#2
とりあえずの第一印象として、本当に中学生の奴が書いたのか疑わしく思う。高校生かのような文体に感じたが、奴はそれなりに勉強ができた。あまりそこを疑うのは不躾だろう。
いや、そんなことはどうだって良い。疑問点があまりにも多すぎる。夏休み、8月22日を境に豹変してしまった。そこから先も全体的に可怪しく、少なくとも奴が病んで自ら死を選んだようには見えない。もっと情報がほしい。頭が渦を巻く。瞳孔が開く。冷や汗が滲む。そんな体の異常を遮ったのは、明るく張りのある男声だった。
「境先生、性が出ますな!そんなにノートをまじまじと見て」
小学校の方を担当している柳先生だ。一見強面だが面倒見が良く、生徒たちから愛されている。
「えぇ。生徒の、日記がおもしろくてつい。」
口をつくように出た「日記」という言葉は特に不信感も抱かれないであろう、我ながら良く反応したものだ。
「ええですねぇ読ませる日記。そいで、1つ頼みたいんですが、この子たちの様子見ててもらってもええですかい?ちょっぴん作業をしに戻りたいけんど、この子たちも遊びたがってて…」
「あぁ、まだ図書館にいるのでいいですよ」
内心、情報収集に注力したかったが、断って不信に思われるのは避けなければならない。
「ありがとうございます!じゃあみんな、少しの間やけどこの先生の言う事を聞くんやえ」
「はーい!!」
返事をして、子どもたちは一目散に本棚へ散っていく。これなら幾分か集中できるだろう、と思ったが甘かった。子どもたちはどこからともなく本を持って集まり、もの珍しい目の前の男に質問を投げかけ続けた。
「せんせーい!しんぶんってかみやったのー?」
「せやよ。あそこにあるやろ。まだ読まれとるよ。」
「スマホでいいじゃーん!」
「せんせーい!町とか村ってここにもあったのー?」
「あったよ。今はなくなっちったけんどね。」
「人がいなくなっちゃったのか!」
「せんせーい!れんらくもうってのがほんとにあったのー?」
「あったよ。みんなの電話番号や住所が書いてあってん。」
「個人情報やばーい!」
みんなが楽しそうで何よりだが、小学生の調子に合わせるのは疲れるものだ。
しばらくして柳先生が戻り、子どもたちを回収していった。漸く落ち着いた、と思うと同時に、何か重要な手掛かりを得た感覚を覚えた。新聞。奴が死んだ日やその翌日に何か情報があるかもしれない。連絡網。奴の住所が分かれば、何か分かるかもしれない。子どもの対応に手を焼いていたが、すぐに柳先生の感謝に変わった。何とも単純なものである。
先程指を差し説明した新聞紙コーナーへ足を運ぶ。我々が中学校に在籍していた、20xx年の11月3日。恐らく2日に奴は亡くなったので、紙面に載るとしたら3日だろうと思ったが、その通りだった。小さな地方紙のため、ただの自殺と片付けられたが掲載されたのだろう。
「市内の中学校に通う、 遠野 翔生さんが、前日亡くなっているところを発見されました。自殺と見られていますが、いじめなどは無かったとされ、警察も事件性は低いとみています。」
「おくやみ申し上げます。遠野 翔生さんは、永眠いたしました。通夜・告別式は11月7日 AA斎条 池田市祖谷町字〇〇 x-xx 喪主 遠野 朋子」
なんてことのない一記事とおくやみ欄である。続いて連絡網を見よう思ったが、勿論そんなもの図書館にある筈がない。しかし、家を探せばかつてのものが見つかる可能性はある。一縷の望みに賭けて家に向かおうと思ったが、まだ図書館を閉めるには早い。生徒も市民もまだいる。もう少しはここにいなければならない、と思い直し、別の本でも読もうと立ち上がった。何を読むべきか。奴が借りていた本だろうか。いや、それらをこれ以上読んだところで、あのノート以上の内容は不要だろう。本を読んだとはいえ中学生だ。読めるところだけを反芻し、理解できた内容があのノートだろうから、それ以上のことは奴も知らない。では何を読めば良い。この時間を無駄にするわけにもいかない。何かに追われているような気分になる。本棚の間を縫うように歩き回り、目の前には地図が広がっていた。何気なく、この市の詳細地図を手に取る。奴の住所はまだ分からない。だが、先のノートから、旧祖谷村の領域に奴の家がある可能性が高い。そこを中心に行き方を確認することは決して無駄ではないだろう。それに閉館時間は決められていて、あと40分程。暇潰しには丁度良い。カウンターに戻り地図を広げる。
30分程経っただろうか、人が一人、また一人と図書館を後にして行き、館内は静まり返る。全員帰ったのであれば少し早めに閉めんと思い、立ち上がると同時に勢い良く入口のドアが開く。柳先生だ。
「境先生、まだおりましたか。先ほどは助かりました。ありがとうございます。」
「いえいえ、こちら…いや、とんでもないです。」
本心から、「こちらこそ」という言葉が漏れ出そうになったが、その言葉は不信でしかない。疚しいことをしているつもりは毛頭無いが、変に思われるのは避けねばなるまい。
「ところで、今度は地図ですか。というか、祖谷やないですか!懐かしい。」
「懐かしい?祖谷に所縁があるのですか?」
「えっと、幼い頃に住んどりまして。学校もバリバリに現役やったんですよ。今では特急も停まったりしてくれますけど、まあだいぶ寂れとりますやね。」
帰宅後、中学時代の書類を探す。両親は少し前に他界したが、部屋のものには手を付けていない。マメな人達だったので、探せばきっと見つかる筈。
4,5時間は探しただろうか。彼らの性格は、連絡網以外の書類も多く保管しており、予想以上に時間が掛かってしまった。
「 遠野翔生 0833-xx-xxxx 祖谷町字〇〇〇x-xx 」
情報の山である。たまたまだが、明日は祝日になっている。実際に足を運ぶことを決意し、早起きすべく床に就いた。因みに、この電話番号は繋がらなかった。