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二章 旅は道連れ世は情け⑤

 沢の近くで焚火をしながら横になり、少しだけ眠ったが、私は夜が明けたか開けてないかぐらいで目を覚ました。

 起き上がると、白龍が座ったままぼんやりと炎見つめていた。

 どうやら火の番を一日中させてしまったようだ。

「ごめん。白龍眠ってないんじゃない? 代わるよ」

「いや。私は数日眠らなくても大丈夫だ。いつもよりも早い時間だし、体力を温存させるためにも、六花はもう少し寝た方がいいと思う」

「……白龍、いつもありがとう。白龍は小春に言われる前に、彼女の正体に気が付いていたんだよね?」

 白龍は最初は見つからないように、小春から離れようとしていた。別に横切って、話しかけられても無視することだってできるのに。

 あれは会わせないようにするためだ。


「一応あの皇宮の宝物庫にいたからな。あそこに六花の偽物が用意されたのは知っていた。でも伝えたら傷つくかと思って言わなかったんだ」

 あの日死んでしまった私は、ライと逃げてから、一度も金の国に足を踏み入れていない。だから身代わりが用意されたなんて思ってもみなかった。

 遺体はなくとも母の隣にでも埋められたのではないかと思ていたのだ。

 まさか私の身分が、もう一度利用されているなんて思いもしなかった。


「傷ついたりしないよ。ただ小春には悪いことをしてしまったと思う」

 小春は攫われて六花公主の身代わりになったと言っていた。しかも異国人の血を引いてしまっているために、目隠しなどの虐待まがいなこともされたという。

 そんな話を聞いて、小春に申し訳ないと思うことはあっても、自分の変わりが用意されたことに傷つくことはない。

 私は金の国の後宮に、なんの期待もしていないのだから。


「小春のことは、それこそ六花のせいじゃないだろ。五歳で、しかも殺されていた六花にできることなんてなかった。罪人がいるとしたら、六花たち親子を殺した者とそれを隠した者だ」

 白龍の言う通りではあるが、はいそうですねと割り切れるものでもない。自分が後宮から消えたせいで、小春は攫われ、六花になることを強要されたのだ。

 しかも十五歳で土の国へ行き、年の離れた皇子に嫁ぐことが地獄から抜け出せる最善と思うなんて、どれだけ辛い暮らしだったのだろう。そんな相手にどう詫びればいいのか。

 私は深くため息をつく。


「白龍の言う通りではあるのだけど……小春には幸せになって欲しいなと思って」

 私が残した負の遺産を丸っともらってしまったような状況なのだ。せめてこれからは幸せになって欲しい。

「……あんまり近づきすぎるなよ」

「うん」

 私が本物の六花公主だと知られたら、それこそ小春の立場があやふやになるかもしれない。できるだけ離れた場所から幸せを祈るぐらいがいいのだろう。


「あれ? もう朝?」

 白龍と話していると、小春が目を覚まして、びくっとする。

 今の話、聞かれていないよね? 一応私が六花公主だと明確に発言はしていないはずだけど……。恐る恐る小春の様子を見るが、特に変わった様子はない。むしろまだ少し寝ぼけているような様子だ。

 無理もない。ずっと後宮暮らしだったのに、慣れない山の中で一人で過ごしていたのだ。気も張っていただろう。

「朝ではあるけれど、太陽の位置を見る限りまだ早い時間だよ。どうしようか?」

 山の中は明るくはなっているが、早朝と言って差し支えない時間だろう。

「動けるなら出発した方がいい。何事もなければ、今日中に村まで戻れるはずだ」

 山を抜けられるなら、早く動く方がいい。火を焚き、野生の動物の危険が低くても、硬い地面では落ち着いて眠れるわけではない。それに雨にふられたりすると厄介だ。

 雷も怖いし、低体温も怖い。小春が体調を崩す前に、下山してしまいたい。


「小春は動けそう?」

「ええ。大丈夫」

「なら最後に水だけ飲んで移動しよう」

 次はどのタイミングで水が飲めるか分からないので、ちゃんと飲んでおいた方がいい。

 私達はそれぞれ身支度をし、移動を始めた。


 まだ歩き始めたばかりなので、小春の足取りも昨日より軽い気がする。

「寝たけれど体中が筋肉痛だわ」

「歩き慣れないとそうなるよね」

 ため息をつく小春に私は笑う。

 金の国の後宮の中にずっといたのならば、あまり動くことはなかっただろう。

「……そういえば、名前の呼び方だけど、小春でいい? それとも六花って呼ばれたい?」

「ややこしいし、小春がいいな。実は六花で呼ばれるの苦手なんだよね。本当は春の名前なのに、冬の名前だから」

「うん。分かった」

 私は念のため、小春の呼び名を確認する。

 彼女が今は六花公主だ。六花と呼ばれる方がいいのなら、私が花花とか六六とかのあだ名を使おうかと思ったのだ。しかしどうやらこの名前にいい思い入れはないらしい。……まあ、そうだよね。


