五章 天網恢恢にて白龍警報④
『ま、まあ。番の我がままぐらい受け止めてこそ一人前と言われているからな』
実際には番じゃないので当たり前ではないが、自分は一人前だと言うことを言いたいのかもしれない。そういうあからさまな行動が白龍を子供っぽく思わせる原因なのだけれど……白龍自身、子供ではないが、大人でもないのかもしれない。
卵の中にいた年月は長く、色々知っているけれど、そこには経験が伴わず、他者と関わることもなかったのだから。
「あのね。私は白龍のことを今も家族で、大切な存在だと思っているのよ」
血は繋がっていないし、どちらが年上なのかと言うのも非常に分かりにくい。
それでも一度受け入れたのだ。だから白龍は家族だ。
『知ってる』
「うん。でもね、番ということは極力考えないようにしていたの。番になるということは夫婦になるということでしょ? 白龍も知っていると思うけれど、私の母の結婚は決して幸せなものではなかったわ。だから自分が結婚するなんて考えたこともなくて、白龍が最初に番にならずに利用するだけと宣言してくれたことで、逆に安心できたの」
磊は怒っていたけれど、私はあの言葉があったから、白龍を受け入れられたのだ。
白龍は黙って私の言葉を聞いてた。
白龍も番になる気はないのだから、丁度良かったと思う。でもいざ利用するだけ発言を聞くと、相当性格が悪く聞こえるから微妙な気持ちになるかもしれない。
「でもいい加減、前を向かなきゃなとも思っているの。だって、母が後宮の外に私を連れ出すように磊に頼んだのは、後宮ではできないことを自由にさせる為でしょ? 自由な恋愛も後宮ではできないことだし、むやみに恐れ続けるのも違うかなと思うの」
母は父のことをどう思っていたのか。
幼かったし、聞いてはいけないことのような気がして、一度も質問したことはなかった。ただ、母は一度も父の愚痴を私に漏らすことはなかったなと思う。幸福とは言い難い生活ではあったけれど、好きではなかったともいわれていないのだから、もしかしたらきっかけはちゃんと相思相愛だったかもしれない。
今となっては知りようもないけれど。
でもただ不幸なだけでもなかったのかもしれないと思えば、私も変にこだわらなくてもいいかもしれない。
『なっ。自由恋愛⁈ それは、ちょっと色々飛ばしすぎだろ?』
「そう?」
『色恋が苦手って言ってたのに、突然自由恋愛をしようとするとか、おかしいだろ。そもそも誰と恋愛する気だ。まさか小春か⁈』
「誰って、何もまだ考えていないけれど……いや。白龍。大切なことだから言っておくけれど小春と私は同性だから結婚できないからね?」
やっぱり神獣は恋愛対象が異性と限らなかったか。
そもそも性別という概念が怪しいかもしれない。精霊である磊も無性だし、白龍は私が女性だから男の姿をとっているだけな気がしてならない。
『しかし小春は男同士の恋愛を容認しているのだろう?』
「あっ。白龍も聞いたんだ。あれは、ちょっとびっくりするけれど、たぶん自分の恋愛観に関係する話ではないと思うよ」
金の国の皇帝を使って男同士の恋愛を妄想して楽しんでいたなんてかなりぶっ飛んだ趣味だが、でもたぶん空想で楽しむから楽しいというやつだと思う。
『そうなのか?』
「うん。私も小春もそういう感情は一切ないから」
『私にも相談できないことを相談するのに?』
「だって小春と私は血は繋がっていないけれど、運命の双子みたいなものじゃない。あと、同性だから言いやすいこともあるの。恋愛とは関係ないよ?」
私の『かもしれない』を生きる小春は、運命が繋がっているみたいなものだ。お互いが、お互いしか知ってはいけない秘密を共有していて、お互いに罪悪感も持っているのも繋がりを強くしているのかもしれない。
「それと自由恋愛の方は、まだ何にも決まっていないよ。でもそういうものじゃない? 心の赴くままに決めることだから。……あれ? そういえば私、色恋が苦手って言ったっけ?」
『さ、さっきの言葉からそういうことだと推測したんだ。とにかく、いきなり飛ばし過ぎるな。自由ということは、責任をとるのも自分なのだから傷つくことだってある。恋愛に前向きなのはいいことだと思うが、慎重になれ』
「慎重って?」
『し、慎重……そうだな。まずは身近な知り合いとか……。とにかくお互いを良く知って、友達とかから始めるものではないのか?』
……白龍だって、つい最近まで卵の中だったのだから恋愛なんてしたことないくせに。
でも卵の中か外を見ていたので、情報だけは知っているのだろうか?
