夢ピエロ
人通りが多い駅の広場で、ピエロがチラシを配っていました。体を捻らせ、不思議な動きで町行く家族連れや子供たちにと、次々に遊園地のチラシを手渡していきます。「新しく出来るんだって!もうすぐオープンするらしいよ!」「今度のお休みに行こうよ!」「そうだな、みんなで行こうか」ピエロからチラシを受け取った人たちは、オープンする遊園地への計画をたて始めました。『パラレルキングダムへおいでませ!明日オープン!』と書かれたチラシは、まるで招待状とも思えるデザインです。遊園地が大好きなココは、チラシを手にして大喜びで家にとんで帰り、早速家族に報告しました。「新しく出来る遊園地が、明日オープンするって!みんなで行こう!」背中が隠れるほどの長い髪を左右に揺らして、ココは笑顔ではしゃいでいます。ココの年は遊び盛りの八歳、遊園地と聞いたら、それはもう行きたくて行きたくてウズウズしてしまいます。リビングでくつろいでいる両親、そして父方の両親……つまりはココの祖父と祖母に、ココからチラシが渡されます。「へえっ……楽しそうだな。父さんと母さんは……遠出は、無理かな」「私たちだけで楽しむなんて、それはちょっと……ココ、遊園地は諦めて家族みんなで行ける場所にしない?」父ボンド、母メリサは体が不自由な祖父ロトリア、祖母サンディを気づかいます。「ああ、ん……」嬉しさのあまり二人の体の事を、ココはつい忘れていました。ロトリアとサンディをチラリ、と見てみると、二人はチラシに見いっています。「そうね。遊園地は我慢……」「いいや、行けるさ!」「行きましょう、みんなで!」急に強い眼差しを向けた二人を、ボンドもメリサもココも驚いた顔で見ます。「二人とも、体は平気なの?」ココが心配そうに尋ねると、二人はまるで若者のようにキビキビ動き出したのです。「平気よ!遊園地に行くのは、私たちの夢なの」「楽しみだな、沢山楽しもう!」遊園地行きが決まりました。ココは幸せを噛みしめ、大はしゃぎしました。「やったあっ!」ロトリア、サンディは小さな声で会話を交わします。「貴方、『パラレルキングダム』って、あの日の……」「ああ……きっと、そうだな。リックはあの日の事を覚えていたんだよ」二人はこの時確信していました。『パラレルキングダム』という覚えの在る名称を聞いた瞬間、まさかと思いました。「明日、あの子に……リックに会えるのね」「私たちを呼んでいるんだな」
翌日、ココたち一家は『パラレルキングダム』へと赴きました。そこにはオープンという事で沢山の家族連れやカップルたちが訪れています。パーク内には着ぐるみや王国に住む人の格好をした住人たちが溢れんばかりにいます。「何から乗ろう!『ユニコーンの馬車』も楽しそうだし、『エルフのお城』にも入りたい!」夢がいっぱいのアトラクションが豊富で、ココのワクワクは止まりません。「あっ!ピエロ!」ココがピエロを見付けて弾んだ声を聞くと、ロトリアとサンディは強く反応しました。「あのピエロがチラシをくれたの!あ……こっちに来るよ」「おお!お出迎えかな?」「素敵ね、王国の世界観を壊さない感じで」ピエロは連続バク転をしながら、ココたち一家に近付いてきます。ロトリアとサンディの側まで来ると、ピエロはひときわ綺麗なバク転とバク宙を披露して……二人の目の前で綺麗にピタリと停止してくれました。<わああああああ……っ!>周りから盛大な拍手と歓声が起き、さい先良いオープンとなったようです。「ようこそ『パラレルキングダム』へ……ロトリアさん、サンディさん」ピエロが二人に呼びかけると、二人もピエロに答えました。「こちらこそ、あの日の事を覚えてくれてたのね」「リック、私たちを招待してくれて、ありがとう」二人とピエロとの間には深い関わりがありそうです。「知り合いなの?」ココが不思議そうに尋ねます。「昔、ちょっと……な」「言うならば、親友かしら?」ロトリアとサンディは付き合い始めた日に、『パラレルキングダム』へ出かけるはずでした。けれど、あまりに人気がありすぎた為に、列に並んでいた二人は人数オーバーしてしまい入れずにいたんです。悲しそうにする二人にピエロは、言葉をかけました。『素敵な恋人さん、お二人に近いうち招待状をお送り致します。待っていて下さいね』後日『リック』という差出人から手紙が届きました。それは招待状……ではなく、『パラレルキングダム』が経営上赤字の為、廃園したとのお知らせでした。招待状を贈れず、リックはしばらくの間ピエロから離れ、別のお仕事に就いていました。リックは何十年も必死に働いて『パラレルキングダム』再開の為に、費用を貯めていたんです。思っていたのはあの日王国に入れずにいたあの恋人の事です。リックは年を重ねながらもピエロの腕を落とす事なく、技を磨いていました。そしてついにこの日、再開出来る程にまで費用が集まり、こうして『パラレルキングダム』を復活させたのです。その事を知っているのは、ロトリア、サンディ、そしてピエロだけ。でもなんとなく、ココには三人から秘密の匂いが伝わりました。(なんだか良いなあ……)ピエロのリックは少年のような声で叫びました。「楽しい楽しい夢の王国にようこそ!皆さんめいっぱい楽しんで下さいませ!」頑張ってくれていた夢のピエロに、ロトリアとサンディは心で感謝を響かせました。((本当にありがとう……働き者のピエロさん))