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ようこそ、菜摘屋へ。  作者: 湯気ゆっけ
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23.たかはし けんた(5)の証言5

そうして一同は菜摘屋まで向い。祐輔の思い付きで訪れた店の前で、相田はこんな場所があったんだなと興味を示している。記憶を消すなんて嘘のような話、当初は信じてもらえなかったが、捜査のヒントになればラッキーじゃないですかと何とか説得した。時には虎の威を借る狐ならぬ、班長の名を借る巡査として。退職した今でも、班長という階級には相田も弱い。"あの中原班長が懇意にしていた店ですよ"と囁けば、まあ見るだけと渋々ながら承諾は取れた。祐輔は脳内で、勝手に使わせてもらった名に手を合わせ礼をする。

店に一歩踏み込めば、退屈そうに窓の外を眺めている奈々子が此方を向いた。


「いらっしゃい…ってなんだ、ユースケか」

「こんにちは。その、中原さんと3人で会って以来だね」

「そうね…チュウさん、元気そう?」


何となく気まずいのはお互い様。大木伸夫の一件以来、ドタバタして顔を合わせられなかったのは事実。しかし背景を知らない祐輔に対し、奈々子には後ろめたい気持ちがあった。どう口を開こうか、お互い考えあぐねていたところへ。


「お話し中に申し訳ないんだけど、そろそろ俺達の用件を説明してもらえると助かるかな」

「あっ、はい!すみません!」


どんよりした空気を遮るように、2人の間に声が割り入る。健太を抱えた相田が、目で早く説明しろと祐輔に圧をかけていた。先輩の命令には逆らえない。一度話を区切った祐輔は、奈々子にこれまでの経緯を説明した。

長い話になりそうだと台所から茶菓子と緑茶を用意した奈々子は、前と同じように来客者達を奥へ招き入れ耳を傾ける。暫く内容を聞いて開口第一声、奈々子の疑問はポツンと呟かれた。


「あれ?でも祐輔って駐在さんでしょ?なんで警察署の人とお仕事してるの?」

「ああ、それはその…他では言わないでおいてよ?署内でインフルエンザが流行ってね。人が少ないから駆り出されたんだ」


そういえば祐輔は駐在にいる警察官だ。警察署で当直なんて、奈々子にすればあべこべに感じて当然である。裏の事情は把握したから良しとして、ならこの辺りは誰が警備するのかとふとした疑問が湧いた。


「じゃあウチの駐在さんは?」

「臨時で任用された中原さんが見てるよ。退職後に別の仕事に就かなかったから、時間あるしオッケーだって承諾してもらえたんだ」

「そう…仕事に打ち込めてるなら、何もしないより気が晴れるでしょうね」


やけに達観した意見を持つ彼女に苦笑いを漏らして、祐輔はそれでと脱線した話題を修正した。意見を求められた奈々子はふと考え込むと、首を横に振る。


「流石に覚えてない思い出を忘れさせることは無理でしょうね。第一、健太くんは幼過ぎるわ。何をするにも保護者の同意が必要よ」

「それはご最もで…」


あちゃー、と肩を落とす祐輔に対し、次の手は矢張り防犯カメラの洗い出しかと気持ちの切り替えが早いのが元々そこまで期待を持っていなかった相田。そう落ち込まず頑張ろうな、と哀れむ目で見てくる辺り、これからの忙しさが読み取れる。それが一層祐輔を絶望の淵へと追いやった。大の大人が揃いも揃って背を丸める姿は、哀れなものである。

一方で慰め合う大人2人を眺めながら、奈々子は健太に煎餅を出し子守りをしている。存外和菓子でも不満を漏らすことはないらしく、育ちの良さを窺えた。


「ねぇ、健太くんの眼鏡カッコいいね」

「ほんとうですか?ありがとうございます!」

「前からかけてるの?」

「はい。もうずっとこれです。つけてないと、おこられるので」

「ふぅん。その年から大変ねぇ」

「ななこさんは…はまさきさんみたいです」

「浜崎さん?」

「ひとりごとのいいかた、そっくりなんです」


浜崎の存在すら知らぬ奈々子には分からないことだが、本人が満足気に笑っているから不問としよう。話の内容から察するに、自分が年配の女性と同列で扱われているとしても。子供の笑顔のためである。


「お祖父様と暮らしてるんですって?どう、お祖父様は優しい?」

「やさしい……とおもいます。いそがしいから、あまりあえないけど」

「そうなんだ。私もね、お爺ちゃんと暮らしてるのよ」

「そうなんですか!?」

「うん。お揃いだね、私達」

「おそろい…うれしいです!」


子供というのは存外、お揃いという単語に弱いらしい。友人が少ない健太は尚更。ポポポと染まった頬にペタッと手の平を当てながら、嬉しそうにニコニコしている。時折、指先に当たる眼鏡のツルを直しつつ。1人はしゃぐ彼の様子を横目に、少し考え込んで意見をまとめた奈々子は口を開く。


「ねぇ、健太くん」

「なんですか?」


笑顔の絶えない健太の顔を、覗き込むようにして奈々子は呟いた。相田と祐輔には聞こえない範囲の、小さな声で。


「隠し事をすること自体は悪いことじゃないわ。でもね、貴方のために動いてくれる人がいるのも事実。黙っているだけが正しいとは限らないと、覚えておいてちょうだい」


ゆっくり、幼さ故にさらさらな髪を撫でるように諭しながら、奈々子はピシャリと言い放つ。始めは何を言われているのか理解できなかった健太の顔も、言葉を繰り返して飲み込むとみるみる真っ白へ変わっていった。健太にも思うところがあるのか、その目は逸れている。後ろめたい、何かを隠す時の感情を表しながら。


「今日はもう自分の家にお帰りなさい。ユースケに送るよう言ってあげるわ。…そこではちゃんと言うのよ」

「やっぱりななこさん、はまさきさんみたい」

「あら?他のレディと比べるなんてナンセンスよ」


隠し事などお見通しとでも言うようにニヤッと笑う奈々子を見上げ、健太は小さな手をギュッと握り込んだ。手の平が痛むほど、爪が食い込む。今にでも血が出そうな手を抑えるように上から包んだ奈々子は、


「お祖父様が貴方を思うように、貴方もお祖父様のこと好きなのね」


とだけ告げ、力む健太の手を優しく解す。それから元気が出るように飴玉舐めなさい、と小さなその口にレモン味の飴を放り込んだ。ぷっくり膨らんだ頬が、コロコロとキャンディを転がしていく。

健太が飴玉の居所を舌先で突いている間、途方に暮れている情けない大人2人に近寄り奈々子は厳しく言い放った。


「ほら、そこの大人2人!こんな場所まで健太くんのこと連れ回してないで、さっさと家に返してあげなさい!」

「い゛っった!?」


バシン!気合いを注入するように、背中を叩かれる。座りながらもピシャリと背筋の伸びた祐輔の耳に、奈々子はこっそり耳打ちをして。


「それってどういう」

「いいから帰る!家の人が心配するわよ!」


それからまだ話の内容を半分と理解できていない祐輔から質問責めにされる前に、3人の背を強引に押して店を追い出すのであった。

閲覧ありがとうございます。誤字脱字など見つけた方は、生温かい目で見ていただけますと恐縮です。

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