【序話】終幕。それは突然だった
【序話】
「何故だ! 何故なのだ……ルキナティアナよ!」
「父上、……いや、最高神ミストルティス。これも運命というもの。お覚悟を」
焦熱の炎が大地を包む。
天界──かつてその地は彩り豊かな花が咲き、愛くるしい妖精や鳥たちが歌い囀り、神々が憩うユートピアであった。
その面影を一切なくした地に膝をつき、焦燥に駆られながら驚嘆の声を上げる男と、その者に、神月の光を反射する銀煌の剣を突き付け冷ややかに見下ろす女。
彼らは互いに「ルキナティアナ」と「ミストルティス」と呼び合った。
神々が直接統治に関わる世界──「神聖世界アウローラ」。
この世界において、「ミストルティス」と「ルキナティアナ」の名を知らぬ者は存在しない。
なぜなら、「アウローラ」に住まう者達の頂点に立つ“最高神”が「ミストルティス」であり、その娘ながらも“魔に堕ちた”とされる女神が「ルキナティアナ」だからだ。
ルキナティアナは、絶大なる神力と絶世なる美貌を持ちながら、“絶対なる邪悪”を纏う者であるとされている。
底無しの力を身に宿すことから、『やがては最高神の座を継ぐ』とも囁かれた女神が何故、堕ちてしまったのか?
ルキナティアナの“悪”は、数年前に突如として覚醒したと、多くの神々と下界の人間達には伝えられている。
だが、その神託には真実味がなく、ルキナティアナの信者達はこう語る──『最高神と兄弟神達が真実を隠したのだ』と。
余談ではあるが、“魔神”となったルキナティアナを、それまでと変わらず信仰する者は多かったという。それほどまでに彼女は聡明で美しかったのだ。
ルキナティアナは、理由が何であれ、父ミストルティスを討つために「最終戦争」を勃発させた。
最高神がいる神殿までの道のりには、数多の天使や神々が立ち塞がったが、ルキナティアナの敵ではなかった。彼等を“比類なき力”で一掃し、辿り着いた最高神の首に剣を振り下ろさんとした、その瞬間。
物語が、まさに“クライマックス”へ達するその場面で、ルキナティアナに異変が生じた。
────正しくは、ルキナティアナの“内側”に異変が生じたと言うべきだろうか。
(……いやいや、ちょっと待って!!)
ルキナティアナの“内側”──「深雪ルナ」はルキナティアナが剣を振り下ろした刹那、目覚めた。
意識だけが急速に覚醒し、ルナ自らの意思では体を動かすことも言葉を発することもできない。ただ、“ルキナティアナの目”を介して見ているだけの状態だった。
ルキナティアナの視点から見下ろす先には、ルナにとってはどこか見覚えのある人物────地上から見上げた際の眩い太陽のような白金光髪、宇宙から直に見ているように錯覚させる灼陽の焔瞳。
そして、自身の手に握られた銀煌の剣──それらを見比べた瞬間、ルナは思わず息を呑む。
(この人は『神々のエンゲージキス』の最高神ミストルティス! そしてこれは……“魔剣ラグナレク”!?)
ルナは、目の前の男の素性と、剣についてを既に把握していた。
まず、「神々のエンゲージキス」について──ボイス付きのRPG風乙女ゲームであり、通称で「神キス」と呼ばれている。美形の神々と“天音の乙女”と呼ばれる主人公が、魔神による厄災から世界を救うという物語。
登場人物達のイラストを担当したのが超有名な絵師であり、人物の声を担当するのは豪華声優陣ということから世間の女性達から絶大な人気を得たゲームである。
「最高神ミストルティス」はこのゲームの登場人物で、攻略対象外ではあるが、主人公にはめっぽう甘いサポート役を務めている。
次に「ラグナレク」──この剣は「神キス」の世界では“魔剣”と呼ばれている。
その剣身も柄も美しく精錬されており、なぜ魔剣であるのか不明なほど神秘的な形貌をしている。おそらく魔剣とされている理由は、ラグナレクの主が魔神ルキナティアナだからであろう。
(ラグナレクに触れることが出来るのは『ルキナティアナ様』のみ……もしかして私は今、ルキナティアナ様の中なの?)
