四章 心の傷(トラウマ)は傷みやすく治りにくい④
「喵喵、私の話を聞いてくれる?」
白龍と仲直りする時機を見つけられず、ずるずると日にちが経ってしまった。
このままではいけないと思った私は、喵喵相手に、白龍に話しかける方法を考える。
部屋から追い出してから、私はずっと白龍に会っていない。白龍が会いに来ないのだ。部屋を出ても偶然すれ違うことすらない。……どう考えても私の所為である。
白龍を傷つけたのは私なのだから、いい加減私から行動を起こさなければいけない。
「私ね白龍と喧嘩してしまったの。あ、白龍は家族でね、弟みたいな子なの。でも先日弟ではなく年上の男性だと分かって、勝手に拒絶してしまって……。普通に傷ついたよねぇ」
少なくとも私なら、突然手のひら返しをしたように拒絶されたら傷つく。
白龍も私を騙そうなんてこれっぽっちも考えておらず、人が見た目にそこまで影響を受けるということを知らなかっただけなのだと思う。大人の姿になろうとも、彼はずっと卵の中にいたのだから、経験が足りないということは変わりない。
「私、白龍にたくさん助けられたの。私が今生きているのは白龍のおかげともいえるわ。それなのに、私は彼を傷つけることしかしてなくて……」
「にゃお」
「なぐさめてくれるの? ありがとう」
床で膝を抱えていると、椅子の上に座っていた喵喵は私の方へ来て、体をくっつけた。
「私ね。拒絶してしまったけれど、白龍が嫌いだということは絶対ないの。ただ、白龍が番候補であるということを強く認識してしまったから、それに対してすくみ足になってしまって……。白龍は優しいから、責任をとるとか言ってくるし。……私は白龍に限らず、誰かと男女の仲になるということに漠然とした不安を感じるの。誰もが普通にしていることなのにね」
村で私は何人もの花嫁を見てきた。
皆、幸せそうに見えた。
人が生れて、成長し、やがて結婚し、子供を産む。この流れを村に居る人は皆、当たり前だと思っているのは明白だった。
でも私にとってはいずれ、自分もその、誰もが当たり前だと思っている道をたどるかもしれないと思うと恐ろしい。特に結婚の部分から先……いや、それよりも前に、成長して誰かに恋をすることを考えると逃げ出したくなる。
誰かが私を恋愛的な意味で好きになることなんてない。
そう思って生きる方が楽だった。
でも恋愛ではなくても、結婚できるかもしれない相手が生れた。そこから目をそらし、結果的に白龍を傷つけてしまうのは最低だ。
「……白龍、こんな私が番候補で、本当にがっかりだよね」
普通の娘だったら、白龍が責任をとると言われた時、きっと喜んで手を差し出したと思う。なんたって、あんなに敬われている神獣の番なのだ。
しかも人の姿だと傾国の美形。嫌う要素などないだろう。
「でも白龍の本心は聞かないと分からないよね。だって、最初に番になるつもりはないと言っていたし。本当に番になりたいわけではなくて、義務感で言っているんだろうし。白龍って責任感強いよね。神獣って皆そうなのかな? うん。うじうじしている場合じゃないわ!」
「なう?!」
私が気合を入れる為、ぱちんと顔を叩いたせいで、隣にいた喵喵が飛び跳ねた。猫なのに目を丸くしているのが面白い。
「びっくりさせてごめんね。でもいつまでも部屋で腐っていても仕方がないなと思ったの。だって、生きているんだもの。前に進まなきゃ。そうと決まれば、まずは白龍に謝るところからね」
謝った上で、お互いの本心を言うのだ。
きっとそうすれば、解決策が見えてくるはず。
「番様」
「は、はい。どうしました?」
突然扉の外から声をかけられ、私の返事がどもった。もしかして独り言が外に漏れたのだろうか?
猫相手に相談していたとか恥ずかしい。
「実は今また、金の国から使者がやってきておりまして……。六花公主が対応されているのですが、相変わらず六花公主が白龍様の番であると勘違いして話を聞いていただけないのです」
「えぇ……。皇帝は金の国に伝えなかったのでしょうか?」
この間、私を攫って遺棄した男達は捕まった。
彼らが牢の中でも、一応金の国からの使者として来ているので、事の詳細を金の国の皇帝に伝えていると思うのだけど……。それなのに六花公主は白龍の番だと相変わらず勘違いをしているということは伝わってないということだろうか?
