2話
結論を言えば、私は無事、気を失っている間に王太子ルートを脱出できたのだった。
恐らく、固有のスキル、『魅了』のお陰である。
きっと、多分、恐らく、もしかしたらこのスキルは、私が生まれつき持っていたスキルなのかもしれない。
ヒロインの記憶では、何故か昔から異様にモテていたようだし。
『魅了スキル』と言えば女性向け転生モノ小説で悪役ヒロインがよく持っているスキルだと、私は認識している。
転生したヒロインが『魅了スキル』を駆使し逆ハーレムを狙ったところ、同じく転生していた悪役令嬢の名推理により目論見が挫かれ断罪される。そんな小説を幾つか読んでいた私は、自分が例え転生しても魅了スキルの使い手にだけはなりたくないな、と思っていた。
……いや、そもそも人間の男にモテても楽しくないし逆ハーレムなんてマジ勘弁だしどうせモテるなら馬を筆頭としたモフモフにモテたいというのが本音なのだが。
しかし今、私はそのスキルに猛烈に感謝している。
なんと予想外な事に。
(対象が無条件に私に惚れてしまうなんて、単純なものじゃなかった……!!)
これは今後上手く使えば、腐死鳥無双ができるのではなかろうか。良い雰囲気なのに一歩を踏み出せないやつらを後押しできるのではないか。夢が広がった。
魅了スキルを使ってしまったと気付いたのはつい先程。目を覚ましたその瞬間。
自分の掌から、桃色の光が散っているのを見た時である。
私は、状況を把握してすぐに慌てた。怪しいピンクの光はどう見ても健全な光じゃない。怪我人も居ない危機も無い状況でヒロインから放たれるピンクの光。
もう間違いなくいかがわしいヤツだろうと。
いや、いかがわしくは無くとも、その一歩手前くらいのシロモノではなかろうかと。
そして、傍らに立つ人物を見上げた、その時には既に。
横倒しになったヒロイン(私)を放置して、桃色の光を放っている王太子とその婚約者がいい雰囲気醸し出していたのである!!
脳内でもう一人の私が「エンダァァァ」と歌い出したのは仕方の無い事であろう。
状況から予想するに、どうやら、私のスキルは掛けられた対象が最初に見た者を魅力的に感じてしまうという、よく物語なんかで出てくる媚薬と同じ効果を持っていると思われ。
チキンジャンプを披露したタイミングで運良く現れた悪役令嬢ちゃんを視界に入れた王太子は、無事刷り込みの要領で彼女に恋に落ちてくれたようだ。
王太子殿。ちゃんと大切にすべき人が誰か気付いたようでよかったです。
そしてできればフォーリンラブする瞬間を見たかった。気を失っていて見逃したんですけど。
しかし、良い雰囲気を醸し出している男女の傍らに転がるヒロインのガワ被った腐死鳥。
中々にシュールな絵面であっただろう。
こちらも傍観者という立場で見たかったのだが、悲しいかな。私はその当事者である。
当事者視点で発言するならば、「他人に見られなくてよかった」。この一言に限るだろう。
まぁ、ざっと見た所この状況を目撃していた、この件に無関係な人間など居ないようだが。
これはこれで、ただの痛い人である。
尚、王太子殿と悪役令嬢ちゃんは既に二人の世界に入っており、横に転がってるモブ俺ヒロインになど関心も無さそうな為ノーカウントとする。
痛い人度がアップした。
「……さて、帰るか」
私はやり切った満足感を胸にで立ち上がった。
気分はガンマン、ハードボイルドに背中で語るのである。
固ゆで卵の精神である。
肝心の二人はこちらをチラリとも見ないが。
せっかくカッコつけてるのに。誰にも見てもらえない。それはそれで辛い。寂しい。
そんな思いで二人を振り返ってしまう私の精神は、ハードボイルドではなくソフトボイルドが正しいのだろう。