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転生女は、『史上最恐の魔神』の名を紡ぐ  作者: 森乃じるばぜる
神綴の継承 篇
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【第5話】たゆたう者

【第5話】




 息を呑むほど美しく、そして異様なほど巨大な月────


 ルナが「ルナの現実世界」で見上げていた“(もの)”とは、あらゆる次元で隔絶していた。肉眼でクレーターの輪郭まで鮮明に掴めるほどの距離と威容。

 先ほどまでは確かに静寂閑雅(かんが)であったはずの“(それ)”は、今や太陽を凌駕するほどの煌々たる輝きを放っている。まるで、ルナの来訪に歓喜しているかのようだ。


 ルナは暫し、その絢爛たる形貌に心を奪われていた。一切焦点をずらすことなく見入っていたルナは、己の視線の先にある月へと昇っていく砂塵を視界に捉え、身体を包む浮遊感の正体へと辿り着く。


「そうか……月の引力だったんだ。なんて力強さなの。宇宙からの力を、こんなにも感じるなんて……」


 その言葉に重ねるように、胸の奥で確信する。この場が、誰の為のものであるかを。

 白銀に煌めき、圧倒的な力と存在感を放つ月。その真下に立つ今、ルナの脳裏に浮かぶ者はただ一人しかいない。


「ここは……ルキナティアナ様の祭壇なのね」


 部屋に足を踏み入れ、月の光が肩を撫でた瞬間から、ルナはその場に宿る気配を感じ取っていた──それは紛れもなく、ルキナティアナのもの。姿が見えぬにもかかわらず、気配は空気に染み渡るように濃密で、時間と共に満ちていく。


 この場へと辿り着くまでに、ルナには幾つかの選択肢があったのかもしれない。しかし、ルキナティアナの気配が満ちるこの空間では、そんな可能性の枝葉も砂上の楼閣のように意味を失っていた。


 ルナが選ぶべき枝は──“ルキナティアナが現れるまで待つ”。それだけだった。


 長丁場になることを覚悟し、ルナは静かに身を屈めようとした。視線を足元へ落とすと、入水した際とは異なり、水鏡は深い静けさを湛えている。波紋はひとつもなく、月の光を吸い込むような水面は、今度こそ明瞭にルナの姿を映す──はずだった。


「……ん?」


 何が起きているのか、ルナには理解できなかった。水鏡に映る者が「自身(ルナ)」とは似ても似つかない容貌をしていたからだ。


 ルナは幾度も目をこすり、水面を覗き込み、波紋を描いて確認を繰り返す。だが、何度繰り返しても──水鏡が返すのは「ルナ」ではなく、神々しい雰囲気を纏う美しい者だった。


 白銀に輝く髪と、宵闇の空に星を撒いたような青紫の瞳。それらはまさしく、ルナが崇敬する月神のもの。ゆえに、この人物が「ルキナティアナ」であるとルナには断言できたのだが──それにしては、あまりにも顔立ちが幼く、背格好も子供のようだった。


「この唯一無二の美顔……宇宙のどこを探しても、ルキナティアナ様しかいない。……でも、ずいぶん幼いわ」


 考えに耽っていたルナの指先が、ふと頬へ滑る。──すると、水鏡の中の存在も、まったく同じ動きをした。


「……えっ?」


 その奇妙な現象に気がついたルナは、瞬時に我に返る。


 まずは、不動のまま両手を叩く。次に、その場で一回転する──何の変哲もない動作だが、水鏡の中の神像が寸分違わず模倣する様子を目の当たりにし、ルナは現実を拒み切れなくなった。


「わ、私……また、ルキナティアナ様になってる……」


 目覚めた部屋で地に手を着いた時も、壁伝いに歩いた時も、短くなった手指と視界に揺れる白銀の長髪は確かに目に入っていた。しかし何故、この瞬間まで気がつかなかったのだろうか。ルナ自身にも、その理由は分からなかった。


 何にせよルナは、ルキナティアナによって時を遡って目覚めた時点で、真っ先にこの事態を懸念すべきだったのだ。

 ルナが再び「ルキナティアナ」になっているということ。──そして最もは、今回はルナ自身の()()()()()をもって動いているということ。


 己がルキナティアナの姿で水鏡の祭壇(この場)へ辿り着いて()()()()──その事実を知ったルナは、膝から崩れ落ちた。


「そんな……こんなのってないです」


 酷い喪失感が、ルナを襲う。


 「ルキナティアナ」となったルナが行動の主導権を握っている。それはつまり──転生のルールが、今度こそ()()()機能したということ。「された」側は、存在も魂も、根源から消え去る。


