3話
さて、魅了の力に気付いてしまった私の目下の課題は。
もちろん、隠しキャラ(馬)の攻略は大前提として。更に緊急を要す課題は。
当然、推しCPのハッピーエンド模索である。
実は、私の腐としての属性は黄昏である。ハッピーエンドもバッドエンドも好んでいるが、最も好きなのはメリーバッドエンドである。
死ネタも別離もバッチコイ。当時はそこから転生パロを妄想するというのも楽しみの一つであった。
今も、その本質は変わっていない。
しかしこれは、あくまでも二次元での話である。
私だって、現実世界では幸せな方が嬉しい。
自分も楽しく暮らしたいし、身近な人達にも勿論憂いなく幸せに生きて欲しいのだ。
確かに、この世界の人々はゲームの中で見てきたキャラクター達によく似ている。むしろ恐らく本人では、と思っているが。しかし、ここでは現実に生きている身近な人々なのだ。
当然、死んで良い人間など居る筈もない。
知っている悲劇は出来うる限り避けたい。そしてゲーム中の悲劇といえば、推しCP片割れの死。つまるところ、まずはこれを絶対に阻止しなければならないのである。
世界を救うとかそんな話もあるがそこはこのさい置いておく。先ずは目の前の問題、推しCPのどちらも死なせずゴールインさせること。
そしてあわよくばベッドインまで覗き見したい。
私は、張り切っていた。学園の食堂で。心の中で拳を天に掲げるくらいには張り切っていた。
丁度その時だった。背後から声が掛かったのは。
「ちょっと、よろしくて?」
柔らかく、それでいて凛としたソプラノの声。
そして鼻をかすめたいい香り。
如何わしい妄想に耽っていた所で麗しの悪役令嬢様ことローズ・クロスハート様にお声を掛けていただいた私は、驚きと焦りのあまりチキン・ジャンプ(再演)を披露したのだった。
「単刀直入に申します。貴女、転生者なのではありませんこと?」
これは、ローズに呼び出され校舎裏へ強制連行された際に掛けられた第一声である。
校舎裏に着いて思ったのは、まさか告白されるのでは……!なんていう仄かな期待であった。しかし、期待は裏切られるものである。
いや、ある意味告白ではあるのだけども。
しかしこれでよかったのかもしれない。間男(女?)にならなくて済んだので。推しCPの当て馬になるのも楽しいが、破局へと導きかねない当て馬は破滅せねばならぬのだ。
「えっと、もしや貴女も、」
「わたくし?ええ、転生者です」
ぽろりと零れた質問にもズバッと答えてくださったローズ様。潔い。格好いい。質問を質問で返した無礼も見逃してくださった。優しい。
でもそんな重大発表、気軽に言ってしまって良いのだろうか。
もしこれで私が悪役ヒロインだったらどうするのか。その情報、悪用されちゃいますよ?
とはいえ私こと腐死鳥ゲロインは王太子様攻略する気無いので問題無いんですけど。
「私も確かに転生者、のようなんですけど。何故、そうとお分かりに……?」
「それは勿論、貴女がシナリオ外の行動を取ったからですわ」
そう言ったローズ様は何故か私から目を逸らした気がする。
もしやあれか。先日の無様な姿をしっかりと記憶してらっしゃるのですか。恥ずかしい。
しかしあれが私というものである。恥ずかしがった所で変えられるものでもなし、開き直ってローズ様の反応は見て見ぬふりをする事にした。
「実は前回お会いしたその時に記憶を取り戻したので……」
「あぁ、だから昨日よりも前のイベントではシナリオそのままの行動でしたのね」
しかし、お嬢様口調が素で飛び出すくらいに世界に馴染んでいらっしゃる。すごい。
いつから記憶があるのか気になるところである。
「てっきり、わたくしの婚約者であるアレクシス様を狙ってらっしゃるのかと思いましたわ」
「いや王太子様攻略する気は無いんで大丈夫っす」
……王太子様、アレクシス様っておっしゃるんだっけ。知らなかった。というか覚えていなかったというか。
しかし仕方ないだろう。彼を好きな人には申し訳ないが、私の食指は全く刺激されなかったので彼については記憶が朧気なのだ。ビジュアルはともかくとして、性格が好みでは無かったのである。
俺様だとか、そういう部分は割愛させて頂こう。というか俺様キャラだってお相手が居ればBL的に大活躍できる要素だ。馬鹿と鋏は使いようである。
しかし、俺様キャラ×女の子、は好みじゃない。
それと、超個人的意見となるが。他の攻略対象には確かに想い人(仮)がいる場合もあるが、婚約者が居る状態で攻略対象に収まっているのは王太子殿下だけである。想いを隠して、というのはどちらも幸せになれない、黄昏の腐的にはかなりスパイスになるのだが。
王太子の場合は違うのだ。婚約までしておいて無責任な!!と思わずにはいられなかった。しかも悪びれないどころか元婚約者を断罪するときた。最悪である。
つまるところ、私にとって乙女ゲーム内での王太子殿下は、地雷に等しい存在であった。
しかしローズ様は見たところ王太子殿下推しのようなので、そのような内心は黙っておこう。誰かの萌えは誰かの地雷、誰かの地雷は誰かの萌えなのだ。
「……なら、貴女の推しは誰ですの?」
そして私の思考など読めぬ心根の美しいローズ様は、私の推しを確認なされた。
「馬です」
「は?」
そして私はと言えば、反射的に正直な答えを吐いてしまっていた。しかし推しは彼(馬)だけではない。ここはやはり人畜無害腐れアピールをした方が良かったのではと思い直す。
「間違えました。騎士×公爵子息です」
「いやまってもっと意味わからない」
意味わからない判定をされてしまった。彼女にとっては、令嬢の皮を剥がしてしまう程理解不能だったらしい。解せぬ。
「お二人をベッd……じゃなかった。ゴールインさせて死亡フラグをへし折りたいと願っております」
「あぁ貴女そちらの方でしたの」
良かった……と思いっきりホッとされた。
ご理解頂けたようで何よりである。少なくとも今後、王太子殿下に手を出す事は無いとわかって頂けた。人畜無害アピールは成功と見て良いだろう。