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転生女は、『史上最恐の魔神』の名を紡ぐ  作者: 森乃じるばぜる
神綴の継承 篇
6/11

【第4話】生誕

【第4話】




 時を従える女神──ルキナティアナ。


 ルキナティアナは自身の時間を操るのみならず、他者をも、記憶を保持させたままに時空の網を越えさせる力を持つ。

 それは、一歩誤れば、世界(アウローラ)──いや、それ以上を破綻させかねない禁呪。ゆえに、ルキナティアナがこの術を他者に施したのは、ルナが「()()()」である。


 ルキナティアナが行ってきた、幾度もの時間跳躍(タイムリープ)。その過程で誰と交差し、そして何を選び取ったのか。ルナはまだ、その輪郭さえ知らない。


 それ以上の運命が己に待ち受けているということも──。




 ルナが『時間遡行魔法(ルモンテ・レ・タン)』を受けてから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。

 

 肌を打つ冷たい石の感触が、沈んでいたルナの意識を震わせる。続いて、鋭く締めつけるような頭痛が脳裏を走り、ルナは重たげな瞼を僅かに持ち上げた。


(……うっ、頭が痛い。一体……どうなったの?)


 ルナの瞳にまず映ったのは、己の腕。うつ伏せに倒れていたことに気づいたルナは、額に手を添えてそっと顔を持ち上げた。しかしなぜか、首が思うように動かない。


 ルナは、視線だけを滑らせて周囲を探ることにした。

 前方と左右には、苔に覆われた石造りの壁が広がっている。人工的な灯りはおろか、陽の気配も感じられない。人の存在は感じられず──ただ、僅かな風の音が石の隙間を抜けていく。


(……石でできた、部屋?)


 ルナの肌に触れていた冷たい感触の正体は、壁と同じ石材で造られた台座だった。

 その上に長く伏していたせいだろうか。身体を起こそうと試みるも、思うように力が入らず、ルナは無防備に台座から転げ落ちた。


 だがその瞬間──ルナの意思とは無関係に魔法陣のような光の構造が浮かび上がり、身体をそっと受け止める。弾みによって軽く転がるも、ルナは傷ひとつ負うことなく、うつ伏せの姿勢で止まった。


 戸惑いを抱えながら、地に両手を突き、再び腕に力を込める。そしてルナは、上半身のみを起こすことに成功した。


(……今のは何だったの? まるで……私を守ってくれたみたい。──ううん、それよりも……ルキナティアナ様は?)


 身体に残る浮遊の感覚と、落下による痛みの欠如。それらは小さな疑問として胸に残ったが、ルナは深く掘り下げることなく、その思考をそっと閉じた。今のルナにとって何よりも優先すべきことが、自分自身の状態ではなく、「ルキナティアナの所在」だったからだ。


 ルナはまず、目を凝らして周囲を確認する。しかし、ルキナティアナの姿はどこにも見当たらない。次に、気配を感じ取ろうと意識を研ぎ澄ませるが──それもまた、虚しく終わった。


(……ルキナティアナ様は、私よりも早く目覚めて、周囲の様子を探りに行かれたのね)


 それは、希望にすぎない推測。“最悪の可能性”を胸に宿さぬよう、ルナは己に言い聞かせた。


 やがて、暗がりに目が慣れ始めたルナは、あらためて周囲を確かめる。台座の上から見た景色と何ら変わりはない──それでも、ここがルナの世界に属する建造物でないことは確かなようだ。

 ならば、「アウローラの建造物」だと考えるのが妥当だろう。しかし、ルナの「神キス」の記憶には、このような部屋に関する情報は一切存在しなかった。


 つまり今、ルナが誇る“ゲーム知識”は、この場所では何の指針にもなり得ない。


(……知らない構造の建物を、あてもなく彷徨うのは危険。それなら、ルキナティアナ様が戻られるまで、待つほうが──)


 そう考えたルナは、ひとまず部屋に留まることを選んだ。だが、酷なことに──時間は静かに、容赦なく過ぎていく。小一時間経っても、ルキナティアナの気配は、微塵も近づいてこなかった。


(──ルキナティアナ様に、何か……あった?)


 ルキナティアナは神、しかも“史上最恐”と謳われるほどの圧倒的な存在。熟考すれば、その不安は浅慮に過ぎないと、ルナ自身にも分かるはずだった。仮にここが魔物の巣食うダンジョンだったとしても、ルキナティアナであれば、それらを一瞬で葬り去ることなど容易いだろう。


 しかし今のルナは、つい先ほどまで確かに持ち合わせていたはずの冷静さを失っていた。焦燥に駆られ、理性的な思考は霧のようにぼやけている。


 『行かなければ』──その衝動だけを頼りに、再び部屋の様子を見回し始めた。台座を背にしていたため、後方の確認は叶わなかったが、右手の壁の一部に小さな開口があることに気づく。


(あの壁……人ひとり通れるぐらいの穴がある。形はずいぶん不格好だけど、

他の壁にはそれらしき箇所は見当たらないから、あれが出入り口みたいね。よし、ルキナティアナ様を探しに──ああっ!)


