3.中原という男
更新が遅くてすみません…
ようこそ、菜摘屋へ。
第3話
奈々子と祐輔の目の前にいるこの男・警察官の中原は、周りからチュウさんの愛称で慕われている所謂"駐在のおじさん"である。体格が良いのは長年、鍛錬を欠かさなかったであろう筋肉の隆起が服の上からでも判別できるからであり、性格も彼の器に似たのか大らかかつ寛容である。しかし厳しい面も持ち合わせているようで、祐輔なんかは過去に精神的な面でも肉体的な面でも鍛えてもらった経験を持つ。
「お勤めご苦労様。今日で最後なんだっけ?」
「おうとも!引継ぎはこの前バッチリ終わってるから、後は祐輔に任せるばかりよ!頼んだぞ、後輩」
「はい!町の安全は俺が守っていきます!」
ポン、と肩に手を置かれれば、祐輔の目に闘志が宿る。悪者を倒すヒーローになります、とは言わないにしろ、恩人であり先輩である中原を前にしたら意欲が湧き上がるのを抑えずにいられなかった。
「中原さんが守って下さったこの町を、今度は俺が守る番ですから!」
「おう、威勢が良くていいな。けど、あんまり先走り過ぎて周りに迷惑かけるなよ。この辺はジジババが多いんだから」
「あら、その"ジジババ"からしてみれば、チュウさんだって若いのの1人よ」
中原の元へ茶を出しながら、奈々子が呟く。よいしょと座った彼女の方が年寄り臭く映って、祐輔は思わず自身の目を擦った。それを視界の端に捉えた奈々子が、ムスッと頬を膨らませて。性格までは大人になりきれないなと豪快に笑う中原に、つられて2人も笑みを浮かべた。
「それで、2人揃ったことだし今日は飲みにでも行くのかしら?」
「…そうだと言いたいんだがなぁ。この雨じゃやってるかどうか」
ズズッと茶を啜る音を立てながらバツの悪そうな顔をした中原に、何がやってるんですか?と祐輔が反応を示す。けれども、これに応えたのは奈々子の方で、
「小料理屋よ。数軒先のね」
と短く返した。
「よし婆の作る煮魚が美味いんだよ。顔を見るついでに、祐輔にも食わせてやろうと思ったんだがなぁ」
「小料理をやってるお婆さんがね、よし婆って呼ばれてるんだけど…腰が悪いから、チュウさんが偶に倒れてないか見に行ってるの。面倒見が良いのよね」
「ああ、なるほど。確かに中原さんらしいですね」
「やめてくれよ、2人して。褒めたって何にも出ないんだから」
気恥ずかしそうにポリポリ頬を掻きながら満更でもない顔をする先輩の姿に、羨ましいと感じたのが祐輔の心内である。自分もこの人のように気遣いが出来て、頼れる警察官になりたい。その羨望の眼差しは、中原にもしっかり届いていたようで。
「よしてくれ。お前に尊敬されるほど、出来た男じゃないんだ」
「そんな!俺、中原さんに憧れて警察官になったんですよ?あんまりじゃないですか」
望んでいた職就けたのも中原の手助けがあったからだと散々褒め散らかす祐輔の顔は、ヒーローショーを見た子供のように明るさを増していく。反比例して暗くなる中原の顔を見逃せるほど、奈々子は鈍くなかった。彼女が何か声をかけようと試みた、その時。
「本当はな、祐輔が来てても来なくっても、奈々子ちゃんの店を訪ねようと思ってたんだ」
「え…?」
言葉が耳に届いた瞬間、奈々子の目が丸くなる。来訪の理由が小料理屋を訪れる動機と異なることくらい、菜々子にも見当がついていた。
「驚いた。チュウさんってそういうの信じない人じゃなかった?」
「口ではそうさ。物事を客観視しなくちゃならない警察官が、オカルトだのスピリチュアルなものを信じるなんてこと、あっちゃいけない。けどなぁ…あの一件があったから、」
「あの一件、というと?」
恐らく、奈々子は何を指すか知っているのだろう。口を噤んだ2人に対し、固唾を飲んだ祐輔が意を決して尋ねる。すると中原の方も、覚悟を決めたのかその大きな口を、僅かばかりに開いて小さな声で呟いた。
「俺の相棒だった、大木の話だよ」