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ようこそ、菜摘屋へ。  作者: 湯気ゆっけ
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67.閑話 勘違い警官たち

閲覧・評価ありがとうございます。誤字脱字など見つけた方は、生温かい目で見ていただけますと恐縮です。

この話はフィクションです。実在の法律や手続と異なる部分が生じる場合がございます。

情報は小出しになっているので、ぜひ推理してみて下さい。

「すみませんでした。自分の推理が不完全だったせいで、危うく犯人に逃げ道を作るところだったんですよね」


日時は瀬尾明里逮捕から2日経った本日の、正午を回った時刻。場所はいつも通り菜摘屋で。祐輔はテーブルの向こうにいる刑事2人に頭を下げると、良いと言われるまでは顔を床と対面させていた。


「いや、お前のせいじゃないんだ。我々がもっと聞き込みをして、入念な捜査に努めていれば可笑しな勘違いなんてせずに済んだ」

「そうそう。それに斉藤くんは"解決方法に確証がない"って言ってくれてたんだし。まあ、結果としては丸く収まったんだからさ、万事オッケーってことで!」

「ありがとうございます…もっと自分が色んなことに気付けていれば」


祐輔のマイナス方向への呟きは止まらない。何といっても、岡の手には包帯が巻かれたままなのだ。瀬尾明里に刻まれた、あの傷痕が残ったまま。落ち込むのも無理はなかった。だが、それを制するように入ってきたのが奈々子だ。彼女は淹れたばかりの緑茶を客人達に振る舞うと、自分も座って茶請けを1つ取る。今日は海苔煎餅らしい。


「じゃあ掲示板に書き込みしたって人も見つかったのね?」

「ああ。首藤由美の動画に繰り返し誹謗中傷を行なっていた下呂尚嗣だな」


勿論、殺人依頼を出した者についても解決済み。後処理は時間が解決するだろうと、2人はうんうん頷いていた。


「ならあの時の動画で、彼女が殺す前に"空井桜花さんですか?"って聞いてたのは?」

「それ、1件目から続けてたらしいよ。都市伝説の設定を守ってらしい」

「ああ、成程ね。じゃあきっと、悟さんの時に"知ってる"って言って欲しかったのね」

「どうして?」

「悟さんが智恵美さんのことを覚えてたら?智恵美さんが彼に、瀬尾さんのことを話してたら?瀬尾さんも少しは満たされ、殺人衝動を止められると思ったんじゃないかしら」

「そういう推測が立つのか。矢張り君は不思議な感性をしているな」

「あはは、はぁ…。自分なんかより七条さんの方が、いつも上手いこと推理してるよね。高校生なのにスゴいと思う」


溜め息混じりの祐輔に、そんなことないわと言葉をかけたのは奈々子本人。彼女は静かに首を振ると、


「偶然よ。結局は何処かで、本職に敵わなくなる時が来るわ」


と応えた。奈々子なりの慰めのつもりなのだろう。祐輔はしょんぼりしていた顔をパチン!と叩いて気合を入れると、先ずは駐在勤務を徹底して頑張らないと、と気合を入れ直した。


「そうそう、その調子!若手なんて挫折してなんぼよ」

「そういうお前も若いだろう」

「ちょっと班長!今めっちゃ良いところだったじゃないっすか!」


菊池の言葉に岡が突っ込みを入れれば、室内に笑い声が響き渡る。ああ、可笑しい。口元を隠しながらも十分に笑った奈々子がそう呟いたところで、それよりもと言葉を連ねる。


「上地さんも災難ね」

「そうだな。妹を事故で亡くし、勘違いで自分まで刺されるなんて…災難も良いところだ」

「深い友人関係も、裏を返せばこんな凄惨な出来事を引き起こすんですねぇ」


岡が返せば、次いだ菊池に祐輔もこくりと頷いて。揃って上地悟を偲んでいれば、奈々子はきょとんとした顔で3人を見詰めている。


「何か変だった?」

「え…?ああ、いえね、これも勘違いってことなのかしら?」


言うに躊躇い言葉を飲んだ彼女を、好奇心旺盛な菊池が会話で突いた。


「なになに?教えてくれても良いじゃん」

「そうだな。また"勘違い"なんて御免だ。何かあるなら言ってくれ」


2人から促され、躊躇っていた奈々子もいよいよ後がない。ならば仕方ないかと口を開くと、出てきたのは次の言葉。


「いえね、私が言ったのは智恵美さんの方よ。死んでなお追っかけ回されるなんて、向こうでも苦労しそうねって」


文面を、脳裏で浮かべて反芻する。しかし、一向に彼女の解釈を飲み込めないのは何故だろう。それはきっと、まだ彼らが理解を出来ていないから。


「死んでなおって?」

「だって犯人の瀬尾さん、死刑を望んでいるんでしょう?」

「そうだが…待て、何が言いたい」

「七条さん、お願いだから詳しく説明してくれる?」


右には祐輔、左に岡。そして正面には菊池。厳つい大人達に詰め寄られれば、ただの女子高生である奈々子はお手上げだ。両手を挙げてヒラヒラ振ると、降参とばかりに口を開いた。存外萎縮していないのは、彼女の度胸が物を言うからか。


「だってそうでしょう?瀬尾さんって、智恵美さんのこと愛してたじゃない。だから死んだ後、地獄の底から追いかけるつもりなのかなって」

「そんな文学的な話は良いんだ。君は一体、何をもってそう考えた?」


真意を解せない時間ほど、恐ろしいものはない。未だ理解の及ばぬ岡を始めとしたメンバーが、不気味そうに奈々子を見遣る。彼女にしてみれば、それが不快でやや早口気味にこう告げた。


「だって、文芸部の部誌で書いてたんでしょ?彼女の机に菊の花を置いたのは虐めてた本人じゃなく、殺したいくらい愛してた人って。自分の気持ちを作品に投影する作家さんもいるらしいし、可能性はあるじゃない?」

「そ、れが何だって言うの?」


ぞわり。祐輔の脳裏に、ある仮説が立った。しかしそれは、否定したくなるような、あり得ないと突っ撥ねたくなるような説。


「だから瀬尾さん、本当は智恵美さんを殺したかったんじゃないかしら?でも、先に死んでしまったから復讐に走って。挙げ句の果てには智恵美さんと付けた"空井桜花"って名前の全能性に溺れたのよ。凄まじいわよね、愛って。人をそこまで歪にさせるなんて」

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