終章:六花天女伝もしくは六花恋物語の序章
白龍の背の上から、先ほどまでいた皇宮とはまったく違う、あばら家が見えてきた。見覚えある景色にほっとする。
土の国の皇宮よりずっと小さく、隙間風が吹くような家だけれど、間違いなくここが私にとっての城なのだ。
「ただいま、磊」
扉をがらりと開け、大きな声で呼びかければ、磊が目を丸くした後、少しだけ唇を上げた。
「おかえり、六花」
「私もいるぞ」
「おかえり、白龍」
「あ、ああ。……ただいま」
当たり前のように出迎えられ、白龍は少しだけ恥ずかしそうに磊へ返事をした。
中に入った私達は、椅子に座って白湯を飲みながらのんびりこれまでのことを話した。とはいえ、怒られそうなことはすべて省いてだが。
「――そんな感じで、小春と楽しくお茶をしたりしてたの。そうそう、土の国の後宮には凄い美人な白猫が居いたんだ。誰が飼っているのかは分からないけれど、結構懐いてたんだよ。そういえば、猫に最後の挨拶するの忘れちゃったな」
折角、名前も付けていたのに。
「猫なら、別れの言葉なんて分からないのではないか?」
「賢い子だったから伝わりそうだけどなぁ。白龍は見かけなかった?」
「……いや。私は会ってない」
「そっか」
また小春に会いに行くことがあれば、会えるだろうか?
「猫が可愛かったのは分かった。それで、戻ってこれたということは、もう六花が攫われることはないんだな?」
「私を攫おうとした金の国はもう手出しをしてこないから安心して。それで磊は私がいない間何やってたの?」
「やることがなく暇だったからな。直接注文された龍の置物を作っていた」
磊が指さした方を目でたどれば、木彫りの龍がそこにはあった。背中に翼があり、白龍にとても似ているというか白龍そのものだ。
「えっ。凄い。これって、白龍?」
「ああ」
細かくうろこや手の爪まで再現してあり、私は思わず駆け寄ってまじまじと見た。とても丁寧に作られている。短時間ではできないだろう。
「あれ? こっちは……」
「青い瞳の天女だ。龍と一緒に作って欲しいと依頼を受けた」
龍の隣には、木彫り女性の像が置かれていた。一ついつもと違うのは、目に小さな青色の石がはまっていることだろう。こんな石は我が家になかった。つまり依頼主が置いて行ったということだ。
「私と六花か」
「ああ。御神体として欲しいそうだ」
……御神体?
というか、天女って何? 私にそんな成分は一つも入ってないのだけど。
今まで間違えられたとしても、僵尸とか屍人だった。天女はそれとは真逆の生き物だ。
「待って。なんで私を素材にしているのよ」
「そういう依頼だったんだ。六花達が皇宮へ向かってから、ここまで拝みに来る人が増えてな。その中の一人が、依頼してきた。金も前払いだし、目の石も持参してきた」
「前払い⁈」
木彫りの依頼は後払いが普通である。
ただしものによっては材料費が多くかかるので、一部前金を払うことはある。今回は瞳に宝石を入れるぐらい特殊なので、前金はあってもおかしくないが、磊の言い方だと何か違う気がする。
「白龍と天女様のためだそうだ」
磊がドンと置いた袋は、机とぶつかるとジャラジャラと音がした。
まずい。いない間に、なんか変な宗教が始まっている気がする。
でも勝手に御神体を私と白龍で作られるとは思ってなかった。想定外すぎる。
「凄い沢山お金が入っているな。これ、人間なら当分遊んで暮らせる額というものではないか?」
「ひぇ」
白龍が空けた袋の中に金貨が見える。
キラキラ輝く黄金色は、本来こんなあばら家にあるべきものではない。
このままここに居たら、私と白龍は御神体として崇められてしまうのではないだろうか?
