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転生女は、『史上最恐の魔神』の名を紡ぐ  作者: 森乃じるばぜる
神綴の継承 篇
3/11

【第2話】月神、その名は──

【第2話】

 



 ────ルナにとっては、幾度も耳にした声。


 背後からとはいえ、その凛々しき声の主をルナが間違えるはずもなく。


 “ゲーム”という媒体を通して慣れ親しんできた声優の声──だがそれは、“キャラクター”としてあてがわれた音色とは異なり、生身の温度と存在感が宿っていた。


 その声の主を直視するなど畏れ多いと考えたルナは、振り返ることなく、おずおずと口を開く。


「ルキナティアナ様……お近くに、いらっしゃるのですか?」


 問いに応じるように、ルナを照らしていた銀光がゆるやかに輝きを増す。それは単なる光ではなく、確かな“存在の重み”を伴うものであった。肌を通して、ルナはそれを感じ取る。


 次に、先ほどよりも明瞭な声が辺りに響き渡った。


「ようやく気づいたか。このまま認識されぬまま終えるかと、流石の我も不安を覚えたぞ。それにしても汝、対話の場では常に背を向けているのか?」


「も、申し訳ございません! 私のような者がルキナティアナ様のご尊顔を拝して良いものかと思い……い、いえっ、拝見させていただきます!」


 緊張のあまり、ルナの声は情けなく裏返る。


 ──『ふふっ』。

 場の空気が僅かに緩み、やわらかな笑声がルナの耳元を撫でる。ルキナティアナは、ほんの少し口元を綻ばせたようだった。


 ルナは声の方へゆっくりと身体を向ける。ルキナティアナを直視すべきか否か、最後まで迷い続けていたが──意を決して(こうべ)を上げた。


 その瞬間、ルキナティアナの容姿が、初めてルナの肉眼に映り込む。


 これまでディスプレイ越しに眺めていたスチルや、グッズ等に描かれたイラストとは比べ物にならない──まさしく「光輝燦然(こうきさんぜん)」という言葉をそのまま象った神容だった。


 その姿は、宵に煌めく明星のごとく────


 月光に包まれているかのように輝く艶やかな白銀の髪は流れるように腰まで届き、夜明けの空を封じ込めたような美しい青紫の瞳には星々が瞬き、神秘的な光を宿している。


 宇宙に存る“あらゆる美”が集約されたような、崇高で神々しい存在。この麗しき姿を前にして、『闇に堕ちた』などという戯言を信じる者がいるだろうか。


「──月神、ルキナティアナ様……」


 ルナは『ほうっ』と感嘆の息を零し、瞳を潤ませ、頬に熱を灯した。胸に溢れた想い──それは、『もはや死んでも惜しくはない』とさえ思わせるほどに、圧倒的で切実なものだった。


 しかし、そんなルナの内心を見透かしたのか、ルキナティアナはやや呆れたように言葉を差し向ける。

 

「この程度で命を投げ出されては困る。早く正気を取り戻してもらおう。あまり時間が無いものでな」


「……時間?」


 鋭く心を突かれたことよりも、「時間」という概念を“神”が口にしたことに、ルナは違和感を覚えた。

 時間に縛られるなど、ルキナティアナほどの存在には無縁であるはず──そう考えながら、ルナが問いを重ねようとするより先に、ルキナティアナは言葉を継ぐ。

 

 その口調は、とても焦心とは思えぬほど、ひどく冷静だった。


「ユグドラシルに貫かれたことは覚えておるな? この空間は、その衝撃により我と汝の魂が完全に混ざり合い生じた、結界のような場所。我らのみが踏み入ることを許された、内なる領域だ」


「ここは……現実の世界ではない、ということですか? では、実体の私達は今──」


 言葉に迷いながらも、ルナは慎重に問いかける。常識を逸脱した状況下でも、動じるより理解を優先していた。一見、開き直っているかのようにも見えるが、ルキナティアナの瞳は別の色を映す。


