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ようこそ、菜摘屋へ。  作者: 湯気ゆっけ
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7.中原という男 5

「ほら、ここですよ。お店には奈々子ちゃんっていう可愛いお嬢さんがいるんですけどね、変わった商売をしてるんですよ」

「えっと…質屋?なんですよね、ここ」


辺りもすっかり暗くなった頃。小料理屋から出て数軒先の店で女将が足を止める。同様に歩みを止めは2人が顔を見上げると、菜摘屋の看板と対面した。別に質屋に用はないんだけどな、とは思ったまでで、口には出さないでおく。


「はい、売り買いの場所ですよぉ。奈々子ちゃん、いるかね?」

「はーい」


この時間だ、とっくに店仕舞いだったのだろう。女将が戸を開き声を張り上げると、物静かな店の奥から学生服の少女が顔を出す。


「よし婆?こんな時間にどうしたの」

「今日はねぇ、お客さんが来とるのよ。ほら、後ろの若いお2人さん」

「この時間に?珍しいね。こんばんは」

「こんばんは…って、まだ中学生くらいじゃねぇか!」


町のお巡りさんとしての経験が長いせいか、挨拶にはきっちり返す中原と大木だが、眼前に現れた少女が中学生とわかると目を丸くしてツッコミを入れる。現に幼いから仕方ないのだが、子供だと指摘された方は気分が良くないのかムスッと頬を膨らませた。


「失礼しちゃう。これでも店番を任されるくらいには偉いんです」

「あらあら。ご心配なさらずとも、この子は賢い子ですよ」


女将は奈々子の頭を撫でると彼女に中原達を紹介し始める。


「奈々子ちゃん。此方の背が高い方のお兄さんがね、忘れたいことがあるらしいの」

「そうなんだ。じゃあお店の奥に案内するから、おじさん達もついてきて」

「いや、自分達はその」


まるで狐に摘まれている気分。現実的にあり得ないことを成そうとしている2人に、中原は警戒心が強くなる。身分を明かしていないとはいえ、女子供に騙されるほど柔な生活はしていない。


「はい、到着。それじゃあお兄さん、思い出を質に入れるにあたって注意事項があるから、忘れないようしっかり聞いててね」

「はあ…」

「奈々子ちゃんの実力なら心配いりませんよ。それでもご不安なら、子供のお遊びと思って今だけ付き合ってやって下さいな」


大木の不安を見透かしたように女将が横でフォローを入れる。悲しみに暮れているところであって、遊んでいる暇なぞないのだが。せめて気分でも晴れればと仕方なしに幼い彼女の話に付き合った。


「まず大事なことだけど、思い出は一度売ってしまったら、取り戻すことは難しいからね。それから、本人の同意を経てから作業に入るから。ここにサイン頂戴」

「ふぅん、意外としっかりしたコンセプトがあるんだな」

「まだ子供のごっこ遊びだと思ってる?まあ、どうせ後で忘れるだろうし良いけど」


奈々子と中原は互いに相手への信用度が低いらしく、言葉の裏を探り合っている。大木はうんうん呻きながら同意書の文言を一言一句目で追いかけている。最後に署名欄に自身の名前を書いたところで、奈々子が水晶を指差すと大木に告げた。


「じゃあ準備は良い?水晶に手を置いてる間、忘れたい思い出のことを浮かべ続けてね」

「は、はい」


大木とて、奈々子と女将のことを全面的に信頼した訳ではない。しかし成り行き上、帰るとも言い難い。何となしに言われるがままあの日の記憶を思い出すと、ズルズルと何かに吸われていく感覚を得ながら大木は水晶に思い出を全て吸われていった。


「うん、これにてお終い。この大きさなら、お金は15万円だね。はいどうぞ」

「一体何が起きて…!?それに、そんな大金をどういうつもりで」


目の前で行われる金銭のやり取りに、中原が動揺しながら疑問をポンポン口に出していく。何より、大木のことが心配で彼の顔を覗いて驚かされた。ぼうっと魂でも抜かれたような顔をしたかと思えば、スッキリした面持ちを作っている。ならば一安心かと中原も安堵の息を吐けば、さて自分達は何しに此処へ来ていたのかと不思議に思えてきた。


「綺麗な黒と青の混じったガラス玉…」


訳知る奈々子だけが、うっとりした表情で天井照明にガラス玉を透かしていた。

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