 ルナは勢いよく立ち上がろうとしたが、未だ体の感覚を取り戻せずにいるのか、バランスを崩してしまう。刹那──台座からの落下時と同様に、“何か”がルナの身体を痛苦から守るが、地に膝を着くことまでは防げなかった。


 自由のきかない己の身体に、ルナはほんの一瞬、悔しげに顔を歪める。それでも──『ルキナティアナと再会する』という目標が、ルナの心に迷いを許さない。すぐに気持ちを立て直し、表情は凛とした決意の色に変わる。


(さっきから……体が言うことを聞かない。でも、どんなこと言ってる場合じゃない。ルキナティアナ様を探さなきゃ)


 ルナは、可能な限り腕を伸ばした。台座の縁に掴まり、辛うじて立ち上がるが、壁の開口部までは距離がある。見る限り、その間には支えになるようなものは何ひとつ存在しない。


 辛うじて歩き出したとしても、途中で倒れる可能性が高い──そう判断したルナは、這いながら壁へと向かった。万が一転倒した場合、再び立ち上がれる確信がなかったからだ。であれば、最初から確実に前へ進める方法を選択すれば良い。


(惨めな格好でも、這いつくばるような行動でも……何でもする。ルキナティアナ様を探しに行けるなら──それでいい)


 それは今のルナにとって、たったひとつの指針だった。ルキナティアナに会うことさえできれば、胸の奥で静かにざわめいている“不安”は、きっと消えてくれる。


 しかしルナは、気づいていなかった。そのような決意よりも遥かに重要な()()()()に。台座から転げ落ちたときも、先ほど膝をついたときも、ひいては今この瞬間に至るまでも──機会は幾らでもあったというのに。

 


 ルナは這いながら着実に前進し、目標としていた壁の開口部へと辿り着く。その先には、長い廊下が続いていた。

 壁に手を添え、ルナはどうにか立ち上がる。そのまま歩行も可能ではあったが、脚は震え、重心が定まらない。それでも、揺れる身体を抑え込むようにして、懸命に歩みを進めようとした。



(……なんだか、生まれたての小鹿みたい。ルキナティアナ様に再会するまでに治るといいんだけど……とりあえず、進もう)


 おぼつかない足取り。己の意思に反して、亀のように遅い歩み。数センチ進むだけで息が乱れ、胸が苦しくなる。


 “歩く”という、普段ならば自然と出来るはずの動作を、気が遠くなるほど繰り返す“苦行”だと感じていく。ルナはその苦しさの中で、ルキナティアナの内にて目覚めた時の記憶を呼び起こした。そして、挫折しそうになる己の心を励まし、先を見据える。


(あの時は、何も出来ないままミコトのユグドラシルに貫かれた……そうでしょ? 今は、動けるじゃない。それに、こんな状態だけど悪いことばかりでもない)


 ルナは、次の部屋へ繋がるであろう“扉の無い開口部”を視界に捉えた。


 幸運にも、ルナが目覚めた部屋からこの場所までの構造は一本道。起点から終点までが直線で結ばれていたことによって、詳細の分からない建造物内を迷わずに進むことができていた。何より、現時点では魔物に襲われる心配をしなくて済む。これは、ルナにとって大きな「利」だった。


 一先ずの安堵を手に入れ、歩こうとする意欲が高まるのを感じたルナ。壁を支えにする状況は変わらないものの、どことなく足取りは軽やかだった。


 開口部に到達したルナは、その枠に手を添え、そっと内部を覗き込む。


 新たな空間は、ルナが目覚めた部屋よりも数倍広く、中心には祭壇を思わせる円形の高台が据えられている。高台の真上の天井には、(いただき)と同程度の穴が穿たれており、そこからは光が差し込んでいた。太陽による眩しく焼き付ける光ではない。穏やかで、静けさを纏った月の明かり。


 光を見た瞬間──ルナは、己が心から崇める女神の気配をはっきりと感じ取った。


(……なぜだろう? あそこへ行けば、ルキナティアナ様に会える気がする)


 ただならぬ雰囲気に惹かれた、というのもあるかもしれない。だがそれ以上に──月明かりの下に濃く滲んだ「ルキナティアナ」の痕跡が、確かにルナを呼んでいた。


 ルナは一目散に駆け出す。今の今まで身を縛り付けていた、『鉛で出来た鎖を全身に括り付けられているかのような不自由さ』という枷を、全て外して──。


 勢いに任せ、高台の頂へと続く階段を休むことなく駆け上がる。ルナが辿り着いた場所は、月を映す円形の水鏡だった。ルナは物怖じもせず、その場へと足を進ませる。つま先が水面へ触れると、小さな水飛沫が跳ねて波紋が広がった。それと同時に、ふわりと微細な浮遊感が訪れる。


 少しだけ戸惑いながら、ルナは足元へと視線を落とす。浅い水中に沈んだ足の裏は、確かに底に触れているが、体の重みを支えている感覚はない。


「優しく引っ張りあげられるような感じ……不思議ね」


 ルナが着水した際に跳ねた水飛沫は、隣合う粒が合わさって小さめの水球となり、周囲の細かい砂や塵などと共にゆっくりと天へ上がっていく。

 その不思議な動きに引き寄せられるように、ルナの視線も上方へ導かれる。


 ──そこには堂々たるも静かに佇み、白銀に輝く美しい満月があった。




諸事情により、前話からかなりの月日が経ってしまいました。

大変申し訳ございません。


◆2024/6/29

加筆修正しました。


連日の加筆修正は一先ず終了です。

そろそろ新話投稿します!


◆2024/7/28

次話へ繋げる部分である最後の方を加筆修正しました。

新話更新するするサギしてすみません(>_<)


◆2025/7/23

加筆修正しました。

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