一章 白龍の番候補は仮契約中①
どうして私は殺されたのか……。
自分が埋められていた真相が知りたい。
その為、自分が思い出せる場所から順番に山に埋められた日まで思い出そうと頑張ってみることにする。直近で私自身に色々変化があったのは……。
「磊、椀を卸してくるね」
「悪いな、六花。たのむ」
土の国の山里で生計を立てる私は、石の精霊である磊に養われていた。
磊は人よりも大柄で、この辺りに住む男の人よりも頭一つ分は大きい。皮膚は石の様に硬くごつごつとしており、頭には大きくはないが角もあり、人型ではあるが人とは違う特徴が多かった。
異国には、肌の色が浅黒かったり、逆に白かったり、髪色が金だったり、赤や茶色だったりと違う色を持つ人がいるが、土の国というか、元【応国】だった地域の人は黒髪黒目ばかりだ。その為閉鎖的なところがあり、磊のような異種族の特徴があると、それだけで店に入ることを敬遠される。
私の母は西の国から来た異国人だったため、私の目の色も青かった。物珍し気に見られることはあっても、まだ受け入れられる容姿だ。その為磊が作った椀などの木工細工は、私が店に卸しに行くのが常だった。
磊は本来人の貨幣など必要としない生き物だ。ただ私を養うために人の様に働いて、お金を稼いでくれている。だから私は積極的に彼を手伝っていた。
木工細工は数がそろうと重いが、昔から荷物を運んでいたおかげか、私は力が強く問題なくできた。今回も、たくさん作ってくれた椀などを風呂敷に包みひょいと背負う。
私と磊が住んでいる場所は、村の中でもかなり外れた場所だ。大きな町へ行き来する商人がいる商店街からはかなり遠い。
私は田んぼのあぜ道を、虫の音を聞きながら歩く。
「六花ちゃん、おはよう!」
「おじさん、おはようございます。精が出ますね」
この村のはずれに住んでから、八年ほど経った。最初こそ、私と磊の相貌から遠巻きにされていたが、それでも徐々に馴染み、近所で田んぼをしている農家の人とは顔を合わせれば挨拶をするぐらいの仲になっていた。
この近辺の人と、木工細工を卸すお店の人だけならば磊を見ても驚かない。
田植えをしている人に適度にあいさつを交わしながら歩いて行くと、庭の木の剪定をする爺さんがいた。
もういい年なんだから、高いところに登るのはやめて欲しいと、私と同い年の孫娘さんが言っていたなぁと思い見上げる。止めようとすると、あの人は年寄り扱いするなというそうで止められないそうだ。
まだここが応国だった頃に、皇宮の木の剪定に行ったことがあるというのが、彼の自慢だそうだ。応国の後宮の庭は、まるで桃源郷のように美しいと有名なためだ。
ただし私が生れるよりも前、丁度二十年ほど前に、私が今住んでいるの土の国の皇帝が、農民に重税を課していた応国の皇帝を打ち取り、そのまま応国は滅亡してしまったので、今はもうその庭はない。
応国は謀反後分裂し、【土の国】、【火の国】、【金の国】、【木の国】、【水の国】と五つの国となった。しかしそれでも落ち着かず、その十年後に【金の国】で弟が兄を討つなんて血なまぐさい謀反があったのを私は知っている。そんな恐ろしい世界だからこそ、私は皇宮には絶対近寄りたくない。
それでもあそこは市井よりずっと金回りがよく、さまざまなものの最高級が集まった別世界だ。
だからこそ皇宮で働いていたと言うと箔が付くので、一度はあそこで働きたいと思う人は沢山いるらしい。
そんなことを考えていると、つるっと爺さんが足を滑らせるのが見えた。
「あっ」
爺さんは受け身をとることなく、小さな悲鳴一つで地面へと落ちていく。
それを見た私は考えるより先に、背負っていた風呂敷を落とすように地面に置き、爺さんが落ちるであろう木の下に走った。しかし風呂敷を外していた分、時間分遅くなりあと一歩が足りない。
間に合え!