 しばらく歩いたところで、木の幹に獣が付けた傷跡を見つけ血の気が引いた。慌てて白龍の肩を叩く。

「白龍、ちょっと待て。これってもしかして熊の爪痕かな?」

「獣の爪痕みたいだが、熊かは分からないな。そもそも私は熊を見たことがないからな」

 白龍は足を止めると私が見つけた傷跡を覗き込む。

 そういえば、道案内もお手の物だから忘れがちだけど、彼は何でも知っているわけではなかったんだった。そうすると、私の記憶だけが頼りか。

「この痕だと、多分登った時についたものだと思うの。そしてこっちが下りる時についたもの」

「この山って熊がいるの⁈ 確か熊は危険な獣なのよね?」

「私はできたら会いたくない動物だね。高級食材ではあるけど」

 熊の手が高級食材だということは知っているけれど、山で狩を使用なんて思わない。お金より熊の恐怖の方が私には強いからだ。


「高級食材なのか?」

「うん。熊の手とか胆のうとか高く売れるはずだよ」

 熊の手は食材だけど、胆のうは薬として取引される。熊肉は猟師が食べたりはするが、高級肉として売っているのは知らないので、微妙なのだろう。

「そう言えば、白龍に会う前にも熊が付けたと思う爪痕があったの。できるだけ周りに気を付けた方がいいと思う」


 そんな話をしている時だった。

 ガサガサと音が鳴り、一頭の熊が現れた。

 私たちは音の方を反射的に見たため、熊と真正面から見合う羽目になった。熊は驚いたようで一度足を止めこちらを見ている。四つ足で立っている熊は、私の腰ぐらいだが、二本足で立ち上がれば同じぐらいの大きさだろう。押さえつけられたら、間違いなく逃げられない。

 嫌な汗が背を伝う。


「きゃぁぁぁぁぁ!」

 どうしたらいいと自問していると、小春が叫び声を上げた。そしてその場から、走って逃げる動きを見せる。

 それに対して熊が小春に反応してしまっているのを見て、私は小春の方へ向かう熊の方へ走った。熊の足なら、容易く小春に追いつき、柔らかい皮膚を引き裂くこともできるだろう。

 これから幸せになるために土の国へ嫁ぎに行くというのに、その体に傷を作るわけにはいかない。

 とはいえ、そう思ったのは終わった後で、この時の私は何も考えずただ反射的に動いていた。


 自分ならば痛くても死なない。


 すべての動きがゆっくりに見えた。

 命の危機に瀕している時に起こる現象だ。あまり痛みを感じずに気を失ってしまいたいなと迫りくる熊を見て思う。

 しかしその熊の鋭い爪が私に当たる直前、熊が突然目の前で何かにぶつかったかのように動きを止めた。そしてそのまま逆方向に宙を舞う。


 続いて、ドンと大きなものがぶつかったような鈍い音が山に響いた。

 続いて、木がみしみし音を立てて倒れる様子を見て、熊がそこにぶつかったのだと分かった。

「いい加減、自己犠牲を選択する前に私を頼れ、馬鹿六花!」

「……えっ? 白龍?」

 小春の前に出た私のさらに前で、白龍が仁王立ちして私を睨みつけていた。小さな体のはずなのに、とても大きく見える。

 

 白龍が右手を熊が吹っ飛んでいった方向に向けているのをみて、彼が熊を吹き飛ばしたのだということが分かった。

 青い瞳は怒りからか、ギラギラと輝いている。

「私は六花に傷ついて欲しくない」

「あっ……ごめん。思わず飛び出してしまって」

 死なないから。

 その所為で、反射的に何も考えずに体当たりをすることが普通になっていた。私以外の人が傷つけば、それが致命傷になってしまうことが多いから。


「本当に、大切にしてくれ……頼むから」

 白龍の懇願する声が泣き声のように聞こえて、胸が痛む。

 私も家族であるライが傷つくととても悲しい気持ちになる。きっと白龍にも同じ気持ちなのだろう。

 死なないとか、そういう問題ではないのだ。


「うん。気を付ける。それより熊は……」

 吹き飛ばされた熊を見れば、熊は死んでいなかったようで起き上がった。しかし恐れをなしたようにその場から離れていく。

 その様子をみて、私はほっと息を吐いた。

 逃げたのなら、もう襲われることはない。

「高級食材らしいが、持って帰るか?」

「荷物になるからやめよう」

 今日中に下山できそうとはいえ、熊を担いで移動したくない。


「ねえ、白龍って……」

 誰も熊に食べられなくてよかったと白龍と軽口をたたいていると、小春が戻ってきて何か言いたげな様子で声をかけてきた。……そりゃそうだよね。

 熊が一頭突然吹っ飛んだのだ。白龍が見た目通りの子供ならば、そんなことできるはずがない。

 つまりは白龍が人外であるという証拠でもある。

「私の家族だよ」

「……六花は人外なの?」

「ううん。私は石の精霊に育てられただけのただの人間」

 この言い回しならば、白龍が精霊だと勘違いしただろう。

 白龍は金の国に入ってから龍の姿をとるのをやめているのだから、あまり神獣であることは言いふらして欲しくないはずだ。


「血が繋がらなくても、白龍は私の家族なの」

「……分かったわ」

 私の言葉に、小春は納得していないだろうが、頷いたのだった。

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