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ようこそ、菜摘屋へ。  作者: 湯気ゆっけ
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1.雨降る夕刻に

分厚い紺色のゴム製靴を彩るネズミ色のデザインに、ハァと溜め息を吐く。閉じられた傘の先端から滴る滴が足下に水溜りを作って、地面の一部を色濃くさせた。

「雨になるとは聞いてたけど、まさかこんな大降りになるなんて」

幸先が悪いのか、あるいは自分の不運がもたらした結果だろうか。何度目かになる溜め息を空中に溶かしたところで、雨宿り先の扉がガラリ。立て付けが悪いのを知らしめながら開いた。

「あら、お客さん?」

中から出てきた少女は、自分の靴より濃紺のセーラー服を身に纏った、可憐な乙女であった。



「いやぁ、それにしても助かりました。コーヒーまでいただいてしまってすみません」

「ふふ、店先にお客さんなんて珍しいんですもの。始めはウチを覗き込んでいる不審者かと疑ったくらいよ?」

話していく内に少し打ち解けた少女─名を七条奈々子というらしい─は年上の来客相手でも愛嬌でもって接する主義らしい。もしくは高校生特有の、背伸びしたい年齢が起因しているのか。何れにせよ年上相手に敬語を使う概念は心内にないらしく、軽い口調で濡れてしまった貸し出しタオルを回収した。


「それでええっと、七条さんの家は…質屋って言えばいいのかな?」

「そう。何でも買うし、何でも売ってるわ。あら、何でもっていうのは言い過ぎかしら?」

「あはは…町のコンビニも兼ねてるのかな」

「まあ、違うわよ。コンビニなら100mくらい離れた場所にある永田さんち」

「ああそう…」

「それで?ユースケは駐在さんに用事があって来たんでしょ?ここで待っている分には構わないけど、あの人のお仕事が終わるまでは最低でも後1時間くらいあるわよ?」

「うん、まあそうなんだけど」


何処か飄々とした調子の奈々子に、尋ねられている側は翻弄されっぱなしである。これが現役女子高生のノリかぁ、と何処かオジサン臭い感想を抱いたところで、ユースケと呼ばれた男性はまた口を開いた。


「引き継ぎもあるしね。今から行ってみようかと思うんだけど」

「この雨の中?止めときなさいよ、素人じゃ道で滑って転ぶのなんて目に見えてるわよ」

「でも、出来れば中原さんには会っておきたいし…勝手に来ておきながら、向こうに来させるのも申し訳ないよ」

「いいのよ、チュウさんってばああ見えて優しい熊さんみたいな人だから。さっき電話した時だって、喜んで来てくれるって言ってたじゃない。年下なら年配の言葉に素直に甘えるべきよ」


君の方が年下じゃないか、とのツッコミをギリギリ入れず耐えた祐輔は、自分より一回りは年下の少女に諭されおずおず座り直す。何だか恥ずかしくなって座布団の位置を整えたのは、彼だけの秘密。


「ねぇ、折角チュウさんが来てくれるまで時間があるんだから、お店の中でも見ていかない?」

「いいの?他のお客さんは…ああ、ごめん」

「別に構わないわよ。ウチはいつでも鳥が鳴いてるから」

「閑古鳥ね」

「そう。ふふ、ユースケって正直過ぎるとか言われない?」

「何でそれを…あっ!違う、そうじゃなくってね」

「良いの良いの。それよりほら!最低一品は買っていけ!なんて言わないから、自慢の商品たちをぜひご覧あれ」


暗に客がいないこと、質屋の閑散とした様を口に出してしまったことへ謝罪を述べつつ、祐輔は促されるまま立ち上がる。途中でズレた座布団を元に戻しつつ、スリッパを履くと店の中を散策し始めた。

「うわぁ、懐かしい!これって90年代に流行った戦隊モノのフィギュアだろ?」

文房具、アクセサリーから鞄に腕時計まで。通常の質屋で扱うものもあれば、祐輔が反応を見せた古いフィギュアや玩具なんて物もある。見始めは薄汚れた大人になってしまったせいか買い取り価格なんてものを邪推した時間もあったが、今となっては話は別。もはや懐かしき思い出に浸る時間と化していた。

「初めて入ったけど、質屋って色々置いてあるんだね」

関心が高まりつつある態度で様々見ていく祐輔に、奈々子はふふっと笑って返す。服装が違えば彼女はきっと、店主として立派にやっていたのだろう。今はまだ、家の手伝いといった肩書きから脱し切れていないが。

「そういえばご家族とか…あれ?あそこもお店の一部?」

ふと思い立った話を振ろうとした瞬間、祐輔の視界に新緑の暖簾が入る。葉が木から落ちるようにヒラヒラと端が揺れているのは、きっと外の風が強いせいだろう。思わず思考の8割以上を支配した異質な存在を疑問に出しつつ、奈々子に問いかけた。

「ええそうよ。店の奥も販売スペースなの。特別に案内してあげる」

さぁ、来て。鼓膜を震わせる誘いに、祐輔はいいえとは言えなかった。寧ろ、足が進んで店の奥へと一歩また一歩踏み抜いていくのだ。動きは段々歯止めが効かなくなって、遂には右手が暖簾を押し上げて一室への侵入を手助けする。パッと飛び込んだ視界の中には、綺麗なガラス玉の数々が写り込んだ。


「ようこそ、菜摘屋へ。ここはね、思い出を質に入れられる場所なのよ」

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