商いをしている店に行くのか? なら、私も行く』
「……ごめん。流石に龍を連れてだと目立ちすぎるから無理かな。今度荷物がない状態なら、隠しながら連れていけるけど」
白龍がもう少し小さければ胸元にでも入れて隠せるかなと思ったが、流石に猫ぐらいの大きさの生き物を隠していくのは難しい。
やるならば、籠を背負ってその中に入ってもらい、隙間から外の世界を見てもらうぐらいだろう。
『何故私がこそこそと隠れなければいけないんだ』
「だから、龍は目立ちすぎるんだって。神獣と分かれば、連れ去ろうとか考える怖い人もいるかもしれないし、逆に龍を怖がる人もいるかもしれないもの」
人の反応がどうなるか分からなけれど、絶対騒動になることだけは言える。分かっているのならば未然に防いだ方がいい。
『それなら、人の姿なら連れて行ってくれるんだな』
そう言うないなや、突然目の前で白龍の姿が消えたかと思うと、その場に小さな男の子が現れた。……五歳、いや六歳ぐらいだろうか?
私のへそぐらいの位置に頭がある。
その髪は白髪で、瞳は青色。彩色がまさに先ほどの白龍と同じだ。
「えっ⁈ えええええええ。人間になれたの?」
「人間になったというか、転変だな。本質は変わっていない。神獣ならば、姿を人のものにすることもできるのだ」
エッヘンと胸を張る姿は、まさに小さな皇帝だ。何というか……。
「可愛い……」
「可愛いだと⁈ 神獣に向かって、可愛いとは何事だ」
ギロっと睨みつけてくるが、全く怖さはない。
白龍の人間姿の顔の造作は、とても整っていた。目が大きくてまつ毛も長く、鼻やや唇の形がいい。正直、女の子でなくてよかったと思う。女の子版白龍が成長した先は、傾国の美女だ。
「ごめんね。悪い意味で言ってないの。でもその姿の時は、本当に人攫いには気を付けてね。かわ……綺麗な顔立ちだから、いろんな人が近寄ってくると思うの」
「神獣を舐めるんじゃない。この姿でも、人よりも強い」
真面目に助言したつもりだけれど、それもまた白龍の癪に触ってしまったようだ。でも本当に人攫いの心配をしなければならないぐらい整った顔立ちなのだ。
銀髪碧眼で黒髪ではないことをとやかくいうものもいるかもしれないが、そんな偏見が出る前に、まず見惚れるはずだ。そして今の白龍の身長ならば、麻袋に入れて運べてしまいそうだ。
でも白龍は千里眼とか転変とかできる神獣なんだよね……。
「……確かに神獣に敵う人はいないから大丈夫か」
「これで町にも行けるだろ?」
「うーん。白龍が言う町っていうと、城下町のことかな? 村からはかなり離れているから、今日行くのは村の商店街までだよ」
土の国の首都は、元々応国の首都だった場所をそのまま使っているので、かなり大規模でにぎやかだ。私が今から降ろしに行く椀も、最終的にそこに運ばれると聞く。でも私は聞くだけで実際に行ったことはない。
いつか行ってみたいなとは思うが、中々そんな機会もなかった。
白龍と一緒にいつものあぜ道を歩けば、様々なものに興味がある様で、顔をきょろきょろとさせていた。千里眼で色々見えるとしても、実際に見るのでは違うのだろう。虫や鳥の声に反応しているようだ。
まるで本物の子供のような姿に、つい顔がほころぶ。
「この辺りは稲を植えて生活しているんだな」
「うん。この稲は夏の初めごろ収穫して、また次の稲を植えて冬前に収穫してるんだよ」
「へぇ。あっ。飛蝗」
「飛蝗というか蝗だね。飛蝗より柔らかくて食べやすいから、この辺りでは捕まえて焼いて食べることが多いよ」
そう言うと白龍は凄く嫌そうな顔をした。
「人は虫を食べるのか? 美味しそうには見えないが……」
「正確には虫も食べるだね。人間は精霊や神獣みたいに、気を食べるだけでは生きていけないもの」
腹が減ったら、生きる為に食べるしかない。
それに蝗は稲を食べてしまうから、捕まえて数を減らしたほうがいいのだ。
「ふーん。なあ、じゃあこの赤い虫も食べるのか?」
「天道虫は食べないかな。不味いし」
