#1
実に十数年振りの再会であった。中学2年の時にクラスメイトだった人たち。あれ以来、全くと言っていい程連絡を取り合っていなかったが、それが嘘のような盛り上がりだ。あたかも学校を卒業して1ヶ月後に、近況を報告し合っているようだ。
「あぁ、思い出しよった。うち名古屋で福田に会っとんよ。」
「あったなあ。なんで明知やんって感じやわ。てか、名古屋めっちゃ都会やけんこっちには戻れんぜ。」
「心外やなぁ。せやね、住んどるとこは郊外やけんど。あんたらどないしょん?」
「うちは今広島におるよ~」
「僕はここに残って学校で働いとるわ。」
「それにしても、柴田が結婚しよるちゃ、驚きじゃ。」
「福田や、絵美ちゃんは今もう日野瀬なんじょ。まちごうたら失礼だろ。」
柴田絵美。いや、今は結婚して日野瀬絵美となったようだ。彼女がしたという知らせは、実にセンセーショナルであった。しかし、彼女は結婚し、それを期に昔を振り返ったところで、こうして僕達を飲みに誘ってくれたそうだ。
「壮斗さんもお義母さんの朋子さんもすごくいい人やきんほんま幸せじょ!壮斗くんって呼んどって、ごっつ育ちの良さそうな感じやない?」
「よそよそしいだけちゃうんけ?」
「ほんな失礼やねぇ」
「そういえば壮斗さんが皆に会ってみたいそうやけん。一緒飲み行くような仲いい同級生ってすごいみたいなんや。」
「ほんま?ほな今度紹介せえや!」
他愛もない話が続いていく。
段々と酒が回り、次第に話題も逸れてゆく。
「2年3組つったら、確か遠野って奴がおったよな。遠野翔生。あんまちっとしか覚えとらんきんど。」
「あぁ。確か秋も過ぎたくらいに自殺してもうた…」
酔いが回っているのだろうか、僕らの学校では禁忌という印象の強かった話になる。
「絵美ちゃんのこと狙っとったって噂あったやよね。ほんまか知らんけど…」
「それに黒魔術みたいなのに手ぇ出してたって話もあったじゃ。まあ年頃やしなぁ」
顔を赤らめながら2人が話す。
絵美は酒が強すぎたのか、話半分にうつらうつらしている。僕は黙って話を聞くことにした。中学時代はずっと疑問だったが、時が流れてすっかり忘れてしまっていた。
解散し、帰路で物思いにふける。遠野翔生。多少の交流は確かにあった。図書室にいることが多かった印象だ。口下手だが明るいやつだったと記憶している。絵美に好意を抱いていた、と聞いたがその真偽は不明だ。知りたい。何故遠野は死んだのか。分からないことがあまりにも多すぎる。手掛かりはないように思えたが、図書館だ。中学校の図書室に行けば何か分かるかもしれない。次の出勤日には図書室へ行こうと密かに決心した。
僕が勤めているのは、僕らが在籍していた中学校だ。この地域では僕らの中学時代から既に人口減少が続いていたため、隣の小学校と図書室が共同使用されるようになり、更に一般の人が使えるような市立図書館というかたちになったのだ。市内では、市街地から遠く離れた一部の図書館を除き、この図書館に合併されたのだ。その結果、蔵書数が以前よりも増えて喜ぶ生徒も多かったと記憶している。
ただ、教員も市の職員も人手不足が深刻だ。そのため休み時間や放課後に図書室を駐在・管理する人材は重宝される。普段なら、自主的に図書室を開けに行くことなど殆どないが、今回は特別だ。帰りのホームルームが終わり職員室に戻ると、パソコン等仕事が出来るものを持ち、足早に図書室へ。市民の老人や早帰りの小学校低学年の生徒がちらほらいる。役所の人も受付にいるが、別の作業に忙殺されている様子。軽く会釈を交わし少し離れた席に腰かけ、自分の仕事も差し置き備え付けのパソコンに向かう。個人情報を調べることになるが、悪用するつもりはないので大丈夫だろう。ただ単に自らの知的探求心を満たすだけである。知らべ方は既に知っていた。教員になってすぐ、ここの卒業生であることを市の職員に伝えると、僕に郷愁を感じさせたかったのか過去の貸出履歴を見る方法を教えてくれていた。僕は図書館にそこまで頻繁に足を運んでいたわけではないので、自分のことなど調べる気にもならなかったが、こんなところで役に立つとは。在籍年度と名前で検索することで彼の名が表示される。そこをクリックすると、彼が借りた本の一覧が表示された。
↓ タイトル(昇順)
祖谷村史 歴史・文化編 剣持 不比等 27.7.3
おはらいのできる神社 高杉 国男 27.5.11
口和町史 中近世編 上川 立樹 27.9.1
古代から学ぶ降霊術 菅生 荒太郎 27.6.2
手稿を読む 寺ヶ峪 あさみ 27.7.15
新・交霊術 有瀬 とうな 27.9.25
蘇生入門 三本松 皆吉 27.9.29
脱生命論 糸井 福子 27.10.31
物々交換の対等性 瀬貝 八山 27.10.11
優しき自己犠牲の社会学 野田兼 黒彦 27.10.1
そこに並ぶ本の名前は想像以上に堅苦しいものが多く、中学生の遠野が読んでいたのは衝撃である。今となっては簡単に読めるだろう、と高を括っていたので、少々辟易しつつも取り敢えずオカルト本が多く保管されている本棚へ向かう。さて、何を読もうか。いや、読まなければならないのか、と若干の落胆を持ち合わせながら本棚に着き、当該書籍を探す。対象の蔵書が確認できた一方で、一冊の本が目を引いた。それは本ではあったが、書籍ではない。ノートだ。学校で多くの生徒が使う、時代の流れに染まったように色褪せたノートである。恐る恐る手に取る。「koreijutsu TONO SHOSEI」やはり、奴のものだ。開こうとした矢先に、
「先生、すいません。ちょっといいですか。」
カウンターから声がかかる。何が書かれているのか、と本を開く緊張が強かったため、急な声かけには心臓が飛び出しそうになった。平静を装いつつ、ノートを片手に携えてカウンターへ向かう。
「ほんとすいません。人手が足りてないから市役所戻ってこいって上から連絡が来てしまって。言いにくいんですけど、ここ閉まるまでカウンターにいてもらっても大丈夫ですかね。」
人手不足は田舎では最早避けられない問題だ。このノートや、他の本を読んでみたいと思っていたので、二つ返事で了承した。彼はバツの悪そうに頭を下げ、そそくさと外へ出ていった。カウンターに一人腰掛け、ノートを開く。