一章 白龍の番候補は仮契約中③
番と言われても意味が分からないというか、そもそも私は龍ではない。目が青いだけの人間だ。
「六花は間違いなくセシリア様の子だ。何か勘いしてるのではないか?」
磊の言葉にこくこくと頷く。
『勘違いなものか。勘違いで卵から孵れたらそんな楽なことはないからな。何百年私が卵の中に居たと思うのだ。番候補がこの世に誕生しないかぎり、龍は生まれられない』
まじか。
何百年も卵生活だったのか。
まったく想像がつかない。
「でも、何度も言うけれど私は人間だよ?」
『ふむ。そこから説明がいるのだな。神獣は生まれた時から番がいるものと、他種から番を選ぶ者がいる。龍は他種に番候補が生れ、番候補が子を産めるぐらい成長した後に触れてもらわなければ生まれることができないのだ』
「へぇ」
温めれば生まれる鶏とは違うらしい。
神獣なんて初めて見たので生態なんて分からないけれどなんだか面倒な生態だ。
『お前がまだ産まれたばかりのころに番だと気が付き仮契約をして、何時でも居場所が分かるようにしておいたのだ。そうでないと、次にいつ番候補が生れるかも分からんからな』
「えっ。産まれたばかりということは、もしかして貴方、金の国から来たの?」
今は土の国で暮らしているが、私の生れは金の国の後宮である。その頃に気が付いたということは、近くに居たのだろうか?
『そうだ。私は応龍の弟で、番候補が見つけやすいように連れて歩いてくれていたが、最終的にそこの宝物庫に入れられていたのだ。卵の殻は何をやっても割れないからな』
わぁ。金の国の宝物庫出身でしたか……。
宝物庫の中身なんて私は知らないが、でも絶対目録とかつけられているだろうなと思う。だとしたら、突然神獣の卵が消えてしまったら、今頃誰かに盗まれたと大騒ぎになっているのではないだろうか?
金の国で殺された身なので、殺した相手を心配することはないが、気が付いたら大事件として騒ぎになってるだろうなと思うと、それを対応する人には同情する。
まさか卵がひとりでに動き出し、国境さえも越えるなんて誰も思うまい。
『それにお前は私に感謝するべきだ。何度も死にかけたのを生き返らせているだろ』
「へ?」
『番の仮契約というのは、寿命を私のものにつなぐということだ。だから居場所もわかるし、大体の身体的状況も分かる。人は脆いからな。私の命とつなげば、不死に近い状態になっているはずだ」
不死?
その言葉で、私の特殊な体質と繋がった。
私の体は異様に傷の治りが早い。それこそ先ほども肋骨が折れたかなと思ったが、立ち上がってしばらくすればもう元に戻っていた。
「もしかして、心臓が動いてないのも?」
『動いてなくないだろ。動いてないならばそれは死者だ。ただ私の心臓と同じ動きなのかもしれないな。神獣は永遠の時を生きられるから、とてもゆっくりとした鼓動だ』
本気か。止まっているわけじゃなったのか。
生きているのだから成長もするし、食事も必要なわけだ。これは当然である。
『仮契約をしたのだから、お前を生かすぐらいはしてやるさ。だが私がこのままお前と番になる必要はない。私は神獣だ。この世に生まれてしまえば、なんだってできるからな』
「はぁ」
『しかしまだ私も孵ったばかりで、人間の世界の仕組みをすべて把握しているわけじゃない。三百年ほど前に卵の中ので貨幣を見せてもらったが、それも変わっただろ。人の服装も変わったからな』
「三百年前がどんな貨幣を使っていたか分からないけどそうでしょうね」
私もお金の歴史に詳しいわけではない。
でも三百年経てば変わっていそうだ。
『だからそれが終るまでは、仮契約を継続して、近くに居てやる。ありがたく思え』
「何をふざけたこと言っているんだ」
『おい。何をする⁈』
偉そうに龍が言うと、磊が彼の羽をつまんだ。まるでトンボか何かを捕まえたかのような姿に、龍が暴れる。
「どう聞いても、六花を利用すると言っているだけだ。孵れたのは六花のおかげなのに感謝もしない。こんな無礼な生き物、捨てるぞ」
『無礼者はお前だ! 石くれごときが、何をする‼」
「磊のことを石くれとか酷い呼び名をしないで! あと、磊も龍を放してあげて。その持ち方だと痛いんじゃない?」
トンボならば翅をもつものだが、鳥を持つときに羽をつまむのはよくなかったはず。
少なくとも鶏は羽をつまむなんて雑な持ち方はしない。だとすると神獣の持ち方だって、羽を持つのは駄目だろう。
「同情するな。神獣は痛みに強いし死ぬこともない。この龍は恩ぎせがましく言うが、どれだけ六花が心臓が動いていないことで大変だったかを知らないんだ」
もしも心臓が動いていないと気が付かれたら……。
化け物として追われるか、不老不死を研究する怪しげな人たちの実験動物にされてしまうと思い、隠して生きて来た。
幸い今のところ気が付かれたことはないが、あまり人に近づかない生活にはなっている。
とはいえ、元々石の精霊と異国人の特徴を持った子供なのでこちらを理由に人が近寄ってこなかったりするのだけど。
