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二章 旅は道連れ世は情け③

「失礼だけど、貴方、山には適していない服を着ていると思うのだけど、大丈夫?」

 緊急事態と判断したとはいえ、こちらから話しかけてしまったのだ。私は彼女に大丈夫かの確認をとった。

「六花、ほっとけ。ちゃんとした格好をせず、山に入って困っても、自己責任だろ」

 白龍の言い分はもっともだ。普通、山を甘く見て中に入って困ったことが起こったら、自己責任である。

 山には獣もいるし、食料が必ずとれるとも限らない。それなのに他人を頼りにするのが前提では、相手だって余裕があるわけでないのだからとても困る。

 でも茸を生で食べてはいけませんよと教えるだけで立ち去るのは薄情な気もするのだ。


「先ほどは、毒茸のことを教えていただきありがとうございます。旅のお方、私は……小春コハルと申します」

 見知らぬ私に名乗ってもいいか迷ったのか少し口ごもった後、姓を名乗らず名だけ口にした。もしかたらこの名も偽名かもしれないが、一時関わるだけならば問題ない。

「私の名前はセキ六花リッカよ」

「六花?」

「ええ。六番目の女の子だったから、六花ってつけられたそうよ。冬生まれだから、雪の意味もあるのかもしれないけれど」

 金の国の皇帝の子だったはずだが、雑な名前の付け方だと思う。母がどれだけ尊重されていなかったが分かる。でもおかげで、改名とか考える必要もなく、村では普通に紛れることができた。


「そうなの……。あっ。実は知り合いに六花という名前の子がいたから驚いてしまって」

「よくある名前ではあるけれど、面白い偶然だね。ちなみにこの子は弟の白龍。貴方も目が青いのだけれど、ご両親の出身はどこかしら?」

「私は幼いころに養子に出されたので、両親の出身地は知らないのです。実は土の国の者に嫁ぐために馬車で移動していたのですが、道中に賊に襲われ、命からがら山道へ逃げたのです。しかし道に迷ってしまいました。それでお腹が減り、駄目だと思いつつも茸ならば家で食べたことがあったので食べられるか、先ほど食べようとしたのです」

「えっ。賊に襲われるって物騒だね」

 金の国怖っ。いや、土の国でもいる場所にはいるか。小春は身なりもいいし、お金を持っていると思われたのかもしれない。大抵山賊は、貧しい農民がなるものだ。

 でも大金を持っているということは、護衛もそれなりについていただろう。そんな馬車を襲う相手というのは恐ろしい。


 小春はとても災難だったが、この後の行き先は土の国か……。

「私達も土の国へ行く途中なのだけど、一緒に行く? それとも金の国の実家に戻った方がいいのかな? あっ。そうだ。私と小春って多分同い年ぐらいだと思うから、敬語を使わないで。そもそも私は敬語を使われるような身分でもないし。小春よりもむしろ私が敬語を使わないといけません」

「それなら、六花も敬語でなくていいわ。金の国に戻るつもりはないの。だから土の国までご一緒していいなら、とても助かるけれど……」

 小春は白龍に目をやった。それに続いて私も白龍を見る。

 白龍はずっと顔をしかめたままで小春を見ている。歓迎していないのは明白だった。


「茸を忠告するぐらいだ。ここで見捨てるのは嫌なんだろ」

「うん。ここで見捨てたら寝覚めが悪いよ。私も昔、山では苦労したから」

 金の国の後宮から逃げた後、私は酷い目にあった。死なない体の私だから今も生きているだけで、普通なら死んでいた。それぐらい山は危険なのだ。

 白龍は私をじっと見ていたが、やがて大きなため息をついた。

 

「……六花がそう言うならば仕方ない。山を下りるまでだからな」

「うん。ありがとう! 白龍もいいって。一緒に行こう」

「ちょっ。いきなり抱きつくな! 慎みを持て!」

 要望を聞いてくれたことが嬉しくて白龍に抱きつけば、白龍はジタバタと暴れた。

 どうやら恥ずかしいらしい。なのでごめんごめんと謝りながら離れた。

 それにしても慎みなんて言葉を使うなんて。白龍が背伸びしている子供のようで微笑ましい。


「……貴方たち仲がいいのね。でも道中の決定権は弟なの?」

 私と白龍の間では普通だったが、こちらを見ていた小春が不思議そうな顔をした。

 確かに弟が色々決めるのは変な感じだ。特に白龍は多く見積もっても六歳ぐらいの子供にしか見えない。

「えっと。実は私も遭難していて、道が分かる白龍が迎えに来てくれたの。だから下山するまでの道を知っているのは白龍の方で……」

「えっ。貴方も遭難していたの⁈」

「あはは……」

 攫われた話まですると、白龍が神獣であることなども話さなければいけない。きっと白龍が神獣なんて言ったら小春もやりにくいはずだ。小春は道中だけ一緒に居る仲だしと思い、私はそのあたりは誤魔化す。

 それに金の国に入ってからは龍の姿をやめたと白龍は言っていた。小春が下山後に金の国の家族と連絡を取るかもしれないし、白龍が神獣であると言うことは下手に広めない方がいいだろう。