 項垂(うなだ)れながら、ルナはその場にいないルキナティアナへ向けて、言葉をぽつりぽつりと落としていく。


「……ルキナティアナ様が、私に時を遡る魔法をかけてくださった時。あの時、ルキナティアナ様はあまり説明をしてくれませんでしたね」


 次の瞬間、ルナは勢いよく顔を上げた。先ほどよりも膨らんだ声音が、空間に跳ねる。


「実は私、あの時までには……もう元の世界へ戻れないんじゃないかって、大体感じていて。だから自分なりに覚悟もしていました。……でもそれは、ルキナティアナ様と一緒だったら、きっと大丈夫だって……思ったからなのですよ」


 ルナの放つ言葉は、瞳から零れる大粒の涙とともに天へと吸い上げられ、虚しく消えていく。


「嘘だと言ってください……。私の中にいるのだと……言ってください……」


 ──その訴えに応える声はない。ルナは再び俯き、静かに落胆した。


 『ルキナティアナの支えになる』──ルナは先刻まで、その強い想いだけで動いていた。見知らぬ場所で抱いた恐怖心を拭い去り、何度倒れようとも立ち上がる。ルナのその力の源は、ルキナティアナの存在だ。


 神力はおろか、物理的な力も魔力も持ち合わせていない。そんなルナが、ファンタジーの世界へ突然放り込まれたのだから、滅びを待つだけという運命もあったかもしれない。

 だが、幸いにも、ルナには「ルキナティアナ」がいた。崇敬する存在が、傍にいる。それだけで、ルナは“安寧”を得ることができた。


 だからこそ、ルナは応えようと思った。その存在に報いようとした。ルキナティアナを補佐すること──それが、自分に許された唯一の意味だと信じて。


 ルナが勝手に感じた恩であるし、そもそもルナの力など、神であるルキナティアナには不要かもしれない。それでも、ルナには「神キス」の知識がある。


 ルキナティアナが時を戻したことで、「ルナの知識」と「ルキナティアナの力」が重なれば、ルキナティアナを救うという願いが叶うはず────しかし、ルキナティアナの気配が満ちるこの場で、ルナを待ち受けていたのは「孤独」だった。




 ──ルナが泣き崩れてから、どれほどの時間が経ったのだろう?


 ルナは、夢であることを願いながら薄く目を開き、水鏡を覗いた。

 相変わらず、水鏡には幼いルキナティアナの顔が揺れている。今のルナに出来ることは、その顔を眺めながら呟くことだけだった。


「……ルキナティアナ様は、何のために私をご自身の過去へ送ったのかな? 何の力もない私に、何を望んだのかな……?」


 問いを放ちつつ、ルナは、ルキナティアナと交わした言葉を思い返す。あの時、ルキナティアナが告げたのは──『創造神の企みの阻止』という、無謀な願い。


 『己に特殊な力はない』、というルナの訴えは、きっと正しかった。それにも関わらず、ルキナティアナは有無を言わさず時間遡行魔法を放った。


 その記憶に触れ、ルナは自嘲するように薄く笑う。


「あはは……創造神相手にどうすればいいんだろう? 私にあるのは『神キス』の知識だけ。ルキナティアナ様になっても、魔法の使い方なんて分からない。それどころか、立つことすらままならないのに……」


 意気消沈したルナは、震える両手の平を見つめ、再び(うずくま)った。




 ルナが茫然自失となってから、実は日が変わる程度には時が経過していた。


 ルナは気づいていなかったが──奇妙なことに、本来であれば太陽と入れ代わっているはずの月は未だ頭上にあり、ルナを優しく照らし続けている。

 長い時間、静かに背を撫でられていたルナは穏やかな温かさを感じ、膝を抱えたままそっと顔を上げた。


「……本当に不思議な月。閑やかだったり、煌びやかだったり──今は私を慰めてくれてるの? でも、ごめん。私はあなたの主ではないの」


 ルナは物悲しげな笑みを浮かべながら、月へと謝罪の言葉を投げる。もちろんこれは、ルナの独り言だ。ルナ自身もそれを分かっていながら、敢えて月へ向かって話しかけている。