「でも磊、思い出して。この体質のおかげで助かったことだってあるわ。特に金の国の後宮から逃げた後の生活よ。そもそもこの体質でなければ、金の国の後宮から出ることなく、お母様と一緒にあの世行きだったはずよ。それに逃げた後も空腹を紛らわせるために毒草を食べて死にかけたし、崖から足を滑らせて落ちて死にかけたこともあったし、熊に食べられかけて死ぬ思いをしたこともあったじゃない。でもその度に体が修復してくれたから、今があるのよ?」
『ちょっとまて。何やっているんだ』
私がこの体質になって苦労したことも確かにあったが、それでも助かったこともあったじゃないと磊に訴えていると、白龍がドン引きしたような顔をした。
龍なのに、ドン引きした表情が分かるってすごい。
「何って……生き残るために必死だったのよ」
『必死って、毒草なんか食べたら死ぬって分かってただろ⁈ 生きる為じゃなくて自殺ではないか』
「わざと食べたわけじゃないのよ。金の国から出たばかりの時は食べるものもなかったし、何を食べていいのかも分からなかったから」
磊は母に私を任され、後宮から逃げ出してくれたが、彼は石の精霊なので、人間の子育てなんて分かっていなかった。
人がものを食べるということは分かっていたので、山の葉っぱとかを食べろとくれたが、その葉には毒があったのだ。しばらくして毒があるものを食べた時は、吐いた方が治りが早いと気が付き、おかげで吐くのにも慣れた。
足を滑らせたのは、キノコを採ろうと無理をしてだ。幼児の体というのはバランスが悪いのだ。
熊に襲われたのは何でだったか分からないが、たぶん、縄張りに知らずに入ってしまったのだろう。……他にも色々あったし、常に死にかけていた気がする。
『なんかよく死にかけているなとは思ったが……』
「生きる為には仕方がなかったの。ともかく、私は彼のおかげで生き残ったわけ。だから一方的に彼が私を利用しているというわけではないと思うわ。ところで、もう一つ気になるのだけど、仮契約をしたら人より力が強くなるとかそういうこともあるの?」
私は昔から周りよりも力が強いなと思っている。働く為には便利ではあったが、これも仮契約の恩恵からくるものだろうか?
『ないな。神獣の力を使えるのは神獣だけだ。契約はただ命をつなぐだけのものだから関係ない』
「そっか。人より力が強いのもそれのおかげかと思ったけれど……」
水汲みや木工細工を運ぶときに便利だと思っていたが、関係なかったらしい。
『力が強いのは六花が仙骨持ちだからだな。遠い祖先でも神獣の血が入っていると、その特徴が出ることがある』
「仙骨って、仙人の?」
『そうだ。仙骨を持つ者で修行した者は仙人となる。ただ仙骨を持つだけならば、地仙となり、多少力が強かったりするぐらいだ』
なるほど。
私の力が強いのは生まれつきと。
『六花は仙人になりたいか? なりたいのなら、仙人に口利きぐらいならしてやれるが』
「あんまり仙人にいい感情がないから取り次がなくていいわ」
『いい感情がない? 仙人と関わることなどあったのか?』
「磊がここにいるのは、仙人に捨てられたからなの。戦場でうっかり磊の元だった仙石を落としてしまった仙人は、血の汚れが付いたからとその場に捨てたと聞いたから……」
磊が後宮で母に付けられたのは、戦場で奴隷として人に拾われたからだ。
私の母は異国人の踊り子で、金の国の皇帝に見初められ子を宿した者だった。異国人を嫌う者が嫌がらせとして人外の磊を母の使用人としてつけたのだ。
私は磊が居てくれたから幸せだけれど、磊に少し血がついたぐらいで捨てた仙人のことは嫌いだ。だからそれになりたいかといわれたら、嫌だなと思う。
「だから仙人への口利きはいらないわ。それから、私を利用するのは別に問題ないわ。ここまで生きるために手助けしてくれていたのだし。磊もいいでしょ? 彼が居なかったら、今ここに私は居ない
のよ?」
「六花がいいのなら……」
磊はしぶしぶという様子だが頷いた。
「番にもならなくていいし、もう必要ないと思えば、仮契約も終わっていいわ。それから近くにいるというのは、一緒にここで生活するということよね?」
『そうだ』
「それなら、番にならなくてもいいから、家族にならない?」
『はあ?』
私が一緒にいるための提案をすると、白龍はいぶかし気な声を上げた。
「私は家の中でぎすぎすするのは嫌なの。だから家族として仲良くしようとするぐらいの努力はして欲しいの。家族なら、一人前になれば家を出て独立するものだから、白龍が一人で生きられるようになれば、出て行ってくれて構わないわ。ただし家族なんだから、出て行く時は一言いって欲しいけど。あと、独り立ちしても里帰りしていいからね」
『何だそれ。意味わかんないんだけど。そもそも、私は神獣で人じゃないから、家族になれるはずがない』
「そんなことを言ったら、磊が家族ではなくなってしまうわ。私は誰に何と言われようとも、磊は養父で家族だと思っている。貴方は……弟になるかしら?」
『はあ? どう考えても三百年以上生きている私の方が年上で兄だろ?』
龍はそう言ってぷんぷんと怒るが、果たして卵の中の年月はカウントしていいのだろうか?
「ならお兄ちゃん? まあ、なんでもいいか。ひとまず私は貴方をなんと呼べばいいかしら?」
『……白龍で』
「分かったわ、白龍。これからよろしく」
私はそう言って、新しい同居人を受け入れた。