私は自分の体を爺さんの下に差し入れる様に手をのばして地面に倒れながら滑りこんだ。
地面とこすれて体が痛いと思ったすぐ後に、背中にドスンと重みと痛みが走る。丁度肋骨辺りでボキッと嫌な音が聞こえ、呼吸が苦しくなる。
あー、これは肋骨か背骨が折れたな……。
私は痛みに顔をしかめた。
「あいたたたた……」
背中の上で爺さんの声が聞こえたので、見えないが死んではいなさそうだ。そのことにほっとするが、息を吐くたびとても痛い。
「ちょっと、凄い音がしたけど、大丈夫―――きゃぁぁぁぁ! おじちゃん⁈ 六花⁈」
音を聞いて孫娘が出て来たみたいだが、木から落ちた爺さんが私を下敷きにしているという、とんでもない惨状に悲鳴を上げる。
「ごめんだけど……爺さんをどかせてくれる? 爺さんが立てなさそうだったら、誰か男の人を呼んで」
「うん。六花ごめんね」
鼻声で孫娘は謝ると、爺さんに声をかけやり取りをする。
どうやら爺さんは軽傷だったようで、孫の肩を借りて何とか立ち上がってくれた。
人一人分いなくなったおかげで軽くはなったが、それでも胸が痛い。だが地面に寝そべったままだと余計な心配をかけてしまう。
手足が折れていないことを確認してから、私は体を起こし立ち上がった。そのとたん、胸に痛みが走り、涙目になる。
「六花、大丈夫? 怪我をしたの?」
「いや……大丈夫」
めちゃくちゃ痛い。呼吸も苦しいので、多分折れていて、肺に傷も作ってしまったかもしれない。
それでも二つ呼吸をする頃には、息をするのが楽になり、五つ呼吸をすれば痛みも消えた。
私の体は一度殺された、五歳の時から心臓が動いていない。でもそれだけではなく、怪我の修復も異常に早かった。滑り込む時についた手足の擦り傷なんて起き上がるよりも前に治り、今は土汚れが付いているだけだ。
「爺さんも大きな怪我はしてないみたいだしよかったよ」
体の痛みが消えたところで、私は安心させるように笑った。
「おじいちゃんが無事だったのは六花のおかげだよ。本当にありがとう。ほら、おじいちゃんも!」
「……助けてくれて……ありがとう。悪かったな」
「いえ。大丈夫です」
私が石の精霊と暮らしている上に、青い目をしているので、老人の中には私とは関わりたくないと嫌っている人もいる。
まあそれも仕方がないかと思っているので、ぶっきらぼうでも礼を言ってくれただけましだ。そもそも礼を言われるためにやったわけでもない。
「じゃあ、私は木工細工を卸しに行かないといけないので」
地面に置いた風呂敷を指さしへらっと笑う。
「少し待ってろ。木工細工は腐るものじゃないだろ。小玉。今日は鶏が卵を沢山産んでただろ。ちょっととってこい」
「うん。わかった」
そう言って孫娘の小玉がバタバタと家の方へ入っていく。
「えっ。いや。大丈夫です。私、別にお礼を貰おうと思ってやったわけじゃ……」
「知っとるわ。だが落ちた時にもっと肉があればわしもこれほど痛い思いをしなかった。つまりもっと肉をつけろ。あの石くれ、娘にちゃんと食べさせてないのか?」
「えっ。大丈夫です。ちゃんと食べてますよ?」
「はぁ……。足りとらんと言っとるんだ。なんだその、鳥の骨みたいな手足は。少しは滋養のあるものを食べろ」
磊がお金を稼いでくれるので、金の国を出たばかりの頃の様に、空腹で雑草を食べるなんてこともなくなった。だから今はしっかり食べている方だと思うのだが、爺さんからするとまだまだだったようだ。
それに嫌味な言い方だが、爺さんなりにお礼をしたいのだろう。
「六花、籠はまた今度返してくれればいいから」
「えっ。こんなに貰えないよ」
小さめの籠には、十五個ぐらい卵が入っている。私と磊の二人暮らしなので、こんなに贅沢に卵などを使うことはあまりない。
「いいから、いいから。ね、おじいちゃん」
「ああ。なんなら、米も持って行くか?」
「そんなに持てませんから。……ありがとうございます」
早く受け取らないと米俵まで持ってきそうだ。それはもらいすぎなので、急いで私は籠を受け取った。
『ようやく会えた』
「えっ?」
「どうしたの?」
「あっ……ううん。ありがとう」
「どういたしまして」
籠を受け取った時何故か少年の声が聞こえた気がして周りを見渡したが、そこに少年の姿はいない。
どこかで遊んでいる子が大声でも出したのだろうか?
なんとなく気になったが、私はこのままでは家に帰るのが遅くなってしまうと思い、足早に店へ移動した。