9話
まだ何やらブツブツ言っている唐変木アンソニー様は放置したまま、私はセオフィラス様を追い掛けた。
大丈夫。これはストーリー通りの流れである。セオフィラス様ルート又はハーレムルートへの分岐点。様子のおかしかったセオフィラス様を心配したヒロインが追いかけるというシーンだ。いや、ストーリーではアンソニー様を放置するのではなくきちんとお礼を言ってから、様子を見に行くのだが。
……どうせアンソニー様もご自身で様子を見に来られるのに。素直になれないというよりもうヘタレじゃないか!と当時私はプレイしながら思った。
そういう時ヘタレな攻めは美味しいですけどねこれは個人的な好み。
ところでゲームでは、ここで追い掛けるか否か、で、ルートが変わる仕様になっていた。と、いうより追いかけない、を選択すると、セオフィラス様死亡ルートが確定する。
そしてこの選択により、セオフィラス様はかなり早い段階で死んでしまうのだ。
後の選択肢によって多少変化するものの、死因には「自死」が含まれている。ヒロインに救われることも無く、アンソニー様とヒロインとの仲に嫉妬し、そして自分が男である事に絶望してしまうのだ。
また、自死を選ばずとも嫉妬の心に惹かれた魔王に乗っ取られる。この時点で追いかければ悲劇を大幅に遅らせる事ができるが、早ければ半年以内に乗っ取られてしまうのだ。セオフィラス様は。
彼こそ、真のライバル令嬢(♂)なのでは、と思った腐れユーザーは少なくない。
……乙女ゲームにBL要素入れるな!という物議を醸したりもしましたけれど。SNSは腐と夢の合戦場となっておりましたけれど。
ガッツリ夢女子な友人を持つお腐れな私はBLin乙女ゲームなこのゲームを、「これぞ、共存共栄……!」と天高く舞い上がる気持ちで両手を広げ暁を告げる鶏の気持ちで叫ぶ程気に入っていただけに、世間の反応にしょんもりした。
そして一緒に戦った。もちろん、BLsideで。そして親友には秘密で。
今、この場には共に戦った仲間達は居ない。けれど今の私は、彼女等の想いを(勝手に)背負っている。彼女らの為、そして己の欲望の為、どれだけ走るのが苦手であろうと、息切れで挫けそうになっても、セオフィラス様を追いかけなければならないのだ。
追い詰め……いや、追いかけた先は校舎の裏。一見するとセオフィラス様の姿は見えない。
ゲームならば選択肢に「他の場所を探す」「上を見上げる」「諦める」とあるのだが、ここはゲームではない。ヒントは自分の記憶頼りだ。もちろんここで居ないのだからと、諦めて帰っては行けない。いや、諦めるフリをしてこっそり着いてきているアンソニー様に魅了を掛けつつ去っても良いのだけれど。
どうせアンソニー様は普通にしていては自分からは出ていけないし、それよりもセオフィラス様に魅了を掛け、嫉妬の炎を燃やさせた方が見ていて楽しいに決まっている。
セオフィラス様は元々、アンソニー様にホの字なのだし。
こうして慌てずのんびり思考していられるのも、セオフィラス様がこの場にちゃんと居る事を、しかもこっそり逃げられない場所に居ることを知っているからだ。
ゲームをプレイしていた私は、知っていて当然だった。
セオフィラス様は少女漫画のおてんばヒロインよろしく、ここに一本だけ生えている、木の上に、居ることを。
「……よし、」
前世の私は木登りが得意だった。運動能力自体は周りがドン引きする程低かったにも関わらず、木登りだけは周りが別な意味でドン引きする程上手だったのだ。
猿女とは私の事である。
その頃のつもりで、伸びる枝を握り木を登ろうとして――
「いや、なんでよ」
見事足を滑らせ、地面にダイブしてしまった。
肝心な時になんでよ。ポンコツヒロインめ。