 限られた情報から思考を巡らせ、解へ至ろうとするルナの姿に、ルキナティアナは喜悦を覚えていた。

 予想通り──そう確信したかのように、ルナには聞き取れぬほど小さく『やはりな』と呟き、不敵な笑みを浮かべる。


「その疑問に辿り着くとは、中々に聡いようだ。そう──汝が察している通り、我らは未だ、あの忌々しい剣に貫かれたままだ」


(……やっぱり。ルキナティアナ様は、ミコトや兄神達に裏切られても、まったく動じていない。この空間を創るために、自ら刺されたんだ……)


 淡々と語るルキナティアナのその口調に、過去の傷を引きずる気配はない。その様子にルナは安堵しつつも、哀しみを覚えずにはいられなかった。

 かつて“家族”であった者達に討たれながらも、何の感情も抱かない。どれほどの孤独と絶望を味わえば、血縁への期待や希望をここまで失えるのか。

 

 ──『寄り添えるなら寄り添いたい』。


 心の底から湧き出した願いを胸に、ルナはルキナティアナへ手を伸ばしかけるも、耐え忍ぶ。己がルキナティアナにとっては、単なる部外者であるということを知っていたからだ。

 刹那の葛藤を吞み込みながら、ルナはグッと口を噤む。揺れ動く寂寥(せきりょう)の色を覆い隠し、呼吸を整え、ルキナティアナへと向き直った。


「ユグドラシルに貫かれたことが引き金となって、この場が創られた。そして、ルキナティアナ様のお身体が現実世界で消えゆくまでの時間が、ここでお話が出来る猶予──と、いうわけですね」


「然り。彼奴(あやつ)らに討たれることは本意ではなかったが……他に術がなかった。何も知らぬ汝には、手荒な真似をしてしまったな……」


 滲みかけた謝意に気づき、ルナは慌てて首を横に振る。神として崇める存在が、己に頭を垂れることなど、あってはならない──その焦りと衝動が、思わず言葉として溢れ出る。


「わっ、私はルキナティアナ様の中に入れて嬉しかったので!! ……あっ!?」


 あまりの失言に、ルナは顔を真っ赤に染め、素早く両手で頬を覆った。

 神への賛美を通り越し、もはや不敬ともいえる発言。聞きようによっては、変態的な意味合いだと捉えられかねない。その自覚が、羞恥心を加速させた。


 ──広大な領域に広がる沈黙。


 一方のルキナティアナは、きょとんとした面持ちでルナを見つめている。怒気や困惑の気配は無く、ただ純粋に意味を捉えかねているようだった。その無垢な眼差しに晒されたことで、ルナの羞恥はさらに膨らみ、耐え難いほどに高まっていく。


「い、今のは言葉の綾です! ルキナティアナ様と少しでも近くなれた気がして……その、嬉しかったという意味で!」


 曖昧な釈明を懸命に紡ぐ。焦心と敬愛が絡み合ったルナの言葉は、ますます形を見失っていったが──ルキナティアナはしばらく思案を巡らせたのち、静かに頷いた。


「──ふむ。汝は今、この状況を“転生”だと捉えておるのだな? だが、奇妙にも感じたはずだ。我の内で目覚めながらも、身体の主導権は我にあり、汝は何も出来なかった──それを忘れてはおるまい?」


 ルキナティアナは、ルナが発する言葉の雰囲気から、『ルナはこの現象を“転生”として解釈している』という考えに至ったようだ。


 ルキナティアナの平静な態度に安堵しつつ、ルナは軽く咳払いをし、『確かに』と頷く。


 とはいえ──ルナ自身、己が“転生”したのか“憑依”したのかを未だに判断しきれていない。ただひとつ言えるとすれば、どちらも「これまでとは異なる存在として、再び人生を歩み始める」という点で共通しているということ。

 いずれにせよ、“した者”が意思が主となり、自由な行動が叶う。対して、“された者”は傍観者となるか、あるいは消滅するしかない──それが、ルナの理解だった。


 だがルナは、“した者”であったにも関わらず、手指一つすら動かせなかった。可能だったのは、ミコトの剣に貫かれるという事実を、ただ受け入れることのみ。

 それは“転生”や“憑依”の原則とは明らかに食い違っていたが──日常から非日常へと魂の移動をしたルナには、それ以外に己の状況を説明できる言葉が見当たらなかった。

 

