2.雨降る夕刻に2
お久し振りです、2話目の投稿です。
やれやれ、女子高生の想像力とは大したものだ、とは祐輔の抱いた第一印象である。実際、思い出を売り買いするなんてロマンチックな話をされたとて現実的でない。つい苦笑いを溢してしまうが、奈々子の顔は冗談を言っている様でもなかった。
「まあ酷い。私が嘘を吐いているとでも?」
「嘘とは言わないけど…信じられるかと聞かれれば難しいかな」
少しの気まずさから頬を掻く祐輔に対し、奈々子はぷくり頬を膨らませ拗ねた態度を視覚化させる。それから一番手前にあった黄色のガラス玉を手に取って、
「じゃあこれなんてどう?小さいけど綺麗でしょう?」
などと呟くから祐輔は拍子抜けしてしまう。確かにガラスは綺麗に透き通っているが、だからといって目の前の丸を購入する気は起きないだろう。
「食べてみて」
「えっ?」
「良いから」
「やだよ、だってそれガラスじゃないか」
「大丈夫よ、甘いから」
「ガラスだよね!?」
いいから早く!急かす声に押し通され口を開けてしまった祐輔の元へ、綺麗なガラスがひょいと投げつけられる。ゴクン。喉が上下したと認識した時にはもう、ガラス玉は胃の中だった。
「あ、れ…本当に甘い」
「だから言ったでしょう?好き嫌いなんてするもんじゃないわよ」
いや、ガラスに好き嫌いも何もないだろう。出かかった言葉を飲み込み、祐輔の舌先は口内に広がる甘味の出所を探る様に頬袋をグルグル回っていた。無機物の癖して甘いという不思議な感覚に眉を顰めつつ、奈々子に説明を要求する。
「それで、これって何なの?」
「思い出よ、思い出。ちなみにそれは…私が自動販売機で当たりを引いた日の喜びが包まれてるわ!」
「何だよそれ」
随分と安上がりな喜びだなぁ、感想を脳裏に浮かべるよりも前、そういえばと祐輔はポツリポツリ会話を始める。
「そういえばさ、俺もついこの前、自販機で水を買ったらアタリを引いたんだよ。そんでもう1本目はコーヒーにしたっけな」
「へぇ、奇遇ね。私も水を買ってコーヒーを当たりに選んだわ。微糖のね」
「七条さんも?面白い偶然もあるもんだなぁ」
ふふ、と可笑しくってつい笑みを溢す彼女の顔を、いきなり何だと祐輔がじっと見遣る。あらごめんなさいね、と返したら奈々子はこう続けた。
「それがガラス玉の作用よ。私の思い出が、祐輔の思い出となったの」
「…はあ?いやいや、これは俺の記憶で」
「そうかしら?なら、何処の自販機で買った時の出来事か思い出せる?」
「そ、れは…家の近くじゃない……あれ?でも周りの景色的に家でも会社でもないし、」
「それは100m先のコンビニ横の自販機よ。今度行った時に思い出と比較してみると良いわ」
「でも、ここのコンビニなんてまだ行ったこともないんだけど」
記憶が混乱して頭を抱え始めた祐輔の傍へ、奈々子がさっと駆け寄る。これ以上考えるのはいけないわ、と髪をグシャグシャに乱す腕を取って、会計台にちょこんと乗った水晶に掌を当てさせる。
「それ以上は思い出さなくて良いのよ。ねぇ、自販機で当たりを出した時の記憶、もう一度思い出してみて。水を押して、パネルの数字が揃って…そう、コーヒーは微糖を選んだのよね」
声に呼応するように、順繰り記憶が滲み出ていく。祐輔がぼんやり当時の記憶を思い出していると、水晶が光を放ち始めた。
「はい、お終い。あら、折角の思い出だったのに緑に変わってしまったわね」
「思い出…緑…?」
「いいえ、何でもないのよ。ユースケも混乱しているみたいだし、さっきの所で休んだ方が良いわ。こっちにいらっしゃい」
コトン、といつの間にやら手の中に収まっていたガラス玉を一度蛍光灯の光に浴びせるよう眺め上げた奈々子。彼女は黄色いガラス玉の置いてあった場所に緑の玉を置くと、彼の背中を押して店場を後にした。
「どう?落ち着いたかしら」
「あ、ああ。ごめん、取り乱したみたいで」
「いいのよ。それよりね、私この前コンビニの自販機で当たりを出したのよ」
「へぇ。アレで当たる人っているんだ。ラッキーだったね」
「でしょう?その口振りだと、ユースケは当たったことないの?」
「まあね…ツイてないのかな」
「何百本に一度の確率よ?早々当たりが出ても美味しくないのよ、きっと」
うん、問題なさそうね。などと独り言ちた声は祐輔に届かず。奈々子がニコニコした調子で彼に笑みを向けていると、店の入り口がガラガラ音を立てる。どうやら珍しくも、客が入ってきたらしい。
「よぉナナちゃん!祐輔!遅れてすまないな」
ガハハ、と快活に笑う声。憂いすら晴らすような雰囲気に店奥から顔を覗かせると、身の前には体格の良い男の姿。
「あら、チュウさん。早かったのね」
「中原さん!お久し振りです」
そこには仕事帰り、豪雨でスーツをびっしょり濡らした警察官・中原が立っていた。
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