「はい。こちらも使者を送り伝えたのですが、あちらは白龍様を土の国に留めるために、番ではないと嘘をついていると思われているようなのです。白龍様が現在も土の国の皇宮にとどまっているので……」
「あー……」
金の国からしたら、土の国が白龍を手放したくないがために嘘をついているようにしか見えないのだろう。金の国こそ、白龍を欲しているのだから。
「金の国の使者の方は、六花公主に帰還命令が出ていると話しています。まだ正式な婚姻を結んでいないので、彼女は金の国の人間となり、金の国の皇帝の命令を聞かねばならない立場ですから。しかし六花公主は帰ることを拒否しており、状況の説明をしているのですが、信じていただけない状態でして」
人間は信じたいものしか信じない。でも百聞は一見に如かずで、変えようのない真実が目の前にあれば、納得するしかない。
だから白龍の本当の番候補である私に声をかけて来たのだろう。神獣である白龍にお願いするよりは、心理的に話しやすいはずだ。
「分かりました。行きます。白龍にも私がお願いしていると声をかけてもらってもいいですか? 拒絶したら仕方ないですが」
小春が金の国に帰りたくないという気持ちはよく分かるのだ。殺そうとした相手がいる地獄のような場所に行くなんて嫌だろう。しかも今度こそ殺されるかもしれない。
だとしたら私ができるのは、小春が番であると言うのは勘違いであるとしっかり理解してもらうことだ。結局のところ、金の国が欲しているのは小春ではなく、白龍なのだ。白龍を連れてくるのに全く無意味だと分かれば、皇帝も命令を取り下げるだろう。
問題は、私が白龍の番だと認めてくれるかだが……白龍来てくれるかな?
「実は白龍様が今はお部屋に居ないようで……」
「……仕方ないですね。私だけとりあえず行きますので、引き続き白龍を探して下さい」
どうやら、間が悪かったようだ。
後宮で白龍は行動が制限されないので、色々見て回っているのだろう。私や磊のすることに興味津々だったし、ここで働く人を観察しているのかもしれない。
ちゃんと外に出ないからと怠けず、服を着替えておいてよかったと思いながら部屋から出る。
「番様の手を煩わせてしまって、申し訳ございません。どうも金の国は、前回の使者が帰ってこないのも、白龍の番となった六花公主を返さないための嘘だと思われているようでして、余計におかしなことになっていまして」
「ははは」
まさか私を殺した罪(死んでない)で投獄されたとは思わないだろう。
実際には私が生きているから、余計にややこしい。
「六花公主様も金の国のやり方に怒りをあらわにしておりましたわ。番様を害しておいて、のうのうと金の国の使者として土の国に赴くとか馬鹿にしていると」
「流石に白龍の番を殺したなんて報告はできなかったでしょうし、事故に遭ったとか、そういう話で金の国の皇帝には伝えていたのかもしれませんね」
流石に攫う予定の白龍の番を殺してしまいましたなんて、馬鹿正直に告白するとは思えない。
その後、六花公主と共に土の国の皇宮に来たという情報があれば、番が死んでしまったから別の者を選んだに違いないと思っても仕方がない。
白龍は番候補を三百年以上待ったというのだから、そんな簡単に新しい番候補が現れるとは思えない。でもその事実を金の国の皇帝は知らないのかもしれない。私も白龍と関わって初めて、番候補が居なければ孵ることができないと知ったばかりだ。
誰か神獣についての取り扱い方法を本にでもまとめてくれないだろうか? そうすれば、人間が神獣に手を出すべきではないということがちゃんと伝わるだろうに。
案内された部屋は前回使者に会った場所と同じだと思う。建物がよく似ているせいで、どうにもまだ迷うので絶対とは言えないが。
ただ、前の時は部屋を守る武官がいたと思うのだが、何故か今はいない。
「失礼いたします。神獣の番様をお連れしました」
武官に取り次いでもらえない為、侍女が直接中に声をかける。しかし返事は帰ってこない。
そのため、侍女が戸惑った顔をする。
「開けさせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「……あの、そう言えば、部屋を守る方はどちらに?」
何かあってはいけないという理由で扉を守る人がいたのではなかっただろうか?
はっとした顔をした侍女は、返事を待たず勢いよく扉を開けた。




