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三章 一難去ってまた一難?⑤

「六花、疲れた顔をしているな」

「肉体的には疲れる要素がないんだけどねぇ。正直、こんなに暇なの初めてすぎて……」

 白龍の言葉に私は深いため息をついた。

 後宮での生活を初めて数日たった。

 そしてたった数日だが、私はすでにここでの生活が辛くなっていた。主に、やることがなさ過ぎてだ。

 

 皇宮に来るまで、私は日々生きることに必死だった。

 そして生きるためには、仕事をするなり、食べ物を探すなりで一日中動き回わる必要があった。そしてそういうことをする必要がない空き時間は、身の回りを整えるための時間に使い生活していた。つまり何かすることはないだろうかと考える必要などなく、とにかくやることだらけだったのだ。むしろやらなければいけないことが多すぎて手が回らないぐらいだ。

 でもここにきてから、そのやることが一気になくなった。


「料理は上げ膳据え膳で片付けすら手伝わせてもらえないし、服を着替えるのすら手伝おうとされるし、掃除も洗濯もさせてもらえないし……何をして生きればいいの?」

「……風呂に入って化粧?とか、贅沢させてもらえば?」

「何時間も風呂に入ったら気分が悪くなるし、化粧をしてもらうために人が呼ばれるのが本当に申し訳なくなってくるし。落ち着けないよ」

 風呂に入るにも化粧をするにも人が付くのだ。そして自分ではやらせてもらえない。申し訳なさ過ぎて辛くなる。

「そう言いながら、化粧とかしてないじゃないか」

「だって化粧したら顔を触れないし、汗をかいたからってすぐに顔を洗えないのよ? 不便過ぎるわ」

 しかも化粧道具は消耗品。寝る前には剥がしてしまうと思うと、もったいなさ過ぎるのだ。

 服も今まで宮女よりもぼろぼろな服を着ていたのに、いきなりこんなきれいな布でできた服を着せられたら、しわになりそうで、横になることもできない。食事中も汚してしまわないかと気を張りっぱなしである。


「ねえ。下女の服を貸してもらって、下女の仕事に混じるのはどうかしら? そうすれば暇も潰せるし、まさか白龍の番がそんな場所に居るとは思われないだろうから、敵の目も欺けて丁度いいんじゃない?」

「この世のどこに神獣の番を下女として働かせようと思う奴がいると思うんだ。周りが困るだろ」

「白龍が納得してれば大丈夫じゃない?」

「なら納得しないから、そういうことはするな。六花公主が侍女を使って優雅な生活をしているのに、六花がその侍女に命じられて働かされているとか気分が悪い」

 六花公主と言う地位が、元々は私の立場だったからだろうか。白龍は妙に小春に対して当たりがきつい気がする。

 私としては、小春にすべてを押し付けてしまったようで申し訳なく思っているので、小春の小間使いのようなことをさせられても気にはならないのだけど。


「すみません。六花様、白龍様、六花公主からお茶のお誘いが来ていますがどうされますか?」

 噂をすればだ。

 部屋の扉の向こうから聞こえた、六花公主という言葉に、白龍の眉間の皺が増えた。小さいころからそんな顔をしていたら、大きくなった時に皺が残ってしまうから、もっとにこやかにしていればいいのに。

 あっ、でも。白龍の美貌だと、周りのためにも、多少皺があった方がいいかもしれない。

 小春と結婚した皇太子が白龍に求婚なんてことが起こったら地獄だ。


「お茶します!」

「おいっ」

「白龍もします!」

 暇すぎる私がすぐに許可を出せば、白龍が止めようとしたので、白龍もすると伝える。

 下女として働くのは許されなくても、部屋の中にに閉じこもり続けたら病気になってしまいそうだ。白龍は何か言いたげな目をしたが、あきらめたように頷いた。

 

 私と白龍が了承すれば、六花公主につけられた侍女が案内をしてくれる。侍女はいいところのお嬢さんなのか、所作が綺麗だ。お団子頭に綺麗な簪を刺している。村にはお団子頭はいても、髪飾りをつけている人などいなかった。

 そんな彼女の後ろを歩けば、下女らしき人達がこちらに頭を下げた。

 ……ものすごく居心地が悪い。

「あの。私は姫君とかではなく、平民なので頭を下げられると居心地が悪いのですが、何とかなりませんかね?」

「番様はとても大切な客人ですから身分は関係ございませんわ。お気になさらず」

 いや、だから気にするんだって。

 今までこんなに丁寧な扱いを受けたことがないからどう対応したらいいのか分からず困るのだ。


 顔を引きつらせながら進めば、蓮が見えた。屋敷内に池があるらしい。そんな池に作られた亭に小春が座っていた。

 まだ蓮の花が咲くころとは時期が違うが、これだけ植えてあると、きっと満開ごろは凄く綺麗だろう。

「六花、白龍、来てくれてありがとう」

「ううん。私こそ呼んでくれてありがとう。部屋の中で暇をしていたから」

 本来の立場からすると、六花公主である小春には敬語で対応しなければならないのだろうと思い、一度敬語を使ったら、逆に敬語で話されるという異常事態が起きた。その為、今はお互い敬語を使わないと言うことで落ち着いている。