「……なんだか時々、味を評価するような不穏な単語が入っている気がするんだが。……食べたのか?」
「お腹が減りすぎて、つい……。ああ、今は流石に食べてないよ。毒草とかも見分けられるようになったから食中毒もここ数年は起こしてないし」
食べたと言っても、金の国の後宮から逃げ出した後一、二年……いや、三、四年までの間の話だ。磊と生活しながら、一つ一つ食べられるものと食べられないものを知っていったのだ。
しかし白龍の目が冷たい。もしかして食いしん坊だと思われたのだろうか……。私だって他に食べるものがあったら、食べたりしなかったはず。
そんな会話をしている最中だった。
白龍が足を踏み出した場所に蛇を見かけたのは。
「危ないっ!」
私は白龍が踏みつけて反撃される前に蛇の頭を取り押さえに行く。しかし失敗して手の甲を噛まれた。驚いた蛇はそのまま逃げてしまったが、アレ、毒蛇だ。
「おいっ。何やってるんだ」
「ちょっと待ってね。こういう時は……」
私は持ち歩いているナイフで噛まれた場所を切り裂いた。
ぼたぼたぼたと、地面に血が流れ落ちるのを見た、白龍が慌てて私の手を圧迫するように握った。
「馬鹿ッ。蛇に噛まれた時の治療法を知らないのか⁈」
「詳しくは知らないかな。ただ、私の場合はある程度血が流れると、傷口が勝手に治るから、すぐに毒を抜いてしまった方が楽なの。ほら。もう癒えた」
血が付いてしまっているので分かりにくいが、傷自体はもう癒えた。
毒の場合、さっさと体外に出してしまう方が苦しみが少なくて済むのだ。昔蛇に噛まれて、嘔吐した後、かなり長く寝込んだことがあった。
死にはしないけれど、苦しいのが長引くのは辛い。
「……私は神獣なんだぞ。蛇ごときどうにでもできる。だから、私のために傷つくな」
助けたはずなのに、何故か凄くつらそうな顔をさせてしまった。
ぽんぽんと頭を撫でてあげたいが、私の血で綺麗な銀髪を汚してしまいかねないので慰めてあげることができない。
「ごめんね。つい体が動いちゃって。でも神獣でも毒蛇に噛まれたら苦しいでしょ? 私は白龍が傷つかなくてよかったと思ってるんだけど」
「六花が謝る必要はないだろ。……確かに苦しいが、六花が傷つくのは……嫌だ」
「それは私も同じだよ。家族が傷つくのを見るのは嫌だからね。白龍が小さいうちは、私に守らせてね」
「小さくない。私は三百年以上、卵の中で過ごしていたんだからな」
卵の中にいた年月を産まれてこの世界で生きた年月と同等と見てはいけない気がする。
卵の中でいくら外が見れるとしても、経験を積むことはできないのだから。
「頑張って助けたんだから、私に何か言うことはない?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「でも、絶対、もうやるなよ」
「はいはい」
お礼を言われるためにやったわけではないけれど、白龍がこの世界で生活していく上で、感謝と謝罪はできた方がいい。人と関わらず生きるならば不要だろうが、一人で過ごすのは寂しい。
白龍は人の姿をとることもできるようだし、人とそれなりに仲良く生きられるように覚えて欲しい。
「さっ。商店街に行こう。折角だから、何か美味しいものも買おう」
沢山お金はないけれど、ないならないなりの楽しみがあることも教えてあげよう。
私は白龍の手を掴もうとして、まだ汚れていることを思い出した。
「でもその前に、どこかで手を洗って来ていい? このままだと絶対大事になるから」
「すでに大事だと思うんだが……。ちょっと手を前に出せ」
「こう?」
私が手のひらを見せるような感じで前に出すと、そこにだけ、まるで雨が降るように水が降ってくる。
「えっ? すごい。なにこれ、便利」
「神獣の凄さが分かったか」
えっへんと白龍が胸を張るのを微笑ましく見ながら、私は手の汚れを落とした。手拭いでしっかり水気をとってからもう一度差し出す。
「ありがとう、白龍。今度こそ、行こうか」
「ああ」
私は白龍と手を握りながら、商店街へと向かった。