「それなら、白龍君。下山までで構わないので案内をお願いね」

「……分かった」

 ぶっきらぼうだったが、白龍が了承したのでほっとしたところで、大きな腹の音が鳴った。

 私かと一瞬思ったが、とても恥ずかしそうな顔で小春がお腹を押さえていたのを見て、そう言えば茸を生で食べようかと悩むぐらいお腹が空いていたことを思い出す。


「それほど膨れないかもしれないけれど、さっき山桃をとったから食べてみて。茸を生で食べるよりはいいと思う」

「ありがとう」

 小春は私が籠から取り出し手渡した山桃をためらうことなく口に入れた。

「種があるから出してね」


 貴族の食事はどんなものかよくわからないので、山桃を食べたことがあるかどうかも分からないので伝えておく。

「ありがとう。すごく美味しい」

 口元を隠し種を捨てた小春は感極まったような顔でもう一つぶ口に入れる。よっぽどお腹が空いていたのだろう。

 貴族ならば普段はもっといい菓子を食べているはずなのだから。

「ある程度食べたら移動するぞ。暗くなる前には川辺に行きたい」

「うん。そうだね」

 先ほどまでは頭上高くに太陽があると思ったのに、気が付けば西に傾いていた。日が出ているうちに、できるだけ安全に眠れる場所を確保したいので急いだほうがいい。


 私達は白龍に促されながら移動をする。

「まったく、六花はお人よし過ぎるぞ」

「あはは。本当にごめんね」

 自分一人で抱えられる程度の手助けなら文句を言われる筋合いはないが、今回は白龍の手も煩わせてしまっているので、謝っておく。

 それでもここで小春を見捨てるのは、幼いころの自分を見捨てるようで嫌なのだ。


 相変わらず白龍が進む道は、人が歩くような道ではないので、膝ぐらいの高さのある草をかき分けるように歩くこともあった。山歩きに慣れてなさそうな小春は、とても大変そうについてきている。

 本当にこの道であっているのかと疑うような悪路だったが、しばらくすると水の音が聞こえて来た。そしてさらに進むと、木々の隙間からきらっと太陽が反射した。さわだ。

「白龍ありがとう! 浅いしこれなら汚れを流せるよ」

「……泥を落としたいだけなら、私が水を出せたぞ?」

「あっ」

 そう言えば、白龍は水を出すことができたっけ。

 そのことを思い出し、私は目をそらした。白龍と再会するまでは、自分の力でなんとか川を見つけないとと思っていたので、失念していた。


「まあいい。私もむやみに力を使うわけにはいかなくなったからな」

 そう小声で私に囁くと、川に感動している小春に目を向ける。確かに、神獣であることを隠すならば、水を出すわけにはいかない。

「これで土汚れは流せるけど、小春は飲むのは止めた方がいいかも。加熱できればいいけど、鍋がないんだよね。どっかに湧き水はないかな」

 私は泥水をすすっても、お腹が痛いと呻くだけで済むが、小春だとそれの所為で死ぬかもしれない。この沢は比較的透明度が高くて綺麗だが、動物の糞尿が混じってないとはいえないのだ。


「湧き水ならこっちだ」

「小春。白龍が湧き水の場所を知ってるそうだから、一緒に飲もう?」

「湧き水?」

「綺麗な水ってこと」

 白龍が指をさした場所の方へ移動すれば確かに岩場から水が湧き出ていた。私は大きめの葉を持ってきて小春と白龍に手渡す。


「木の葉をコップ替わりにするといいよ。この葉っぱは毒性はないから」

「……どうして毒がないと分かった」

「実体験かな?」

 川の水でお腹が痛くなったことはあるけれど、この木の葉で湧き水をのんでも大丈夫だった。

「沢の水は綺麗そうに見えるけれど加熱しないで飲むのはやめなね。お腹を壊すことがあるから」

 私は勝手に飲んでしまわないように注意してから、葉を丸め飲めば、小春もまねて飲んだ。

「……水がこんなに美味しいなんて」

「運動後の水は本当においしいよね。あとは、火おこししておこうか。野生動物が近寄ってこなくなるし」

 ただしこの火おこしが大変なんだよなと思うが、熊が近づいてくるかもと思うと、頑張った方がいい。

 内心ちょっと憂鬱になっていると、白龍が手招きをしたので、耳を近づける。

「火は私が起こしてやるから、小春と一緒に枯れ枝を集めて来てくれ」

「えっ。白龍火を起こせるの?」

「こんな感じでいいんだろ?」

 小春から見えないようにし、白龍は一瞬指先に青白い火を灯した。……うちの白龍凄すぎない?


「本当にありがとう。小春と集めてくるね! 小春、火おこしして、今日はこの辺りで野宿をするから、必要なものを山にとりに行こう」

 私はもう一度白龍に抱きついてからすぐ離れ、小春を白龍から離すために声をかけ手を取る。

「あ、うん。あれ? 白龍君は?」

「寝る場所とかの準備してくれるから。私達で枯れ枝を探そう」

「枯れ枝?」

「生木だと、燃えにくいし、煙も酷いんだよね」

 火がつかないと泣きそうになりながら木をこすり合わせた記憶が蘇る。

 何が原因か分からずライと首を傾げたものだ。


「それも経験?」

「うん」

 私もライも山での生活なんて何も知らなかった。

 たまたま山で会った人に火の起し方を聞いたり、実際体験して、少しづつ生きるすべを身につけた。ライは食べなくても動けるし、簡単に木に穴をあけたりすることもできるので、本当に人間の体って不便だと思ったものだ。

 私は小春に枯れ枝はどういうものかを説明しながら、山生活を経験していてよかったと思うのだった。

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