ルナは「己がルキナティアナの内側にいる事態」にとても狼狽した。
「神キス」はパートナーとして選んだ神や、選択肢分岐によりラストの内容が変わるマルチエンディング式のゲーム。その全てのルートにおいてラスボスが“魔神”であるルキナティアナであることは共通している。
つまりルナは、目覚めた瞬間に“ラスボス”としてミストルティスと対峙しているということになる。
ルナはしばらく慌てふためいた後、脳裏にふと記憶を巡らせ、表情に悲哀を浮かべた。
(……私は、ルキナティアナ様最推しだった。だから、ルキナティアナ様が幸せになれないこのゲームのストーリーは本当に嫌いだったな)
このゲームには、「ルキナティアナが生存するエンディング」は用意されていない。
ルキナティアナが主に絡む隠しルートは存在するものの、それでさえも彼女は救われることなく“魔神”として滅びるのだ。
ゲームの内容を思い返すにつれ、説明しようのない怒りがルナの心に込み上げる──が、それを表に出す暇さえ与えられず、「神キス」の記憶が怒涛のように脳内を駆け巡った。
(……ルキナティアナ様がラグナレクを手にミストルティスを討たんとするのは、『大団円逆ハーレムエンド』のみ。状況からして、ここはもうクライマックス──確か、この後……)
──思い出した次の瞬間、少女の声が“ルキナティアナの耳”からルナへと流れ込む。
「そこまでです! ルキナティアナ姉様!」
柔らかな響きだった。けれどその裏に、鋭利な“声の刃”が隠されていた。
視覚が続く。
亜麻色の髪──そして、翠映瞳。澄み渡った泉に、その底で生きる植物が光を受けて映り込んだようなその瞳が、静かにルキナティアナを射抜いていた。
(来た……『神キス』の主人公、“天音の乙女”)
「神キス」をプレイした者ならば、ひと目でその少女が主人公だとわかるであろう。少女の見た目もそうだが、“約束された絶対的な何か”感を半端なく感じさせる面持ちだ。
少女は、ルキナティアナの「兄弟神達」を背後に従えてその場に現れた。
そして然も当然かのように、ルキナティアナとミストルティスの間に割って入り、ルキナティアナに向けて躊躇なく「聖魔法」を放った。
「聖魔法」──それは、通常の魔法を弾く魔神ルキナティアナに対して唯一通用する術。天音の乙女だけに与えられた、神々すら屈する力。
聖魔法によってルキナティアナの動きは鈍り、魔剣は最高神の首元に触れるか否かで止まった。
刹那、好機を窺っていた兄弟神のうちの一人が、ルキナティアナの背後に回り込み、彼女の耳元で囁く。
「悪く思うな、ルキナティアナよ」
ルナにとっては、プレイヤーとして何度も聞いた声だった。
囁きとは名ばかりだと感じるような力強い声の主は──と、その時にはルキナティアナも冷笑を浮かべながらその主の名を発していた。
「兄上……ロキソニアスか。“雷霆”ともあろう者が、随分と落ちぶれたものだな」
ロキソニアス──ミストルティスの長子にして、兄弟神達の長兄。
神としての通り名は“雷霆”。その身に宿す霊雷の豪力を駆使した力技を得意としており、その技でルキナティアナを地面に叩きつけた。
他の兄弟神達はそれに乗じ、霊語を発言し、拘束術式を展開させる。
術式は魔紋の光環を描き、霊環が神体を包囲。ルキナティアナは地へと捕縛され、完全に身動きができなくなった。
たった一柱になんという多勢。逆に言えばそれ程まで膨大な力を、ルキナティアナが所持しているということだ。
“内側”の意思とは関係なく、ルキナティアナの口が動く。
「……また邪魔をするのか、ミコト」
ルキナティアナがその名を呼び、少女の正体が明かされる。「神キス」の主人公──「ミコト・リリアン・アマノ」。
「アマノ」という姓から分かる通り、彼女は地球の日本から転移した者。
この世界に転移した後ミストルティスに保護された。ミコトは、彼やルキナティアナの兄神達に大層大切にされ、「リリアン」というミドルネームを授かるぐらいには溺愛されている──と、いう設定だ。
内側から見ているルナにとっては何とも言えない複雑な光景だった。
自身の現状が憑依なのか転生後の覚醒なのかすらも分からないのに、目の前に“仮想世界”の転移者がいるのだから。
ミコトは気の毒そうにルキナティアナを見下ろす。
「私は何度だって姉様を止める。父様も兄様達も……そして、世界も私が守ります」
その言葉を告げ、ミコトは左手を天高く掲げる。それが合図となり、最高神と兄弟神達は共に詠唱を開始した。
魔神であるルキナティアナを“魂ごと”消滅させるには「最高神」「天音の乙女」「兄弟神全て」が何一つ欠けてはならない。
彼らの詠唱でルキナティアナの莫大な神力と魔力を削り、弱ったところをミコトの武器「聖剣ユグドラシル」で神の心臓である「神核」を破壊する。それが「魔神ルキナティアナ消滅」の唯一の方法なのだ。
そしてついにミコトの聖剣が、ルキナティアナを貫く────
「ふふっ……意外、だな。聖剣とやらは、こんなにも冷たいものなのか……」
ルキナティアナの最期の言葉は負け惜しみや恨み言ではなく、聖剣への感想であった。“史上最恐”の名に相応しい堂々たる最期を迎えたと言えようか。
ルキナティアナの絶命は内側にいるルナにも影響する。
それ故に、ルナの視界にはもう何も映っていない。辛うじて意識だけが僅かに残っていたが、きっとそれもすぐに消えるだろうとルナは思っていた。
(私、ルキナティアナ様と一緒に死ぬのか……。でも、不思議と怖くない)
今のルナにとって“死”は哀傷でも畏怖でもなく、安穏だった。
理由も分からないまま、ルキナティアナの内に宿り、共に消える──本来ならば震え慄く状況であるのに。
ルキナティアナ自身が、この結末を受け入れているように見えたからだろうか。その在り方に共鳴するように、ルナもまた「死」が悪いものだと認識しなかったのかもしれない。
音も光も、すでに存在せず──しかし、 深海の底に眠る息吹のように、“始まりの予感”だけが確かに息づいていた。
深雪ルナ(この話の主人公)の転生する際のエピソードは次回以降になります。
転生していきなり死亡とはこれ如何に……。
◆2023/6/11
投稿して翌日ですみません。
色々補足しました。
・キャラクターの一部の外見についての文を追加。それに伴い前後の文を修正・追加。
◆2023/7/13
言い回しや括弧の使い所などを少々修正しました。
◆2024/6/20
ロキソニアス兄貴が唐突に出現していたことに気がついたので手直ししました。
◆2024/6/22
更に加筆・修正しました。
◆2024/6/23
すみません、更に肉付けをしました。
◆2025/7/7
改行などの調整、引用符の使い方の見直し、修正しました。