「それならよかったわ。気候もいいし、外でお茶をする方がいいかなと思って、この亭を使わせてもらったの。まだ蓮は咲いていないけど」

「ここが満開になったら綺麗だろうね」

「そうね。応国の時代は、ここの蓮は応龍の力で一年中咲き乱れていて綺麗だったと聞いたわ。麒麟は自然の摂理を捻じ曲げるのが好きではないから、季節それぞれで楽しむことになったそうよ」

 年中咲き乱れるってすごいな……。

 美しいが、異様な光景だ。応国の庭園は桃源郷と言われるのはそういうところにありそうだ。


「応龍は番に狂っていたからな。番を喜ばせるために色々城に仕掛けをしていた」

 卵の中から外を見ていた白龍はどうやら当時のことを知っているようだ。しかし番という言葉に私は首をかしげる。

「あれ? でも応龍の番の話はあまり聞いたことがないけれど……」

「仮契約しかしていなかったから、応龍の番は人の寿命で死んだんだ。だから応国でも初期の話になる。ただし番が亡くなった後も特に解除することはなかったから、応龍が立ち去るまで応国の庭は季節が狂った異様な場所だった。番を喜ばせるためだけに、自然の摂理を歪めるなんてどうかしていると他の神獣は馬鹿にしていたな」

「へぇ」

 そんなことになっていたのか。

 応龍と兄弟である白龍は思うところがある様で嫌そうな顔をした。


「それぐらい応龍は番様のことを愛していらっしゃったのですね」

「愛されたくて必死だっただけだ。結局振られた上に、番との口約束に縛られ続けて、長い間独りで子孫を見守り続け、孤独に苦しみ続けたんだからな」

 うわぁ。これ、聞いてもいい話なのかな。

 小春が折角いい感じにまとめようとしたのに、白龍の暴露で台無しだ。

 でも白龍はこんな風に愛に狂った応龍を見て、だから番契約はしないと私に言ったのかもしれないなと思う。同じ神獣に眉をひそめられても、自然の摂理を歪めるような求愛をし、死後もずっと相手を思い続けるような関係はちょっと恐ろしい。愛というよりも執着だ。


「そういえば、昨日もらった月餅げっぺい凄く美味しかったよ。ありがとう」

「えへへ。あれ、私も好きなの」

 私は話を変えようと、お菓子の話を出した。

 村で食べられる甘味と言えば、果物ぐらいだ。あんな甘い食べ物は初めて食べた。お茶も飲みやすいし、村の食事とは全然違う。

 戻るまでに舌が肥えてしまいそうなのが怖い。


「今日準備した包子も美味しいよ。金の国だと、よく食べるんだよね。しょっぱいものを入れることもあるし、具がないものもあるよ。具がないのは、粥替わりに食べるんだよ」

「そうなんだね」

 小春は本来はもっと公主らしい喋り方をしているはずだが、私の前ではまるで平民の子のような喋り方をする。多分私に気を使ってだろう。

「後宮での生活は少しは慣れた?」

「慣れないというか……何をしたらいいか分からなくて暇すぎるかも」

「普段は何をしているの?」

「炊事洗濯、畑仕事。掃除とかも得意だよ?」

 私の言葉に小春はぱちくりと目を瞬かせた。多分刺繍とか、趣味的なものを聞いたつもりだったのだろう。

 私には趣味などない。何故ならばやることがありすぎて、趣味に没頭するような時間が取れないからだ。

 でもここでは生活の中の雑事がすべてやってもらえ、やることがなくなってしまった。


「それは、ここでは下女の仕事だからちょっと難しいね」

「いっそ下女に混ぜてもらえたらと思ったけど、白龍に止められたわ」

「当り前だよ。私を助けてくれたお礼で招待しているのに、下女のまねごとなんてさせられないわ。それぐらいなら、私と一緒に音楽の稽古とかしない?」

「音楽かぁ……」

 我が家に楽器などない。

 興味がないわけではないけれど、ここで習ったとして、家では練習できない。そんな相手のために、教師の時間を割いてもらうのが申し訳ないと思い首を横に振った。

「音楽はちょっと難しいかな」

「そう? なら……うーん。舞踏とか?」

「それなら……。うん。よろしくお願いします」

 舞ならば、覚えておいて悪いことはないはずだ。

 私の母も元は異国の舞姫だったと聞く。舞ならば体一つあればできるので、家に戻ってからライに披露するのもいいかもしれない。


「おや? 六花ちゃんは舞に興味があるのかしら?」

「あっ。麟さん。麒さんも、こんにちは」

 小春と談笑していると、人の姿をした麒麟が廊下を歩いてやってきた。白龍と同じで、人の姿の時は空を飛んだりとかはしないらしい。

 それにしても相変わらず美しい二人だ。皇帝もよくこの二人の美貌に惑わされなかったと思う。

「白龍とはうまくいっているか? 早く二人の子供が見たいものだ」

 うぐっ。

 麒の言葉に私はビシッと固まった。

「大きなお世話だ」

「あの……白龍にはまだ早いかと思うのですが」

 白龍はこの手の話をするとぷりぷりと怒るが、そもそも子供の白龍に、白龍の子供話をするのはどうかと思う。

 どうして世の人は結婚すると、今度は子供はいつだと聞きたがるのだろう? 村でも結婚したら、すぐに子供はいつだ? と聞かれている人を見たことがある。

 せめて白龍が大人になるまでは、この手の話は待ってあげて欲しい。私と白龍ではどう考えても犯罪だ。

 五、六歳にしか見えない白龍を見て、私はため息をついた。

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