「分かったわ。参考にする。でもまずはもう一人の私である小春に幸せになってもらいたいの。六花公主としての人生で幸せになってくれれば、私も、私の人生を歩けると思うから」
『どちらにしろ、小春の件が片付けなければ、六花は幸せになれないということだな』
「うん」
力強く頷くと、再び白龍が念話でため息をついた。やっぱり器用だ。
『……六花の指を回収するついでだ。手伝ってやる』
「えへへ。ありがとう、白龍」
私は白龍の鬣に顔を埋めた。
そんな会話をしつつも、指が傷む方へと案内をすれば、前方斜め下に馬車を見つけた。
「白龍、あの馬車よ! あそこに、私の指があるはず!」
強い力で引き合っているせいだろうか。さっきよりも痛い。絶対ここだ。
『分かった』
さてどうやって馬車を停めようか。
このまま体当たりをすれば、白龍も痛いし馬車も危険だ。何とか自然に止まってもらえるようにしたいが……。
「私が飛び移って——」
御者を蹴り落とすようにして、私が馬車を奪えばと言いかけた瞬間、大きな音を立てて、大木が馬車の前方に倒れて道を塞いだ。
御者が慌てて馬を止めるのが見える。
「えっ? 白龍?」
『ん? なんだ?』
なんだじゃない。
どこから大木が出てきたの?
というか、道を塞ぐほど大きな木を倒した上にここへもってきたというのに、得意満面でもなく何か変わったことでもあったか? のような反応が逆に怖い。
「いや。大木が……」
『道を塞げば進めないだろ? そこの山の木を適当に切ってこっちに飛ばしただけだ』
適当に切って飛ばしただけが、普通の人間にはできない所業である。
『さて。お仕置きの時間だ』
「えっ。待って。殺したら駄目だからね? 小春が脅されたって証言してもらって、金の国にも罪を認めさせないといけないから」
ここから六花公主の立場を良くするためには、小春は悪くないという証明は大切だ。そしてそれを命じた金の国が逃げられない様にしなければいけない。
トカゲのしっぽ切のように、この男たちが勝手にやったことなんて逃げ方をされたら困る。
『六花を殺したのに、同じことをしては駄目だと?』
白龍の言葉は純粋な疑問だった。だからこそとても冷たく、体の芯が冷える。
でもここで白龍の言葉に同意するわけにはいかない。そもそも同じようにしたら惨殺体の完成だ。あまり見たくない。
「……私は執拗に殺されたでしょ? 死なないから、何度も死んだじゃない? それなのに一度で簡単に殺されるのは楽過ぎない?」
『つまり、何度も殺せるようにしろと? 確かに、人の処刑方法には幾通りもあるからすべてためしたければ——』
「ち、違う違う違う。そうじゃない。そうじゃなくて、有効活用した方がいいということ」
一度殺して、もう一度おかわり! なんて発想はしていない。怖すぎる。普通の人間にはできないことだから、それぐらい憎んでいるという表現としては分かりやすいけれど、白龍の場合絶対できないと言えないところが怖いのだ。
私が言いたい犯人に罰を与える方法は、そんな精神異常者みたいなやり方ではない。
「いつだって殺せるのだから、存分に搾り取ってから決めればいいと思うの。人の裁きに任せてもいいし、白龍が手を下したいと言うのならそれを止める気もないわ」
私を殺した男の命乞いをする気はない。
そのままにしておいたら、あの男は私以外の誰かの命を奪う思うからだ。だからそれは否定しない。
でもここでただ楽に死なせるつもりもない。
「ひとまず私が話してみるから、馬車の前におりてくれる?」
急停車した馬車からは人が外に出てきた。
突然大木が道を塞いだら慌てて出てくるのは当たり前だ。もしかしたら、さらに倒れてくるかもしれないのだから。
私は白龍にお願いして、龍の姿のままで彼らの前に降り立ってもらう。
大きな体だが、体重は軽いのか降り立つ時はとても静かだ。白龍を初めて間近で見ただろう人は、その姿に固まっている。
そんな白龍の背中から私も地面におりた。
これでは白龍の威を借りる狐だけれど、でも話をちゃんと聞いてもらわなければ——。
「「「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」」」」
人の前に分かりやすく立つと、馬車の中かからも悲鳴が上がった。
……白龍を見て、神獣が現れたことに対する悲鳴にしては、なんだかおかしい気がする。阿鼻叫喚のような叫びだ。
「で、でたぁぁぁぁ!」
「呪わないでくれ!」
「あんな風に殺したのは俺じゃない!」
……あ、私、幽霊だと思われている?
惨殺体な状態の私を知っている人がどうやら叫んだようだっだ。