 その胸の内を見抜いたのか、ルキナティアナは静かに歩み寄り、ルナの肩へそっと手を添える。


「魂の移動は、死やそれに近い衝撃によって、元の肉体から離れた魂が再構築される所から始まる。そしてその先は──我のような“神”という超常的存在の采配によって、移動先を割り当てられる。前世の記憶を保ったまま……と言うのは、通常であれば万に一つもありえない。そこまでは理解出来るな?」


 その問いに、ルナは真っ直ぐ頷いた。


「はい。私のいた世界でも、“転生”はあくまで空想の中の話……フィクションでしたから」


 “フィクション”という言葉を口にした瞬間──ルナの脳裏に浮かんだのは、この世界が“物語”であるということだった。


 目の前のルキナティアナは、プログラムの一環などでは決してない。感情を伴い、“実体”としての重みを纏って、そこに在る。

 その神々しき姿を見つめながら、ルナは思い至る。己が生きてきた日々との距離が、今──変容しているのだと。


「……あの、ルキナティアナ様。私にとって、こちらの世界(アウローラ)は……『ゲーム』の中にある舞台なんです。そして、ルキナティアナ様は……」


 ルナは、「アウローラ」という世界が“物語”の背景であることを、恐る恐る打ち明けた。

 ルキナティアナの存在を、作品を織りなすキャラクターの一人として認識していた──その告白が、無礼でないかを案じながら。


 しかし、ルキナティアナは驚いた様子もなく、さらりと返す。


「その事は、既に知っている」


「え……!? ルキナティアナ様は、ご自身が『ゲーム』という物語の中に登場するキャラクターであるということをご存知だったのですか!?」


 すべてを打ち明ければ、困惑させてしまうだろう──そう思っていたルナは、逆に拍子抜けする形となり、動揺を隠せなかった。戸惑いから思わず、己の肩に置かれていたルキナティアナの手を掴んでしまう。


 ルキナティアナは『ふっ』と笑声を漏らし、口元に僅かな弧を描いた。


「そう驚くな。先ほど申したであろう? 汝が“何も出来ぬ”状態であったことを可笑しいと思ったはずだ、と。それこそが、我が意図的に汝の魂をこの世界(アウローラ)へと呼び寄せ、この身に宿した証なのだ」


 得意げな表情を浮かべながら、ルキナティアナは言葉を続ける。


「我は神であり、魂を采配する者。自我を維持したままの他者の魂を、この身に宿す術も持ち合わせている。──かなり不条理ではあるがな」


 そう言って、ルキナティアナは握られた手を優しく解き、穏やかに握り直す。まるで幼子を宥める母のように、静かで優しい所作。だが、その眼差しはどこか、重みある深刻さも浮かべていた。


「汝の世界の人間達は、『ゲーム』やその他の媒体を通して見聞きした世界のことを、“作り物”だと信じているようだな。だが、すべてが()()とは限らぬ」


 ルキナティアナはそこで一度言葉を区切る。瞳に揺らぐ光は、数多の世界を観てきた者だけが湛え得る、静かな観測の色だった。

 

「神……いや、それに似て非なる超常の者が介入し、ある世界の出来事を、別の世界に“物語”として送り込む。そういった事例も存在するのだ」


 語りの余韻は、風のように空間へ溶けてゆく。ルキナティアナはそっと視線を落とし、その言葉にさらなる深みを宿した。


「この世界においては、()()()の都合の良いように書き換えられてな」


「それが、私の見ていたルキナティアナ様が……幸せになれなかった理由……」


 震える声で言葉を紡いだルナの目には、滲むような涙の光が宿る。

 必ず悲劇の末に物語を終えるルキナティアナ──それが構成上の演出ではなく、“超常の者”による必然だったと知ったルナは絶望した。


 どんなに願っても、どれほど足掻いても、変わらない結末。

 それどころか、ルナの世界の人々に、()()が当たり前だと思わせてしまうほどの力技を成り立たせてしまう、“強大な存在”。


 それに立ち向かうには、「ルナ」という只の人間は──あまりにも無力すぎたのだ。



序章・第1話より文字数多めです。

1話何文字ぐらいと決めている訳ではなく、

話の区切りが良い部分まで書き進めていくスタイルです。


◆2024/6/25

加筆修正しました。


◆2025/7/11

引用符の調節、加筆、修正を行いました。

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