「あ、あのさ。磊。私、何回か白龍の背に乗せてもらって、金の国にも行ったのだけど——」
「金の国⁈ 何もされなかったのか?」
磊は血相を変え、私の肩を掴んだ。
金の国は私と母が殺された場所なのだから、警戒するのは当然だ。
「うん。大丈夫。そこでは何もなかったし、あったとしても、すぐに治ってしまうから。むしろ、白龍が金の国の皇宮を全壊させちゃって……」
「全壊?」
「うん……壊しちゃた。ははは」
その前に殺されたわけだが、これを言うと、今からでも乗り込んで復讐をと言い出しかねないので、割愛しておく。
「白龍、よくやった」
「おう」
「いや、それは褒めないで」
白龍もまんざらではなさそうな顔をしているし……。どうしよう。これから先も、何かあるたびに城を崩壊させる系神獣に育ってしまったら。
でも助けられた身としては今回のことは咎めにくい。
「えっと、そうじゃなくて。話を戻すけど、金の国まで飛んで、私、世界は凄く広いんだなって思ったの。これまで金の国と土の国という二ヵ国で生活したけど、金の国は後宮の一部だけで生活していたし、土の国もこの村と隣町を往復するぐらいの生活だったじゃない? 知らないことだらけだなって思ったの」
今住んでいる土の国ですら、皇宮に行ったのは初めてだ。いや、普通は入れないのだからはじめてでもおかしくはないのだけど、周りを囲む高い門を見上げた事すらなかったのだ。
遠いからと城下町にもいかなかった。
「白龍が言うにはこの世の中には海っていう、大きな水たまりがあるんだって。でも対岸が見えないぐらい大きな水たまりなんて一度も見たこともないから想像できないわ。それにこのままだと白龍に教えてあげられることもなくなってしまうし」
白龍だって千里眼という者で見ただけで実際に行ったことはないだろう。
だから知らない者同士が話すより、見た方がよく分かるはずだ。
「だから、磊。私のために人里で生活の基盤を整えてくれたのは知っているけれど、世界を見て回らない? もしかしたら、もっと磊が過ごしやすい場所があるかもしれないし」
ここで木工細工の仕事で生計を立てても生きては行けると思うだ。
来た当初に比べれば、磊と私は、村に受け入れられたと思う。でも磊が作ったのに、磊自身が売りに行けないのはやっぱりおかしなことなのだ。
精霊だって磊だけではないのだから、もしかしたら別の土地なら、磊の外見を気にしない場所があるかもしれない。
「見て回って、ここでの暮らしがやっぱりいいと思えば戻ってきてもいいし。どうかな?」
それにこのままここにいると、私が天女として崇められそうなのも凄く困る。
私は天女ではない、ただの人だ。ほとぼりが冷めたごろに帰ってくるのが一番だろう。
「俺は別に構わないが」
「ちょっと待った!」
磊が頷いたところで、白龍が止めた。子供姿の白龍は私の手を握り、焦った顔で見上げる。
「どうしたの?」
「私はそんな話聞いてない」
「あ、うん。さっき背中に乗っている時に思いついた話だからね」
広くていいなぁ、見て回りたいなぁという感想から出てきた、まさに思い付きだ。行先もまだ考えていない。
「海を教えることができないから、私を捨てるのか? 私は六花の家族じゃないのか?」
「えっ? 捨てないけど。あっ、ごめん。白龍が一緒に旅をする前提で話してたの。この世界に慣れる為に私と一緒に居るんだし、色々一緒に見て回った方がいいかなと思って。先に相談するべきだったね」
私の旅行計画は白龍ありきだった。
番候補の私と一緒に居ると言ったのだから、白龍がもういいと思うまではついてくると思っていたのだ。
「……まあ、どうしてもって言うなら、一緒に行ってやってもいいけど」
「うん。どうしても。白龍、一緒に世界を見てくれる?」
私では教えきれないから。
だから一緒に見て体験してくのが一番だと思う。知らない場所で一人よりも二人の方が心強いし。