 孤独は人を狂わせる──そう語られることもあるが、ルナは月に話しかけることで、自我を保とうとししていた。


「ルキナティアナ様の願いを、私は叶えてあげられない。……あなたは、許してくれる?」


 ルナはそう言ってから少し考え、応えるはずのない月に対して話をする己を滑稽に感じ、苦笑いを浮かべた。


 ──その刹那、鋭い光がルナの瞳を刺す。


 ルナは急な眩燿(げんよう)に思わず仰け反り、腕で顔を覆い隠した。


「なっ、何……!?」


 眩しさに耐えつつ、ルナは瞼をこじ開ける。ようやく見えた月は、ルナへ何かを訴えかけるように、月面の一部から閃光を放っていた。


 半信半疑ながら、ルナは月へと問う。『孤独ではないかもしれない』という期待を抱いて。


「まさか……聴こえてるの? あなたには、私の声が……わぁっ──!?」


 問いかけた瞬間、月の引力が突如強まり、ルナの足は地から離れた。


 宙に浮いた状態でその場に暫し留まったため、ルナは困惑しつつも思考を張り巡らせようとする。しかしそれを待たずして、襟足を掴まれ強引に引き寄せられるかのような力が、ルナへと加わった。

 急激に引っ張り上げられたルナは天井を抜け、幾層もの雲を裂きながら、アウローラの大気圏と宇宙との境目へと瞬く間に到達した。それでもまだ、月の引力はルナを解放することを許さない。


「ちょ、ちょっと待って! このまま行ったら、宇宙に──」


 既に人間が生身で行ける標高を超えているが、ルキナティアナの身体を借りているルナは、身体へのダメージを今まで意識していなかった。

 だが、この速度で大気圏外へ出ようものなら、話は別だ。最早無事では済まないだろう。最悪──いや、確実に消し炭になる。


 ルナは恐怖から目を瞑り、全身を強張らせた。


 ところが、いくら身構えて待てども、身を焼く苦痛がルナを襲うことはなかった。代わりに、何かを割る様な爽快な音がルナの鼓膜を刺激する。その音に促されたルナはゆっくりと瞼を開いた。


「──す、すごい……」


 語彙力を失うほど壮大な光景だった。


 漆黒の海の中、遠くに煌めく星々──近くには様々な彩りの惑星たち。そのなかで、ルナはアウローラを見下ろしていた。

 どことなくルナが暮らしていた「地球」に似てもいるが、機械文明に染まっていない分、美しさにおいては群を抜いている。


 感動を覚えていたルナだったが、アウローラを見下ろしていたのは、ほんの数秒だった。なぜならば、背後から迫るルキナティアナの気配を感じ取ったからだ。


 ルナが今まで感じた中で、一番強く。実体が触れてきそうなほど、近く。

 

「──ルキナティアナ様?」

 

 ルナが振り返ると、目前に、ルキナティアナの象徴である月が堂々と佇んでいた。

 

 『また、期待してしまった』──ルナは再び肩を落としつつ、バツが悪そうに頬を撫でる。


「……分かってる。私が勝手に期待して、勝手に落ち込んでいるだけだって。今は私がルキナティアナ様の御身を使わせてもらってるんだから、いないのは当たり前だ。──そ、そうだ! そういえば、さっきの光は何だったんだろう?」


 そう呟いたルナは、己の気持ちを誤魔化すように、月が閃光を放った箇所を探そうとした。


 強力だった引力は、なぜか今や無に等しくなり、自由が利くようになっている。それならば月面に降り立つより、上から探した方が効率は良い。ルナは宇宙空間を漂うように移動を開始した。


 大気がほとんどない月は、その表面がよく見える。辺りを見渡しながら、ある程度進んだルナは、不規則に並ぶクレーター部分へと行き着いた。


「あれっ……?」


 ルナは、クレーターの中心部に光る何かを見た。しかも一つのクレーターだけではなく、そこに点在するもの全てにそれはある。

 目を凝らし注意深く見た末に、ようやく光る物体が何なのかを理解したルナは、驚愕するより他はなかった。


「あ、あれは……クレーターじゃない……」



 光る物体は、ルキナティアナの剣「ラグナレク」。それが、幾十にも分裂したかのように、月面に刺さっていた────




◆2024/8/30

大気圏について全く分かってなかったので、訂正しましたm(_ _)m


◆2025/7/24

加筆修正しました。

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