シオン
天啓のヤツ、あらわる!
天啓のヤツの要望を叶えることを、完全に諦めた私は、特別なことは何もしないことにした。
そりゃ、環境の為にゴミの分別をしたり、節電したり、チャリティー募金したりはしてますよ?仕事だって頑張ってる。
でもそれ以上の大それたことはねー、何をどうしたら良いのか思いつきもしない。私ができることなんてたかが知れてる。
それにどこまでやれば合格レベルの「徳」なのだろうか?
ゴールが見えない。やる気出ない。
前世の記憶があるわけでも、チートな能力があるわけでもないし。おばさんだし。ある意味おばさんは最強ですけどね?
まじで私に課題を課してきた、天啓のヤツに抗議したい。
…そう思っていた頃もありました。
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私は最期の時を迎えていた。
あれから、無自覚にも私は自分にできることを日々少しずつ少しずつ、やってきたのだろう。
仕事においても、SDGsの考え方を業務に反映させてきたことで、誰かの幸せに、少しは貢献できたみたいだ。
だから、那月は「徳」の合格点をもらえたらしい。
らしい。というのは、今目の前に天啓のヤツが満面の笑みで立っているから。
全然嬉しくない。
シワシワの頬に涙が伝う。
私は静かに息を引き取った。
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「おかえり。ナツキ。」
「!!」
私は唐突に全てを思い出した。
目の前にいる天啓のヤツ、改め、シオン。
那月の魂の片割れともいう。
シオンに逢えて嬉しい!!
魂が叫んでる。
でも。
那月の人生で、天啓のヤツ=シオンに対して気持ちを拗らせしまったために、素直に喜べない。むしろ意味もわからず無理難題を課せられた気がして、憎んだ気さえする。
それに……非常に後ろめたいのだが、私は夫であった悠人を愛していて、それは今でも偽りない気持ちなのだ。
悠人は私より先に逝ってしまったのだが。
これって、完全に浮気?!ですよね?!
私、シオンに対しても、悠人に対しても不誠実なんじゃ…
そう考えて蒼白になる私に、
「ナツキ?」と首をかしげながら、おいでと言わんばかりに両手を広げるシオン。
えっ!引力でもあるんですか?と言いたくなるくらい簡単にふらふらと引き寄せられる私。
シオンもなぜか私に引力を感じたのか、駆け寄ってきて勢いよく私を抱きしめた。
シオンの肩が震えているのがわかる。
「シオン??…もしかして泣いてるの?」
しばらく私たちは溢れる気持ちが言葉にならないまま、強く抱き合っていた。
ちょっと息苦しくなってきた私は、シオンー?と言って背中を叩く。
顔を上げたシオンをまじまじと見つめると、泣いたことが恥ずかしかったのか、顔を赤らめてふいと視線を外される。
何十年かぶりに、いや、ここでは時間の概念なんて無意味だけれど…見たシオンは、ああ、もう私のドストライクですね!!
無造作に伸びた白銀の髪、すっと高い鼻、薄い唇に、優しい琥珀色の瞳。
ここでは魂を人に模しただけで、外見は無意味なことだけど、まあ、魂が私好みということなのだ。
それに私死んだばかりだから、感覚がまだ俗世寄りなのかも知れない。
「やっとナツキに逢えた。待っている間、気が狂うかと思った。もうぜっっったいに、離さないから。」
「わ、私まだ死にたてで、気持ちの整理がついていないとうか、ちょっと混乱してて…。取り敢えず、ちょっと落ち着こう?」
「ああ、そうだね。ごめんね、想いがが溢れちゃって。これからは俺たちずっと一緒だよ。」
「よく頑張ったね、ナツキ。」そう言って優しく頭を撫でてくれるシオンに、「うん」と頷くものの、心の底から喜べない私は、更に罪悪感を重ねた。
ココ、仮に天界とでも言いましょうか、にいる間は肉体のない魂の状態なので、人型ではあるものの、食事をしたり睡眠を取ることはない。
白みかかった霧の中のような場所で、公園のような所や大きなホテルのような建物があり、ここにいる人?たちはそれぞれ好きに過ごしている。
そうして、転生の時を待つのだ。
那月が死んで、天界に来た時、そういったこと全てを思い出した。
シオンと離れ離れになった理由も。
転生先は、魂の徳に応じて選ばれる。
たとえ魂の片割れ同士だとしても、徳のレベルが合わなければ同じ世界に転生できないのだ。
ならば転生しなければいい、と考えるかもしれない。
でも転生は誰も避けては通れない摂理なのだ。
いつまでも天界にとどまることはできない。
私とシオンは、せっかく魂の片割れに出逢えたというのに、私の徳が低かったために、このままでは同じ世界に転生することが出来なかった。
なので、私は泣く泣く、今回の人生をやり遂げることで、徳を上げることにした、というわけだ。
転生先では天界の記憶は無くなるし、無事に徳を上げられるとも限らない。
待っているシオンも、次の転生へのタイミングが来てしまったら、那月を待てないかもしれない。
そんな危険な賭けだったのだ。
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