「なら……一緒に行ったら、私のことを……その、好きになってくれるか?」
「えっ。好きだけど?」
顔を真っ赤にして何を言い出すのかと思えば、私が白龍のことを好きではないと思っていたのだろうか? それは心外だ。私はこれでも、ちゃんと白龍を家族として受け入れていたつもりだ。
「す、好きだったのか!?」
「うん。じゃなきゃ、一緒に旅なんて考えないよ」
白龍と離れがたいと思っているから旅をするのだ。この気持ちが『好き』でなければなんだというのか。
「なら、本契約して番になってくれるか?」
「えっ。番になる気はなかったんじゃ……。あ、責任とるとかそういう?」
「違う! 責任とかそういう話ではなく……私は六花が好きだ。だから六花と本当の番になりたいんだ」
真剣な目で白龍が私を見てくる。
責任感とかではなく、私が好きだという気持ちが伝わって、顔が熱くなる。動きの鈍い心臓がドクンと跳ねる。
「……ち、ちなみに。仮契約と本契約は何か違うの?」
どう答えていいか分からず、私は俯いた。仮契約でなくなったら、何が変わってしまうのだろう。
「仮契約だと不完全な不死だけだが、本契約になれば寿命を同じにするという契約だから、不老不死になるということだな」
「えっ。それは嫌かも」
不完全な不死というのは、寿命での死は避けられないからということだろう。
私の体は成長している。つまり悪い言い方をすれば、老化をしていっているということだ。この老化がなくなれば私は人ではないものになるということである。
「何故だ⁈ 人は不老不死に憧れるものなのだろう? 古今東西様々な権力者が最後に求めるのは、不老不死だと聞くぞ?」
「それは人それぞれじゃない? 私は終わりがあるから、精一杯生きられると思っているもの」
終わりがあるから、その前に頑張ろうと精一杯生きるのだ。でも終わりがなくなったら? そんな生き方は考えたことがなかった。
白龍は断られるとは思っていなかったようで、茫然としていた。
彼にとっての常識では、不老不死を差し出されたら、喜んで番契約を望むと思っていたのだろう。
「別に本契約しなくても、番ってことでもいいんじゃない? ただ私、白龍は好きだけど、今まで恋とか考えないようにしてきたからさ、番だと名乗るのはゆっくりと気持ちを育ててからでもいい?」
この間までは、いつの間にか誰かと結婚させられそうだから番だと名乗っていたけれど、私は番候補にすぎないと思っている。
でもこれからは、胸を張って番と名乗れるように向き合っていきたい。
「ゆっくりっていつまでだ」
「白龍が大人になるまでというのが分かりやすけれど……」
「もう大人だ」
そうなんだよね。
白龍は一瞬で私より背丈の高い男になる。中身はともかくとして、この姿を見て、大人じゃないというのは無理があるだろう。
「……なら、私の心が大人になるまで待って」
今まで避けてきた情緒をこれから育てるのだ。一足跳びで結婚となられても、正直困る。そもそも結婚なんてするつもりもなかったし。
「それっていつだよ……」
がっくりと肩を落とす白龍は、大人の姿なのに可愛く見えた。
「いつかは分からないけれど、それまではこれぐらいで勘弁してね」
私は肩を落とした白龍を覗き込むと、唇に軽く口づけをした。
ただ触れただけなのに、また心臓が動いた気がする。私が離れれば、白龍は顔を真っ赤にして唇を押さえていた。
この程度で動揺するなら。やっぱり白龍も私と同じで、これから順番に恋を知っていく立場ではないだろうか。
「いっしょにいつか番になろう?」
私はそう言って笑った。
これにて、【六花公主は腐らない!】は完結です。
最後までお付き合いありがとうございました。
中華ものは初挑戦でしたが、いかがでしたでしょうか?
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