10.小心者の大木3
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他人の真剣な眼差しというのを、これほど一身に浴びた経験はない。祐輔は姿勢を正して中原に向き直るが、内心動揺を隠しきれない。つい他人目線で、そこまでするかと考えてしまうのだ。対して、店を任されているプライドのある奈々子は違う。
「何を買うのかはその人の自由だけど、買うまでに色々と条件があるよ」
「覚悟は出来てる。何でもかかって来いだ!」
「な、中原さん…!」
心配そうな表情の祐輔を他所に、中原は拳を強く握り込むと奈々子に返答する。そこまで言うなら仕方がないかと気付かれない程度に溜め息を吐いたところで、奈々子は人差し指を立てた。
「まず1つ。あの時大木さんには15万で売ってもらったはずだから、買う時はその倍の30万の支払いになるよ」
「たっっっか!?いくら何でも、」
「良いんだ祐輔。これまでの危険手当やら退職金で金は腐るほど貯まってる。それに大木の人生を変えたほどの記憶を買うんだ、これくらい端金さ」
金額面で突っかかろうとした祐輔を片手で制すと、中原が古びた財布を懐から取り出そうと手を動かす。けれどもそれを止めさせたのが店主で、彼女は首を振ると"今じゃない"と静かな声色で言い放った。それから2人を立ち上がらせガラス玉の並べられた一角に連れ立つと、最も近くにあった棚に手を添えながら呟く。
「次が肝心な2つ目。人は思い出を選べない。選ぶのはガラス玉だから。…だから、その思い出の持ち主となれるかどうかは、ガラス玉次第だよ」
挑戦的な顔だ。淡麗に整った彼女の顔が、まるで人を品定めするように目を細める。口角を三日月の如く上げて、不敵な笑みを浮かべている。中原が大木の思い出を選べるかどうか、裁定をするかのように。
「…七条さん、お店のガラス玉はここに全部あるの?」
「売れるものは全てあるよ。壊れたりひび割れとか特殊な状況にあるものは奥へ除いてあるけど…安心して。大木さんのガラス玉は壊れてないから」
「そうか……一先ず安心だな」
なら後は自分と大木との戦いだと、早速行動を始めた中原が出入り口に近い棚へ顔を近付ける。鼻息がショーケースに当たるぐらい顔面をつけると、瞬きも忘れ1つ1つに熱視線を向けた。早々にこれは時間がかかりそうだと判断した奈々子は、奥へ引っ込み茶の残りを啜り始めている。手持ち無沙汰の祐輔は、中原の後ろをひょこひょこ雛鳥みたくついて回った。
「うーむ、稀に綺麗だと思う程度で、これと言って惹かれるものがないのが不思議だ」
「ですねぇ…宝石店の商品にしか見えないですよ」
1列目の棚を観察し終えると、中原が目頭をグリグリ指でマッサージさせ疲れを癒す。ベテランの警察官も年齢の衰えには勝てないらしく、これを何遍も繰り返すのかと目の前の壁を思って米神に汗を浮かべた。祐輔も恩人の手伝いはしたいのだが、受取手が違えば感性も変わる。矢張りここは、中原が自分で解決するしかないのだろう。
「さてと。あの調子じゃ、何杯お茶を飲むことになるのやら」
ガラス玉を知っている奈々子のみが、呑気に時が過ぎるのを待ち侘びていた。